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おっさんと終焉

願い

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「しかし、もはやそれも叶わぬでしょう」

 老人は、心底悔しそうに拳を握りしめている。
 細い彼の身体からは想像できないほどの力。

「どうしてなんだ?」

 本当は聞きたくないのだろうが、ハナオカが振り絞るように言葉を発した。

「……夜中に現れる魔物たちは、だんだんと凶暴になってきています。この時代に来たばかりのあなた方には申し訳ないのですが、おそらく、あと数日のうちには……」

 思い出してみると、彼らの家には無数の傷が残されていた。
 何度も補修したような、歪な部分もあった。

「勝手なお願いだとは思いますが、それまでの数日間、孫に思い出を作ってやってくれませんか。このまま命を終えるには若すぎるあの子が、せめて、せめて……」

 できる限り悔いを残さないようにしてやりたいのだろう。
 もしかしたら、少女は生まれてこの方、ほとんど老人以外と関わったことがないのかもしれない。
 そんな彼女に対して、俺たちの世界の話をしてやることが楽しみなのか、かえって絶望させることになるのか。
 どうすれば良いのかという思考が巡るも、頷くことしかできない。

 ・

 それから二、三日が経過した。
 夜に出るという魔物は、未だに現れてはいない。
 老人が言うには、いままではこんなことはなかったらしい。
 もしかすると、魔物がいなくなったのかもしれない、少女はそう言って喜んでいたが、老人の顔は深刻だった。
 堰き止められた川の流れが増水によって一気に解放されるように、彼らの生活を終わらせるべく、裏で結託して準備しているようだ。
 彼は時折、俺たちに何か言いたそうにしていた。
 いままでの冒険の話なんかを聞きたがっていたが、俺は積極的に話そうとしなかった。
 巷で過剰な評価を受けているとはいえ、俺には現在を変える力はない。
 過去に戻るという魔術は存在しているが、自らが過去に向かうことで、世界に重大な影響を与えてしまう可能性が高い。
 仮に、2人の俺が出会ってしまったら……百年の時を待たずに世界は崩壊してしまうかも。
 だから、そういう類の話を振られた時には、できる限り自然に話を逸らすことにしていたのだが、その度にがっかりとした表情にさせてしまう。

「ねえ、おじさん」
「どうしたの?」
「おじさんのいた時代には、学校っていうのがあったんでしょ?」

 少女は、俺が危惧していたよりもずっと強かった。
 積極的に過去の話を聞いては、目を輝かせている。
 世界の終わりが近づいていると薄々勘付いているのだろうが、それでも不安そうな雰囲気はない。

「あぁ、私はあまり通えなかったけど、小さい子はほとんど学校に通っていたよ」
「やっぱり、おじいちゃんの本で読んだんだ。でも、どうしてみんなで勉強するの? 1人ずつ教えてもらった方が良さそうじゃない?」
「確かにね。でも、みんなと友達になることができるんだよ。授業が終わったらみんなと遊んで、仲良くなるんだ」
「友達! もし私が学校に行ってたら、友達ができたかな?」

 頷くのは容易いはずだった。
 だが、少女の顔があまりにも輝いていて、胸が苦しくなってしまう。

「おう、お嬢ちゃんは可愛いからな! 友達どころか彼氏だってできるぞ!」

 俺を見かねてか、ハナオカが会話を代わってくれた。
 大きなごつごつとした手で少女を撫でる。

「かれし? かれしってなに?」
「えっとな、それは――」

 2人の会話を聞きながら、部屋の隅に正座しているミヤを見る。
 この数日間、彼女に特に変わった様子はなかったが、今日に限っては「何か胸騒ぎがする」と、黙り込んでいるのだ。
 その時、ふっとミヤが顔を上げた。

「……お館様、来ます」

 無数の魔物のあげる声がこだました。

 
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