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閑話その二 菅原先輩の彼女
地味じゃなくて
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呆然とする私の顔を覗きこみ、金髪の男が笑う。
「あー、今のが喧嘩した友達かぁ。置いてかれちゃってかわいそうに」
「俺達と一緒に遊べば寂しくないよ? 行こう」
もう一人の男が蛇のタトゥーの入った腕を伸ばしてくる。
どうしよう。誰か、誰か助けて!
蛇に手を掴まれて心の中でそう叫んだ次の瞬間。
「いたいた!」
明るくてよく通る声が響き渡り、男の手が離れた。
少し離れたところから黒髪ショートボブの見知らぬ女の人が走ってきて、私に向かって笑いかける。
「もしかして探してくれてた? 心配かけちゃってごめんね」
そう言って女の人は私の手を握る。呆気に取られる私と女の人の間に割り込むようにして金髪の男が話しかけてきた。
「ねえねえ、よかったら君も一緒に遊ばない? 二人みたいな地味、じゃなくて清楚でおとなしそうな子って俺のタイ」
「嫌」
男の言葉を女の人がぴしゃりと遮る。地味、じゃなくて清楚でおとなしそうな外見と真逆の態度に金髪の男が怯み、タトゥーの男が顔を赤くしてまくしたてる。
「今なんつった? 人がせっかく誘ってやってんのに調子乗んなブス」
「嫌って言ってるの聞こえない? 周りの人にも聞こえるように大きい声で言ってあげようか?」
女の人が男達を睨みつけ、さっきよりも一段低い声で凄む。言葉を詰まらせた二人に構わず女の人は私の手を引いて早足で歩き出した。
人が多い場所まで来たところで女の人が手を離して振り返る。私も同じように来た道を見るけれど、男二人の姿はない。
女の人の表情が緩んだ。
「大丈夫でしたか?」
「……はい」
「困ってたみたいだから少しお節介させてもらいました。驚かせてごめんなさい」
そう言って女の人は深々と頭を下げる。謝られるようなことなんて何もないのに。
「えっと、その。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい。……助けてくれて、ありがとうございます」
「変なことされなくてよかった。あの、失礼ですが今日はお一人ですか?」
「……知人と来てて」
「だったら、お知り合いのところまで一緒に行きますよ。またあいつらに会ったら大変だし、キッチンカーでお酒売ってるみたいで酔っ払いがあちこちにいるんです」
ちゃんと人の多いところ通りますから安心してください、と言って女の人はまた微笑んだ。
一人で大丈夫です、と言うべきなのはわかっている。けれど、実際に口から出てきたのは。
「……お願いしても、いいですか」
知人が見て見ぬふりをする中助けてくれた、見ず知らずの人の優しさに甘えたいという本音だった。
「もちろん。お知り合いはどのあたりに?」
「バーベキュー場です」
「わかりました。じゃあ、行きましょうか」
そう言って女の人が歩き出し、「ちょっと失礼します」と断ってからスマホを耳に当てる。
「もしもし? ごめん、ちょっとだけ別行動させて。……うん、わかった。後でそっち行くね」
誰かと話す女の人の半歩後ろをついていきながら、私はその後ろ姿を眺める。さらさらつやつやの黒髪に、色白の綺麗な肌。Tシャツにデニム、スニーカーというシンプルな服装は背すじをまっすぐ伸ばして進む彼女にとてもよく似合っていた。
金髪の男は地味だって言ってたけど、この人は地味なんかじゃない。自分自身を磨いているから派手に着飾る必要がないだけだ。
バーベキュー場の入口には、心配そうな顔をした藤井くんが立っていた。
「よかった。なかなか戻って来ないから探しに行こうかって先輩と話してたんですよ」
「お手洗いが混んでて。心配かけてごめんね」
何が起きたのかを言うつもりはない。女の人もそれを悟ったらしく、「じゃあね」と友達のような雰囲気で手を振り、踵を返す。
皆に知られたくないけど、せめてお礼だけは言わないと。
そう思って追いかけようとしたその時、背後から大きな声が聞こえた。
「美波!」
――菅原先輩の呼びかけに、女の人が目を丸くして振り返った。
「あー、今のが喧嘩した友達かぁ。置いてかれちゃってかわいそうに」
「俺達と一緒に遊べば寂しくないよ? 行こう」
もう一人の男が蛇のタトゥーの入った腕を伸ばしてくる。
どうしよう。誰か、誰か助けて!
蛇に手を掴まれて心の中でそう叫んだ次の瞬間。
「いたいた!」
明るくてよく通る声が響き渡り、男の手が離れた。
少し離れたところから黒髪ショートボブの見知らぬ女の人が走ってきて、私に向かって笑いかける。
「もしかして探してくれてた? 心配かけちゃってごめんね」
そう言って女の人は私の手を握る。呆気に取られる私と女の人の間に割り込むようにして金髪の男が話しかけてきた。
「ねえねえ、よかったら君も一緒に遊ばない? 二人みたいな地味、じゃなくて清楚でおとなしそうな子って俺のタイ」
「嫌」
男の言葉を女の人がぴしゃりと遮る。地味、じゃなくて清楚でおとなしそうな外見と真逆の態度に金髪の男が怯み、タトゥーの男が顔を赤くしてまくしたてる。
「今なんつった? 人がせっかく誘ってやってんのに調子乗んなブス」
「嫌って言ってるの聞こえない? 周りの人にも聞こえるように大きい声で言ってあげようか?」
女の人が男達を睨みつけ、さっきよりも一段低い声で凄む。言葉を詰まらせた二人に構わず女の人は私の手を引いて早足で歩き出した。
人が多い場所まで来たところで女の人が手を離して振り返る。私も同じように来た道を見るけれど、男二人の姿はない。
女の人の表情が緩んだ。
「大丈夫でしたか?」
「……はい」
「困ってたみたいだから少しお節介させてもらいました。驚かせてごめんなさい」
そう言って女の人は深々と頭を下げる。謝られるようなことなんて何もないのに。
「えっと、その。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい。……助けてくれて、ありがとうございます」
「変なことされなくてよかった。あの、失礼ですが今日はお一人ですか?」
「……知人と来てて」
「だったら、お知り合いのところまで一緒に行きますよ。またあいつらに会ったら大変だし、キッチンカーでお酒売ってるみたいで酔っ払いがあちこちにいるんです」
ちゃんと人の多いところ通りますから安心してください、と言って女の人はまた微笑んだ。
一人で大丈夫です、と言うべきなのはわかっている。けれど、実際に口から出てきたのは。
「……お願いしても、いいですか」
知人が見て見ぬふりをする中助けてくれた、見ず知らずの人の優しさに甘えたいという本音だった。
「もちろん。お知り合いはどのあたりに?」
「バーベキュー場です」
「わかりました。じゃあ、行きましょうか」
そう言って女の人が歩き出し、「ちょっと失礼します」と断ってからスマホを耳に当てる。
「もしもし? ごめん、ちょっとだけ別行動させて。……うん、わかった。後でそっち行くね」
誰かと話す女の人の半歩後ろをついていきながら、私はその後ろ姿を眺める。さらさらつやつやの黒髪に、色白の綺麗な肌。Tシャツにデニム、スニーカーというシンプルな服装は背すじをまっすぐ伸ばして進む彼女にとてもよく似合っていた。
金髪の男は地味だって言ってたけど、この人は地味なんかじゃない。自分自身を磨いているから派手に着飾る必要がないだけだ。
バーベキュー場の入口には、心配そうな顔をした藤井くんが立っていた。
「よかった。なかなか戻って来ないから探しに行こうかって先輩と話してたんですよ」
「お手洗いが混んでて。心配かけてごめんね」
何が起きたのかを言うつもりはない。女の人もそれを悟ったらしく、「じゃあね」と友達のような雰囲気で手を振り、踵を返す。
皆に知られたくないけど、せめてお礼だけは言わないと。
そう思って追いかけようとしたその時、背後から大きな声が聞こえた。
「美波!」
――菅原先輩の呼びかけに、女の人が目を丸くして振り返った。
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