三上さんはメモをとる

歩く魚

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三上さんとメモ帳

いつも通りの日常 その3

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「おはようございます、美奈ちゃん」

 振り向くと、声と同じくはっきりとした、整った顔立ちの女性が立っていた。

「おはよ~。それよりもう課題終わったって流石すぎない? 後で私にも見せて欲しいんだけど……」
「いいですよ。後でLIFEで写真送りますね」
「助かるぅ~! お礼に今度ご飯奢っちゃう! スイーツの方がいい?」
「うーん……かき氷が食べたい気分です」
「……ちょっと早くない?」

 三上と軽快に会話する声の主の名は渋谷美奈。
 東南アジア系のハーフで、パーツの一つ一つが大きく、彫りの深い美しい容姿に抜群のスタイルが相まって、男子達からの人気が高い。
 そして、系統は違えど共に当校のトップに君臨する、仲の良い三上と渋谷を合わせて「二年生の双天使」と呼ぶ生徒も少なくない。
 嘘だ。今俺が適当に名付けた新ユニットだ。

 まぁでも、三上と仲が良いというのは本当である。
 かくいう俺も行動を共にする事が多く、三人でメッセージを交わすグループも存在するのだ。

「おはよう渋谷、久しぶり」
「なおちゃ~ん、元気してる?」

 渋谷は、数少ない何故か俺を名前で呼んでくる友人の一人だ。
 ちなみに、「数少ない」は「名前を呼んでくる友人」にかかっているのであって、決して友達自体が少ないわけではない。わけではないんだよ……。

「小説に夢中になって講義に遅れかけたり、既に足が筋肉痛になりかけてたり、ほどほどに元気だよ」
「もうちょっと運動した方が良くない!? 意外とランニングとかすると気持ち良いもんだよ!」
「ランニングして気持ち良くなるとか、そういう趣味なのか……?」
「違うわ! 走り終わった後の開放感っていうか、爽快感?みたいなのがあるんだよね」

 あれか、ランナーズハイってやつか。
 だけど俺は知っている。何もせずに一日中ゴロゴロした日の「あぁ……今日も気付いたら終わってたな」という虚無感の方がクセになるということを。

「まぁうん。ちょっと頑張ってみるよ」
「絶対やらないやつじゃん……」
「そんなことないぞ? 身体が羽のように軽くなったらやろうと思ってるし。それより、渋谷は最近どんな感じなんだ?」
「あー、私は最近忙しいんだよねぇ……」
「みたいだな。まったく、忙しいのは仕方ないけど、三上にレポートを教えてもらえるなんて感謝するんだぞ」
「……なおちゃんは終わらせたの?」
「ん? もちろんまだだよ」
「同罪じゃん!」

 こんな感じで、軽口を交わす仲である。
 俺と違って、渋谷がレポートに取り組めないのには理由があるけどな。

「あ! 昨日、美奈ちゃんが出てるドラマ見ましたよ」
「俺も見たぞ。録画して渋谷のシーンだけ3回くらい見た」
「ほんと!? どうだった!?」
「上司を殴り飛ばすシーンでスカッとしました。すごくリアルで」
「わかる。腰が入ってたよな」
「変なところ見ないで!? でも、あれね、勢い余って本当に殴っちゃったのよ……」

 この会話からもわかる通り、渋谷は現役大学生にして、女優としても活躍している。
 本来はモデルとしての活動が主らしいのだが、最近では雑誌のみならず、ドラマにも出演しているのだ。
 友達がテレビの画面に映っているというのが最初は不思議に感じたが、今では慣れてしまっている。

「でも、殴った後のキレ顔が渋谷っぽくて面白かったよ。その後のお説教もな」
「確かに、笑顔になっちゃいました」
「面白くちゃダメじゃない!? あれ感動系のシーンだよ!?」

 ただ、その忙しさのせいで近頃はあまり大学に顔を出しておらず、段々とテレビで渋谷を見る回数の方が多くなってきたことについては、友達として嬉しさもあるし寂しさもあるところだ。
 
「やば、そろそろ行かないと」
「今日もお仕事があるんですか?」
「そうなの! これから雑誌の撮影があって、ちょっと頑張ってきちゃう!」
「応援してますね。またLIFEで話しましょ~」
「うん、ありがとう! それじゃあね!」

 だが、競争率の高い芸能界で渋谷は成功しているのだ。友人として素直に喜ぶとしよう。
 いずれ、彼女が完全に大学に来なくなる日が来るのだろうか。
 その時は悲しいだろうが、渋谷なら空いている時間にでも、俺たちに連絡をくれるんじゃないかと、なんとなくそう思う。知り合ってからそこそこ経つしな。
 三人が知り合ったのは、俺が三上と友達になってから少し後のことだ。
 講義の小テストの際、偶然三人の席が近くになり、俺が三上に出題問題についての質問をしているときに渋谷が話に加わってきた。
 それから三人で話すことが多くなり、現在に至る。

「黒木君は、今日は……」

 つまり、俺は図らずも凄まじい女子たちと友人になってしまったわけだ。
 渋谷に至っては、本物の芸能人という、一般人が骨の髄まで染み付いている俺にとっては別世界の人間と言っても過言ではない。
 俺がこのグループにいることさえ、一種の夢や幻のようなものだろう。
 もしかしたら、これは死にかけの俺が見ている「理想の大学生活」なのか……?
 可能性はあるな。
 ただ、俺が魅力的でなく、自分のことを客観的に見れている男子だからこそ、このグループが成立しているのだとも言える。
 他の男子が話しかけることもできない女子たちと、自分だけが気さくに接することができる。
 俺が勘違い系だった場合、確実にどちらかに告白して玉砕し、このグループは、俺の追放をもって終焉を迎えていただろう。
 それか、俺がとんでもなくイケメンで、女子の気持ちを理解していたら、どちらかとは付き合えていたかもしれない。
 だが、その場合もグループ内は多少ギクシャクし、結果的に崩壊してしまうと思われる。
 つまり、こんな感じの、何も起こらない俺で良かったのだ。……自分で言ってて悲しくなってきた。
 
 一方で、輝かしい渋谷と並んでいても、三上は一向に見劣りしない。
 それどころか、渋谷が隣にいることで三上の物静かな魅力が増幅され、三上が隣にいることで渋谷のパッションが強調される。
 交わらないように見える二人が共に在ることで、お互いがお互いを引き立てているのだ。
 
「黒木君? 聞いてますか?」

 やはり三上は、二年生の双天使として相応しいな。
 どうにかしてこの呼び名を流行らせたいと、そう思っている自分がいる。
 そして、自らのネーミングセンスに感銘を受けてしまったからだろう。
 俺の身体は無意識に頷いて――なわけない。
 なんだ、肩が揺らされている?

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