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2話 どうしても伝えられなかったその言葉

何もないから

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 父親が事故で亡くなったことを知らされた時、李依は震えが止まらなかった。それまで願いの力が自分だけの特別な力だなんて考えたこともなかった。子供ながらに、願い事なんて願い続ければ必ず叶うものだと純粋に信じ切っていたからである。しかし、あの日、曖昧だった願いと叶うの因果関係が明確に浮き彫りになった。彼女の願いが原因で父親が死ぬという結果が生まれた。少なくても彼女はそう信じてしまったのだ。

――私がお父さんを殺したんだ……

 彼女は本気で警察に出頭しようと考えたらしい。しかし、大人たちがこの因果関係を信じるはずもないと思いとどまった。罪を償えないのであれば、これ以上罪を重ねてはいけないと、人との関わりを避けるようになった。

――誰も私に話しかけないで……

 友達はすぐに去っていった。当然である、心配したくてもそれを受け入れてもらえないのだから。母親にも打ち明けられず、自分と自分以外の間を分厚い鉄の壁で囲い、人との関わりを7年間完全に絶ってきたのである。それが彼女の決めたルールだった。まるで禁固7年である。そして、今日ようやく刑期を終え出所を果たしたのである。いや、冤罪だったのだから、釈放と言うべきか。


「とりあえず、お礼を言わせてもらうわ」

 李依は恥ずかしそうに信人と視線を合わせた。

「何のこと?」

 わざとらしく聞き返す信人。具体的な言葉を求めている顔である。

「お父さんのことよ。ありがとう。本当に」

 李依は素直に深々と頭を下げた。

「それで、何が目的なのよ! 慈善事業ってわけじゃないでしょ?」

 感謝の意思表明は一瞬で終了した。あっという間にデフォルトの李依である。

「はっ!?」

 李依の急激な態度の変化についていけない信人。

「あれだけクラスで空気のような存在を装っていたあなたが、能力のことを明かしてまで私に接触してきたのには何か理由があるんでしょ? あなたにとっても利点が」

「利点ね――。別にただの気まぐれさ。確かに、クラスでは能力を利用して目立たないタイプの生徒を演じていたけど。それは、長年の癖というか。こういう怪異の類の力はあまり人に知られてはいけないというか。機関に捕まって解剖なんてされたくはないからね」

――機関? 解剖? そんなものが存在しているの? でもよかった。私もクラスで全然目立ってないわ。毎朝、しっかり願っておいてよかった。

 あんな露骨な能力の使い方では、余計に目立ってしまうどころか、クラスの注目の的であることに気付いていないのは李依本人だけなのだが、面白いからもう少し黙っておくことにした。

「はぐらかさないで! まあいいわ。あなたと違って私にはあなたの考えてることは分からないもの……」

 全く別の意味で予想の斜め上を行く信人の思考に李依が気付くはずもなかった。

「でも、借りを作るのは嫌いなの。お礼に何でもするわ。だから早く言いなさい」
「それじゃ、僕の彼女になってよ」
「えっ、それはマジであり得ない」

――マジで引くわ――、ドン引きだわ――

 何か汚いものを見るような最上級の軽蔑の眼差しを向けられる信人。

「嘘です。ごめんなさい」

 ラブコメラノベ風の軽い冗談のつもりだったが、表の声と裏の声のダブルパンチで彼は心に予想外の深手を負った。

「それじゃ、僕も一緒に行っていい? 水族館。今日なんでしょ」
「あなた、えぐるわね――」

 今日は、李依の父親の命日である。郊外には立派な墓があるという。しかし、あまり墓参りはしないらしい。彼女曰く「そこには、お父さんはいないから。何もないから」聞けば、事故のあと家族のもとには遺留品はおろか父親の髪の毛一本帰ってこなかったそうだ。事故の前日、父親との喧嘩の原因となった水族館。約束を果たせなかった父親はそこに帰ってくるのではと、暇を見つけては墓参りならぬ水族館参りをしているのだ。

「そうね、お父さんも私が彼氏を連れて行けば少しは安心するかもね」
「ちょっと、何言ってるか分からないんですけど」
「それじゃ、今回の借りはデート1回でチャラということで」

 素直というか一本ネジが外れているというか、高校生の娘が彼氏を連れてきて喜ぶ父親なんているわけがないのだけれど、そんな世間知らずな彼女に心を掴まれつつある自分に戸惑いを隠せなかった。しかし、そんなことよりも、死んだ人を騙すなんて気が進まない。そもそも死んだ人の魂なんてものが存在しているとするならば、こちらの思惑なんてお見通しなのではないか。クラスで目立たないタイプの男子高校生ですら人の心の声が聞けるのだから。そして、図らずもラブコメラノベ展開へと舵が切られる音が聞こえた気がした。
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