1 / 67
第一章 一年の計は元旦にあり
逆サプライズ
しおりを挟む
重いキャリーバッグと一緒に地下鉄から降り、私はふうっと息をついた。社会人になってからのこの三年は数えるほどしか電車に乗っていないせいでやけに疲れてしまう。
地元駅からJRとか新幹線とか色々乗り継いでようやく辿り着いたここは、遠距離恋愛中の彼氏のアパートの最寄り駅だ。
彼――弘樹さんは東京に本社があるメーカーの営業で、九月までは私の地元の支社に勤務していた。私の勤務先に営業に来たのがきっかけだったから、弘樹さんの立場上つきあっていることは二人だけの秘密にしている。
けれど、東京には私が取引先の人間だと知っている人はいない。だから大晦日の今日から一月二日までは誰の目も憚ることなく思う存分いちゃいちゃできる。
バッグからスマホを取り出して時間を確認する。只今、五時四十分。この前に弘樹さんと電話した時に『大晦日、美波ちゃんが来る前に部屋の大掃除したいから七時以降に来てもらえると嬉しいな』と言われていたけど、一緒に掃除すれば早く済む。
『駅に着いたよ』と連絡したほうがいいのかなと思いつつも、結局はびっくりさせたいという気持ちが勝った。この前教えてもらった住所を地図アプリに打ち込んで、私はアパートに向かって歩き出した。
弘樹さんの部屋は会社が独身寮として借りているアパートの二階の一番奥らしい。キャリーバッグを持って外階段を登り、キャスター音が迷惑にならないように手で持ったまま廊下を歩く。
どこかの部屋から声が聞こえてきた。勝手に耳に入ってくるのはたぶん、女の人のあの声だ。誰かさんの彼女か動画の声だろう。
……ちょっと待て。これ、私の声もこんな風に外に聞こえるかもしれないってこと? 正直嫌なんだけど。
奥に向かうにつれ声はどんどんはっきりしてくる。出処は突き当たりにある弘樹さんの部屋の、廊下に面したお風呂場の窓からだった。
「ひろき」
女の人が、弘樹さんの名前を呼ぶ。
「ん? 挿れてほしい?」
続いて聞こえてきたのは、弘樹さんの甘い、最中の声。
――録音しなきゃ。
スマホカメラを動画モードにして窓ギリギリの見えないところに構える。女があんあん言ってる声が録れたけど、まだ足りない。
「ひろき、すき」
「俺も好きだよ、ちーちゃん。しばらく会えないから、今日のうちにちーちゃんいっぱい補給させて」
「もう。三が日終わったらちゃんと帰ってくるのにぃ」
ちーちゃんとかいう女の声も、弘樹さん改めクソ男の声も撮れた。お互いが名前を呼び合っているから証拠としては充分。
怒りがふつふつと湧いてくる。その怒りをおなかの中に溜め込んで、私はタイミングを窺う。
録音開始からもうすぐ二分。前にした時はこのくらいだった、はず。
「ちーちゃん、出すよ」
その言葉を待っていた。
クソ男がイく寸前であろうタイミングに合わせて録画を止め、玄関ドアに蹴りをかます。ドアに足型はついたけど凹んでないからセーフセーフ。ソールのしっかりしたブーツを履いてきたのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
お風呂場から慌てたような声が聞こえ、私はキャリーバッグを引っ掴んで足早にその場を後にした。アパートから離れたところでメッセージアプリを立ち上げ、クソ男宛に『死ね』と一言送信してからスマホをバッグに入れる。
キャリーバッグを曳きながら、私は今来たばかりの道を戻り始めた。
駅の周りで見つけたカフェに入り、ホットラテと共に席に着いたのは六時を少し回った頃だった。スマホを確認してみても特に変わったところはない。まだスマホ見てない、つまり、女と一緒にいるのかと思うとものすごく腹が立ってきた。
苛立ちのままにスマホを操作し、メッセージアプリのグループトークで友人達に愚痴を送信する。
『彼氏に会いに行ったら浮気の真っ最中だった』
『こんなことなら今日の同期会に出ればよかった』
今夜は六時から地元で高校時代の部活の同期会だったけど、東京に行くから泣く泣く不参加にしていた。それなのにこんなことになるなんて。
すぐさま既読がついて画面にどんどんメッセージが送られてくる。
『かわしまことね』ことマコからは『マジで!?』のスタンプ、『さととも』朋ちゃんからは『美波めっちゃかわいそうじゃん! 彼氏最低だね』。『ちゃんと仕返ししたか?』のメッセージは『八代翼』、ヤッチからだ。
定期的に集まっている五人グループのうち、同期会に出ている三人からはすぐに返信が来た。残る一人は休みの関係で不参加だけど、全員既読になっているからメッセージ自体は見たらしい。
スマホが震えて着信を知らせる。同期会不参加の菅原からだ。
「もしもし?」
『菅原だけど。前田さん、災難だったね。まだ東京にいる?』
「いるよ」
『よかったら話聞くけど、前田さん今どこ?』
そういえば、菅原は東京勤務だった。
駅名とカフェの名前を告げると菅原の穏やかな声が返ってくる。
『そこなら近いから、二十分くらいで行けるよ。そのまま待ってて』
地元駅からJRとか新幹線とか色々乗り継いでようやく辿り着いたここは、遠距離恋愛中の彼氏のアパートの最寄り駅だ。
彼――弘樹さんは東京に本社があるメーカーの営業で、九月までは私の地元の支社に勤務していた。私の勤務先に営業に来たのがきっかけだったから、弘樹さんの立場上つきあっていることは二人だけの秘密にしている。
けれど、東京には私が取引先の人間だと知っている人はいない。だから大晦日の今日から一月二日までは誰の目も憚ることなく思う存分いちゃいちゃできる。
バッグからスマホを取り出して時間を確認する。只今、五時四十分。この前に弘樹さんと電話した時に『大晦日、美波ちゃんが来る前に部屋の大掃除したいから七時以降に来てもらえると嬉しいな』と言われていたけど、一緒に掃除すれば早く済む。
『駅に着いたよ』と連絡したほうがいいのかなと思いつつも、結局はびっくりさせたいという気持ちが勝った。この前教えてもらった住所を地図アプリに打ち込んで、私はアパートに向かって歩き出した。
弘樹さんの部屋は会社が独身寮として借りているアパートの二階の一番奥らしい。キャリーバッグを持って外階段を登り、キャスター音が迷惑にならないように手で持ったまま廊下を歩く。
どこかの部屋から声が聞こえてきた。勝手に耳に入ってくるのはたぶん、女の人のあの声だ。誰かさんの彼女か動画の声だろう。
……ちょっと待て。これ、私の声もこんな風に外に聞こえるかもしれないってこと? 正直嫌なんだけど。
奥に向かうにつれ声はどんどんはっきりしてくる。出処は突き当たりにある弘樹さんの部屋の、廊下に面したお風呂場の窓からだった。
「ひろき」
女の人が、弘樹さんの名前を呼ぶ。
「ん? 挿れてほしい?」
続いて聞こえてきたのは、弘樹さんの甘い、最中の声。
――録音しなきゃ。
スマホカメラを動画モードにして窓ギリギリの見えないところに構える。女があんあん言ってる声が録れたけど、まだ足りない。
「ひろき、すき」
「俺も好きだよ、ちーちゃん。しばらく会えないから、今日のうちにちーちゃんいっぱい補給させて」
「もう。三が日終わったらちゃんと帰ってくるのにぃ」
ちーちゃんとかいう女の声も、弘樹さん改めクソ男の声も撮れた。お互いが名前を呼び合っているから証拠としては充分。
怒りがふつふつと湧いてくる。その怒りをおなかの中に溜め込んで、私はタイミングを窺う。
録音開始からもうすぐ二分。前にした時はこのくらいだった、はず。
「ちーちゃん、出すよ」
その言葉を待っていた。
クソ男がイく寸前であろうタイミングに合わせて録画を止め、玄関ドアに蹴りをかます。ドアに足型はついたけど凹んでないからセーフセーフ。ソールのしっかりしたブーツを履いてきたのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
お風呂場から慌てたような声が聞こえ、私はキャリーバッグを引っ掴んで足早にその場を後にした。アパートから離れたところでメッセージアプリを立ち上げ、クソ男宛に『死ね』と一言送信してからスマホをバッグに入れる。
キャリーバッグを曳きながら、私は今来たばかりの道を戻り始めた。
駅の周りで見つけたカフェに入り、ホットラテと共に席に着いたのは六時を少し回った頃だった。スマホを確認してみても特に変わったところはない。まだスマホ見てない、つまり、女と一緒にいるのかと思うとものすごく腹が立ってきた。
苛立ちのままにスマホを操作し、メッセージアプリのグループトークで友人達に愚痴を送信する。
『彼氏に会いに行ったら浮気の真っ最中だった』
『こんなことなら今日の同期会に出ればよかった』
今夜は六時から地元で高校時代の部活の同期会だったけど、東京に行くから泣く泣く不参加にしていた。それなのにこんなことになるなんて。
すぐさま既読がついて画面にどんどんメッセージが送られてくる。
『かわしまことね』ことマコからは『マジで!?』のスタンプ、『さととも』朋ちゃんからは『美波めっちゃかわいそうじゃん! 彼氏最低だね』。『ちゃんと仕返ししたか?』のメッセージは『八代翼』、ヤッチからだ。
定期的に集まっている五人グループのうち、同期会に出ている三人からはすぐに返信が来た。残る一人は休みの関係で不参加だけど、全員既読になっているからメッセージ自体は見たらしい。
スマホが震えて着信を知らせる。同期会不参加の菅原からだ。
「もしもし?」
『菅原だけど。前田さん、災難だったね。まだ東京にいる?』
「いるよ」
『よかったら話聞くけど、前田さん今どこ?』
そういえば、菅原は東京勤務だった。
駅名とカフェの名前を告げると菅原の穏やかな声が返ってくる。
『そこなら近いから、二十分くらいで行けるよ。そのまま待ってて』
1
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」
私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!?
ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。
少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。
それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。
副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!?
跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……?
坂下花音 さかしたかのん
28歳
不動産会社『マグネイトエステート』一般社員
真面目が服を着て歩いているような子
見た目も真面目そのもの
恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された
×
盛重海星 もりしげかいせい
32歳
不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司
長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない
人当たりがよくていい人
だけど本当は強引!?
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
それは、あくまで不埒な蜜戯にて
奏多
恋愛
設楽一楓は、高校生の頃、同級生で生徒会長だった瀬名伊吹に弱みを握られて一度だけ体の関係を持った。
その場限りの約束のはずが、なぜか彼が作った会社に働くことになって!?
一度だけのあやまちをなかったことにして、カリスマ的パワハラ悪魔に仕えていた一楓に、突然悪魔が囁いた――。
「なかったことに出来ると思う? 思い出させてあげるよ、あの日のこと」
ブラック企業での叩き上げプログラマー兼社長秘書
設楽一楓
(しだら いちか)
×
元同級生兼カリスマIT社長
瀬名伊吹
(せな いぶき)
☆現在番外編執筆中☆
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜
花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか?
どこにいても誰といても冷静沈着。
二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司
そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは
十条コーポレーションのお嬢様
十条 月菜《じゅうじょう つきな》
真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。
「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」
「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」
しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――?
冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳
努力家妻 十条 月菜 150㎝ 24歳
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる