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おっさんと終焉

運命

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 学校から家までの道のりを走り、勢いよく帰宅する。
 若いだけあって息はほとんど上がっておらず、アカネは身体を動かすのが好きだった。
 時々、運動することのできない、孤島のような場所に閉じ込められる悪夢を見るが、起きればすぐに忘れてしまうし、些細な悩みだ。

「おお、アカネ、帰ってきたか」

 彼女を温かい笑みで迎えたのは祖父だ。
 妻を数年前に病で亡くしていて、今は一人、街のはずれに住んでいる。
 アカネの両親は共に住もうと提案したが、家族に迷惑をかけまいと、彼は断った。

「おじいちゃん、今日はどこに連れて行ってくれるの?」

 祖父の手を握り、ぶんぶんと振る少女に苦笑いを浮かべながら口を開く。

「今日は街の外を散歩しよう。近頃は魔物もおとなしいようだし、暗くなる前に帰ってくれば大丈夫だよ」
「わかった! 行こっ!」

 二人はそのまま街を出て、近くの森へ向かった。
 森の中は綺麗に整備されていて、近くに流れる川を見ながら散歩を楽しむことができる。
 魔物は人が頻繁に訪れる場所には姿を現さないし、かつては妖怪と呼ばれる、人間に協力的なものと害のあるものが共存する種族もいたが、近年ではめっきり見なくなってしまった。

「この辺りで少し休憩しよう」

 二人はベンチに座り、緩やかに流れる川を眺める。
 アカネは、今日学校であったことや、帰り際に教師が話していた「ジオ様」についても、あたかも自分が元から持っていた知識であるように披露した。

「そういえば、今日がちょうど、ジオ様が天降石を破壊してくれた日なんだよ。ほら、このページに……」

 祖父は、かつては歴史の研究家として名を馳せていたようで、その性質は年老いてからも同様だった。
 常に肌身離さず持っている本をめくり、天災の日の出来事を話す。

「おじいちゃん、物知りなんだね!」
「そうだろう? お、この紙切れはなんだ?」

 自分が入れた覚えのない、なんの変哲もない紙が本の表紙の裏に挟まっていた。
 思い当たる節はないが、処分するのは帰ってからでいいだろうと、折りたたんで胸ポケットにしまう。
 アカネはその紙を、祖父の隙を見て抜き取り、鶴を折ろうとするが、うまくいかずにポケットに入れた。
 ――と、その時、彼らの背後から唸り声が聞こえる。
 にこやかだった二人の顔が一瞬にしてかたまり、振り返ると、そこには一匹の狼が立っていた。
 目は虚で、今にも倒れそうになっている。
 祖父はその様子を見て、この魔物は空腹のあまり、自分の居場所がわからなくなって人里に降りてきたのだと理解した。
 同時に、老いた自分では、そんな死にかけのモンスター一体倒せないと言うことも。

「――アカネ、おじいちゃんは後から行くから、先に街に帰って誰かに伝えなさい」

 その言葉は、魔物の恐ろしさを理解できなかった少女に、祖父との別れを告げるには充分だった。

「お、おじいちゃん! なに言ってるの!?」

 少女は老人の元へ駆け寄り、細いがどっしりと地に根を張る足にしがみついた。

「……すまんなぁ、私には、こうすることしかできないんだ。さぁ、早く行きなさい!」

 少女はなおも拒み、老人の足から離れない。
 その間にも魔物はジリジリと距離を詰め、今にも飛びかかろうとしている。
 アカネは幼く、他人の死に慣れていない。
 だからこそ、たとえ彼女が動こうとしなかったとしても、自分が守らねばならない。
 老人は覚悟を決めて、喉元を目掛けて噛みつこうと走る狼を睨みつけた。
 少女の悲痛な叫びが森にこだまし、血が流れた。

「――えっ?」

 しかし、流れたのは人間のものではなく、赤黒い獣の血だった。
 針のように鋭い風の刃がアカネのポケットから飛び出し、狼の身体を貫いたのだ。
 二人は目を丸くしていたが、先に我に返った祖父は、アカネの手を引いて街へと歩き出した。

「……おじさん、ありがと」

 祖父が無事でいられたことに安心した少女は、ふと、そんなこと呟いた。
 しかし、自分が誰に感謝したのかわからず、首を捻る。
 老人はそれを見て笑った。少女はもっと笑っていた。
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