三上さんはメモをとる

歩く魚

文字の大きさ
上 下
35 / 62
黒木くんとメモ帳

変わらない日々 その2

しおりを挟む
肩くらいまである、ウェーブ感のある銀髪。毛先は赤く染められており、渋谷の情熱的な顔立ちによく似合っている。
 彼女は三上と軽く挨拶を交わし、俺たちの座る机の前に陣取った。
 しかし、そのパッション溢れる顔のパーツは、落ち込んだように下を向いていた。
 
「なんだ……やっぱりできなかったみたいだな」
「やっぱりってなに!? 今回はちゃんと勉強したんだけど!」

 今回は……というのは、彼女に怠癖があるから出た言葉ではない。
 渋谷は大学生ながら、発展途上のモデルなのだ。と言っても、おそらく発展途上の中では豊かな部類なのだろう。
 しばしばファッション誌に載っているし、この間はドラマの仕事が決まりそうだと教えてくれた。
 もしかすると、今が過去一番に忙しい時期なのではないだろうか。
 にも関わらず、試験のために勉強してきたというのは、褒められることだ。
 まぁ、結果は芳しくないみたいだが。

「ほんとに、ちゃんと勉強したんだけど……あの教授の言葉聞いた!?」
「『ここを出すとは言いましたが、その他を出すとは言ってませんよ?』……だったな」
「それ! ほんと意味わかんない! ……いったぁ」
 
 机をバンと両手で叩いたものの、そのダメージが教授へフィードバックするはずもなく、乾いた打撃音だけが響いた。

「もう終わっちゃったもんはしょうがないだろ。人生にミスリードはつきものってことだ」
「なにそのカッコつけた言い方……。もしかして、なおちゃんはできたわけ?」
「ふっ……愚問ってやつだな。三上、教えてやってくれ」

 ごくり、渋谷が喉を鳴らす。
 圧倒的な自信を感じさせる俺の表情に、彼女は完全に気圧されているようだ。

「試験終わりに明後日の方向を見つめながら『終わった』って言ってました」
「いや全然できてないじゃん!」

 当然だ。俺も教授に騙されたうちの一人だからな。
 なんだよ「その他を出すとは言ってない」って。詐欺である。
 ちなみに「なおちゃん」というのは俺のことだ。
 黒木直輝という名前の直を抜き出してなおちゃん。
 人にあだ名で呼ばれたことなんて生まれてこの方なかったもので、当初は「これが陽キャ大学生の気軽さか……」と心中で恐れ慄いていた。

「渋谷も俺と同じく試験中の絶望感を味わってくれたみたいで嬉しいよ」
「そんなことで喜ばないで……」
「一緒に来年も受けような、この講義」
「絶対今年単位取るから! とりあえず次の課題は気合い入れてやる!」

 流石に一人で来年も受講というのは辛いな。
 別に友達がいないわけではないが、たまたま同じ学部ではないのだ。そういうことにしておいてくれ。

「なら、この後3人で課題やりますか?」

 傷の舐め合いにすらならない俺たちのやりとりを不憫に思ったのか、三上が提案してくれる。
 容姿に優れている者は、それだけで子孫を残すという生物的な目標を達成できる可能性が高いため、反対に頭の中はすっからかんであると聞いたことがある。
 もちろんこの論理には偏見や嫉妬が混じっているだろうが、それでもあながち間違いだとは思わない。
 しかし、三上は他人が羨むような美貌を持っているにも関わらず、頭脳の方も抜群に優れているのだ。
 彼女が教えてくれるのなら、俺に断る理由はない。

「もちろんだ。よろしくお願いします」
「私も今日はフリーだから、お願いします!」

 三上先生に向けて、互いに深くお辞儀をする。

「それじゃあ、早速いきましょうか。駅前のファミレスで良いです?」
「全然おっけー! 今日は私がドリンクバー奢ったげる! なおちゃんはデザートね!」
「俺の方が負担が大きいな……まぁいいか」

 わざわざ自分の時間を割いて俺たちに勉強を教えてくれるんだ。
 見返りがなければ聖人でもキレる。
 試験で凝り固まった身体をほぐしながらゆっくりと立ち上がると、感覚がリフレッシュされたからか、先程よりも周りの声が聞き取れた。

「渋谷さんと三上さんって本当に仲良いんだな」
「バッッカお前、二人が『二年生の双天使』って呼ばれてるの知らないのか? なんでも、一年の夏休み明けくらいから仲良いんだとよ」
「へぇ……やっぱり似たもの通しっていうか、美人は美人と仲良くなるんだなぁ」
「それな? 一人でも眼福なのに二人一緒にいたら、百倍癒されるぜ」

 俺が命名し、心の中だけにとどめておいた「二年生の双天使」呼びが何故定着しているのかは謎だが、百倍眼福理論には賛同せざるを得ない。
 二人なら二倍だろ、という常識にとらわれない理論。それこそが、今後の日本を担っていくのだ。知らんけど。
 三上たちの容姿を誉める男子の傍ら、女子たちは別の部分に着目していた。

「そういえばこの間、雑誌のインタビューに書いてあったけど、渋谷さんってジム通ってるらしいのよね」
「それがあのスタイルの秘訣ってわけかぁ……私もジム通いしてみようかなぁ……」
「確かトレーナーさん付けてもらうと月に3万円くらいだった気がする」
「たっか! バイト増やそうかなぁ……」

 自分を高めていこうという意欲が素晴らしい。
 意中の相手がいるのかもしれないな。そのまま頑張ればきっと振り向いてもらえるだろう。
 俺は応援――。

「全然関係ないけどさ、二人の横にいる男子って、友達とかなのかな?」
「いやいや、見てみなよあの影の薄さ。渋谷さんと三上さんのオーラが凄すぎて身体固まっちゃってるんだよ」
「あー確かに。蛇に睨まれた蛙ってやつ?」
「わかんないけどそれそれ!」

 うん、俺は後ろの女子の恋路を応援しているぞ。
 影が薄いということは自分でも理解しているし、怒ることじゃない。
 しかしなんというか、とりあえず彼女たちがこの講義の単位を落とせば良いなと、心からそう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...