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第四章 夏と花火と過去の亡霊

夏と花火と過去の亡霊

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 花火大会の少し前、七月半ばにあった野球部の試合の応援で事件が起きた。
 逆転がかかった七回裏ワンアウト満塁。打順は四番、応援曲はトランペットソロから始まるチャンステーマ。暑さでダウンした先輩の代打を任された私は、そのソロで盛大にやらかしてしまったのだ。
 バッターはやる気を削がれたのかあえなくゲッツーを喰らい、そのまま逆転できずに試合終了。『トランペットが決まってたら逆転できた』と陰口を叩かれたのが情けなくて申し訳なくて悔しくて、しばらくは取り憑かれたようにあのフレーズばかり吹いていた。
 ……解放されたのは、爽太のおかげだったな。

『勝てなかったのはあの場面で打てなかったからじゃない。その前にもチャンスはあったし、一発逆転を狙わなきゃいけない局面になった時点で結果は見えてる。絶対に、前田さんのせいなんかじゃないから』

 河川敷を並んで歩きながら、今よりほんの少しだけ背が低かった爽太が言った。中学までで野球はやり切ったから、今度は応援する側に回りたくて吹奏楽部に入ったのだという野球経験者の爽太の言葉は誰の慰めよりも救いになった。

『でも、前田さんは言われっぱなしで黙ってられるタイプじゃないよな』
『さすスガ。よくわかったね』
『それくらい見てたらわかるし。来年は全力でぶちかましてくれるの、期待してる』
『わかった。……ありがと、菅原』

 次の年とその次の年、コントラバス弾きで出番がない爽太は応援係として吹奏楽部と野球部、応援団の統括に回っていた。演奏曲の指示を出すのも爽太で、例の曲の前には正式にソロ担当になった私に目線を送ってくれた。
 高校三年の最後の試合、県大会準決勝で会心の演奏ができた時にガッツポーズをしていた爽太の姿は試合に負けた悔しさと一緒にはっきりと記憶に残っている。



「あの時は本当にお世話になりました」
「どういたしまして」

 思い出話をしているうちに屋台が立ち並ぶエリアに辿り着く。

「大河くんのとこ、今日はカレーパンだったっけ」
「うん。タイミングよければ揚げたて食べられるかもって言ってた」
「じゃあ粉モノはなしにしよう。肉系と甘いの、何食べたい?」
「フランクフルトとチョコバナナ以外?」

 十年前、皆と合流する前に屋台で奢ってもらった時にそう言われた。『串モノ食べてる時に誰かにぶつかられると危ないから』とものすごく真剣な顔で言う爽太がなんだか面白くて笑ってしまったのも懐かしい思い出だ。
 今日笑ったのは、爽太のほうだった。

「そう、串モノ禁止。特に人の多いところでは絶対ダメ」
「じゃあ、唐揚げの爪楊枝は?」
「それなら許せる」

 唐揚げとイカ焼きを買って手分けして持ち、甘いものは大河のところで例のアイスを調達することにして有料観覧席エリアへと向かう。
 途中ですれ違ったさっきの二人は、仲良く手を繋いでいた。

「あの子達、付き合ってるんだね」
「今は部内恋愛大丈夫な雰囲気ってことか」

 入部して間もない五月に、私達の一学年上のカップルがとんでもない修羅場を巻き起こして部内の雰囲気がものすごく悪くなった。だから、それ以降そういうのはナシにしようというのが部内での暗黙の了解だったのだけれど。

「もし大丈夫だったら、俺達、今頃どうなってたのかな」

 隣から聞こえてきた呟きに私は少し考える。でも、あの頃の私と爽太は。

「そもそも全然そんな雰囲気じゃなかったけどね」
「……まあ、な」
「それなのに、卒業して何年も経ってからこうやって一緒にいるのってすごく不思議だよね」

 爽太が微笑んで、繋いだ手にほんの少しだけ力を込めてくる。私もその手を握り返し、同じ速度で歩いていく。
 もし高校時代に何かのきっかけでお互いを意識するようなことがあって爽太と恋人同士になっていたとしても、子供の私は爽太の優しさを当たり前のものだと勘違いしてどんどん調子に乗って、最終的に愛想を尽かされていただろう。複数の人と付き合って少し大人になった今の私だからこそ、爽太の優しさが当たり前じゃないとわかっているし、爽太が一番なのだとはっきり実感できているのかもしれない。
 ――じゃあ、爽太は?
 聞けない疑問を抱えたまま大河のところへ寄り、揚げたてカレーパンとアイスを奢ってもらう、のではなくちゃんとお金を出して買う。皆が楽しんでいる中頑張って働いている弟へ、姉からのささやかなエールだ。
 受付を済ませて座布団に腰を下ろした瞬間、頭の上で大きな音が聞こえた。大輪の花が夜空に次々と咲く。

「綺麗だねぇ」
「うん」

 それからは、買ってきたものを食べながら、時々おしゃべりをしながら二人で花火を眺めていた。
 光の玉がひっきりなしに空へ昇って爆ぜ、様々な色に煌めいてから静かに消えていく。目を細めて空を見る爽太の横顔に急に胸がせつなくなってきて、私はほんの少しだけ爽太との距離を詰めた。

「どしたの」
「なんとなく」

 そっと肩を引き寄せられ、爽太に軽くもたれかかって空を仰ぐ。花火がひとつ上がる度に心の中にモヤモヤとした感情が湧き上がってくる。
 爽太は、いつ、どんな子とここに来たんだろう。わざわざ花火のためだけに東京から帰ってくることはないだろうから大学時代の彼女? それとも、中学や高校の頃? 知ったところで何がどうなるわけでもないのはわかってるけど、気になってしまう。

「……あ、煙でちょっと見えにくくなってきた」

 爽太が残念そうな声で言う。風がほとんどない分、先に上がった花火の煙は空に留まったままだ。もう終わってしまった花火が、今とこれからの花火を隠してしまう。
 まるで、自分の存在をなかったことにはさせないと言っているみたいに。
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