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三上さんとメモ帳
散歩、しませんか? その2
しおりを挟む「もうそろそろ着くけど……人が多いな」
「やっぱりみんなお肉が好きなんですね」
5分ほど歩いて、俺たちはついに会場の噴水広場へとたどり着いた。
まだおやつの時間を過ぎたくらいだというのに、辺りには人がたくさんいる。
……というか、半分くらいは大学生だなこれ。確実に講義をサボってるやつもいるだろう。
「えーっと、入り口はどこだ……? こうも人が多いと、どこから入っていいかわからないな」
「あっ、あそこじゃないですか?」
三上が指さした先には【肉フェスティバル】と書かれた看板があった。
今日は食べ物系の催しだったようだ。
入り口でパンフレットが貰えたので読んでみると、日本全国から取り寄せた高級な肉を楽しむことができるイベントらしい。
出店しているのはどこも高級な肉だけあって、その値段は少し張るが……。
まぁ、それはそれ。大学生活を彩る貴重なイベントだ。
ソシャゲの課金を抑えればこのくらいどうってことない。
「どうだ三上。普段は予約しないと食べられない店も出店してるみたいだし、入ってみるか?」
「入りたいです!」
三上の目が、いつもよりもさらに大きくなっている。高級肉に心を奪われているようだ。
とはいえ俺も、先程昼飯を食ったにもかかわらず腹の虫が鳴き出している。
「よし、そうと決まればチケットを買いに行こう」
「そうですね。チケットはあそで買えるみたいですよ」
専用のチケットカウンターが設けられていて、2人でそこへ向かう。
入場料を受け取り、チケットを渡すのは『にくいね! お肉ちゃん!』というTシャツを着ている人だろう。
このデザインに関してはどうかと思うが、簡単に見分けがつくのはありがたい。
「大人二人で」
「はいどうぞ! 楽しんでいってくださいね!」
料金を払い、二人分のチケットを受け取る。
二人分のお金を払った俺に対し、チケットの代金を渡すと三上は言ってくれたが、丁重にお断りした。
彼女は申し訳なさそうにお礼を言っていたが、なに、今日も三上の笑顔が見れるのだ。
むしろ金を払わなければバチが当たりそうである。
「黒木くん、ありがとうございます」
「気にしないで。それより三上、めちゃくちゃ種類があるぞ!」
各ブースは屋台形式で、全部で50ほどの店がひしめき合っていた。
シャトーブリアンだのなんだの、食に通じていない俺でも聞いたことのある名前がちらほら見える。
試しに一周してみたが、どれもとても美味しそうで、選ぶのになかなか苦労しそうだ。
「どこも美味しそうだけど……三上は気になった店はあった?」
考えすぎてどれも同じに見えてきた俺は、三上に問いかけてみる。
彼女は少しの間キョロキョロと周りを見比べていたようだが、やがて決心したかのように指を刺した。
「私はあそこのお肉にします」
三上が選んだのは、A5ランク牛のサイコロステーキだった。
一口サイズに切り分けられているため食べやすく、普段あまり見かけないため、実は俺も気になっていた店だ。
「サイコロステーキか、いいね」
俺も同じ店にしようかと逡巡したが、それではなんというか、楽しさに欠ける気がする。
そこで、もう一つ候補として残っていた店を選ぶことにした。
「じゃあ俺は、あそこのハンバーグにしようかな」
肉フェスに来てハンバーグ?と思うかもしれないが、あの店は知る人ぞ知る超有名店のハンバーグ。
東京には店舗がなく、いつか行ってみたいと思っていた店が出店していたのだ。
「あ、有名なお店のハンバーグですよね」
「三上も知ってたか! 炭火焼きっていうのに惹かれて、一回行ってみたかったんだよ」
「わかります。よくテレビでも取り上げられてて、私も気になってたんです~」
そんな会話をしながら、二人はそれぞれのブースへ注文をするために別れる。
流石というかなんというか、俺の前には数人のお客さんが並んでいて、この店の人気が窺い知れた。
数分後、ついに自分の番が回ってくる。
「すみません、隕石ハンバーグください」
「はいよ! 1400円ね!」
「隕石」という破壊力抜群の名前を持つハンバーグを出すに相応しい、元気な店員のおじさんだ。
「じゃあこれ、ちょうどです」
「ありがとよ……って、兄ちゃん……」
料金を受け取ろうとしたおじさん……おっちゃんと呼ぶ方がしっくりくるな。
おっちゃんは何故か俺の腕を掴み、意外なほど繊細に、俺にだけ聞こえるような音量で話し始めた。
「兄ちゃんさっき、めちゃくちゃ美人の子と一緒にいたよな?」
「え、あ、なんで知ってるんですか?」
「兄ちゃんこの店指差してたろ? ちょうどその時見かけたんだが……」
めちゃくちゃ美人な子……というのは、間違いなく三上だろう。
どちらかというと、俺より三上が目立っていて目に入ったという感じな気もするが、認識されていたのは素直にびっくりだ。
「あ、ずっと気になってたお店だったんで来てみました」
「おう、それはありがとな! ……んで、あの子、もしかして彼女か?」
そして、大方おっちゃんは、俺と彼女が付き合っていると思っているのだろう。
冷やかしか何かは知らないが、残念ながらそれは間違いだ。
しっかりと訂正しておかねばなるまい。
「……いえ、付き合ってるとかじゃないです」
俺が三上に釣り合うと思ったのなら、おっちゃんの目は大節穴である。
まぁいい、早いとこハンバーグをもらって、早く合流――。
「ばっかやろう! お前、それマジか!?」
「な、なんでですか!?」
客に向かっていきなり声を荒げて馬鹿野郎とはなんだ、と言いたいところだが、おっちゃんの言葉にも何か理由があるのだろう。それを聞いてみることにした。
おっちゃんは、普段小さい声で口を開く。
「お前、アプローチはしてんのか?」
「い、いや、してないです……けど」
「あんな綺麗な子と付き合おうとしないって、あの子が他の男に取られちまってもいいのか?」
驚くほど真っ直ぐな目に、思わず背筋が伸びる。
「それは……嫌ですけど……」
「それじゃあお前、もっと頑張らねぇと。手ぐらいは繋いだんだろ?」
「手!? 繋いだことないですよ!」
「はぁっ!? 若造マジか!? マジなのか!?」
大マジである。手なんか繋いだらショートするぞ。
俺の考えも知らず、おっちゃんはため息を吐きながら天を仰いでいる。
「今時の若者はそんなに奥手なのか……こりゃあ、付き合うどころの騒ぎじゃねぇわな」
「……」
「しょうがねぇ、ちょっとそっちで待ってろ」
屋台の端に寄せられ、そこから待つこと数分――。
「ほい、隕石ハンバーグな」
おっちゃんはハンバーグを手に戻ってきた。
ハンバーグの提供はプレートではないが、既に炭火でじっくり焼かれているため、その匂いが鼻腔をくすぐる。
「うわ、めっちゃ美味しそう……」
「だろ? なんたって、店主の俺が焼いてんだからよ」
「店主!?」
このおっちゃん、店主だったのか。通りで態度がデカいわけである。
しかし、それも納得な程美味しそうなハンバーグ……あれ?
「おっちゃん、このハンバーグ、ちょっと多くない?」
メニューにはハンバーグが一つと書いてあったはずだが、俺の手元には1.5個分のそれがあった。
俺の質問を予期していたかのように、親指を立ててニカっと笑うおっちゃん。
「手を繋げとは言わねぇ。だがよぉ、このハンバーグを使って、どうするかは……信じてるぜ?」
「お……おっちゃん……!」
余計なお世話だ、とは言うまい。
俺は心の中でおっちゃんの呼び名をおっさん……は微妙だな。おっちゃんさんに変えると、お礼を言って店を後にした。
隕石のように勢いのあるおっちゃんさんの笑顔が、サムズアップが、俺の心に大きな跡を残した。
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