三上さんはメモをとる

歩く魚

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三上さんとメモ帳

ガチャガチャをしませんか?

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 某日。

 代わり映えのしない日常。
 嫌でも聴こえてくる学生たちの会話の中にも、特別興味を持つようなものはない。
 ともすれば発狂してしまいそうな退屈な毎日の中、三上の存在だけが俺の精神を昂らせてくれる。

 いや、この言い方だと変態っぽいな。

 まぁいい。そんなことは置いておいて、今日も今日とて講義だ。
 俺は普段のように三上の隣の席へ座ったが、どうやら彼女は俺に気付いていないようだ。
 三上は珍しくスマホを見ていた。
 邪魔をするのもなんだかという感じだが、挨拶くらいはしておくべきだろう。

「おはよう三上。珍しいな、そんな熱心にスマホを見ているなんて」
「黒木くん、おはようございます。それがですね、ちょっとこれを見てみてほしいんです」

 そう言って彼女に差し出されたスマートフォンの画面には……トカゲが映っていた。
 トカゲかぁ……。
 一昔前は気持ち悪がられていた気がするのだが、最近は女の子にも人気があるらしく、多種多様な爬虫類と触れ合える、爬虫類カフェなんていうのもできているらしい。
 かくいう俺も爬虫類が好きで、餌の虫さえ克服できるならばいつか飼ってみたいと思っている。
 そうか、三上もトカゲが好きだったのか。
 彼女と共通する好みを持っていたことに嬉しくなるが、あんまり食いついてもカッコよくない気がする。
 あくまで冷静に、クールにいこう。

「これは……トカゲだよな? 三上がトカゲ好きだなんて知らなかったな」
「最近テレビで特集を見たんですけど、すごく可愛いなって思って。にょろにょろ動くのも可愛いです」
「あ、多分俺も同じやつ見たぞ。それで、この画面のトカゲを飼おうとしてるとか?」
「実はこれ、ガチャガチャなんです」

 彼女の手には、変わらず画面の外の俺に向けて威嚇しているかのようなトカゲの姿。
 爬虫類専門のフィギュアを作っているお店のサイトとかなら理解できるが、これがガチャガチャ?
 俺の目に映っているのは本物、少なくとも本物さながらに見える。

「最近のガチャガチャってこんなにリアルなのか!?」
「そうなんです。トカゲだけじゃなくて、蝶やカブトムシなんかもあるんですよ」
「それは……すごいな」

 見れば見るほど本物に感じられる。
 しかも、ただのフィギュアじゃなくて関節もある程度動かせるらしい。
 三上は白くて細い指を駆使して他の商品も見せてくれるが、カブトムシなんて脚の一本一本から羽根まで動かせるみたいだ。
 一回千円と、ガチャガチャにしてはかなり値が張るが、それも納得のクオリティだな。
 三上の方に視線を戻すと、珍しく目を輝かせながら、彼女は口を開いた。

「今日はこれをやりに行きたいです」
「行こう!!!!!」

 既に俺はこのガチャガチャの虜になっていた。
 それに、三上から誘ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。
 今日は自室の寂しい机の上に、仲間を連れて帰るとしよう。


「すごい数だな……どこもかしこもガチャガチャだ」
「これだけあると、見るのも一苦労ですね」

 面倒な講義が終わって訪れたのは、大型商業施設の中にあるガチャガチャ専門店。
 専門店の名に恥じない、二千を超えるガチャマシンが所狭しと並べられている。
 というか、二千は多すぎるだろ。
 所々流し見していかないと日が暮れてしまう。
 店内は賑わっており、ガチャガチャなんて子供がやるものだという固定概念は既に崩れているのか、むしろ俺たちのような年代のお客さんが大半だった。

「本当に色々あるな。これなんて、実際に鉛筆として使う事ができるらしいぞ。普通に鉛筆買った方が安いな」
「こっちはトートバッグです。……一回やってみようかな」

 そう言って三上が回そうとしているのは、まぐろやいくら等、寿司のトートバッグが出るというガチャガチャだ。
 三上もなかなか面白いチョイスをするな。
 彼女はピンクの小さい財布から小銭を取り出すと、三百円を投入して、ゆっくりとレバーを回す。
 そして、レバーが一回転すると、筐体からカプセルが軽快な音を奏でながら流れ出してきた。
 半分が赤く、半分が透明のそれの中には、綺麗なオレンジ色の生地が見えた。

「あ、たぶんサーモンだな」
「いいですね。好きなお寿司だから嬉しいです」

 ふむ、三上はサーモンが好きなのか。覚えておこう。
 こういう何気ない時に得た情報が、後々役に立つのだ。まだ成果は出ていないが。
 
 次に目に止まったのは、透き通った質感が涼しいクラゲのキーホルダーだ。

「お、これも結構リアルだな。手ぶらで帰るのもなんだし、一回やってみようかな」
「クラゲ、好きなんですか?」
「めちゃくちゃ好きだな。水族館自体が好きな所もある」
「ふむふむ……そうなんですね」

 お金を入れて回してみると、フィギュア自体にボリュームがあるため、少し大きめのカプセルが出てきた。
 両手を逆に回してカプセルを開ける。
 これは――。

「アマクサクラゲだ!」
「わぁ。すごくリアルですね」
「そうだな。触手の一本一本までちゃんと作られてる」

 シンプルなミズクラゲが狙いだったが、実物を見るとアマクサクラゲもカッコよくて良いな。
 さっきは手ぶらで帰ることを危惧していたが、見れば見るほど素晴らしい商品ばかりで、気付くと財布の紐がゆるゆるになっていた。
 だがこれも一期一会。今日を逃せば二度と会うことが叶わないかもしれない。
 そう考えると、俺の財布はさらに甘口になってしまった。

 
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