24 / 67
第三章 雨降って地固ま、る?
ロクでもない電話
しおりを挟む
外線の着信音が鳴り響く。斜め向かいにいる後輩の笹本さんが出る気配がないので、私は左手を伸ばして受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。水谷電材、前田でございます」
『あー、前田ちゃんかぁ。注文エエか?』
特徴のある喋りと絶対に自分から名乗らない態度。この電話の相手が誰なのかはディスプレイを見なくてもわかる。
「岡村社長、お久しぶりです」
『おっ、覚えとってくれたんか。最近は息子に任せとるけどな、たまには俺も仕事せんとボケてまう』
ガハハ、という大きな笑い声が聞こえてきた。この様子だと、その息子と私をくっつけようとしていたことはすっかり忘れているようだ。
岡村社長は取引先の未婚女性に片っ端から『息子の嫁に』と声をかけることで有名で、外見が地味な私は押しに弱いと思われてロックオンされ、『息子も交えて食事に行こう』と何度も声をかけられていた。
……あのクソ男と仲良くなったきっかけ、たまたまその場に居合わせて『前田ちゃんは僕が狙ってるんだからダメですよ』って庇ってくれたからなんだよなぁ。
今から思うと、あいつも私のことを『押しに弱くて簡単に思い通りにできる』って理由で狙ってたんだろう。
「毎度ありがとうございます。ご注文、お伺いします」
『在庫のケーブル、そろそろ追加しときたいんやけど。二芯と三芯、両方な』
「数量はいつも通りでしょうか?」
『そうそう。息子が頼んどった見積書と一緒に持ってくるよう森くんに伝えといて』
よろしく、の声と共に通話が切られ、笹本さんがほっとしたような顔でこちらを見る。
――あの子、岡村社長だってわかってたから電話出なかったんだ。
イラっとしながらキーボードを叩き、納品履歴を呼び出して追加受注分の入力をし出荷依頼書を二枚出力する。
用紙切れのアラートが響き渡った。……今日の当番、昼の補給サボったな。
私はすぐさま席を立って紙を補給し、出てきた書類に間違いがないか目を通す。一枚に『見積書と一緒にオカムラ電気様へ配達お願いします』と付箋をつけて営業の森主任の机に置き、もう一枚を倉庫行きの書類ボックスに入れて席に戻る。
営業部全員で分担している消耗品補給当番表には、今日の担当は笹本さんだと書かれていた。
うちの会社は電気設備資材の問屋で、笹本さんは去年の新卒だ。工業高校電気科出身の彼女は現場での打ち合わせ要員として採用されたのだけれど、あまりにもミスが多くて任せられないということで年明けから営業事務になり、私が指導係に任命された。
……ほんっとうに、あの子は何につけても面倒くさがるんだよなぁ。ミスだって確認すれば防げるものがほとんどなのに何度注意してもまともにやらないし、ちょっとキツめに言ったら『私が高卒だから仕事ができないって言いたいんですか』って拗ねるし。正直言ってお手上げだ。
ため息をついてから私は机に広げた図面に目を落とす。資材の拾い出しをどの部屋まで済ませたのかとっさに思い出せなくて、電話に出てくれなかった笹本さんに文句を言いたくなるのをぐっと堪える。
金曜午後にかかってくる電話に出るとロクなことがない。
三年と二ヶ月の社会人生活で得た教訓を内心で呟きながら、私はもう一度図面を端から確認することにした。
一区切りついたところで外線が鳴った。電話に慣れてもらうためにできるだけ笹本さんに出てもらうようにしているけれど、今は席を外していてフロアには私一人だけだから出るしかない。
ディスプレイには『オカムラ電気 専務』と表示されている。さっき電話をかけてきた岡村社長の息子さんだ。
「お電話ありがとうございます。水谷電材、前田でございま」
『今日の納品、数が違うんだけど』
初っ端から喧嘩腰で言われて思わず身構える。岡村専務は絶対にメールかファックスで注文をしてくれるから、数量を間違えたのはうちの会社。お叱りを受けるのは当然だ。
オカムラ電気さんの今日の納品データは……これか。
「『ヘアサロンステラ』様の分ですね。数が違う、といいますと」
『ダウンライト四十頼んだのに十しか来てない。明日取り付けなのにこれじゃ仕事にならないだろう!』
そう言われて慌てて画面を確認する。品番の横に書かれた数量は、確かに『10』となっていて血の気が引いた。
――嘘でしょ。なんでそんなに足りないの!?
「お電話ありがとうございます。水谷電材、前田でございます」
『あー、前田ちゃんかぁ。注文エエか?』
特徴のある喋りと絶対に自分から名乗らない態度。この電話の相手が誰なのかはディスプレイを見なくてもわかる。
「岡村社長、お久しぶりです」
『おっ、覚えとってくれたんか。最近は息子に任せとるけどな、たまには俺も仕事せんとボケてまう』
ガハハ、という大きな笑い声が聞こえてきた。この様子だと、その息子と私をくっつけようとしていたことはすっかり忘れているようだ。
岡村社長は取引先の未婚女性に片っ端から『息子の嫁に』と声をかけることで有名で、外見が地味な私は押しに弱いと思われてロックオンされ、『息子も交えて食事に行こう』と何度も声をかけられていた。
……あのクソ男と仲良くなったきっかけ、たまたまその場に居合わせて『前田ちゃんは僕が狙ってるんだからダメですよ』って庇ってくれたからなんだよなぁ。
今から思うと、あいつも私のことを『押しに弱くて簡単に思い通りにできる』って理由で狙ってたんだろう。
「毎度ありがとうございます。ご注文、お伺いします」
『在庫のケーブル、そろそろ追加しときたいんやけど。二芯と三芯、両方な』
「数量はいつも通りでしょうか?」
『そうそう。息子が頼んどった見積書と一緒に持ってくるよう森くんに伝えといて』
よろしく、の声と共に通話が切られ、笹本さんがほっとしたような顔でこちらを見る。
――あの子、岡村社長だってわかってたから電話出なかったんだ。
イラっとしながらキーボードを叩き、納品履歴を呼び出して追加受注分の入力をし出荷依頼書を二枚出力する。
用紙切れのアラートが響き渡った。……今日の当番、昼の補給サボったな。
私はすぐさま席を立って紙を補給し、出てきた書類に間違いがないか目を通す。一枚に『見積書と一緒にオカムラ電気様へ配達お願いします』と付箋をつけて営業の森主任の机に置き、もう一枚を倉庫行きの書類ボックスに入れて席に戻る。
営業部全員で分担している消耗品補給当番表には、今日の担当は笹本さんだと書かれていた。
うちの会社は電気設備資材の問屋で、笹本さんは去年の新卒だ。工業高校電気科出身の彼女は現場での打ち合わせ要員として採用されたのだけれど、あまりにもミスが多くて任せられないということで年明けから営業事務になり、私が指導係に任命された。
……ほんっとうに、あの子は何につけても面倒くさがるんだよなぁ。ミスだって確認すれば防げるものがほとんどなのに何度注意してもまともにやらないし、ちょっとキツめに言ったら『私が高卒だから仕事ができないって言いたいんですか』って拗ねるし。正直言ってお手上げだ。
ため息をついてから私は机に広げた図面に目を落とす。資材の拾い出しをどの部屋まで済ませたのかとっさに思い出せなくて、電話に出てくれなかった笹本さんに文句を言いたくなるのをぐっと堪える。
金曜午後にかかってくる電話に出るとロクなことがない。
三年と二ヶ月の社会人生活で得た教訓を内心で呟きながら、私はもう一度図面を端から確認することにした。
一区切りついたところで外線が鳴った。電話に慣れてもらうためにできるだけ笹本さんに出てもらうようにしているけれど、今は席を外していてフロアには私一人だけだから出るしかない。
ディスプレイには『オカムラ電気 専務』と表示されている。さっき電話をかけてきた岡村社長の息子さんだ。
「お電話ありがとうございます。水谷電材、前田でございま」
『今日の納品、数が違うんだけど』
初っ端から喧嘩腰で言われて思わず身構える。岡村専務は絶対にメールかファックスで注文をしてくれるから、数量を間違えたのはうちの会社。お叱りを受けるのは当然だ。
オカムラ電気さんの今日の納品データは……これか。
「『ヘアサロンステラ』様の分ですね。数が違う、といいますと」
『ダウンライト四十頼んだのに十しか来てない。明日取り付けなのにこれじゃ仕事にならないだろう!』
そう言われて慌てて画面を確認する。品番の横に書かれた数量は、確かに『10』となっていて血の気が引いた。
――嘘でしょ。なんでそんなに足りないの!?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
116
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる