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おっさんと過去
前触れ
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空間魔術。名前の通り、空間に影響を及ぼす魔術だ。
空間を切り取って自分と相手の距離を縮めたり、穴を開けることで、相手をそこに引き摺り込むこともできる。
また、持ち物を異空間に収納したり、ルーエが使っていたテレポートも広義的には空間魔術に分類される。
俺が両拳を強く叩きつけて、目の前の空間に歪みを発生させると、その歪みに吸い込まれないように敵は必死にもがく。
少しずつ、少しずつ歪みから離れていく相手。
にやりと口の端……のようなものを釣り上げて、俺を嘲笑っているようだ。
だが、俺の狙いは一歩上を行っていた。
歪みを解除すると、散々引っ張ったゴムを離した時のように、勢い余った「それ」は弾け飛ぶ。
「ギョタールさん、今です!」
俺が声を張り上げると、黒衣の紳士が反応する。
手にしていた薄く切れ味の良さそうな剣が幽霊を裂き、掻き消えた。
「ふぅ……お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。そちらは?」
「私も大丈夫です」
戦いもひと段落したようで、辺りから霊の発する背筋を凍らせるような感覚はしない。
ほっと胸を撫で下ろし、ギョタールさんも剣を下ろす。
「まさか、直接的に攻撃はできなくとも、空間を捻ることで影響を与えられるとは……凄まじい発想力ですね」
「いえいえ。単なる思いつきってやつです。大したことないですよ」
「その『単なる思いつき』が難しいのですよ。少なくとも、私には苦手なんです」
ギョタールさんは力無く笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「それにしても、カルティアではこんなに多くの霊が日常的に暴れているんですか?」
先ほどは五体ほどの霊が街の中心部で暴れ回っていた。
住民に被害は出ていなかったが、おそらく時間の問題だったはずだ。
彼らは壁を抜けることもできるし、普通の人間には触れられない。
一度狙われたら逃げ切ることは困難。
そんな存在が頻繁に現れるのであれば、カルティアの人々は安心して日々を過ごせないだろう。
「そんなことはありません。人に害を為す霊などごく僅か、数ヶ月に一体いるかどうかというところです」
「それが、ここ数日のうちは……ということですか?」
「えぇ。しかし、今日の霊は、今まで私が見たことのあるそれとは少々違っていました。人間よりも魔族に近い個体など……」
彼の言う通り、対処に当たっていた霊は、この間見たものとは異質な感じがした。
動物の角のようなものが生えていたし、どちらかといえば、ケンフォード王国で戦った魔人に近しい。
「霊に転じる人間の精神状態が関係しているとか、そういうことは?」
「関係ないとは言えませんが、それでも人間から離れた姿になることはありません」
思いつきで聞いてみたが、今日のはかなりイレギュラーだったようだ。
「もしかすると……」
ギョタールさんは顎に手を当てて考えていたが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの霊もしかり、もしかすると、何か大きな力が背後で動いているのかもしれません」
引っ掛かりを感じたのか、ギョタールさんは「調べ物がある」と言って去っていった。
・
「――確かに、何者かが暗躍している可能性はあるな。警戒するに越したことはないだろう」
部屋に戻ってルーエに事の経緯を説明すると、偉そうにそう返された。
まぁ、確かに言ってることは間違っていないんだけど、だけど――。
「……そろそろ布団から出たらどうだ?」
「ついに加齢で頭がイカれたのか!? あんな恐ろしい写真を見て正気でいられるわけがないだろう!」
昨日からずっと、ルーエは布団にくるまったままだ。
あれ――心霊写真と言うらしい――がよっぽど怖かったのだろう。
「ルーエ嬢にこんな弱点があったなんてな! よりキャラクターが深く描けるというものだ!」
「……大衆の目に触れでもしてみろ。お前は悲劇の作家として名を残すことになるぞ」
相変わらず、面白そうだからとエドガーさんが遊びにきている。
彼はルーエの殺害予告にも愉快そうに笑っていて、その手には一冊の本があった。
「その本、どうしたんですか?」
「あぁ、これか?」
エドガーさんは本の表紙をこちらへ向けてくれた。
「降霊術の歴史? やっぱり次の小説のネタ探しですか?」
「もちろんその通りなんだが、俺から生命力を奪おうとした霊がいただろう? どうにもあいつの言葉に違和感というか、気になってな」
「気になった……ですか」
俺にはよく分からなかったが、言葉を操るエドガーさんには感じるものがあったのだろう。
「あぁ、俺が読み終わったらジオも読むといい。既に絶版らしくてかなり値が張ったが、それだけの価値はある」
「良いんですか? 実は、私も何か掴めそうな気がするんですよね。霊への攻撃手段が」
あの寒気を単なる恐怖に留めておくのはもったいない気がする。
彼らの存在そのものに対する理解に重要な、そういう漠然とした程度だが。
空間を切り取って自分と相手の距離を縮めたり、穴を開けることで、相手をそこに引き摺り込むこともできる。
また、持ち物を異空間に収納したり、ルーエが使っていたテレポートも広義的には空間魔術に分類される。
俺が両拳を強く叩きつけて、目の前の空間に歪みを発生させると、その歪みに吸い込まれないように敵は必死にもがく。
少しずつ、少しずつ歪みから離れていく相手。
にやりと口の端……のようなものを釣り上げて、俺を嘲笑っているようだ。
だが、俺の狙いは一歩上を行っていた。
歪みを解除すると、散々引っ張ったゴムを離した時のように、勢い余った「それ」は弾け飛ぶ。
「ギョタールさん、今です!」
俺が声を張り上げると、黒衣の紳士が反応する。
手にしていた薄く切れ味の良さそうな剣が幽霊を裂き、掻き消えた。
「ふぅ……お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。そちらは?」
「私も大丈夫です」
戦いもひと段落したようで、辺りから霊の発する背筋を凍らせるような感覚はしない。
ほっと胸を撫で下ろし、ギョタールさんも剣を下ろす。
「まさか、直接的に攻撃はできなくとも、空間を捻ることで影響を与えられるとは……凄まじい発想力ですね」
「いえいえ。単なる思いつきってやつです。大したことないですよ」
「その『単なる思いつき』が難しいのですよ。少なくとも、私には苦手なんです」
ギョタールさんは力無く笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「それにしても、カルティアではこんなに多くの霊が日常的に暴れているんですか?」
先ほどは五体ほどの霊が街の中心部で暴れ回っていた。
住民に被害は出ていなかったが、おそらく時間の問題だったはずだ。
彼らは壁を抜けることもできるし、普通の人間には触れられない。
一度狙われたら逃げ切ることは困難。
そんな存在が頻繁に現れるのであれば、カルティアの人々は安心して日々を過ごせないだろう。
「そんなことはありません。人に害を為す霊などごく僅か、数ヶ月に一体いるかどうかというところです」
「それが、ここ数日のうちは……ということですか?」
「えぇ。しかし、今日の霊は、今まで私が見たことのあるそれとは少々違っていました。人間よりも魔族に近い個体など……」
彼の言う通り、対処に当たっていた霊は、この間見たものとは異質な感じがした。
動物の角のようなものが生えていたし、どちらかといえば、ケンフォード王国で戦った魔人に近しい。
「霊に転じる人間の精神状態が関係しているとか、そういうことは?」
「関係ないとは言えませんが、それでも人間から離れた姿になることはありません」
思いつきで聞いてみたが、今日のはかなりイレギュラーだったようだ。
「もしかすると……」
ギョタールさんは顎に手を当てて考えていたが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの霊もしかり、もしかすると、何か大きな力が背後で動いているのかもしれません」
引っ掛かりを感じたのか、ギョタールさんは「調べ物がある」と言って去っていった。
・
「――確かに、何者かが暗躍している可能性はあるな。警戒するに越したことはないだろう」
部屋に戻ってルーエに事の経緯を説明すると、偉そうにそう返された。
まぁ、確かに言ってることは間違っていないんだけど、だけど――。
「……そろそろ布団から出たらどうだ?」
「ついに加齢で頭がイカれたのか!? あんな恐ろしい写真を見て正気でいられるわけがないだろう!」
昨日からずっと、ルーエは布団にくるまったままだ。
あれ――心霊写真と言うらしい――がよっぽど怖かったのだろう。
「ルーエ嬢にこんな弱点があったなんてな! よりキャラクターが深く描けるというものだ!」
「……大衆の目に触れでもしてみろ。お前は悲劇の作家として名を残すことになるぞ」
相変わらず、面白そうだからとエドガーさんが遊びにきている。
彼はルーエの殺害予告にも愉快そうに笑っていて、その手には一冊の本があった。
「その本、どうしたんですか?」
「あぁ、これか?」
エドガーさんは本の表紙をこちらへ向けてくれた。
「降霊術の歴史? やっぱり次の小説のネタ探しですか?」
「もちろんその通りなんだが、俺から生命力を奪おうとした霊がいただろう? どうにもあいつの言葉に違和感というか、気になってな」
「気になった……ですか」
俺にはよく分からなかったが、言葉を操るエドガーさんには感じるものがあったのだろう。
「あぁ、俺が読み終わったらジオも読むといい。既に絶版らしくてかなり値が張ったが、それだけの価値はある」
「良いんですか? 実は、私も何か掴めそうな気がするんですよね。霊への攻撃手段が」
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