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約束の成れの果て(中)
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「しかし、エステル様も大変だなぁ」
セルファースの眼前に座ったデルクが呆れたような声を出す。セルファースは頷いて同意を示し、目の前の茶に手を伸ばした。
「あのワガママ姫、祝詞を忘れて泣きついてきたんだろうな。振り回されるエステル様がお気の毒だ」
「全くだ」
「どうせ王族しか月の乙女の術を受けられないのだから、何があっても王族だけで解決すればいいのに」
「デルク、不敬だぞ」
棘を含んだ言葉にセルファースは慌てる。誰かに聞かれて誇張されて上に伝わったらデルクが罰を受けることになるかもしれない。
セルファースの制止を聞かず、デルクは不愉快そうな顔で続ける。
「おまえはそのせいで死にかけたのに。……任務とはいえ、とんだとばっちりじゃないか」
デルクの言う通りだった。月の乙女の術は王族が独占していることをセルファースは守護騎士になって初めて知った。
あの時神殿を襲撃したのはかつて家族や恋人のために癒しの術を求めて断られた者達だったらしい。怨恨だったのか術を使わせるためにエステルを攫おうとしたのかは全員死んでしまった今となってはわからない。
だが、動機などセルファースにとっては大した問題ではない。エステルが狙われたから全員殺した。その結果自分も一度死んだが、ヴィレムのおかげで生き返ることができた。ただそれだけの話だ。
「エステル様、一人で神殿に向かったんだろう? 大丈夫なのか?」
デルクの言葉にセルファースは溜息を吐いた。
「本当は行かせたくなかったし、俺も同行するつもりだったけれど」
嫌な記憶のある神殿にエステル一人で行かせたくはなかったが、荷物を持ち出した時の木箱を持って来いと命じられたので座席の都合上セルファースは同行できなかった。あれだけ嫌がっていたくせに、ハブリエレは月の乙女になった途端に神殿にあった物は木箱一つであっても自分のものだと主張しだしたのだから始末が悪い。
「ヴィレム様がもう少しハブリエレ様を抑えてくださるといいのだが。呼び出されるのは今回だけで充分だ」
「本当だな」
ヴィレムは命の恩人なので文句を言うべきではないのはわかっているが、もう月の乙女ではなくなったエステルが振り回されるのは気の毒だ。
そんな会話をしながら茶を飲んでいると不意にデルクが声を上げた。
「セルファース、エステル様が戻る前に帰ったほうがいいんじゃないか? 新婚なのに大事な奥さんを一人にしちゃ可哀想だ」
茶化すようなデルクの言葉にセルファースは曖昧な笑みを返し、心の中で呟く。
もしかしたら、エステルは俺と一緒じゃない方がいいのかもしれないけどな。
居間の扉を開けたセルファースを出迎えたのは懐かしい香りだった。香りの染みついた木箱は返したし、今日は家事をしている間じゅう窓を開け放してしっかり換気をしておいたはずなのにどうして、と思いながら周囲を見回す。
長椅子の上にエステルの外套と帽子、それに手袋が置かれていた。香りはここから漂っているらしい。エステルはどこへ行ったのだろう、と思ったところで水音が聞こえてきた。
……俺がいない間に風呂を済ませて、そのまま部屋に閉じこもるつもりだったんだろうな。
そう考えた瞬間セルファースの胸にどうしようもない苛立ちがこみ上げてきた。せっかく夫婦になれたのにエステルは何も話してくれない。こんな状態で一緒にいることに意味はあるのだろうかとすら思ってしまう。
セルファースは心を決めた。
いつまでもこのままじゃいけない。今日こそはエステルと話をしよう。
もしかしたら俺にとっては嫌な話になるかもしれないけれど、何も知らないままずっと過ごすわけにはいかないのだから。
セルファースの眼前に座ったデルクが呆れたような声を出す。セルファースは頷いて同意を示し、目の前の茶に手を伸ばした。
「あのワガママ姫、祝詞を忘れて泣きついてきたんだろうな。振り回されるエステル様がお気の毒だ」
「全くだ」
「どうせ王族しか月の乙女の術を受けられないのだから、何があっても王族だけで解決すればいいのに」
「デルク、不敬だぞ」
棘を含んだ言葉にセルファースは慌てる。誰かに聞かれて誇張されて上に伝わったらデルクが罰を受けることになるかもしれない。
セルファースの制止を聞かず、デルクは不愉快そうな顔で続ける。
「おまえはそのせいで死にかけたのに。……任務とはいえ、とんだとばっちりじゃないか」
デルクの言う通りだった。月の乙女の術は王族が独占していることをセルファースは守護騎士になって初めて知った。
あの時神殿を襲撃したのはかつて家族や恋人のために癒しの術を求めて断られた者達だったらしい。怨恨だったのか術を使わせるためにエステルを攫おうとしたのかは全員死んでしまった今となってはわからない。
だが、動機などセルファースにとっては大した問題ではない。エステルが狙われたから全員殺した。その結果自分も一度死んだが、ヴィレムのおかげで生き返ることができた。ただそれだけの話だ。
「エステル様、一人で神殿に向かったんだろう? 大丈夫なのか?」
デルクの言葉にセルファースは溜息を吐いた。
「本当は行かせたくなかったし、俺も同行するつもりだったけれど」
嫌な記憶のある神殿にエステル一人で行かせたくはなかったが、荷物を持ち出した時の木箱を持って来いと命じられたので座席の都合上セルファースは同行できなかった。あれだけ嫌がっていたくせに、ハブリエレは月の乙女になった途端に神殿にあった物は木箱一つであっても自分のものだと主張しだしたのだから始末が悪い。
「ヴィレム様がもう少しハブリエレ様を抑えてくださるといいのだが。呼び出されるのは今回だけで充分だ」
「本当だな」
ヴィレムは命の恩人なので文句を言うべきではないのはわかっているが、もう月の乙女ではなくなったエステルが振り回されるのは気の毒だ。
そんな会話をしながら茶を飲んでいると不意にデルクが声を上げた。
「セルファース、エステル様が戻る前に帰ったほうがいいんじゃないか? 新婚なのに大事な奥さんを一人にしちゃ可哀想だ」
茶化すようなデルクの言葉にセルファースは曖昧な笑みを返し、心の中で呟く。
もしかしたら、エステルは俺と一緒じゃない方がいいのかもしれないけどな。
居間の扉を開けたセルファースを出迎えたのは懐かしい香りだった。香りの染みついた木箱は返したし、今日は家事をしている間じゅう窓を開け放してしっかり換気をしておいたはずなのにどうして、と思いながら周囲を見回す。
長椅子の上にエステルの外套と帽子、それに手袋が置かれていた。香りはここから漂っているらしい。エステルはどこへ行ったのだろう、と思ったところで水音が聞こえてきた。
……俺がいない間に風呂を済ませて、そのまま部屋に閉じこもるつもりだったんだろうな。
そう考えた瞬間セルファースの胸にどうしようもない苛立ちがこみ上げてきた。せっかく夫婦になれたのにエステルは何も話してくれない。こんな状態で一緒にいることに意味はあるのだろうかとすら思ってしまう。
セルファースは心を決めた。
いつまでもこのままじゃいけない。今日こそはエステルと話をしよう。
もしかしたら俺にとっては嫌な話になるかもしれないけれど、何も知らないままずっと過ごすわけにはいかないのだから。
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