三上さんはメモをとる

歩く魚

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黒木くんとメモ帳

黒木くんとメモ帳

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 なんの変哲もない一日だった。
 相変わらず三上は神秘的なまでに美しかったし、その横顔を見ているだけで俺の身体にも活性効果が出ていた……と思う。
 おかげで講義の内容も頭によく入っている。
 前期の試験まではまだ一月ほど時間があるが、そろそろ勉強を始めた方が良いだろう。
 そうだ、またファミレスで一緒に勉強したいな。
 もう何度も助けてもらってるし、美味しいスイーツの食べられるカフェでも良い。俺も食べたいし。

「なぁ三上、この後なんだけど――」
「今日の放課後はどこに――」

 言葉が被り、お互い思わず笑みをこぼす。

「ふふっ。黒木くん、先にいいですよ」
「ありがとう。今日なんだけど、この後行きたいところがなければ勉強しないか? 試験も近いし、良いカフェ探すよ」
「良いですね。それじゃあ今日は勉強会です」
「あ、でも良かったのか? 何か言おうとしてただろ?」

 俺に気を遣ってくれているのかもしれないし、彼女が何を言おうとしたのか聞いてみることにした。
 すると、三上は目を細めて嬉しそうに答える。

「今日の放課後は何しますかって聞こうとしただけですよ。2人して同じタイミングで同じこと話し出したのがおかしくて」
「そ、そういうことか」

 がっついていると思われただろうか。
 俺がモテない男子だというのが三上にバレてしまう。
 いや、この一年間、大学内ではほぼ一緒にいたからな。
 モテるモテないの評価はとっくに下されているだろう。

「と、とにかく行くか。まだ昼過ぎだから寄り道してくのもいいし」

 そうして2人で歩き出す。
 横に並んでいると、他の生徒が三上に視線を向けているのがよくわかる。
 男子のものだけでなく、女子でさえ熱っぽい目で見ているのだから、やはり三上は恐ろしい。
 これに渋谷が加わるとさらに俺の空気化が加速して――。

「……って、最近あんまり渋谷見ないよな」
「やっぱり忙しいんですかね。メッセージもあんまり来なくて寂しいです」

 彼女も同じように思っていたようだ。
 以前にも考えていたことだが、友達としては喜ぶべきことなんだろうな。
 予想もつかないが、芸能界は凄まじい競争率を誇っているはずだ。
 その中で注目されるには運だけでなく努力、そして実力が必要不可欠。
 だから彼女からの連絡が少なくなるのも当然であり、むしろ便りが無いのが良い便りなのかも。

「この間、ドラマの出演が決まったって言ってたよな。演技の練習で忙しいのかも」
「でも、演技の練習って1人で出来るんですかね?」
「あー確かに。俺たちでよければいつでも手伝うんだけどな」
「ですね。あ、ちょっと待ってくださいね。電話が――」

 三上は立ち止まり、バッグからスマホを取り出す。
 女子の服って夏はポケットがないから大変だなぁ。
 自分だったらバッグに入っているスマホの振動なんて気付けないだろうし。

「噂をすればってやつです」

 こちらへ向けられたスマホの画面には「美奈ちゃん」と表示されていた。

「……もしもし、美奈ちゃんですか?」

 三上は電話に応答する。
 話を盗み聞きするのも申し訳ないし、俺は思考の海に沈むとしよう。
 今回の議題は「三上に名前で呼ばれるの羨ましい」だ。
 そもそも同性と異性では名前で呼ぶのに大きなハードルがあるよな。
 同性の友達同士なら名前で呼び合うなんて日常茶飯事だが、異性の名前を呼ぶなんて恋人関係かよっぽどの陽キャじゃないとない気がする。

「……き…………くん」
 
 いや、そもそもこの考えが良くないのかもしれない。
 自分が陰キャだの陽キャだの決め付けることが、自らの成長の妨げになっている可能性がある。
 だとすれば、俺も頑張って三上のことを名前で呼んでみれば良いのかもしれない。
 でも「澪」という二文字を発することでさえ、俺にはとてつもないプレッシャーなのだ。

「く……き…………くん」

 しかし、自分の殻を破るにはきっかけが必要とか言っていると、いつまで経っても俺はチキン野郎のままだ。
 何を目指しているのか分からないが、少しでも前に進もうとする気持ちが未来を掴む……はず。
 よし、三上の電話が終わったら名前で呼んでみるぞ!
 そうして俺は、彼女に男らしいと思ってもら――。

「黒木くん!」
「うおぉぉぉぉ三上!?」

 振り返った瞬間、そこに三上の顔があった。

「何回も呼んだんですよ」
「ご、ごめん。どうしたんだ?」
「それが緊急事態なんです。とりあえず黒木くんも電話に出てもらって良いですか?」
「お、おう……?」

 スマホを受け取る。
 心なしか、三上の顔に焦りが見えた。
 俺が考え込んでいたのが原因とは思えないし、渋谷から何か良くない報告があったのか?
 とりあえず耳にスマホを出てみる。

「もしもし、渋谷か?」

 しかし、返ってきたのは溌剌とした聞き慣れた声ではなかった。

「すみません、あなたも渋谷美奈のご友人ですか?」
「はい、そうですけど。一体どうしました?」
「実は――」

 電話の向こうからは落ち着いた女性の声。
 彼女は一泊おいてから言葉を続けた。

「――渋谷美奈が失踪しました」
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