146 / 154
おっさんと過去
二日目
しおりを挟む
狭くて真っ暗な部屋。
ただ一つ、中央に置かれた、たった今点火された小さい蝋燭の火が、部屋を部屋として認識させている。
弱々しい灯の前には老人が正座していて、音も立てない。
座したまま眠っているのではない。
眠っているなら寝息が聞こえるはずだからだ。
規則的な呼吸音が、この領域を人間のものとして確かにする。
だというのに、ここには一切の音がない。
老人は起きていた。しかし、呼吸をしていなかった。
死者ではない。彼によって発せられる音はすべてかき消されていた。
おそらくは音消しの魔術を使っているのだろう。
蝋燭の炎が静止するのを見届けると、老人は傍から数多くの野菜を取り出し、一つ一つ、蝋燭の向こうへ置いていく。
種類も大きさもバラバラのそれらには、一つだけ共通点があった。
――どれも不格好で、店先に並べるのを躊躇うような形をしていた。
その野菜の真ん中に、細い棒で穴を開ける。
老人のものではない、短かったり長かったり、色もそれぞれの髪の毛、爪。
一つの作物の穴に一つの素材を詰める。
作業を終えると、老人は目を瞑って時を待った。
十分、二十分、三十分が経った頃、蝋燭の火に変化が訪れる。
窓もない密室。扉は閉められている。
野菜はもとより、老人もみじろぎ一つしていない。
だというのに、蝋燭の火がゆらゆらと揺れ始めたのだ。
風に吹かれた時の一方向への動きではなく、左右にゆらゆらと、振り子のように動きが強くなっていく。
やがて激しい動きに耐えきれなくなった炎が、ふっと消えた。
人間に喩えれば、この蝋燭は一度、命を終えたことになる。
彼が立ち昇らせた煙は、まだ生きたいという未練を残していたのか、天へ昇ることを拒否して青果の穴に吸い込まれていく。
生命の残滓を取り込んだそれは、穴から出てきた靄に姿を隠し、ゆっくりと別の存在へと変化していった。
素体の瑞々しさとは反対に、鋭い目、歪で巨大な口、異形の角と、この世ならざる姿をしている。
――成功したな。
老人の声は依然として消されている。
だが、その唇は確かに言った。
部屋は霊で充満していた。
これらは異界から呼び寄せられ、穴から存在を定着させた悪魔のような存在。
死後の人間を呼び出す、カルティアにおける通常の降霊術とは厳密には別種と言えるが、それを知る者はいない。
老人が腕を大きく広げると、室内を窮屈そうに飛び回っていた霊たちが、壁を抜けて外へと飛び出していく。
人々は荒れ狂う霊に怯えて逃げるのみ。
こうして、カルティアにおける大事件「贄の三日」が幕を開けた。
ただ一つ、中央に置かれた、たった今点火された小さい蝋燭の火が、部屋を部屋として認識させている。
弱々しい灯の前には老人が正座していて、音も立てない。
座したまま眠っているのではない。
眠っているなら寝息が聞こえるはずだからだ。
規則的な呼吸音が、この領域を人間のものとして確かにする。
だというのに、ここには一切の音がない。
老人は起きていた。しかし、呼吸をしていなかった。
死者ではない。彼によって発せられる音はすべてかき消されていた。
おそらくは音消しの魔術を使っているのだろう。
蝋燭の炎が静止するのを見届けると、老人は傍から数多くの野菜を取り出し、一つ一つ、蝋燭の向こうへ置いていく。
種類も大きさもバラバラのそれらには、一つだけ共通点があった。
――どれも不格好で、店先に並べるのを躊躇うような形をしていた。
その野菜の真ん中に、細い棒で穴を開ける。
老人のものではない、短かったり長かったり、色もそれぞれの髪の毛、爪。
一つの作物の穴に一つの素材を詰める。
作業を終えると、老人は目を瞑って時を待った。
十分、二十分、三十分が経った頃、蝋燭の火に変化が訪れる。
窓もない密室。扉は閉められている。
野菜はもとより、老人もみじろぎ一つしていない。
だというのに、蝋燭の火がゆらゆらと揺れ始めたのだ。
風に吹かれた時の一方向への動きではなく、左右にゆらゆらと、振り子のように動きが強くなっていく。
やがて激しい動きに耐えきれなくなった炎が、ふっと消えた。
人間に喩えれば、この蝋燭は一度、命を終えたことになる。
彼が立ち昇らせた煙は、まだ生きたいという未練を残していたのか、天へ昇ることを拒否して青果の穴に吸い込まれていく。
生命の残滓を取り込んだそれは、穴から出てきた靄に姿を隠し、ゆっくりと別の存在へと変化していった。
素体の瑞々しさとは反対に、鋭い目、歪で巨大な口、異形の角と、この世ならざる姿をしている。
――成功したな。
老人の声は依然として消されている。
だが、その唇は確かに言った。
部屋は霊で充満していた。
これらは異界から呼び寄せられ、穴から存在を定着させた悪魔のような存在。
死後の人間を呼び出す、カルティアにおける通常の降霊術とは厳密には別種と言えるが、それを知る者はいない。
老人が腕を大きく広げると、室内を窮屈そうに飛び回っていた霊たちが、壁を抜けて外へと飛び出していく。
人々は荒れ狂う霊に怯えて逃げるのみ。
こうして、カルティアにおける大事件「贄の三日」が幕を開けた。
10
お気に入りに追加
963
あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~
風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。
地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。
俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。
だけど悔しくはない。
何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。
そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。
ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。
アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる