12 / 62
三上さんとメモ帳
ガチャガチャをしませんか?
しおりを挟む某日。
代わり映えのしない日常。
嫌でも聴こえてくる学生たちの会話の中にも、特別興味を持つようなものはない。
ともすれば発狂してしまいそうな退屈な毎日の中、三上の存在だけが俺の精神を昂らせてくれる。
いや、この言い方だと変態っぽいな。
まぁいい。そんなことは置いておいて、今日も今日とて講義だ。
俺は普段のように三上の隣の席へ座ったが、どうやら彼女は俺に気付いていないようだ。
三上は珍しくスマホを見ていた。
邪魔をするのもなんだかという感じだが、挨拶くらいはしておくべきだろう。
「おはよう三上。珍しいな、そんな熱心にスマホを見ているなんて」
「黒木くん、おはようございます。それがですね、ちょっとこれを見てみてほしいんです」
そう言って彼女に差し出されたスマートフォンの画面には……トカゲが映っていた。
トカゲかぁ……。
一昔前は気持ち悪がられていた気がするのだが、最近は女の子にも人気があるらしく、多種多様な爬虫類と触れ合える、爬虫類カフェなんていうのもできているらしい。
かくいう俺も爬虫類が好きで、餌の虫さえ克服できるならばいつか飼ってみたいと思っている。
そうか、三上もトカゲが好きだったのか。
彼女と共通する好みを持っていたことに嬉しくなるが、あんまり食いついてもカッコよくない気がする。
あくまで冷静に、クールにいこう。
「これは……トカゲだよな? 三上がトカゲ好きだなんて知らなかったな」
「最近テレビで特集を見たんですけど、すごく可愛いなって思って。にょろにょろ動くのも可愛いです」
「あ、多分俺も同じやつ見たぞ。それで、この画面のトカゲを飼おうとしてるとか?」
「実はこれ、ガチャガチャなんです」
彼女の手には、変わらず画面の外の俺に向けて威嚇しているかのようなトカゲの姿。
爬虫類専門のフィギュアを作っているお店のサイトとかなら理解できるが、これがガチャガチャ?
俺の目に映っているのは本物、少なくとも本物さながらに見える。
「最近のガチャガチャってこんなにリアルなのか!?」
「そうなんです。トカゲだけじゃなくて、蝶やカブトムシなんかもあるんですよ」
「それは……すごいな」
見れば見るほど本物に感じられる。
しかも、ただのフィギュアじゃなくて関節もある程度動かせるらしい。
三上は白くて細い指を駆使して他の商品も見せてくれるが、カブトムシなんて脚の一本一本から羽根まで動かせるみたいだ。
一回千円と、ガチャガチャにしてはかなり値が張るが、それも納得のクオリティだな。
三上の方に視線を戻すと、珍しく目を輝かせながら、彼女は口を開いた。
「今日はこれをやりに行きたいです」
「行こう!!!!!」
既に俺はこのガチャガチャの虜になっていた。
それに、三上から誘ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。
今日は自室の寂しい机の上に、仲間を連れて帰るとしよう。
「すごい数だな……どこもかしこもガチャガチャだ」
「これだけあると、見るのも一苦労ですね」
面倒な講義が終わって訪れたのは、大型商業施設の中にあるガチャガチャ専門店。
専門店の名に恥じない、二千を超えるガチャマシンが所狭しと並べられている。
というか、二千は多すぎるだろ。
所々流し見していかないと日が暮れてしまう。
店内は賑わっており、ガチャガチャなんて子供がやるものだという固定概念は既に崩れているのか、むしろ俺たちのような年代のお客さんが大半だった。
「本当に色々あるな。これなんて、実際に鉛筆として使う事ができるらしいぞ。普通に鉛筆買った方が安いな」
「こっちはトートバッグです。……一回やってみようかな」
そう言って三上が回そうとしているのは、まぐろやいくら等、寿司のトートバッグが出るというガチャガチャだ。
三上もなかなか面白いチョイスをするな。
彼女はピンクの小さい財布から小銭を取り出すと、三百円を投入して、ゆっくりとレバーを回す。
そして、レバーが一回転すると、筐体からカプセルが軽快な音を奏でながら流れ出してきた。
半分が赤く、半分が透明のそれの中には、綺麗なオレンジ色の生地が見えた。
「あ、たぶんサーモンだな」
「いいですね。好きなお寿司だから嬉しいです」
ふむ、三上はサーモンが好きなのか。覚えておこう。
こういう何気ない時に得た情報が、後々役に立つのだ。まだ成果は出ていないが。
次に目に止まったのは、透き通った質感が涼しいクラゲのキーホルダーだ。
「お、これも結構リアルだな。手ぶらで帰るのもなんだし、一回やってみようかな」
「クラゲ、好きなんですか?」
「めちゃくちゃ好きだな。水族館自体が好きな所もある」
「ふむふむ……そうなんですね」
お金を入れて回してみると、フィギュア自体にボリュームがあるため、少し大きめのカプセルが出てきた。
両手を逆に回してカプセルを開ける。
これは――。
「アマクサクラゲだ!」
「わぁ。すごくリアルですね」
「そうだな。触手の一本一本までちゃんと作られてる」
シンプルなミズクラゲが狙いだったが、実物を見るとアマクサクラゲもカッコよくて良いな。
さっきは手ぶらで帰ることを危惧していたが、見れば見るほど素晴らしい商品ばかりで、気付くと財布の紐がゆるゆるになっていた。
だがこれも一期一会。今日を逃せば二度と会うことが叶わないかもしれない。
そう考えると、俺の財布はさらに甘口になってしまった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる