上 下
143 / 178
11話 未来の記憶

グラント

しおりを挟む
「地上まで、このままダイブすれば良かったんじゃないか?」
「1階のゲートで社員証を通さないと残業代が付きませんから」

 実験棟11階から階段を駆け下りる三人。

「お前、それは、さすがに冗談なんだよな?」
「いいえ、本気ですが、何か?」

 すみれは真顔で、界人の顔を見返した。

「すみれちゃん、その冗談、最高!! やっぱり、センスいいわね」

 思わず吹き出す界人と遥。二人の視線の先には珍しく笑みを浮かべたすみれの姿があった。それはアシスタント型警備兵試作品アンドロイド1号機という名称には似つかわしくない、極めて人間的な表情だった。1階のロビーに辿り着く三人。そんな幸せな空気に包まれていたのも束の間、彼らを待ち構えていたのは数100体に上る警備兵アンドロイドだった。実験棟の外、ツインタワーの敷地内に配置されたアンドロイドも含めると1,000体をはるかに超えている。まるで、ゴスロリメイドの野外フェス会場にでも迷い込んだかのように。

「そこまでです! あの方の懸賞金は私が頂きます!」

 同じ容姿の1,000体のゴスロリメイドが同じ声色でそう呟いた。

「伏せて下さい!!」

 界人と遥の前で、仁王立ちのポーズを取るすみれ。次の瞬間、轟音が鳴り響く。1,000体のアンドロイドが自身のスカートの裾を捲る音。そして、黒タイツのホルスターから拳銃を抜き、一斉射撃を開始した。

「すみれちゃん!? 大丈夫!?」

 無数に打ち込まれる銃弾を全て身体で受け止め、弾き返すすみれ。

「問題ありません。でも、このままではじり貧かと……」
「すみれ、作戦変更だ! お前一人で日本に向かってくれ!」
「お父さん、こんな時に冗談はやめて下さい」

「実験棟117階フロアを警備主任と大男に襲撃されてから、私は幾度となく銃口を向けられ、そして、幾度となく死を覚悟した」
「お父さん、何を言ってるんですか!?」
「その度に、見えてしまったんだよ」
「見えたって? まさか!?」

「そうだよ、走馬灯! 走馬灯だよ!! そして過去の記憶、いや未来の記憶と言うべきか? いや違うな。そんな時系列の概念なんかじゃ説明できない。まさに、記憶の干渉における時間の非連続性さ。そもそも、別の世界! 並行世界すら実在していたんだからな!!」
「お父さん、私にも分かるように説明して下さい!」

「もともと、こんな世界は存在しなかった。私と遥はロンドンには辿り着けず、飛行機の爆発事故に巻き込まれて命を落とす運命だったのさ。そして、神坂すみれの存在を確定させるために意図的に作り出されたのがこの並行世界。いや、これも違うか。この世界があったから、あちらの並行世界が存在できたと言うのが正しいのかもしれないな。まぁ――卵が先か鶏が先かみたいな話だよ」

 降り続く銃弾の雨。ついに、すみれの左腕が肩から千切れ落ちた。

「ほら、大丈夫じゃないじゃない。もういいわ。すみれちゃん。私にも、見えたの。もう覚悟できてるから。空の上だろうが、地上だろうが、界人と死ねるなら本望よ」
「遥さんまで、何を言ってるんですか?」
「すみれ、もういいんだ」

「そんな……私一人で何ができるって言うんですか?」
「何ができるかじゃない。お前が成し遂げたから二つの並行世界はこうして存在しているんだよ」
「お父さん、全然、意味が分からないんですけど……」

 実際に涙はこぼれ落ちないまでも、それに似た表情を浮かべるすみれ。

「大丈夫、また向こうの世界で会えるはずだから……並行世界の実証実験だと思って気軽にやってくれ」

 涙を浮かべながらも、満面の笑みをこぼす界人。

「さすがにすみれちゃんでも、あれはまずいんじゃない!?」

 ロケットランチャーを肩に背負ってこちらに構えるアンドロイド。

「すみれ、お別れだ! もう行ってくれ!」

 界人はロケットランチャーを持ち出した正面のアンドロイドの頭上目掛けて、スマートフォンを放り投げた。その軌道は緩やかな放物線を描く。まるで、その空間だけ時間がゆっくりと、流れているかのように。

「お父さん、さようなら」

 すみれは、ロケットランチャーのアンドロイドと交換を使った。引き金を引いた感触が残る右手を天高く伸ばしスマートフォンをキャッチする。スワイプすると被験者設定画面が立ち上がる。神坂すみれの能力欄にはこう記されていた。

   神坂すみれ:世界を渡れる。

 そして、神坂すみれはこの世界から姿を消した……。
 この世界の人々の記憶からも……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

春色フォーチュンリリィ

楠富 つかさ
青春
 明るく華やかな高校生活を思い描いて上京した主人公、春宮万花は寮の四人部屋での生活を始める。個性豊かな三人のルームメイトと出会い、絆を深め、あたたかな春に早咲きの百合の花がほころぶ。

美少女の秘密を知って付き合うことになった僕に彼女達はなぜかパンツを見せてくれるようになった

釧路太郎
青春
【不定期土曜18時以降更新予定】 僕の彼女の愛ちゃんはクラスの中心人物で学校内でも人気のある女の子だ。 愛ちゃんの彼氏である僕はクラスでも目立たない存在であり、オカルト研究会に所属する性格も暗く見た目も冴えない男子である。 そんな僕が愛ちゃんに告白されて付き合えるようになったのは、誰も知らない彼女の秘密を知ってしまったからなのだ。 そして、なぜか彼女である愛ちゃんは誰もいないところで僕にだけパンツを見せてくれるという謎の行動をとるのであった。 誰にも言えない秘密をもった美少女愛ちゃんとその秘密を知った冴えない僕が送る、爽やかでちょっとだけエッチな青春物語 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています

女子高生が、納屋から発掘したR32に乗る話

エクシモ爺
青春
高校3年生になった舞華は、念願の免許を取って車通学の許可も取得するが、母から一言「車は、お兄ちゃんが置いていったやつ使いなさい」と言われて愕然とする。 納屋の奥で埃を被っていた、レッドパールのR32型スカイラインGTS-tタイプMと、クルマ知識まったくゼロの舞華が織りなすハートフル(?)なカーライフストーリー。 ・エアフロってどんなお風呂?  ・本に書いてある方法じゃ、プラグ交換できないんですけどー。 ・このHICASってランプなに~? マジクソハンドル重いんですけどー。 など、R32あるあるによって、ずぶの素人が、悪い道へと染められるのであった。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

色々短編集

とあるごりこ
青春
笑いあり ヤンデレあり 恋愛あり 色々なのかきます

処理中です...