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閑話その二 菅原先輩の彼女
菅原先輩の彼女
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「爽太? え、会社の人とのバーベキューって河川敷じゃ」
「こっちに変わったの、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。……ってことは、もしかして」
女の人が、駆け寄ってきた菅原先輩と私、興味津々といった様子で近づいてくる藤井くんを代わる代わる見る。
『美波』『爽太』という親しげな呼び名。会社の人とバーベキュー、という休日の予定を把握している間柄。
ということは、この女の人は。
「もしかして、菅原先輩の彼女さんですか!?」
藤井くんの興奮気味な問いかけに先輩が頷き、彼女――美波さんが顔を綻ばせる。
私は美波さんに向き直り、頭を下げた。
「菅原先輩と同じ部署の、田辺といいます。さっきは本当にありがとうございました」
「そんな、お礼言われるようなことなんて何もしてませんから顔上げてください。爽……じゃなくて、菅原くんがお世話になってます」
「僕、藤井です! 今月から菅原先輩と一緒に仕事させてもらってます」
「藤井、ちょっとだけ静かにしてて。美波、田辺さん、どうして一緒にいるのか聞いてもいい?」
私は美波さんと顔を見合わせる。この状況で黙るのもごまかすのも無理だろう。
「田辺さんが二人組の男に絡まれて困ってたの見かけたから、友達のふりして声かけて連れ出した」
「また何かあるかもしれないからって、ここまで一緒に来てくれたんです」
「男二人相手に一人で立ち向かうとか、彼女さん、めちゃめちゃ男前じゃないですか! 菅原先輩も彼女さんもカッコよすぎるでしょ」
酔っ払った藤井くんの大きな声につられて皆が集まってくる。その勢いのまま藤井くんが皆に事情を説明している中、微笑んで会釈をしている美波さんはとても眩しかった。
……菅原先輩のこと、ちょっといいなって思ってたけど。
こんな素敵な人に、私なんかが敵うわけなかった。
「うちの後輩、助けてくれてありがと。ところで美波、今日はどうしてここに?」
「朋ちゃんの知り合いが野外ライブに出るから見に来た。マコとくーちゃんも一緒」
「……で、田辺さんを心配して送ってきてくれた美波は皆のところまで一人で戻るの?」
「あ」
美波さんが『そこまで考えてなかった』と言いたげな表情をし、菅原先輩は「やっぱり」と呟いて皆に向き直る。
「すみません、彼女送っていくからちょっとだけ抜けます」
「おう、行ってこい行ってこい」
「なんならこのまま帰ってデートしたら?」
「いや、先輩が帰っちゃったら僕と田辺先輩の帰りの足がありませんから! ちゃんと戻ってきてくださいね!」
藤井くんの言葉に皆がどっと笑う。
山口さん達四人は、少し離れたところで面白くなさそうな顔をしていた。
「菅原先輩カップル、ほんとすごかったっすね」
もう何度目になるかわからない藤井くんの言葉に私は苦笑いを浮かべた。お酒が入っていつも以上に饒舌になった藤井くんは、帰りの電車の中でも今日の出来事を繰り返し口にしている。
「菅原先輩だけじゃなくて彼女さんまで気配り上手って。ああいうのって、付き合ってるうちに似てくるのかな」
美波さんを友達のところに送っていった菅原先輩は、戻ってくるなり『彼女からの差し入れ』だと言ってホテルの出店で買ったアイスを皆に配ってくれたのだ。
「それにしても、山口さん、でしたっけ? 菅原先輩狙いっぽい人。すっごい顔してましたね」
「……うん」
山口さんは、負けを認めるのは悔しいけどアイスは食べたいって顔をしながら菅原先輩からアイスを受け取っていた。さすがにもう菅原先輩には近づかないだろう。
「あの彼女さんとアイスに勝てるわけないのに。めちゃめちゃ美味かったなぁ」
あのアイスはホテルのオリジナル商品で、基本的には出向かないと食べられない。今日出張販売が来てたのは本当にラッキーだった。
「あのホテル、アフタヌーンティーもすごくいいんだよ。その分ちょっとお高めだからなかなか行けないんだけど」
何気ない私の言葉に藤井くんが目を細めて笑う。
「じゃあ、今度一緒に行きませんか。ボーナス入ったからご馳走します」
「え」
「僕、もっと田辺先輩と仲良くなりたいです。……男に面倒なこと全部押し付けて自分達だけ平気な顔して楽しんで、友達がコケても声すらかけずに見てるだけの人達より、焼くのも食べるのも、手が汚れる片付けまで一緒にやってくれる先輩のほうがずっと素敵だから」
ひと息に言い切る藤井くんの耳が赤いのは、酔ってるからなのか、それとも。
どう返事をしていいのか迷っているうちに藤井くんが降りる駅に着いた。「いい返事、待ってますね」と言って藤井くんは立ち上がり、笑顔で手を振って帰って行った。
走り出した電車の中で私は深呼吸を繰り返す。胸の鼓動は、男達に絡まれた時よりもずっと速かった。
「こっちに変わったの、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。……ってことは、もしかして」
女の人が、駆け寄ってきた菅原先輩と私、興味津々といった様子で近づいてくる藤井くんを代わる代わる見る。
『美波』『爽太』という親しげな呼び名。会社の人とバーベキュー、という休日の予定を把握している間柄。
ということは、この女の人は。
「もしかして、菅原先輩の彼女さんですか!?」
藤井くんの興奮気味な問いかけに先輩が頷き、彼女――美波さんが顔を綻ばせる。
私は美波さんに向き直り、頭を下げた。
「菅原先輩と同じ部署の、田辺といいます。さっきは本当にありがとうございました」
「そんな、お礼言われるようなことなんて何もしてませんから顔上げてください。爽……じゃなくて、菅原くんがお世話になってます」
「僕、藤井です! 今月から菅原先輩と一緒に仕事させてもらってます」
「藤井、ちょっとだけ静かにしてて。美波、田辺さん、どうして一緒にいるのか聞いてもいい?」
私は美波さんと顔を見合わせる。この状況で黙るのもごまかすのも無理だろう。
「田辺さんが二人組の男に絡まれて困ってたの見かけたから、友達のふりして声かけて連れ出した」
「また何かあるかもしれないからって、ここまで一緒に来てくれたんです」
「男二人相手に一人で立ち向かうとか、彼女さん、めちゃめちゃ男前じゃないですか! 菅原先輩も彼女さんもカッコよすぎるでしょ」
酔っ払った藤井くんの大きな声につられて皆が集まってくる。その勢いのまま藤井くんが皆に事情を説明している中、微笑んで会釈をしている美波さんはとても眩しかった。
……菅原先輩のこと、ちょっといいなって思ってたけど。
こんな素敵な人に、私なんかが敵うわけなかった。
「うちの後輩、助けてくれてありがと。ところで美波、今日はどうしてここに?」
「朋ちゃんの知り合いが野外ライブに出るから見に来た。マコとくーちゃんも一緒」
「……で、田辺さんを心配して送ってきてくれた美波は皆のところまで一人で戻るの?」
「あ」
美波さんが『そこまで考えてなかった』と言いたげな表情をし、菅原先輩は「やっぱり」と呟いて皆に向き直る。
「すみません、彼女送っていくからちょっとだけ抜けます」
「おう、行ってこい行ってこい」
「なんならこのまま帰ってデートしたら?」
「いや、先輩が帰っちゃったら僕と田辺先輩の帰りの足がありませんから! ちゃんと戻ってきてくださいね!」
藤井くんの言葉に皆がどっと笑う。
山口さん達四人は、少し離れたところで面白くなさそうな顔をしていた。
「菅原先輩カップル、ほんとすごかったっすね」
もう何度目になるかわからない藤井くんの言葉に私は苦笑いを浮かべた。お酒が入っていつも以上に饒舌になった藤井くんは、帰りの電車の中でも今日の出来事を繰り返し口にしている。
「菅原先輩だけじゃなくて彼女さんまで気配り上手って。ああいうのって、付き合ってるうちに似てくるのかな」
美波さんを友達のところに送っていった菅原先輩は、戻ってくるなり『彼女からの差し入れ』だと言ってホテルの出店で買ったアイスを皆に配ってくれたのだ。
「それにしても、山口さん、でしたっけ? 菅原先輩狙いっぽい人。すっごい顔してましたね」
「……うん」
山口さんは、負けを認めるのは悔しいけどアイスは食べたいって顔をしながら菅原先輩からアイスを受け取っていた。さすがにもう菅原先輩には近づかないだろう。
「あの彼女さんとアイスに勝てるわけないのに。めちゃめちゃ美味かったなぁ」
あのアイスはホテルのオリジナル商品で、基本的には出向かないと食べられない。今日出張販売が来てたのは本当にラッキーだった。
「あのホテル、アフタヌーンティーもすごくいいんだよ。その分ちょっとお高めだからなかなか行けないんだけど」
何気ない私の言葉に藤井くんが目を細めて笑う。
「じゃあ、今度一緒に行きませんか。ボーナス入ったからご馳走します」
「え」
「僕、もっと田辺先輩と仲良くなりたいです。……男に面倒なこと全部押し付けて自分達だけ平気な顔して楽しんで、友達がコケても声すらかけずに見てるだけの人達より、焼くのも食べるのも、手が汚れる片付けまで一緒にやってくれる先輩のほうがずっと素敵だから」
ひと息に言い切る藤井くんの耳が赤いのは、酔ってるからなのか、それとも。
どう返事をしていいのか迷っているうちに藤井くんが降りる駅に着いた。「いい返事、待ってますね」と言って藤井くんは立ち上がり、笑顔で手を振って帰って行った。
走り出した電車の中で私は深呼吸を繰り返す。胸の鼓動は、男達に絡まれた時よりもずっと速かった。
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