上 下
11 / 154
おっさん、街へ行く

マルノーチ

しおりを挟む
「……さて、ここが私たちの住むマルノーチです」
「う…………おぉ……」

 だんだん街が近づくに連れて不安が大きくなってきていたが、マルノーチの入り口に着いてそれは最高潮に達した。

「私たちはジオさんを歓迎します。ようこそ、マルノーチへ!」
「…………」
「……ジオさん?」
「そっとしておいてやれ。圧倒されているのさ」

 なんだこれ。見たことがないぞ?
 まずこの入り口の賑わい具合。
 人々が頻繁に出入りしているが、俺の故郷では村の外に出るのは一日に二人かそこらだった。
 そして、微かに街の中の様子が見えるが、どの建物も巨大だし整備されまくっている。
 地面が土ではなく石でできているし、等間隔でよくわからない長い槍のようなものが突き刺さっているな。

「……あれは灯りだ。夜になると光る」
「視界が確保できるってことか? 光虫や魔法なしで?」
「あれ自体が魔道具のようなものなんじゃないか? 私は部下にやらせているのでよく分からないが、多分同じことはお前にもできる」

 夜になると、近所の家の明かりが若干見えるくらいで、それが消えると本当に真っ暗闇になってしまうのを思い出していた。
 あれで夜道が照らせるのなら随分安全に暮らすことができそうだ。

「そろそろ大丈夫そうですかね? 入りますよ」

 このままだとマルノーチに入る前に日が暮れてしまう。
 
「ほら、私の手を握れ」
「あ、ああ……」

 ルーエに手を引かれて街へと入っていく。
 見るのも全てが新鮮というか、巨人の住む世界へ迷い込んだような気持ちになっている。
 そもそも、これまでの人生で、こんなに多くの人とすれ違ったとはない。

「……おい、あれが噂の書の守護者様か?」
「みたいだな。なんでも先代魔王を、四天王ごとぶっ飛ばしたって話だぜ」
「たった一人でか!? 化物ってレベルじゃないぞ……」

 俺たちを見かけるや否や、マルノーチに住んでいるであろう人々が一斉に話し出す。

「ふむ。随分人気みたいだな、私たちは」
「……な、なんか勘違いされていないか?」
「勘違い?」
「お前が本当に魔王だったとして、俺に倒されたってことはそんなに強くないはずだろ? それなのにこんな……」

 返答がないのが心配になってルーエの方を見ると、呆然としたように口を開けていた。

「……そうか。お前はずっと山にいたものだから、あんな山にいたものだから常識がないのだな……」
「よく分からないけど馬鹿にされているのは理解できるぞ」

 あんな山ってなんだ。慣れれば過ごしやすいぞ。
 
「まぁ、今後嫌でもわかるだろうさ。お前がこうやって呼ばれた理由がな」
「本当かねぇ」

 今でもこの状況を間違いだと思っているんだが。
 
 人々の好奇の視線に晒されながら歩くこと数分。
 立ち止まったレイセさんが指さしたのは、赤と茶色の色をした、何やらトゲトゲとした外観の建物だった。

「ここがギルド『ルビンディ』です!」
「ルビ……なんだって?」

 ルーエが聞き返す。
 俺も聞き取れなかった。
 
「ルビンディです。この町では適当にギルドって呼んでおけば通じるので覚えなくていいですよ。ささ、どうぞどうぞ。中でギルド長が待っております」

 促されるままに建物に入ると――。

「やぁ、あなたがジオ殿ですか!」

 大層名のある武人であろう。
 がっしりとした身体つきの男が声をかけてきた。

「こんにちは。ジオ・プライムです。えーと……」
「申し遅れました。私がこのギルドの長であるボスリーです」

 続く言葉を考えていると、深々と頭を下げられる。
 豪快な見た目に反して礼儀正しい御仁のようだ。
 おそらく、この人がレイセさんの上司なんだろう。
 
「つまり、あなたが私をここに呼んだ方というわけですね? あの、これは何かの間違いでは――」
「いやぁまさか本当に来ていただけるとは思っていませんでしたよ! ありがとうございます!」

 ボスリーさんは興奮したように俺の肩を何度か叩くと、「こちらへ」と言って歩き出した。
 勢いに押されて、自分の疑問を胸にしまいこみ、ついていく。

「時にジオ殿。後ろの女性は奥様で?」
「いや、違いま――」
「未来の伴侶である! あまり舐めたことをすると街ごと消し飛ばすからそのつもりで!」
「ははぁ、これは失礼しましたな! 何卒よろしくお願いします」

 互いに声をあげて笑っている。
 ルーエの脅しが良くない結果をもたらすのではないかと危惧していたが、もしかしてこれは現代のジョークの一つなのか?
 俺たちを椅子に座らせ、そのあとボスリーさんも対面に腰を下ろす。

「えー、では、さっそく本題に入ろうと思うのですが」
「わかりました」

 彼は両手を軽く組み、俺の目をまっすぐと見据える。
 
「先代魔王を倒し、数々の禁書を守り続けたくださった書の守護者であるあなたに、ぜひ私たちのギルドで働く冒険者のお手本となってもらいたいのです」
「……お手本?」

 お手本もなにも、俺は冒険をしたこともなければ冒険者でもない。

「はい。この世界で並ぶものはいない強さをお持ちのジオさんから指導を受ければ、きっと冒険者に良い――」
「ちょ、ちょっと待ってください! 別に私は強くなんてないんですよ?」
「……強くない? はっはっは! ご冗談が上手いですなぁ!」

 ……え?
 なんで今まで披露してきたジョークがウケなくて真面目に言ったことで笑われてるの?

「いや、本当に外の世界の人たちの足元にも及びませんって!」
「謙遜が過ぎますなぁジオ殿は。とはいえ、確かに冒険者の中にはジオ殿の実力に疑問を抱いている者もいます。なのでまずは、うちに所属しているAランク冒険者と手合わせしていただければと――」

 その時、ギルドの外から大きな歓声が聞こえた。

「おや、何事ですかな?」

 ボスリーさんは窓辺に歩いて行って、外の様子を確認している。

「……ジオ、もしや『危ない危ない、自分より遥かに強い相手と戦わされるところだった……』とか思っていないか?」
「よく分かったな。そういう魔法が使えるのか?」
「はぁ……。危ないのは相手の方だったな。お前に全力で殴られでもしたら、弾け飛ぶぞ」
「なにが!?」

 そんな物騒なことになるはずがない。

「あとは……とりあえず言っておくが、今からお前はAランクを遥かに上回る相手と出会うことになるからな」
「…………え?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

エロゲーの悪役に転生した俺、なぜか正ヒロインに溺愛されてしまった件。そのヒロインがヤンデレストーカー化したんだが⁉

菊池 快晴
ファンタジー
入学式当日、学園の表札を見た瞬間、前世の記憶を取り戻した藤堂充《とうどうみつる》。 自分が好きだったゲームの中に転生していたことに気づくが、それも自身は超がつくほどの悪役だった。 さらに主人公とヒロインが初めて出会うイベントも無自覚に壊してしまう。 その後、破滅を回避しようと奮闘するが、その結果、ヒロインから溺愛されてしまうことに。 更にはモブ、先生、妹、校長先生!? ヤンデレ正ヒロインストーカー、不良ヤンキーギャル、限界女子オタク、個性あるキャラクターが登場。 これは悪役としてゲーム世界に転生した俺が、前世の知識と経験を生かして破滅の運命を回避し、幸せな青春を送る為に奮闘する物語である。

無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです

青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 その理由は、スライム一匹テイムできないから。 しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。 それは、単なるストレス解消のため。 置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。 そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。 アイトのテイム対象は、【無生物】だった。 さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。 小石は石でできた美少女。 Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。 伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。 アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。 やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。 これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。 ※HOTランキング6位

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」

プロエトス
ファンタジー
――我は請う! デザイア! 星に願い、月に吠え、高嶺の花を掴まんと! 秘めたる願いが形を成し、運命を切り拓く! 誰かに恋することなど、誰かに愛されることなど、きっとないだろうと思っていた。 請い願い、戦い、手に入れること……それを知ったのは異世界。 君と共に生き、歓びを分かち合えるのなら、僕は高嶺へと手を伸ばす! 【あらすじ】 善良で真面目とは言えるものの自己評価が低いヘタレ男。 高嶺の花と言える名家出身のワケあり美少女。 交わることなく離れていくはずだった二本の運命の糸が、二人同時に異世界へ導かれることで、やがて一本に絡まり始める。 一目惚れをしながら、想いは絶対に秘めて生きていこうと決心していた学園の日々は終わり、信頼し合い、協力し合わなければ生き残れない過酷な異世界へ。 与えられた力は自然を意のままに操るチート【精霊術】! 戦う相手は自然環境……病……そして、モンスター!? 紡がれていく彼らの未来は、どのような結末へと繋がるのか……? 【第一部の概要 ※ややネタバレ】 第一章: 現実世界を舞台とした学園美少女アドベンチャー。 第二章: ヒロインと二人っきり異世界サバイバル。 第三章: バディとなってバトル&ラブコメ。 第四章: 作中最大級のモンスターバトル。 第五章: そして物語は衝撃のクライマックスへ! ラストは魂込めて書きました! 【第二部の概要】  第一部とは舞台と内容が大きく変わり、本格的なハイファンタジーが幕を開けます。  どうか、ここまで読んでみてください。楽しんでいただけたら嬉しいです。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」でも公開されています。 なろう:  https://ncode.syosetu.com/n9575ij/ カクヨム: https://kakuyomu.jp/works/16817330663201292736

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

冒険者歴二十年のおっさん、モンスターに逆行魔法を使われ青年となり、まだ見ぬダンジョンの最高層へ、人生二度目の冒険を始める

忍原富臣
ファンタジー
おっさんがもう一度ダンジョンへと参ります!  その名はビオリス・シュヴァルツ。  目立たないように後方で大剣を振るい適当に過ごしている人間族のおっさん。だがしかし、一方ではギルドからの要請を受けて単独での討伐クエストを行うエリートの顔を持つ。  性格はやる気がなく、冒険者生活にも飽きが来ていた。  四十後半のおっさんには大剣が重いのだから仕方がない。  逆行魔法を使われ、十六歳へと変えられる。だが、不幸中の幸い……いや、おっさんからすればとんでもないプレゼントがあった。  経験も記憶もそのままなのである。  モンスターは攻撃をしても手応えのないビオリスの様子に一目散に逃げた。

処理中です...