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第一章 一年の計は元旦にあり

神様仏様さすスガ様

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 締めのデザートまで食べ終えたところで菅原が聞いてくる。

「そういえば、前田さん今日はどこに泊まるの?」
「……ああっ!?」

 一気に酔いが醒めた。クソ男のところに泊まるつもりで上京してきたから当然ホテルなんか取ってない。頭に血が上ってて完全に忘れてた。
 菅原が呆れたような顔をする。

「さっき成長したって褒めたの取り消す。前田さん、詰めが甘い」
「……おっしゃる通りです。とりあえず、どっかのネカフェかなぁ……」

 今回の件で、往復の新幹線代とか服とかエステとかかわいい下着とかで色々お金を使った。更に年明けに車検、春にはタイヤ買い替えが控えているのにここで正月料金のホテルに泊まるのはさすがに痛すぎる。今夜はネカフェで我慢して、明日になったら予定を前倒しして帰るしかなさそう。

「前田さん、俺がネカフェ行くからうちに泊まって」
「いや、それはさすがに申し訳ないし」
「申し訳ないとかじゃなくて酔った女子がひとりでネカフェなんて危ないし」
「だからって菅原を追い出すわけには」
「前田さんがうちに泊まるのは決定だから。で、俺は家とネカフェ、どっちにいればいい?」

 そう聞かれて少し考える。菅原は私をネカフェに行かせたくない。私は菅原を追い出すのは忍びない。となると、折衷案としては。

「家でお願いします」
「了解」

 これがクソ男みたいな奴だったら下心あっての発言なんだろうけど、菅原が紳士なのは昔からのつきあいでよく知っている。神様仏様さすスガ様、ありがたく泊まらせていただきます。
 そんなことを考えながら、てきぱきと会計を済ませた菅原と連れ立ってお店を出る。お店の前にはいつの間にか呼んであったタクシーが待機していて、私は今日三度目のさすスガを心の中で菅原に捧げた。



 菅原の東京での住処は五階建てのマンションの三階だった。オートロックにエレベーター付き、キッチン独立型。今日行ったクソ男のアパートとはこの時点で格が違う。

「いいところ住んでるね」
「会社の家賃補助だけじゃ足りないから差額は自腹だけどな」

 菅原はせっかく地元の有名企業に就職したのに初任地が東京、という割と気の毒な社会人生活を送っている。菅原としては防音がしっかりした部屋というのが絶対に譲れない条件だったらしく、差額を払ってでもここがいいと決めたとのことだ。ついでに言うなら差額払っているから部外者の立ち入りは問題ないらしい。

「適当にそのへん座ってていいよ」

 お言葉に甘えてローテーブルの前にクッションを敷いて座り、エアコンが効いてくるのを待つ。念のため鞄に入れっぱなしだったスマホを確認するとクソ男からのメッセージと着信が十回くらいあった。
 何か作業をしていたらしい菅原が戻ってきて、私の隣に腰を下ろす。

「ねー菅原、ちょっとこれ見て」
「あれ送られてきても連絡してくるって、謝りたいのか言い訳したいのかどっちだろうな」

 またスマホが震えて着信を知らせる。菅原が聞きたそうな顔をしているからスピーカーモードにして出ることにした。

「もしもし」
『死ねってなんだよふざけんな。謝れよ』

 今までブロックしなかったのは、もしかしたらきちんと謝ってくれるかもしれないという淡い期待があったからだった。けれど、そう言う態度で来るのか。
 ……そっちこそふざけんな。
 菅原が真顔で私を見る。その視線から『全力でやれ』という指令を受け取って私は息を吸った。
 ――言われなくても、全力でぶちかますつもりだし!

「ふざけんな。絶対謝らない。っていうかそっちが謝れ。謝っても絶対許さないけど」
『え』

 おなかに力を入れて一気にまくし立てる。職場用の『もの静かな美波ちゃん』の姿しか知らないくせに、高圧的に出てうやむやにできると思ったら大間違いだ。

「寮に女連れ込んでたこと会社にバラされたくなかったら、二度と連絡してこないで」

 本当はダメなんだけど帰省してる人が多いからバレないと言ったのはクソ男。だけど、それに乗っかった私もどうかしていた。
 電話の向こうで慌てた声が聞こえるのを無視して電話を切り、メッセージと電話をブロックする。これで完全に終わり。

「前田さん、クソ男しつこそうだけど家とかSNSとか知られてない?」
「そっちは大丈夫。あとは会社のメールくらいだけど、さすがに連絡してこないんじゃないかな」
「これで終わりになるといいな。お疲れさま」

 本当にそうなってほしい。こんなムカつく話を来年まで持ち越すなんて絶対にイヤだ。

「じゃ、明日の朝メシ買いに行ってくる。前田さん何か食べたいものある?」
「え、私も行くよ」

 泊まりのお礼にせめてそれくらいは買わせてほしいと思ったのだけど、菅原は首を振った。

「前田さんはここにいて。もうすぐ風呂沸くから俺が買い物行ってる間に入って」
「いいの?」
「俺がいたら落ち着いて入れないだろ? 風呂終わったら連絡よろしく」

 この配慮、さすスガとしか言いようがない。
 何から何まで世話を焼いてもらえて嬉しいような申し訳ないような気分になりながら菅原を見送り、私はお風呂の準備を始める。ミニサイズのシャンプーとコンディショナー、クレンジングに洗顔フォームに基礎化粧品一式にボディクリーム。ボディソープだけは貸してもらおう。
 ……それにしても、今回の上京で愛でてもらうために買ったかわいいルームウェアと下着が本来の役目を果たせなかったのが悔しい! あ、でも、クソ男のために使わなくてすんだからよかったのかな。
 そんなことを考えていると給湯器が鳴り、私は服を脱いでお風呂へと足を踏み入れる。一人暮らし用マンションのお風呂は、当然戸建のお風呂より狭い。
 ……こんなところで、よくあんなことできるな。
 嫌なことを思い出してしまってやさぐれた気分になりながら、私はメイクを落として熱いシャワーを頭からかぶった。
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