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おっさんと模擬戦
vsジャレッド
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「これより、王国騎士団のジャレッド・フィッシャーとジオ・プライム殿の模擬戦を行う!」
シャーロットが闘技場にいる全員に聞こえるように声を上げる。
俺とジャレッドの距離は十メートルほど。
「武器は一本のみの使用、魔術等の行使は禁止」
ジャレッドは誰にも聞こえないほど小さな声で「魔術など使わずとも簡単に勝てる」と呟いているが、残念ながら聴覚強化を切っていないために聞こえてしまった。
聴覚の良さも戦いには少なからず影響を及ぼすだろうし、今は魔術を切っておこう。
「それでは、はじめ!」
ぬるりと戦いが始まってしまった。
互いの手には木の剣が一本。
見た感じ、どちらも同じ材質・職人が作ったものだ。
実際の戦いで使う真剣に比べて軽く、振る速度に気をつけなければ思わぬ事故を引き起こしそうだな。
「なんですかおじさん。もしかして、怖くて足が動かないんですか?」
挑発のつもりなのだろうか。
ジャレッドは剣をくるくると回しながら話しかけてくる。
こういう時が一番油断しているんだよなぁ。
まぁでも、シャーロットが指導しているくらいだし、油断しているように見せかけてカウンターを叩き込んでくるという算段なのかも。
王国の騎士団員がどのくらいの強さなのかも気になるし、一度挑発に乗ってみるとしよう。
「そうなんですよ。私なんかが若い子に勝てるとは思ってないですから――ねっ!」
小手調べということで、ジャレッドめがけて軽く木剣を投げてみる。
かなり速度を抑えたこともあって、彼はしっかりと木剣の動きを目で追い、半身で避ける。
「――い、意表をついてくるとはなかなかやるようですね。でも……」
「でも、なんですか?」
「――っ!?」
木剣に気を取られていたジャレッドは、俺が背後に回り込んでいたことに気がつかない。
ちょうど俺の左手に収まるように飛んできた木剣を掴み、切り上げる。
抉るような角度で放たれた一撃はジャレッドの木剣を空高く弾き飛ばし、俺の木剣が彼の喉元に当てられた。
「勝負あり!」
「……ふぅ。ありがとうございました」
木剣を引っ込めると、ジャレッドは糸の切れた操り人形のように力無く座り込む。
「ぼ、僕がこんなに簡単に……?」
少なからずショックを受けているようだ。
こんなおじさんに負けたとあれば、プライドも傷つくのだろう。
だが、彼の敗北は決定的なものではなかったはずだ。
「今回はジャレッドくんが油断していたから私の策が上手くハマったんですよ。君はまだまだ若いんだし、あまり落ち込まないでください」
「……ジオ、さん……」
手を差し伸べると、ジャレッドは心底不思議そうな顔をして俺の手を握り返した。
俺の言葉に嘘はない。
木剣の動き自体は見えていたし、若さ故の経験不足で足元をすくわれただけだろう。
実戦ではこれが命取りになるのは間違いないが、こうやって模擬戦を繰り返して彼らは不測の事態に対する対抗策を身につけるはずだ。
だから、この敗北は彼の弱さを証明するものではない。
「あの、今までの無礼な態度、どうかお許しいただけないでしょうか!」
「え? あぁ、全然気にしてないけど……どうしたんですか?」
突然、人が変わったように頭を下げるジャレッド。
「ジオさん……いえ、ジオ殿のお言葉に感銘を受けました」
「感銘? 私はただ、あまり落ち込まないでくださいと言っただけで……」
「それが僕にとっては驚きだったんです」
ジャレッドはこちらに詰め寄り、俺の手を握ってくる。
「僕はフィッシャー家の血をひいてはいますが、長男ではないので家督を継ぐことはできません。周りの人間は兄にばかり目を向け、僕には賞賛どころか一つの失敗も許さないと言わんばかりの言葉しか投げかけてくれませんでした」
そういえば、次男からは自ら職を探さないといけないんだったな。
「今回のような敗北はもってのほか。今まで騎士団の模擬戦では何があっても負けないように努めてきましたが、心の中では敗北を、そして周囲の落胆を恐れていました」
どの人間も自分の失敗を求めていないのだと、彼はそう思っていたのだろう。
「ですが、ジオ殿のお言葉は僕の予想とは真逆でした。僕のこれからに期待してくれているような、優しさに溢れていました。本当にありがとうございます」
「……ジャレッドくんが今回の戦いで何かを学べたなら私は本望です。これからも頑張ってくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
てっきり恨み言の一つでも言われると思っていたが、彼はまっすぐな心を持っているみたいだ。
シャーロットの方を見てみると、彼女と嬉しそうに頷いている。
この和やかな雰囲気ならいける。
「よし、今日はお互い疲れたと思うので、これでお開きに――」
「それでは次は、私とジオ殿の模擬戦を始める!」
……あ、そこは予定通りやるんだ。
シャーロットが闘技場にいる全員に聞こえるように声を上げる。
俺とジャレッドの距離は十メートルほど。
「武器は一本のみの使用、魔術等の行使は禁止」
ジャレッドは誰にも聞こえないほど小さな声で「魔術など使わずとも簡単に勝てる」と呟いているが、残念ながら聴覚強化を切っていないために聞こえてしまった。
聴覚の良さも戦いには少なからず影響を及ぼすだろうし、今は魔術を切っておこう。
「それでは、はじめ!」
ぬるりと戦いが始まってしまった。
互いの手には木の剣が一本。
見た感じ、どちらも同じ材質・職人が作ったものだ。
実際の戦いで使う真剣に比べて軽く、振る速度に気をつけなければ思わぬ事故を引き起こしそうだな。
「なんですかおじさん。もしかして、怖くて足が動かないんですか?」
挑発のつもりなのだろうか。
ジャレッドは剣をくるくると回しながら話しかけてくる。
こういう時が一番油断しているんだよなぁ。
まぁでも、シャーロットが指導しているくらいだし、油断しているように見せかけてカウンターを叩き込んでくるという算段なのかも。
王国の騎士団員がどのくらいの強さなのかも気になるし、一度挑発に乗ってみるとしよう。
「そうなんですよ。私なんかが若い子に勝てるとは思ってないですから――ねっ!」
小手調べということで、ジャレッドめがけて軽く木剣を投げてみる。
かなり速度を抑えたこともあって、彼はしっかりと木剣の動きを目で追い、半身で避ける。
「――い、意表をついてくるとはなかなかやるようですね。でも……」
「でも、なんですか?」
「――っ!?」
木剣に気を取られていたジャレッドは、俺が背後に回り込んでいたことに気がつかない。
ちょうど俺の左手に収まるように飛んできた木剣を掴み、切り上げる。
抉るような角度で放たれた一撃はジャレッドの木剣を空高く弾き飛ばし、俺の木剣が彼の喉元に当てられた。
「勝負あり!」
「……ふぅ。ありがとうございました」
木剣を引っ込めると、ジャレッドは糸の切れた操り人形のように力無く座り込む。
「ぼ、僕がこんなに簡単に……?」
少なからずショックを受けているようだ。
こんなおじさんに負けたとあれば、プライドも傷つくのだろう。
だが、彼の敗北は決定的なものではなかったはずだ。
「今回はジャレッドくんが油断していたから私の策が上手くハマったんですよ。君はまだまだ若いんだし、あまり落ち込まないでください」
「……ジオ、さん……」
手を差し伸べると、ジャレッドは心底不思議そうな顔をして俺の手を握り返した。
俺の言葉に嘘はない。
木剣の動き自体は見えていたし、若さ故の経験不足で足元をすくわれただけだろう。
実戦ではこれが命取りになるのは間違いないが、こうやって模擬戦を繰り返して彼らは不測の事態に対する対抗策を身につけるはずだ。
だから、この敗北は彼の弱さを証明するものではない。
「あの、今までの無礼な態度、どうかお許しいただけないでしょうか!」
「え? あぁ、全然気にしてないけど……どうしたんですか?」
突然、人が変わったように頭を下げるジャレッド。
「ジオさん……いえ、ジオ殿のお言葉に感銘を受けました」
「感銘? 私はただ、あまり落ち込まないでくださいと言っただけで……」
「それが僕にとっては驚きだったんです」
ジャレッドはこちらに詰め寄り、俺の手を握ってくる。
「僕はフィッシャー家の血をひいてはいますが、長男ではないので家督を継ぐことはできません。周りの人間は兄にばかり目を向け、僕には賞賛どころか一つの失敗も許さないと言わんばかりの言葉しか投げかけてくれませんでした」
そういえば、次男からは自ら職を探さないといけないんだったな。
「今回のような敗北はもってのほか。今まで騎士団の模擬戦では何があっても負けないように努めてきましたが、心の中では敗北を、そして周囲の落胆を恐れていました」
どの人間も自分の失敗を求めていないのだと、彼はそう思っていたのだろう。
「ですが、ジオ殿のお言葉は僕の予想とは真逆でした。僕のこれからに期待してくれているような、優しさに溢れていました。本当にありがとうございます」
「……ジャレッドくんが今回の戦いで何かを学べたなら私は本望です。これからも頑張ってくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
てっきり恨み言の一つでも言われると思っていたが、彼はまっすぐな心を持っているみたいだ。
シャーロットの方を見てみると、彼女と嬉しそうに頷いている。
この和やかな雰囲気ならいける。
「よし、今日はお互い疲れたと思うので、これでお開きに――」
「それでは次は、私とジオ殿の模擬戦を始める!」
……あ、そこは予定通りやるんだ。
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