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第一章 一年の計は元旦にあり
事後
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動けない。息はようやく整ったけど指先一本すら動かせる気がしない。私をこんな状態にした張本人は早々に回復して裸のままベッドから降り、相変わらず爽やかにお茶を飲んでいる。
恨めしそうな私の視線に気がついたらしい、菅原、が、ペットボトルを振って見せてきた。
「動ける? 飲む?」
「飲みたいけどまだ動けない」
「起こすから手だけでも動かして」
「それも無理」
「しょうがないなぁ」
「……誰のせい?」
「俺、かな」
裸の背中とベッドの間にするりと手が入ってきてゆっくり抱え起こされる。キャップが空いたボトルを渡されて背中を支えられたまま口をつける。自覚していた以上に喉が渇いていたらしくて、気がついたら残っていた分を全部飲み干していた。
少しだけ気力が戻った、かもしれない。
私の手から空になったボトルを回収して床に置き、菅原は私を抱えたままベッドに転がった。腕と布団の両方で包み込まれてじわじわと温められる感じが心地いい。
「上書き、できた?」
「……うん」
「ならよかった」
上京の思い出どころか今までの経験全部上書きされたけどそれは言わないでおいて、菅原の肩におでこを押しつける。肌と耳に伝わる呼吸はさっきと違って穏やかでとても規則正しくて、なんだか眠くなってくる。
ふぁ、と小さなあくびをする私に菅原が笑いかけてきた。
「眠そう」
「うん」
「色々あって疲れただろ。今日はもう寝よう」
「……うん」
話さなきゃいけないことがある気がするけど、なんかもう、眠すぎて無理。
髪を撫でられる心地よさに目を閉じる。全身が眠気に支配される。
「……明日、ちゃんと話そう」
意識が途切れる寸前、おでこにキスをされたような気がした。
目覚めて最初に見たのは、少しだけ眠そうな顔をした菅原だった。
「おはよ」
「……おはようございます」
「なんで敬語?」
「それは、その」
昨日、じゃなくて日付変わってからのことだから今日、の出来事を思い出して気まずいからに決まっている。そこは言わなくても察してほしい。
話を逸らすために質問を投げてみる。
「今、何時?」
「そろそろ九時だけど。どうする? 朝メシ食べる?」
「食べる」
おなか空いてるしこのままいつまでもベッドにいるわけにはいかないし帰り支度もしなきゃいけないし。
菅原がベッドから降りて、散らかった服を拾って手渡してくれた。
「準備してくるから着替えて待ってて」
着替えを済ませた菅原はそう言い残してキッチンへ向かい、ベッドの上に私だけが残される。着替えようとブラを手に取った瞬間、脱がされた時とその後に起きたことが頭をよぎってしまってものすごく恥ずかしくなってきた。
……早く、帰らなきゃ。
とりあえず渡されたものを全部着て、キャリーバッグから帰り支度に必要なものを引っ張り出す。着替えと、化粧品一式と、あとは何かあるかな、と思った瞬間ドアが開いた。
「何してるの?」
「帰り支度の支度」
菅原が呆れたような顔をする。
「それは後。準備したから食べよう」
昨日私がリクエストしたハムサンドとグリーンサラダ、自分用のパンをローテーブルに置いて菅原はキッチンに戻る。再び部屋にやってきた菅原の手には、カップ麺、ではなくてマグカップがあった。
「あと、寒いからコーンスープ。コーヒーもあるから欲しかったら言って」
「……さすスガ」
昨日から甘やかすにも程があるだろう、と心の中でツッコミを入れて、ふと考える。
今日のあれも、甘やかし、ってことになるのかな。
「どうしたの」
「いただきます」
ものすごく微妙な雰囲気のまま食事が始まったけれど、黙々と口を動かしていたらお互いあっという間に食べ終わってしまった。すぐに昨夜と同じようにローテーブルの上が片づけられて、昨日と同じように菅原が左隣に座る。
逃げ出したいくらい気まずい。
「えっと、準備して帰るね」
「待って。ちゃんと話そうって言っただろ」
腰を浮かせた瞬間言葉で逃げ道を塞がれ、私はもう一度座り直す。
逃げたってどうしようもないのはちゃんとわかっているけれど、あんなことをしてしまった以上もう菅原と友達ですらいられなくなるという現実と向き合うのは正直言って怖かった。
恨めしそうな私の視線に気がついたらしい、菅原、が、ペットボトルを振って見せてきた。
「動ける? 飲む?」
「飲みたいけどまだ動けない」
「起こすから手だけでも動かして」
「それも無理」
「しょうがないなぁ」
「……誰のせい?」
「俺、かな」
裸の背中とベッドの間にするりと手が入ってきてゆっくり抱え起こされる。キャップが空いたボトルを渡されて背中を支えられたまま口をつける。自覚していた以上に喉が渇いていたらしくて、気がついたら残っていた分を全部飲み干していた。
少しだけ気力が戻った、かもしれない。
私の手から空になったボトルを回収して床に置き、菅原は私を抱えたままベッドに転がった。腕と布団の両方で包み込まれてじわじわと温められる感じが心地いい。
「上書き、できた?」
「……うん」
「ならよかった」
上京の思い出どころか今までの経験全部上書きされたけどそれは言わないでおいて、菅原の肩におでこを押しつける。肌と耳に伝わる呼吸はさっきと違って穏やかでとても規則正しくて、なんだか眠くなってくる。
ふぁ、と小さなあくびをする私に菅原が笑いかけてきた。
「眠そう」
「うん」
「色々あって疲れただろ。今日はもう寝よう」
「……うん」
話さなきゃいけないことがある気がするけど、なんかもう、眠すぎて無理。
髪を撫でられる心地よさに目を閉じる。全身が眠気に支配される。
「……明日、ちゃんと話そう」
意識が途切れる寸前、おでこにキスをされたような気がした。
目覚めて最初に見たのは、少しだけ眠そうな顔をした菅原だった。
「おはよ」
「……おはようございます」
「なんで敬語?」
「それは、その」
昨日、じゃなくて日付変わってからのことだから今日、の出来事を思い出して気まずいからに決まっている。そこは言わなくても察してほしい。
話を逸らすために質問を投げてみる。
「今、何時?」
「そろそろ九時だけど。どうする? 朝メシ食べる?」
「食べる」
おなか空いてるしこのままいつまでもベッドにいるわけにはいかないし帰り支度もしなきゃいけないし。
菅原がベッドから降りて、散らかった服を拾って手渡してくれた。
「準備してくるから着替えて待ってて」
着替えを済ませた菅原はそう言い残してキッチンへ向かい、ベッドの上に私だけが残される。着替えようとブラを手に取った瞬間、脱がされた時とその後に起きたことが頭をよぎってしまってものすごく恥ずかしくなってきた。
……早く、帰らなきゃ。
とりあえず渡されたものを全部着て、キャリーバッグから帰り支度に必要なものを引っ張り出す。着替えと、化粧品一式と、あとは何かあるかな、と思った瞬間ドアが開いた。
「何してるの?」
「帰り支度の支度」
菅原が呆れたような顔をする。
「それは後。準備したから食べよう」
昨日私がリクエストしたハムサンドとグリーンサラダ、自分用のパンをローテーブルに置いて菅原はキッチンに戻る。再び部屋にやってきた菅原の手には、カップ麺、ではなくてマグカップがあった。
「あと、寒いからコーンスープ。コーヒーもあるから欲しかったら言って」
「……さすスガ」
昨日から甘やかすにも程があるだろう、と心の中でツッコミを入れて、ふと考える。
今日のあれも、甘やかし、ってことになるのかな。
「どうしたの」
「いただきます」
ものすごく微妙な雰囲気のまま食事が始まったけれど、黙々と口を動かしていたらお互いあっという間に食べ終わってしまった。すぐに昨夜と同じようにローテーブルの上が片づけられて、昨日と同じように菅原が左隣に座る。
逃げ出したいくらい気まずい。
「えっと、準備して帰るね」
「待って。ちゃんと話そうって言っただろ」
腰を浮かせた瞬間言葉で逃げ道を塞がれ、私はもう一度座り直す。
逃げたってどうしようもないのはちゃんとわかっているけれど、あんなことをしてしまった以上もう菅原と友達ですらいられなくなるという現実と向き合うのは正直言って怖かった。
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