【R18】姫初めからのはじめかた

福永涼弥

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第三章 雨降って地固ま、る?

第三ラウンド

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 岡村専務からお叱りの電話を受けて入力ミスが発覚したことを説明し、更に続ける。

「発注かけた二週間前の木曜日は、私がお休みをいただいていたので笹本さん一人でとっても忙しかったそうです。そのせいで用紙を補給する余裕がなくて、印刷と確認を省いてしまったと正直に話してくれました」

 男性二人が信じられないと言いたげな顔をする。信じられないのなら録音聞きますか、と言おうとしたところでフロアに声が響き渡った。

「え、じゃあ何でミスした笹本じゃなくて前田が緊急便の段取りしたの?」

 主任の言葉に笹本さんが顔を上げる。
 その表情は、やけに自信に満ち溢れていた。

「私がやるって言ったのに取り上げられました。ミスを挽回するチャンスすら与えないのって、パワハラですよね」
「は?」

 低い声で聞き返した瞬間部長と主任の視線がこちらに向く。違う、と言いたいけれどあの時営業フロアにいたのは私と笹本さんだけだから証拠がない。
 ――これじゃ、私が悪者みたいじゃないの。

「それに、休んだ翌日に私が前日やった仕事を確認しないのって指導係としてどうなんですか? 先輩だってちゃんと仕事してないのに、全部私のせいにされるんですか?」

 勝ち誇ったような顔で言い放たれ、さすがに我慢できなくなった。

「倉庫で二時間以上サボってた人に言われたくな」
「二人とも、話が逸れてきてるよ。……森くん、前田さん、コーヒー買ってきてくれる?」

 笹本さんからは僕が話を聞く、と言いながら、部長がポケットから小銭入れを取り出す。口調は穏やかなのに眼鏡の奥の目は鋭い。

「わかりました。前田、行こうか」
「はい」

 主任に促されて私は廊下へ出る。突き当たりの休憩スペースには人の気配はなくて、自販機の小さな光だけが見える。
 照明が点いて明るくなったそこで、私は主任と向かい合った。

「で、実際どうなの?」
「いいえ。電話受けた時には笹本さんは席を外してましたし、私がエースさんとやり取りをしてる間も何もしてませんでした」
「笹本が戻ってからやらせればよかったんじゃない?」
「緊急便の締めまで十五分しかないのに、イチから教えてたら間に合いませんから」

 主任が大きく息を吐く。一応理解はしてもらえたらしい。

「……確かに。フォロー、ありがとうな」
「専務、怒ってましたよね」
「いや。俺が電話した時には少し冷静になってて『怒鳴って悪かった』って言ってたぞ」

 とりあえず発注ミスの件に関しては何とか治まりそうで、私は内心で胸を撫で下ろす。あとはお詫びとして今やってる拾い出しを正式な見積に起こして早めに提出すれば心象はそこまで悪くならないはずだ。

「しかし、問題は笹本だな。あいつって最初からあんなふうだった?」
「……なんか、最近目に余る感じになってきましたね」
「化けの皮が剝がれてきた、ってことか。まぁ、今頃部長に絞られてるだろうから少しは反省するだろ」
「はい」
「ただ、笹本があんなナメた態度取るようになったのは早めに対処しなかった前田にも責任があると思うけど」

 痛いところを突かれた。私の指導不足だと言われたらそこまでだ。

「……申し訳ありません」
「前田、対外的なトラブルの対処はめちゃめちゃ早くて的確なのになんでこんな変なところで様子見するかな。……部長から少し言われるかもしれないから、今のうちに心の準備しておいた方がいいぞ」

 俺も笹本と少し話したいからコーヒーよろしく、と言い、主任が部長から預かった小銭入れを渡してきた。足音が遠ざかり、雨音と自販機が低く唸る音だけが聞こえるようになる。
 その音に耳を傾けるうちに頭は冷えてきたけれど、今度はむなしさがこみあげてきた。
 ……なんか、今日の私って頑張り損じゃない?
 そう思ったらいてもたってもいられなくなって私はスマホを取り出した。メッセージを入力し、ほんの少しだけ迷ってから送信する。

『仕事終わってから会いに行ってもいい?』

 ちょっと嫌なことがあったくらいで疲れてるところに押しかけるのが迷惑なことくらいわかってる。それでも、無性に爽太の顔が見たかった。
 気を取り直して自販機にお金を入れたところでスマホが震える。

『わかった』
『終わったら連絡して』

 要件だけの一見そっけないメッセージが、今はありがたかった。
 四人分の飲み物を買って戻り、それぞれに配る。部長が自分のブラックコーヒーと笹本さんのミルクティを見比べて不思議そうな顔をした。

「笹本さんだけ違うね」
「……私、コーヒー飲めないので」
「前田さんが君にだけ違うものを買ってきたのも、仲間外れ……パワハラだったりするのかな」

 部長の静かな声での問いかけに笹本さんが首を振る。

「そうだね。……さっきも言ったけれど、君の苦手なことを理解してフォローしてくれる人を貶めるのはどうかと思うし、フォローしてもらえることに甘えてばかりいるのもよくないよ」
「……はい。すみませんでした」

 謝ってはいるけれど、視線はこちらには向いていない。適当にこの場をやり過ごそうとしているのが丸わかりだ。

「信用や信頼を得るには時間がかかるけれど、失うのは一瞬だ。これからどう行動するのかを皆が見ているということを忘れないようにね」

 部長の視線は笹本さんではなく私に向けられていた。
 指導係である私のこれからの行動を見させてもらう、と言われていることを悟り、私は黙って頷いた。
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