38 / 67
第四章 夏と花火と過去の亡霊
見えない不安
しおりを挟む
目の前に座るくーちゃんから発せられたあまりにも衝撃的な言葉に、私は思わずアイスコーヒーを噴き出しそうになった。相談があるってお茶に誘われて、結婚式の受付を頼まれてる件かと思っていたらまさかこんな話だったなんて。
「ちょ、く、くーちゃ……ゴホッ、何言って……っ」
ギリギリ踏みとどまったけれどその分盛大に咽せてしまって言葉が続けられない。咳が治まったところで私は改めてくーちゃんに問いかけた。
「ヤッチが浮気してるかも、って、何それ。どういうこと!?」
日曜午後二時、そこそこ混み合ったカフェに私の声が響く。普段なら「みーちゃん、声大きいよ」と窘めてくれるはずのくーちゃんは今日は何も言わない。
「……最近の翼、なんか変なの」
「変、って」
先週五重奏の練習で顔を合わせた時はいつも通りだったよ、と言いかけたのをすんでのところで飲みこみ、私はくーちゃんの答えを待つ。
「冬の終わり頃からしょっちゅう実家帰ってるし、結婚式の打ち合わせの時もなんだかソワソワしてるし、それに」
くーちゃんが一度言葉を切り、探るような目で私を見る。
「菅原くんがこっち戻ってきてから、『菅原と出かける』って言って日曜に用事入れることが何回かあって。だから、もしかして」
「……爽太を言い訳にして、浮気相手と会ってるんじゃないか、って?」
アッシュブラウンのウエーブヘアがこくりと頷くのを見て、私は思わず机に突っ伏しそうになってしまう。
くーちゃん、違うよ! 結婚式で演る五重奏の練習してるだけだから!
爽太どころか私もマコも朋ちゃんも一緒だから!!
打ち合わせでソワソワしてるのも、多分サプライズがバレないか心配してるだけだから!!!
叫びたくなるのを必死で堪えながら私は頭をフル回転させる。五重奏の話をせずにくーちゃんを安心させるには一体どうしたらいいだろう。
「……ヤッチが爽太と出かけるって言ってたのって、先週でしょ? 野外ライブ見に行った次の日」
「うん」
「昼頃に、爽太とヤッチが一緒に車乗ってるの見たよ」
あの日は皆でお昼ごはん食べに行こうって話になって男女別れて車に乗った。だから嘘は言ってない。本当のことも言ってないだけだ。ちなみに、その前日にくーちゃんをライブに誘ったのはヤッチが実家に帰ってドラムを練習する時間を確保するための朋ちゃん軍曹の作戦だったのだけど。
……ライブの日、まさか爽太や爽太の職場の人と会うなんて思ってなかったからすごく焦ったんだよなぁ。中高の部活で鍛えた、少々やらかしても動じてるように見せない舞台度胸と根性があんなところで役に立つとは思わなかった。
「爽太と会ってるのは本当だから、心配しなくても大丈夫」
どうにかフォローしたつもりだけど、くーちゃんの表情は晴れない。
「……そうだといいんだけど」
「他にも何か気になることあったりするの?」
考えすぎかもしれないけど、と前置きをしてからくーちゃんが小さな声で話し始める。
「私も翼も、お互いが初めて付き合った相手で」
二人が付き合いだしたのはちょうど十年前の今頃、高校一年の夏休みに行われた林間学校の時だ。お互いなんとなく意識していたのを察知したクラスメイトが悪ノリして肝試しでペアを組ませ、幽霊らしきものを見てビビり倒したヤッチがくーちゃんの手を握ったのが決定打になったらしい。
「私はそれですごく幸せだって思ってるけど……翼は、どうなのかなって」
あー、これがマリッジブルーってやつか。元々そう思ってたところに、側から見たらかなり怪しい雰囲気のヤッチの行動が重なって余計に不安になっちゃったのかも。
……この状況で五重奏を演って、本当にくーちゃんは喜んでくれるのかな。
ヤッチに相談したほうがいいかも、という考えが頭をよぎる。でも、このタイミングで私がヤッチと連絡取ってるのがくーちゃんに知られたらまた新しい疑惑を呼びそうだ。
とりあえず、安心できる材料を増やしておいたほうがいいかもしれない。
「大丈夫だよ、ヤッチに限って浮気なんてありえない。……ねえ、くーちゃん」
私は少し身を乗り出し、周りの人に聞こえないように小さな声で問いかける。
「相手に他に好きな人ができた時って、なんとなーくアレの時の雰囲気変わる感じがするんだけど。そのへんはどう?」
くーちゃんが何度かまばたきをした。
こういう話は時々聞くし、私も身をもって経験している。初めて付き合った相手といつものようにラブホに行った時にうまく言い表せない違和感を覚え、しばらくしてから別れを告げられたのは二十一歳になる少し前の苦い思い出だ。
二年しか付き合ってなかった私が気づいたくらいなんだから、ヤッチと十年一緒にいるくーちゃんがその変化に気づかないはずがないし。
「……それは、今まで通り」
変化してないことにも、ちゃんと気づけるはず。
「じゃあ、安心していいんじゃないかな」
「ん。……ありがとね、みーちゃん」
「どういたしまして」
くーちゃんの顔は話し始めた時よりもずいぶん明るくなっている。なんとか結婚式まで穏やかに過ごせますように、と願いながら、私は飲み物に手を伸ばした。
「ちょ、く、くーちゃ……ゴホッ、何言って……っ」
ギリギリ踏みとどまったけれどその分盛大に咽せてしまって言葉が続けられない。咳が治まったところで私は改めてくーちゃんに問いかけた。
「ヤッチが浮気してるかも、って、何それ。どういうこと!?」
日曜午後二時、そこそこ混み合ったカフェに私の声が響く。普段なら「みーちゃん、声大きいよ」と窘めてくれるはずのくーちゃんは今日は何も言わない。
「……最近の翼、なんか変なの」
「変、って」
先週五重奏の練習で顔を合わせた時はいつも通りだったよ、と言いかけたのをすんでのところで飲みこみ、私はくーちゃんの答えを待つ。
「冬の終わり頃からしょっちゅう実家帰ってるし、結婚式の打ち合わせの時もなんだかソワソワしてるし、それに」
くーちゃんが一度言葉を切り、探るような目で私を見る。
「菅原くんがこっち戻ってきてから、『菅原と出かける』って言って日曜に用事入れることが何回かあって。だから、もしかして」
「……爽太を言い訳にして、浮気相手と会ってるんじゃないか、って?」
アッシュブラウンのウエーブヘアがこくりと頷くのを見て、私は思わず机に突っ伏しそうになってしまう。
くーちゃん、違うよ! 結婚式で演る五重奏の練習してるだけだから!
爽太どころか私もマコも朋ちゃんも一緒だから!!
打ち合わせでソワソワしてるのも、多分サプライズがバレないか心配してるだけだから!!!
叫びたくなるのを必死で堪えながら私は頭をフル回転させる。五重奏の話をせずにくーちゃんを安心させるには一体どうしたらいいだろう。
「……ヤッチが爽太と出かけるって言ってたのって、先週でしょ? 野外ライブ見に行った次の日」
「うん」
「昼頃に、爽太とヤッチが一緒に車乗ってるの見たよ」
あの日は皆でお昼ごはん食べに行こうって話になって男女別れて車に乗った。だから嘘は言ってない。本当のことも言ってないだけだ。ちなみに、その前日にくーちゃんをライブに誘ったのはヤッチが実家に帰ってドラムを練習する時間を確保するための朋ちゃん軍曹の作戦だったのだけど。
……ライブの日、まさか爽太や爽太の職場の人と会うなんて思ってなかったからすごく焦ったんだよなぁ。中高の部活で鍛えた、少々やらかしても動じてるように見せない舞台度胸と根性があんなところで役に立つとは思わなかった。
「爽太と会ってるのは本当だから、心配しなくても大丈夫」
どうにかフォローしたつもりだけど、くーちゃんの表情は晴れない。
「……そうだといいんだけど」
「他にも何か気になることあったりするの?」
考えすぎかもしれないけど、と前置きをしてからくーちゃんが小さな声で話し始める。
「私も翼も、お互いが初めて付き合った相手で」
二人が付き合いだしたのはちょうど十年前の今頃、高校一年の夏休みに行われた林間学校の時だ。お互いなんとなく意識していたのを察知したクラスメイトが悪ノリして肝試しでペアを組ませ、幽霊らしきものを見てビビり倒したヤッチがくーちゃんの手を握ったのが決定打になったらしい。
「私はそれですごく幸せだって思ってるけど……翼は、どうなのかなって」
あー、これがマリッジブルーってやつか。元々そう思ってたところに、側から見たらかなり怪しい雰囲気のヤッチの行動が重なって余計に不安になっちゃったのかも。
……この状況で五重奏を演って、本当にくーちゃんは喜んでくれるのかな。
ヤッチに相談したほうがいいかも、という考えが頭をよぎる。でも、このタイミングで私がヤッチと連絡取ってるのがくーちゃんに知られたらまた新しい疑惑を呼びそうだ。
とりあえず、安心できる材料を増やしておいたほうがいいかもしれない。
「大丈夫だよ、ヤッチに限って浮気なんてありえない。……ねえ、くーちゃん」
私は少し身を乗り出し、周りの人に聞こえないように小さな声で問いかける。
「相手に他に好きな人ができた時って、なんとなーくアレの時の雰囲気変わる感じがするんだけど。そのへんはどう?」
くーちゃんが何度かまばたきをした。
こういう話は時々聞くし、私も身をもって経験している。初めて付き合った相手といつものようにラブホに行った時にうまく言い表せない違和感を覚え、しばらくしてから別れを告げられたのは二十一歳になる少し前の苦い思い出だ。
二年しか付き合ってなかった私が気づいたくらいなんだから、ヤッチと十年一緒にいるくーちゃんがその変化に気づかないはずがないし。
「……それは、今まで通り」
変化してないことにも、ちゃんと気づけるはず。
「じゃあ、安心していいんじゃないかな」
「ん。……ありがとね、みーちゃん」
「どういたしまして」
くーちゃんの顔は話し始めた時よりもずいぶん明るくなっている。なんとか結婚式まで穏やかに過ごせますように、と願いながら、私は飲み物に手を伸ばした。
1
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説


Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる