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2話 どうしても伝えられなかったその言葉
私立坂の上高校
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私立坂の上高校は名前のとおり坂の上にある。その坂を下れば、そこはもう海である。二人は手をつなぎ潮の香りのする方へ歩みを進めていた。傍らには一台の自転車。それを信人がもう片方の手で引きながら歩いている。李依のもう片方の手には飲みかけのペットボトル。どうしてこうなった。時間は少し遡る。
「あなた、自転車通学なのね」
それは、高校敷地内の駐輪場で何の前触れもなく始まった。
「それじゃ私、後ろに乗るわね」
「どうして」
とは聞いてはみたものの、僕には彼女の考えていることが手に取るように分かるのだけれども。水族館に着く前からお父さんが見ているかもしれないと、彼氏、彼女ごっこがスタートしたらしい。
「その方が彼女っぽいじゃない」
そう言いながら、ステップなど付いているはずもない自転車の後輪軸に無理やり突っ立って、足をプルプルさせている。
「高梨さん、何してるの?」
「何って、二人乗りよ! これ、一度やってみたかったのよね。高校生カップルの定番じゃない!」
「自転車の二人乗りは違法だよ、高梨さん」
「そっか、アニメ化されたときに色々と面倒なことになりそうね」
――アニメ化!? この世界はいったいどういう世界観で回っているんだろう? まあ、一つの高校に二人も怪異な力を秘めた生徒が通っている時点で、何でもありな気はするけれど……
「じゃ、仕方ないから、これで我慢するわ」
手を握ってくる李依。信人は女の子と手をつなぐのが初めてだったのだが、不思議なほど特に何とも思わなかった。彼女のさっぱりとした態度がそうさせたのか、これは演技なのだというフィルターがかかっているせいなのか、彼にはよく分からなかった。だだ、しっくりくるというか、とても心地の良い気分ではあった。
「それと、その高梨さんってやつ、やめてくれる?」
李依はやると決めたらとことんやらないと気が済まないタイプの性格だったらしい。彼女の恋人ごっこは徹底していた。
「李依でいいわよ」
名前呼びを強要されて少し怯む信人。
「本当にやるんですか?」
「今日一日だけよ! 諦めて付き合いなさい!」
「り、り、李、依、さん……」
何とか声を絞り出す信人。
「やればできるじゃない。信人」
さらっと、名前呼びをやってのける李依。しかし、ここまでのようである。
「で、あとは何をすればいいの?」
手つなぎと名前呼びだけで、恋人ごっこのネタが切れてしまったらしい。信人にもう丸投げである。彼にもいまどきの高校生カップルがどんなことをしながら下校しているかなんて分かるはずもなかった。二人は手をつないだまま、とぼとぼと坂を下り始めた。
「ジュースでも買う?」
沈黙に耐えかねて信人が口を開いた。指さす先には、一台の自動販売機。彼はペットボトルのコーラを一本購入すると、李依にそれを差し出した。ニコッとはにかむ彼女。何か思いついたようである。
「ほ――ら、信人、冷たいでしょ、あはははははは……」
首筋にペットボトルを当てられる信人。あまりの冷たさに声を上げてしまう。
「ひやっ! やったな――、李依、この――」
ペットボトルを李依から奪い取り、やり返す信人。
「きゃっ! やったわね――、信人」
「…………………………」
「…………………………」
沈黙する二人。
「李依さん、飲みますか?」
もう一度、ペットボトルを差し出す信人。
「ありがとう、信人さん」
急にとてつもなく恥ずかしくなってきた二人。李依はコーラをひとくちだけ口に含むと、すぐにキャップを閉めた。彼女の左手にはペットボトル、信人の右手には自転車、そして互いに空いている方の手をつなぎ、海辺の水族館へと向かうのであった。
「あなた、自転車通学なのね」
それは、高校敷地内の駐輪場で何の前触れもなく始まった。
「それじゃ私、後ろに乗るわね」
「どうして」
とは聞いてはみたものの、僕には彼女の考えていることが手に取るように分かるのだけれども。水族館に着く前からお父さんが見ているかもしれないと、彼氏、彼女ごっこがスタートしたらしい。
「その方が彼女っぽいじゃない」
そう言いながら、ステップなど付いているはずもない自転車の後輪軸に無理やり突っ立って、足をプルプルさせている。
「高梨さん、何してるの?」
「何って、二人乗りよ! これ、一度やってみたかったのよね。高校生カップルの定番じゃない!」
「自転車の二人乗りは違法だよ、高梨さん」
「そっか、アニメ化されたときに色々と面倒なことになりそうね」
――アニメ化!? この世界はいったいどういう世界観で回っているんだろう? まあ、一つの高校に二人も怪異な力を秘めた生徒が通っている時点で、何でもありな気はするけれど……
「じゃ、仕方ないから、これで我慢するわ」
手を握ってくる李依。信人は女の子と手をつなぐのが初めてだったのだが、不思議なほど特に何とも思わなかった。彼女のさっぱりとした態度がそうさせたのか、これは演技なのだというフィルターがかかっているせいなのか、彼にはよく分からなかった。だだ、しっくりくるというか、とても心地の良い気分ではあった。
「それと、その高梨さんってやつ、やめてくれる?」
李依はやると決めたらとことんやらないと気が済まないタイプの性格だったらしい。彼女の恋人ごっこは徹底していた。
「李依でいいわよ」
名前呼びを強要されて少し怯む信人。
「本当にやるんですか?」
「今日一日だけよ! 諦めて付き合いなさい!」
「り、り、李、依、さん……」
何とか声を絞り出す信人。
「やればできるじゃない。信人」
さらっと、名前呼びをやってのける李依。しかし、ここまでのようである。
「で、あとは何をすればいいの?」
手つなぎと名前呼びだけで、恋人ごっこのネタが切れてしまったらしい。信人にもう丸投げである。彼にもいまどきの高校生カップルがどんなことをしながら下校しているかなんて分かるはずもなかった。二人は手をつないだまま、とぼとぼと坂を下り始めた。
「ジュースでも買う?」
沈黙に耐えかねて信人が口を開いた。指さす先には、一台の自動販売機。彼はペットボトルのコーラを一本購入すると、李依にそれを差し出した。ニコッとはにかむ彼女。何か思いついたようである。
「ほ――ら、信人、冷たいでしょ、あはははははは……」
首筋にペットボトルを当てられる信人。あまりの冷たさに声を上げてしまう。
「ひやっ! やったな――、李依、この――」
ペットボトルを李依から奪い取り、やり返す信人。
「きゃっ! やったわね――、信人」
「…………………………」
「…………………………」
沈黙する二人。
「李依さん、飲みますか?」
もう一度、ペットボトルを差し出す信人。
「ありがとう、信人さん」
急にとてつもなく恥ずかしくなってきた二人。李依はコーラをひとくちだけ口に含むと、すぐにキャップを閉めた。彼女の左手にはペットボトル、信人の右手には自転車、そして互いに空いている方の手をつなぎ、海辺の水族館へと向かうのであった。
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