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第五章 はじまりの終わり
舞台裏
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あの、その、と意味のない言葉を発しながら二人は慌ててトイレを出て行く。いつの間にか握りしめていた手の力を抜いた直後、背後から誰かに肩を叩かれた。
「うぎゃっ!」
「ちょっと、変な声出さないの」
少し上から降ってくるハスキーボイスの持ち主が誰なのかは、見なくてもわかる。振り返った先にいるのは不機嫌そうな顔の。
「マコ」
「あれ、確かくーちゃんの同僚じゃなかったっけ。あんまり仲良くないけど、他の同僚呼ぶから声かけないわけにはいかなかったって言ってた相手」
「あぁ」
元々来たくなかったからあんなに批判的なのか。でも。
「陰で悪口言うくらいなら最初から欠席すればいいのに」
マコが吐き捨てるように呟く。それに頷いたところで一つの疑問が浮かんできた。
「どこから聞いてた?」
「美波達の話になったあたりから。美波は?」
「だいたい一緒」
私はほんの少しだけ嘘をつく。あの二人が話していた『微妙』『仲良しごっこ』なんて酷い言葉をマコや他の皆の耳に入れるわけにはいかない。
怒りを宿していたマコの切れ長の目が、ふっと優しくなる。
「美波、私が来たのに気づかないくらい周り見えてなかったから。大暴れしたら止めなきゃ、と思って待機してたんだけど、あんな風に静かにキレると思ってなかった。……よく我慢したね」
ぽんぽん、と背中を叩かれて私は黙って頷く。ここで騒ぎを起こして二次会を、ヤッチとくーちゃんの晴れの日を台無しにしたくなかった。それに。
『別れる』という言葉にムキになっていると思われるのも、嫌だった。
「なんか元気ないね。どしたの」
何も言わない私の顔をマコが覗き込み、眉を顰める。
「ねえ、まさかさっきの『イベント終わったらすぐに冷めて別れる』っての気にしてる? ないない、菅原に限って絶対ないから」
「なんで」
イベント終わったら、じゃなくて、もうとっくに冷めてるのを五重奏が無事に終わるまで隠してるだけかもしれないのに。
私が、五重奏のこと言い訳にして爽太と向き合うのを先送りにしてるみたいに。
そう言いたかったけれど、こんな日にそんな話はしたくないし、できない。
マコの眉間の皺が更に深くなった。
「美波、なんで菅原がネクタイの色寄せてきたと思ってるの。あれ、他の男への牽制だよ」
「え」
「今日の美波の外見詐欺、すっごいもん。きっちり仕上げてくるのはわかってたけど予想以上」
そう言われ、私はトイレの鏡に映る自分の姿を確認してみる。
小さめのリボンバレッタでハーフアップにした髪と、一連パールのネックレス。ピンクとパープルの中間っぽい色の五分袖ドレスにシャンパンゴールドのパンプス。招待してくれた二人に恥をかかせないようにマナーを調べて気合い入れて選んだから、着ている人間の顔はともかく身に着けているものだけなら確かに悪くはない……はず。
「万人ウケする派手すぎず地味すぎないお呼ばれスタイルに、パッと見おとなしくて押せば簡単に落とせそうな雰囲気。狙われるに決まってるじゃない。菅原もそれがわかってたから、ああやって美波と自分のこと匂わせたんだろうけど」
そこまで言ったところでマコが一度言葉を切り、声を出さずに笑う。
「それでも美波が一人になった隙に声かけてきた男がいるってわかった瞬間、あんなやり方で全員まとめて仕留めに行くんだもん。さすスガすぎて笑うしかなかった」
「仕留める、って」
「菅原、美波のネックレス直してたでしょ? 人前でうなじに触るのも、それを当たり前に受け入れてるのも、そういう関係だって宣言してるのと同じ。……連絡先聞いてきたヤッチの友達だけじゃなくて、他の男も残念そうな顔してたよ」
二次会前に潰しておきたかったんだろうね、と楽しそうに言うマコの声を聞きながら私はその時のことを思い出してみる。
……確かに、『長谷部、残念!』って言ってるのは聞こえた。でも、そんなの気づけるわけない。言われなきゃわからない。
「ねえ、美波」
「ん?」
笑っていたマコの表情が、真剣なものに変わった。
「うぎゃっ!」
「ちょっと、変な声出さないの」
少し上から降ってくるハスキーボイスの持ち主が誰なのかは、見なくてもわかる。振り返った先にいるのは不機嫌そうな顔の。
「マコ」
「あれ、確かくーちゃんの同僚じゃなかったっけ。あんまり仲良くないけど、他の同僚呼ぶから声かけないわけにはいかなかったって言ってた相手」
「あぁ」
元々来たくなかったからあんなに批判的なのか。でも。
「陰で悪口言うくらいなら最初から欠席すればいいのに」
マコが吐き捨てるように呟く。それに頷いたところで一つの疑問が浮かんできた。
「どこから聞いてた?」
「美波達の話になったあたりから。美波は?」
「だいたい一緒」
私はほんの少しだけ嘘をつく。あの二人が話していた『微妙』『仲良しごっこ』なんて酷い言葉をマコや他の皆の耳に入れるわけにはいかない。
怒りを宿していたマコの切れ長の目が、ふっと優しくなる。
「美波、私が来たのに気づかないくらい周り見えてなかったから。大暴れしたら止めなきゃ、と思って待機してたんだけど、あんな風に静かにキレると思ってなかった。……よく我慢したね」
ぽんぽん、と背中を叩かれて私は黙って頷く。ここで騒ぎを起こして二次会を、ヤッチとくーちゃんの晴れの日を台無しにしたくなかった。それに。
『別れる』という言葉にムキになっていると思われるのも、嫌だった。
「なんか元気ないね。どしたの」
何も言わない私の顔をマコが覗き込み、眉を顰める。
「ねえ、まさかさっきの『イベント終わったらすぐに冷めて別れる』っての気にしてる? ないない、菅原に限って絶対ないから」
「なんで」
イベント終わったら、じゃなくて、もうとっくに冷めてるのを五重奏が無事に終わるまで隠してるだけかもしれないのに。
私が、五重奏のこと言い訳にして爽太と向き合うのを先送りにしてるみたいに。
そう言いたかったけれど、こんな日にそんな話はしたくないし、できない。
マコの眉間の皺が更に深くなった。
「美波、なんで菅原がネクタイの色寄せてきたと思ってるの。あれ、他の男への牽制だよ」
「え」
「今日の美波の外見詐欺、すっごいもん。きっちり仕上げてくるのはわかってたけど予想以上」
そう言われ、私はトイレの鏡に映る自分の姿を確認してみる。
小さめのリボンバレッタでハーフアップにした髪と、一連パールのネックレス。ピンクとパープルの中間っぽい色の五分袖ドレスにシャンパンゴールドのパンプス。招待してくれた二人に恥をかかせないようにマナーを調べて気合い入れて選んだから、着ている人間の顔はともかく身に着けているものだけなら確かに悪くはない……はず。
「万人ウケする派手すぎず地味すぎないお呼ばれスタイルに、パッと見おとなしくて押せば簡単に落とせそうな雰囲気。狙われるに決まってるじゃない。菅原もそれがわかってたから、ああやって美波と自分のこと匂わせたんだろうけど」
そこまで言ったところでマコが一度言葉を切り、声を出さずに笑う。
「それでも美波が一人になった隙に声かけてきた男がいるってわかった瞬間、あんなやり方で全員まとめて仕留めに行くんだもん。さすスガすぎて笑うしかなかった」
「仕留める、って」
「菅原、美波のネックレス直してたでしょ? 人前でうなじに触るのも、それを当たり前に受け入れてるのも、そういう関係だって宣言してるのと同じ。……連絡先聞いてきたヤッチの友達だけじゃなくて、他の男も残念そうな顔してたよ」
二次会前に潰しておきたかったんだろうね、と楽しそうに言うマコの声を聞きながら私はその時のことを思い出してみる。
……確かに、『長谷部、残念!』って言ってるのは聞こえた。でも、そんなの気づけるわけない。言われなきゃわからない。
「ねえ、美波」
「ん?」
笑っていたマコの表情が、真剣なものに変わった。
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