3 / 12
引きこもり王子の優雅な生活
1-3
しおりを挟む
変わらない平穏な日々は突然終わった。
城の周りが騒がしい。不安になって、ありったけの荷物を釘打たれた出入り口に置いて塞ぐ。剥がした浴室の扉も上から打ち付けておいた。万一にも無法者が入ってきたらと思うと恐ろしい。火でもかけられたらどうしようと不安になりつつも、石造りだから燃えるのだろうかと悶々とした。
一階の食材を三階に移動して、いざとなったら一階から二階へ上がる階段を壊してしまおうと算段した。階段がなくても石組に手をかけられれば昇降できるし。
屋上から下をそっと覗くと、周りに兵士のような人間が五人ほどうろついている。入り口を見つけられないようだ。このまま去っていってくれないかと期待していたら、配給の彼が居合わせてしまった。逃げようとしたところを捕らえられて、地面に叩きつけられる。
ここから石を投げるか? 彼に当たってしまったらダメだ。背に腹は変えられない。幽閉されて六年あまり、兄の教えを守ってずっと鍛えてきた。
『筋肉は絶対的な味方だ』
それは何のためか、俺の唯一の領民を守るためだ!!
ロープの端を屋上の木にひっかけて、外壁を駆け下りるように駆け出した。
「うおおおおおおお!!」
予想していなかった襲撃に反応できない兵士たちを掴んでは投げ、配給の彼から引き剥がした。倒れていた兵士たちが呻いて倒れている。俺は配給の彼を肩に担いで、外壁を一気に登った。鍛え続けていた筋肉は、俺の期待に応えてくれた。
「ふーっ、ふーっ、こ、ここなら、安全だ」
そっと配給の彼を屋上の床に下ろすと、面食らった様子の黒瞳が俺を見上げた。人と目を合わせるのは久しぶりだ。
「お、王子、さま?」
「……」
いけない、俺は自分が異質だと忘れていた。逃げなければという気持ちと、久しぶりのひととの触れ合いが惜しいという気持ちがある。でも怖い、パッと後ろを向いたが、頭が何かに引っかかって動けない。正確には髪が……恐る恐る振り返ると、連れてきてしまった彼が俺の髪を掴んでいた。
「助けてくれてありがと、ございます」
「いや」
「……」
「…………」
会話の仕方がわからない。彼はいかにもこの国の平均的な容姿で、黒髪に濃茶色の瞳だ。王宮にいた者たちのように俺を嫌悪しているようには見えないが、他人の機微はわからない。幼い頃は両親に好かれていると信じてたぐらい俺の目は節穴だから。
「王子様、最近ナカリホアから兵士が入り込んでくるようになったんです。この辺りは国境に近いから」
「そうか……」
そうか、じゃないよな。それってダメなやつなんじゃないか?
「おれは王子様を王都にお送りしようと思って来ました」
「無理だ」
「何故です、ここにいては危険です。王様も、王子様に万一のことがあったら」
打ち捨てられているのを誰よりも知っているだろうに。君が食糧を持ってきてくれなければ、俺は早晩飢え死にするだろう。俺が死んでも誰も責めはしない。
「王都には戻れない。でも知らせは必要だ。君が行ってくれないか」
「え!? そんなことをしたら食糧が」
「一ヶ月ぐらいなら何とかなる。王都まで行って戻ってどれぐらいかかるだろう……」
話しながら三階に下りて古い紙を取り出した。良いものだったから辛うじて使えそうだ。
次に一階から炭をもってきて、四苦八苦しながら手紙を書いた。久しぶりに書く自分の名前に、忘れていないことを知った。配給の彼から聞いた内容をしたためて、消えないように書いた面を内側にして丸めて布で包んだ。
手紙は届かなくてもいい。兵士がうろついているなら彼が危険だ。戻って来なくても良いつもりで手紙を託した。
「これを王子か、王女の誰かに渡して欲しい」
「一ヶ月もつんですね?」
「ああ」
「わかりました。必ず戻ります」
「頼む」
ずっと話していなかった割に、まともな受け答えができた。話し方を忘れないように姉の曲に合わせて本を朗読していたからだ。一生一人だと分かっていても、誰かと言葉を交わす希望を捨てられなかった。
望みが叶った。
ここで兵士たちに突入されて殺されても、彼が生き延びてくれるならいい。
誰もいなさそうなのを確認して、彼を抱えて屋上から降りた。すぐにまた城に上り、走り去っていく背中をじっと眺めていた。
彼が去ってからの日常は、それまでと変わらないのに寂しかった。一人だという事実が全身に重くのしかかってくる。屋上の木に話しかけて、答えがないのにがっかりしていた。
すると、また城のふもとが騒がしくなった。上から覗くと、武装した兵士たちが一階の扉を破ろうとしている。それは困る。俺は石材の一部を掴んで、扉の前にいる兵士に投げつけた。鈍い音を立てて、兵士がひとり潰れた。
やってしまった。こうなったら一人も逃すわけにいかない。俺は次々と石材を投げた。全員負傷して倒れた。始末を、しなければならない。心臓が破裂しそうだったが、石材を掴んだまま屋上から降りてとどめを刺して回った。
死屍累々となってしまった城の前をそのままにしておかないから、離れたところに死体を引きずっていって、いい具合に谷を見つけたから全て投げ入れておいた。これで彼が帰ってきても安全だ。そのためだから仕方ない。
現実味の薄い事態だったから、気持ちが麻痺していたようだった。風呂の使える時期だったから、全てをしっかり洗い流して何事もなかったように眠った。
雨が降り、風が吹いて、また雨が降り、日差しがどんどん強くなっていった。食材は尽きて、最近は木の実と水だけでしのいでいる。もう彼が戻ってきても、壁を下りて会うことはできないだろう。頑張って蓄えた筋肉も、こうなっては燃費の悪いお荷物だ。
最後はお世話になった木の栄養になりたい。最後の水を飲んで、俺は木の根元に横たわった。
「腹が減った……」
切ない気持ちで薄目を開けると、今まで見えなかった位置に木の実を見つけた。そっと手を伸ばして齧ると、今まで食べた中で一番うまかった。
「生きろと言うのか」
ざあっと風が吹いて、葉ずれの音が鳴る。言葉は交わさなくとも友はいた。
「ありがとう……」
涙を流して、身体にまだ力があることを確認した。
外に出て食料を探そう。こんなところで死んでしまったら、戻ってきた彼が気に病むだろう。きょうだいたちが訪ねて来てくれるかもしれない。
俺はこの城の王だ。情け無い姿を晒してはいけない。外へ——。
ドンドンドンドン!!
決意も新たに立ち上がったとき、入り口の扉が激しく叩かれる音が響いた。
城の周りが騒がしい。不安になって、ありったけの荷物を釘打たれた出入り口に置いて塞ぐ。剥がした浴室の扉も上から打ち付けておいた。万一にも無法者が入ってきたらと思うと恐ろしい。火でもかけられたらどうしようと不安になりつつも、石造りだから燃えるのだろうかと悶々とした。
一階の食材を三階に移動して、いざとなったら一階から二階へ上がる階段を壊してしまおうと算段した。階段がなくても石組に手をかけられれば昇降できるし。
屋上から下をそっと覗くと、周りに兵士のような人間が五人ほどうろついている。入り口を見つけられないようだ。このまま去っていってくれないかと期待していたら、配給の彼が居合わせてしまった。逃げようとしたところを捕らえられて、地面に叩きつけられる。
ここから石を投げるか? 彼に当たってしまったらダメだ。背に腹は変えられない。幽閉されて六年あまり、兄の教えを守ってずっと鍛えてきた。
『筋肉は絶対的な味方だ』
それは何のためか、俺の唯一の領民を守るためだ!!
ロープの端を屋上の木にひっかけて、外壁を駆け下りるように駆け出した。
「うおおおおおおお!!」
予想していなかった襲撃に反応できない兵士たちを掴んでは投げ、配給の彼から引き剥がした。倒れていた兵士たちが呻いて倒れている。俺は配給の彼を肩に担いで、外壁を一気に登った。鍛え続けていた筋肉は、俺の期待に応えてくれた。
「ふーっ、ふーっ、こ、ここなら、安全だ」
そっと配給の彼を屋上の床に下ろすと、面食らった様子の黒瞳が俺を見上げた。人と目を合わせるのは久しぶりだ。
「お、王子、さま?」
「……」
いけない、俺は自分が異質だと忘れていた。逃げなければという気持ちと、久しぶりのひととの触れ合いが惜しいという気持ちがある。でも怖い、パッと後ろを向いたが、頭が何かに引っかかって動けない。正確には髪が……恐る恐る振り返ると、連れてきてしまった彼が俺の髪を掴んでいた。
「助けてくれてありがと、ございます」
「いや」
「……」
「…………」
会話の仕方がわからない。彼はいかにもこの国の平均的な容姿で、黒髪に濃茶色の瞳だ。王宮にいた者たちのように俺を嫌悪しているようには見えないが、他人の機微はわからない。幼い頃は両親に好かれていると信じてたぐらい俺の目は節穴だから。
「王子様、最近ナカリホアから兵士が入り込んでくるようになったんです。この辺りは国境に近いから」
「そうか……」
そうか、じゃないよな。それってダメなやつなんじゃないか?
「おれは王子様を王都にお送りしようと思って来ました」
「無理だ」
「何故です、ここにいては危険です。王様も、王子様に万一のことがあったら」
打ち捨てられているのを誰よりも知っているだろうに。君が食糧を持ってきてくれなければ、俺は早晩飢え死にするだろう。俺が死んでも誰も責めはしない。
「王都には戻れない。でも知らせは必要だ。君が行ってくれないか」
「え!? そんなことをしたら食糧が」
「一ヶ月ぐらいなら何とかなる。王都まで行って戻ってどれぐらいかかるだろう……」
話しながら三階に下りて古い紙を取り出した。良いものだったから辛うじて使えそうだ。
次に一階から炭をもってきて、四苦八苦しながら手紙を書いた。久しぶりに書く自分の名前に、忘れていないことを知った。配給の彼から聞いた内容をしたためて、消えないように書いた面を内側にして丸めて布で包んだ。
手紙は届かなくてもいい。兵士がうろついているなら彼が危険だ。戻って来なくても良いつもりで手紙を託した。
「これを王子か、王女の誰かに渡して欲しい」
「一ヶ月もつんですね?」
「ああ」
「わかりました。必ず戻ります」
「頼む」
ずっと話していなかった割に、まともな受け答えができた。話し方を忘れないように姉の曲に合わせて本を朗読していたからだ。一生一人だと分かっていても、誰かと言葉を交わす希望を捨てられなかった。
望みが叶った。
ここで兵士たちに突入されて殺されても、彼が生き延びてくれるならいい。
誰もいなさそうなのを確認して、彼を抱えて屋上から降りた。すぐにまた城に上り、走り去っていく背中をじっと眺めていた。
彼が去ってからの日常は、それまでと変わらないのに寂しかった。一人だという事実が全身に重くのしかかってくる。屋上の木に話しかけて、答えがないのにがっかりしていた。
すると、また城のふもとが騒がしくなった。上から覗くと、武装した兵士たちが一階の扉を破ろうとしている。それは困る。俺は石材の一部を掴んで、扉の前にいる兵士に投げつけた。鈍い音を立てて、兵士がひとり潰れた。
やってしまった。こうなったら一人も逃すわけにいかない。俺は次々と石材を投げた。全員負傷して倒れた。始末を、しなければならない。心臓が破裂しそうだったが、石材を掴んだまま屋上から降りてとどめを刺して回った。
死屍累々となってしまった城の前をそのままにしておかないから、離れたところに死体を引きずっていって、いい具合に谷を見つけたから全て投げ入れておいた。これで彼が帰ってきても安全だ。そのためだから仕方ない。
現実味の薄い事態だったから、気持ちが麻痺していたようだった。風呂の使える時期だったから、全てをしっかり洗い流して何事もなかったように眠った。
雨が降り、風が吹いて、また雨が降り、日差しがどんどん強くなっていった。食材は尽きて、最近は木の実と水だけでしのいでいる。もう彼が戻ってきても、壁を下りて会うことはできないだろう。頑張って蓄えた筋肉も、こうなっては燃費の悪いお荷物だ。
最後はお世話になった木の栄養になりたい。最後の水を飲んで、俺は木の根元に横たわった。
「腹が減った……」
切ない気持ちで薄目を開けると、今まで見えなかった位置に木の実を見つけた。そっと手を伸ばして齧ると、今まで食べた中で一番うまかった。
「生きろと言うのか」
ざあっと風が吹いて、葉ずれの音が鳴る。言葉は交わさなくとも友はいた。
「ありがとう……」
涙を流して、身体にまだ力があることを確認した。
外に出て食料を探そう。こんなところで死んでしまったら、戻ってきた彼が気に病むだろう。きょうだいたちが訪ねて来てくれるかもしれない。
俺はこの城の王だ。情け無い姿を晒してはいけない。外へ——。
ドンドンドンドン!!
決意も新たに立ち上がったとき、入り口の扉が激しく叩かれる音が響いた。
53
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説


異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。

愛を知らずに愛を乞う
藤沢ひろみ
BL
「いつものように、小鳥みたいに囀ってみよ―――」
男遊郭で、攻トップとして人気を誇ってきた那岐。
ついに身請けされ連れて行かれた先で待っていたのは――― 少し意地の悪い王子様の愛人として、抱かれる日々でした。
現代用語も気にせず使う、和洋ごちゃ混ぜファンタジー。女性の愛人も登場します(絡みなし)
(この作品は、個人サイト【 zerycook 】に掲載済の作品です)

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。


続・聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。
あらすじ
異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる