28 / 67
第三章 雨降って地固ま、る?
第三ラウンド
しおりを挟む
岡村専務からお叱りの電話を受けて入力ミスが発覚したことを説明し、更に続ける。
「発注かけた二週間前の木曜日は、私がお休みをいただいていたので笹本さん一人でとっても忙しかったそうです。そのせいで用紙を補給する余裕がなくて、印刷と確認を省いてしまったと正直に話してくれました」
男性二人が信じられないと言いたげな顔をする。信じられないのなら録音聞きますか、と言おうとしたところでフロアに声が響き渡った。
「え、じゃあ何でミスした笹本じゃなくて前田が緊急便の段取りしたの?」
主任の言葉に笹本さんが顔を上げる。
その表情は、やけに自信に満ち溢れていた。
「私がやるって言ったのに取り上げられました。ミスを挽回するチャンスすら与えないのって、パワハラですよね」
「は?」
低い声で聞き返した瞬間部長と主任の視線がこちらに向く。違う、と言いたいけれどあの時営業フロアにいたのは私と笹本さんだけだから証拠がない。
――これじゃ、私が悪者みたいじゃないの。
「それに、休んだ翌日に私が前日やった仕事を確認しないのって指導係としてどうなんですか? 先輩だってちゃんと仕事してないのに、全部私のせいにされるんですか?」
勝ち誇ったような顔で言い放たれ、さすがに我慢できなくなった。
「倉庫で二時間以上サボってた人に言われたくな」
「二人とも、話が逸れてきてるよ。……森くん、前田さん、コーヒー買ってきてくれる?」
笹本さんからは僕が話を聞く、と言いながら、部長がポケットから小銭入れを取り出す。口調は穏やかなのに眼鏡の奥の目は鋭い。
「わかりました。前田、行こうか」
「はい」
主任に促されて私は廊下へ出る。突き当たりの休憩スペースには人の気配はなくて、自販機の小さな光だけが見える。
照明が点いて明るくなったそこで、私は主任と向かい合った。
「で、実際どうなの?」
「いいえ。電話受けた時には笹本さんは席を外してましたし、私がエースさんとやり取りをしてる間も何もしてませんでした」
「笹本が戻ってからやらせればよかったんじゃない?」
「緊急便の締めまで十五分しかないのに、イチから教えてたら間に合いませんから」
主任が大きく息を吐く。一応理解はしてもらえたらしい。
「……確かに。フォロー、ありがとうな」
「専務、怒ってましたよね」
「いや。俺が電話した時には少し冷静になってて『怒鳴って悪かった』って言ってたぞ」
とりあえず発注ミスの件に関しては何とか治まりそうで、私は内心で胸を撫で下ろす。あとはお詫びとして今やってる拾い出しを正式な見積に起こして早めに提出すれば心象はそこまで悪くならないはずだ。
「しかし、問題は笹本だな。あいつって最初からあんなふうだった?」
「……なんか、最近目に余る感じになってきましたね」
「化けの皮が剝がれてきた、ってことか。まぁ、今頃部長に絞られてるだろうから少しは反省するだろ」
「はい」
「ただ、笹本があんなナメた態度取るようになったのは早めに対処しなかった前田にも責任があると思うけど」
痛いところを突かれた。私の指導不足だと言われたらそこまでだ。
「……申し訳ありません」
「前田、対外的なトラブルの対処はめちゃめちゃ早くて的確なのになんでこんな変なところで様子見するかな。……部長から少し言われるかもしれないから、今のうちに心の準備しておいた方がいいぞ」
俺も笹本と少し話したいからコーヒーよろしく、と言い、主任が部長から預かった小銭入れを渡してきた。足音が遠ざかり、雨音と自販機が低く唸る音だけが聞こえるようになる。
その音に耳を傾けるうちに頭は冷えてきたけれど、今度はむなしさがこみあげてきた。
……なんか、今日の私って頑張り損じゃない?
そう思ったらいてもたってもいられなくなって私はスマホを取り出した。メッセージを入力し、ほんの少しだけ迷ってから送信する。
『仕事終わってから会いに行ってもいい?』
ちょっと嫌なことがあったくらいで疲れてるところに押しかけるのが迷惑なことくらいわかってる。それでも、無性に爽太の顔が見たかった。
気を取り直して自販機にお金を入れたところでスマホが震える。
『わかった』
『終わったら連絡して』
要件だけの一見そっけないメッセージが、今はありがたかった。
四人分の飲み物を買って戻り、それぞれに配る。部長が自分のブラックコーヒーと笹本さんのミルクティを見比べて不思議そうな顔をした。
「笹本さんだけ違うね」
「……私、コーヒー飲めないので」
「前田さんが君にだけ違うものを買ってきたのも、仲間外れ……パワハラだったりするのかな」
部長の静かな声での問いかけに笹本さんが首を振る。
「そうだね。……さっきも言ったけれど、君の苦手なことを理解してフォローしてくれる人を貶めるのはどうかと思うし、フォローしてもらえることに甘えてばかりいるのもよくないよ」
「……はい。すみませんでした」
謝ってはいるけれど、視線はこちらには向いていない。適当にこの場をやり過ごそうとしているのが丸わかりだ。
「信用や信頼を得るには時間がかかるけれど、失うのは一瞬だ。これからどう行動するのかを皆が見ているということを忘れないようにね」
部長の視線は笹本さんではなく私に向けられていた。
指導係である私のこれからの行動を見させてもらう、と言われていることを悟り、私は黙って頷いた。
「発注かけた二週間前の木曜日は、私がお休みをいただいていたので笹本さん一人でとっても忙しかったそうです。そのせいで用紙を補給する余裕がなくて、印刷と確認を省いてしまったと正直に話してくれました」
男性二人が信じられないと言いたげな顔をする。信じられないのなら録音聞きますか、と言おうとしたところでフロアに声が響き渡った。
「え、じゃあ何でミスした笹本じゃなくて前田が緊急便の段取りしたの?」
主任の言葉に笹本さんが顔を上げる。
その表情は、やけに自信に満ち溢れていた。
「私がやるって言ったのに取り上げられました。ミスを挽回するチャンスすら与えないのって、パワハラですよね」
「は?」
低い声で聞き返した瞬間部長と主任の視線がこちらに向く。違う、と言いたいけれどあの時営業フロアにいたのは私と笹本さんだけだから証拠がない。
――これじゃ、私が悪者みたいじゃないの。
「それに、休んだ翌日に私が前日やった仕事を確認しないのって指導係としてどうなんですか? 先輩だってちゃんと仕事してないのに、全部私のせいにされるんですか?」
勝ち誇ったような顔で言い放たれ、さすがに我慢できなくなった。
「倉庫で二時間以上サボってた人に言われたくな」
「二人とも、話が逸れてきてるよ。……森くん、前田さん、コーヒー買ってきてくれる?」
笹本さんからは僕が話を聞く、と言いながら、部長がポケットから小銭入れを取り出す。口調は穏やかなのに眼鏡の奥の目は鋭い。
「わかりました。前田、行こうか」
「はい」
主任に促されて私は廊下へ出る。突き当たりの休憩スペースには人の気配はなくて、自販機の小さな光だけが見える。
照明が点いて明るくなったそこで、私は主任と向かい合った。
「で、実際どうなの?」
「いいえ。電話受けた時には笹本さんは席を外してましたし、私がエースさんとやり取りをしてる間も何もしてませんでした」
「笹本が戻ってからやらせればよかったんじゃない?」
「緊急便の締めまで十五分しかないのに、イチから教えてたら間に合いませんから」
主任が大きく息を吐く。一応理解はしてもらえたらしい。
「……確かに。フォロー、ありがとうな」
「専務、怒ってましたよね」
「いや。俺が電話した時には少し冷静になってて『怒鳴って悪かった』って言ってたぞ」
とりあえず発注ミスの件に関しては何とか治まりそうで、私は内心で胸を撫で下ろす。あとはお詫びとして今やってる拾い出しを正式な見積に起こして早めに提出すれば心象はそこまで悪くならないはずだ。
「しかし、問題は笹本だな。あいつって最初からあんなふうだった?」
「……なんか、最近目に余る感じになってきましたね」
「化けの皮が剝がれてきた、ってことか。まぁ、今頃部長に絞られてるだろうから少しは反省するだろ」
「はい」
「ただ、笹本があんなナメた態度取るようになったのは早めに対処しなかった前田にも責任があると思うけど」
痛いところを突かれた。私の指導不足だと言われたらそこまでだ。
「……申し訳ありません」
「前田、対外的なトラブルの対処はめちゃめちゃ早くて的確なのになんでこんな変なところで様子見するかな。……部長から少し言われるかもしれないから、今のうちに心の準備しておいた方がいいぞ」
俺も笹本と少し話したいからコーヒーよろしく、と言い、主任が部長から預かった小銭入れを渡してきた。足音が遠ざかり、雨音と自販機が低く唸る音だけが聞こえるようになる。
その音に耳を傾けるうちに頭は冷えてきたけれど、今度はむなしさがこみあげてきた。
……なんか、今日の私って頑張り損じゃない?
そう思ったらいてもたってもいられなくなって私はスマホを取り出した。メッセージを入力し、ほんの少しだけ迷ってから送信する。
『仕事終わってから会いに行ってもいい?』
ちょっと嫌なことがあったくらいで疲れてるところに押しかけるのが迷惑なことくらいわかってる。それでも、無性に爽太の顔が見たかった。
気を取り直して自販機にお金を入れたところでスマホが震える。
『わかった』
『終わったら連絡して』
要件だけの一見そっけないメッセージが、今はありがたかった。
四人分の飲み物を買って戻り、それぞれに配る。部長が自分のブラックコーヒーと笹本さんのミルクティを見比べて不思議そうな顔をした。
「笹本さんだけ違うね」
「……私、コーヒー飲めないので」
「前田さんが君にだけ違うものを買ってきたのも、仲間外れ……パワハラだったりするのかな」
部長の静かな声での問いかけに笹本さんが首を振る。
「そうだね。……さっきも言ったけれど、君の苦手なことを理解してフォローしてくれる人を貶めるのはどうかと思うし、フォローしてもらえることに甘えてばかりいるのもよくないよ」
「……はい。すみませんでした」
謝ってはいるけれど、視線はこちらには向いていない。適当にこの場をやり過ごそうとしているのが丸わかりだ。
「信用や信頼を得るには時間がかかるけれど、失うのは一瞬だ。これからどう行動するのかを皆が見ているということを忘れないようにね」
部長の視線は笹本さんではなく私に向けられていた。
指導係である私のこれからの行動を見させてもらう、と言われていることを悟り、私は黙って頷いた。
1
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる