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第三章 雨降って地固ま、る?
雨降って地固ま、る?
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「前田ちゃん、この間は息子がすまんかったなぁ」
休み明けの月曜日、照明器具のカタログを求めてうちの会社にやってきた岡村社長はちっともすまないと思っていない態度でそう言った。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「しっかし、前田ちゃんは本当によぉ間に合うようになって。こういう子が嫁に来てくれたら俺も安心して隠居できるんやけど」
「いえいえ、専務には私なんかよりもっといい人がいますから」
たとえ自分がフリーで結婚を焦ってたとしても、取引先相手に怒鳴り散らすような男なんて絶対無理。
「まあそんなこと言わんと。前田ちゃん、今夜は暇か? 息子も呼んで謝らせるで、一緒にメシでも」
さらっとかわして話を終わらせようとしたけれど、今日の岡村社長は妙にしつこい。
……あー、これは本気で息子の嫁候補にされたっぽいな。怒鳴られてもキレ返さずに黙々と仕事をする地味な女は自営業の嫁、もとい奴隷には最適だもんね。
森主任の顔を潰さずに穏便に済ませるにはどうすればいいかな、と考えを巡らせ始めたところで。
「ダメですよ、社長」
ラックにカタログを取りに行っていた笹本さんが話に割って入ってきた。
「前田先輩、彼氏さんに溺愛されてますから。この間残業して遅くなった時なんて、彼氏さんが迎えに来てたんですよ! うらやましいなぁ、私もそんな彼氏欲しいなぁ」
ちょっと舌っ足らずな口調で言い放つ笹本さんに、岡村社長だけでなく私まで呆気に取られてしまう。岡村社長は瞬きを繰り返しながらカタログを受け取り、そそくさと帰っていった。
フロアに二人だけになったところで私は笹本さんに問いかける。
「ねえ、さっきの話だけど」
どうして知ってるの、と続けようとした言葉を遮るように笹本さんが口を開く。
「森主任が、金曜の夜に先輩が彼氏さんと相合傘して車に乗るのを見たそうですよ。『美波号が土曜になっても駐車場に置きっぱなしだったから、あのまま彼氏の家で泊まりだったんだろうな』って休憩スペースで言いふらしてました」
どうして知っているのかはわかった。けれど、わからないのは。
「どうしてあの話をしたの?」
タイミングも内容も、単なる世間話だとは思えない。あれはきっと。
「……もしかして、助けてくれた?」
「一応そのつもりでしたけど。迷惑でしたか?」
「そんなことない。……ありがと」
どういう風の吹き回しだと思わないでもないけれど、助かったのは事実だからお礼は言っておかないと。
笹本さんがふんっと鼻を鳴らした。
「金曜のお詫びってことにしておいてください。あと、ああやって空気読めないバカのふりしておけば私も嫁候補から外れるでしょうから」
確かにその通りだ。この子、仕事はロクにしないけど悪知恵だけはよく働くな。
「その頭の回転、仕事に生かせばいいのに」
「嫌味ですか?」
「褒めてるつもりだけど? あと、これはババアからの忠告。……バカのふりして面倒ごとからうまく逃げてるつもりかもしれないけど、周りから本物のバカだと思われたくなかったらやめた方がいいよ」
忠告ついでに『陰でババアって呼んでるの知ってるからね』と釘を刺しておく。
笹本さんが眉を顰めた。
「……性格悪っ。先輩って、彼氏さんの前でもそんな感じなんですか?」
「そうだよ」
私が動じなかったのが予想外だったらしく、笹本さんはヒールの音を高く響かせながら席へ戻っていく。まったく、言い返されるのが嫌なら最初からおとなしくしてればいいのに。
席に着いたところで机の上のスマホが震える。時間は『12:03』。いつの間にか昼休憩に入っていた。
私は書類をざっと片付けてお弁当を取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。休憩開始とほとんど同時にメッセージを送ってきたのは『スガ』、爽太だ。
『順調?』
たった三文字の短いメッセージからでも、爽太の優しさがしっかり伝わってくる。
こういう優しさを『溺愛』と言っていいのかどうかは正直よくわからないし、私のどこをそんなに気に入ってるのかも謎だけれど、大事にしてもらえているのは間違いない。
私はOKのスタンプに続いて『夜電話するね』と送り、お弁当の包みを解く。
金曜の夜に爽太が綺麗に洗ってくれたお弁当箱が、姿を見せた。
休み明けの月曜日、照明器具のカタログを求めてうちの会社にやってきた岡村社長はちっともすまないと思っていない態度でそう言った。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「しっかし、前田ちゃんは本当によぉ間に合うようになって。こういう子が嫁に来てくれたら俺も安心して隠居できるんやけど」
「いえいえ、専務には私なんかよりもっといい人がいますから」
たとえ自分がフリーで結婚を焦ってたとしても、取引先相手に怒鳴り散らすような男なんて絶対無理。
「まあそんなこと言わんと。前田ちゃん、今夜は暇か? 息子も呼んで謝らせるで、一緒にメシでも」
さらっとかわして話を終わらせようとしたけれど、今日の岡村社長は妙にしつこい。
……あー、これは本気で息子の嫁候補にされたっぽいな。怒鳴られてもキレ返さずに黙々と仕事をする地味な女は自営業の嫁、もとい奴隷には最適だもんね。
森主任の顔を潰さずに穏便に済ませるにはどうすればいいかな、と考えを巡らせ始めたところで。
「ダメですよ、社長」
ラックにカタログを取りに行っていた笹本さんが話に割って入ってきた。
「前田先輩、彼氏さんに溺愛されてますから。この間残業して遅くなった時なんて、彼氏さんが迎えに来てたんですよ! うらやましいなぁ、私もそんな彼氏欲しいなぁ」
ちょっと舌っ足らずな口調で言い放つ笹本さんに、岡村社長だけでなく私まで呆気に取られてしまう。岡村社長は瞬きを繰り返しながらカタログを受け取り、そそくさと帰っていった。
フロアに二人だけになったところで私は笹本さんに問いかける。
「ねえ、さっきの話だけど」
どうして知ってるの、と続けようとした言葉を遮るように笹本さんが口を開く。
「森主任が、金曜の夜に先輩が彼氏さんと相合傘して車に乗るのを見たそうですよ。『美波号が土曜になっても駐車場に置きっぱなしだったから、あのまま彼氏の家で泊まりだったんだろうな』って休憩スペースで言いふらしてました」
どうして知っているのかはわかった。けれど、わからないのは。
「どうしてあの話をしたの?」
タイミングも内容も、単なる世間話だとは思えない。あれはきっと。
「……もしかして、助けてくれた?」
「一応そのつもりでしたけど。迷惑でしたか?」
「そんなことない。……ありがと」
どういう風の吹き回しだと思わないでもないけれど、助かったのは事実だからお礼は言っておかないと。
笹本さんがふんっと鼻を鳴らした。
「金曜のお詫びってことにしておいてください。あと、ああやって空気読めないバカのふりしておけば私も嫁候補から外れるでしょうから」
確かにその通りだ。この子、仕事はロクにしないけど悪知恵だけはよく働くな。
「その頭の回転、仕事に生かせばいいのに」
「嫌味ですか?」
「褒めてるつもりだけど? あと、これはババアからの忠告。……バカのふりして面倒ごとからうまく逃げてるつもりかもしれないけど、周りから本物のバカだと思われたくなかったらやめた方がいいよ」
忠告ついでに『陰でババアって呼んでるの知ってるからね』と釘を刺しておく。
笹本さんが眉を顰めた。
「……性格悪っ。先輩って、彼氏さんの前でもそんな感じなんですか?」
「そうだよ」
私が動じなかったのが予想外だったらしく、笹本さんはヒールの音を高く響かせながら席へ戻っていく。まったく、言い返されるのが嫌なら最初からおとなしくしてればいいのに。
席に着いたところで机の上のスマホが震える。時間は『12:03』。いつの間にか昼休憩に入っていた。
私は書類をざっと片付けてお弁当を取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。休憩開始とほとんど同時にメッセージを送ってきたのは『スガ』、爽太だ。
『順調?』
たった三文字の短いメッセージからでも、爽太の優しさがしっかり伝わってくる。
こういう優しさを『溺愛』と言っていいのかどうかは正直よくわからないし、私のどこをそんなに気に入ってるのかも謎だけれど、大事にしてもらえているのは間違いない。
私はOKのスタンプに続いて『夜電話するね』と送り、お弁当の包みを解く。
金曜の夜に爽太が綺麗に洗ってくれたお弁当箱が、姿を見せた。
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