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1話 ひとつの真実だけで

呪い

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「願い事がすべて叶ってしまう能力か――、それって本当なの? 偶然じゃないのかな……」

 腕を組み首をかしげながらも一人語りを続ける信人。李依に話す機会を与えない。まるで朗読劇とその観客である。


時間:10日前(中間テスト前日深夜)
場所:高梨李依の部屋
 一通りテスト範囲の勉強を終え、部屋の明かりを落としベッドに入る李依。

――テストで100点が取れますように……

「それは高梨さんがまじめに勉強したからでしょ」


時間:5時間前(毎朝)
場所:学校の教室
――誰も私に話しかけないで……

「そりゃ――、窓際の一番後ろの席で、いつも本読んでたら誰も話しかけてこないって。むしろ、席替えの度に、お目当ての席をゲットしていることの方が驚きなんですけど」

――何なのこの人、めんどくさい! バカなの! でも、私には関係ないわ。
――岡本君が二度と私に話しかけてきませんように……

「ひどいな――、でも僕には効かないんだな」


時間:5分前
場所:学校の昇降口
――どういうこと? 会話がダメなら、手紙ならってこと? でも、結局、話したいって! やっぱりバカなの! でも、念のため……

「ひどいな――、高梨さん」

――岡本信人君が放課後、校舎の屋上に現れませんように……

「そのくせ心配で様子を見にきてくれたんだ」

 確かに、「行きませんように……」ではなく「現れませんように……」と願っている時点で、李依が屋上に向かうことが前提になっている。

「高梨さんはやさしいなぁ――、そんな面倒なことしないで、こうお願いすればよかったんじゃない?」

――バカなの! 死ねばいいのに……

「それはダメ――――――――!! 絶対にダメ――――――――!!」

 李依は悲鳴にも似た鋭い声で信人の言葉を遮った。それは、まるでその言葉が神様に届くことを邪魔するかのように。なぜなら、望むと望まざるとに関わらず、全て受け入れられてしまうと彼女は信じていたから。

「おっと、ごめん。これは少しデリカシーがなかったか。けど、わざとじゃないんだ。それは今初めて聞こえてきたから」


時間:7年前(高梨李依 小学校4年生 10歳)
場所:自宅
――お父さんなんて死んじゃえばいいのに……

「多分、それ、君のせいじゃないよ。だって、僕は君に話しかけているし、屋上にも来られたじゃない」

 ベンチからすっくと立ち上がる信人。立ち尽くしたまま一歩も動けないでいる李依の方へ話すことを止めずに、じわじわと近付いてくる。彼女は一瞬たじろぎながらも、どうにか踏みとどまった。

「あなた何者? それってあれよね。人の心が読める的な」
「日常的に怪異に浸っているだけあって理解が早いね。正確には心の声が聞こえるかな。まず、その声が発せられた時間と場所が唐突に脳裏に浮かぶんだ。ご丁寧に情景描写付きでね」
「情景描写って! 小説じゃあるまいし! ていうかそれはあなたの文章力次第じゃない!」

 普段から読書を嗜んでいる李依からすると、さっきから、ずっと、下手な小説を聞かされているような気分だったが、そこまでは、あえて口にしなかった。まだ、そんな仲ではないだろうと。

「そんな仲って、どんな仲ですか?」
「何を考えても筒抜けってことね。ちょっと気持ちが悪い。あなたとは仲良くなれる気がしないわ」
「辛辣なご意見ありがとうございます。でも、個人的には保育園のときの高梨さんの声の方が、かわいかったなぁ――」

 どうやら信人の脳内では李依の口調だけではなく声色まで再現されているらしい。

「いい加減にしないと、願うわよ」

 李依は信人を見下すように言い放った。

「だから僕には効かないって。つ――か、それ多分、願い事がすべて叶ってしまう能力じゃないと思うよ。僕には、君の願い事が聞こえた。そして、その願い事の通りにならないように行動することで簡単に回避できた。つまり、君の力は予知能力に似た力じゃないかな。君が願ったからそうなったんじゃなくて、そうなるから君が願ってたってこと」

――お父さんが死んだのは私のせいじゃなかったってこと?

 李依は心のうちでそう呟いた。

「その通り!」
「って、勝手に人の心の声を聞くな――――!!」

 反射的にツッコミを入れてしまい顔を赤らめる李依。信人は構わず話を進める。

「君が願ったから君のお父さんが飛行機事故に見舞われたんじゃない。君のお父さんが飛行機事故に遭う運命だったから君が願ってたってことさ」

「でも、それなら、あらかじめ私がお父さんに伝えていれば、事故は未然に防げたはず。それなら、やっぱり私のせいじゃない」
「それは、違う。あの頃、君はまだ自分の能力を正確に理解していなかった。いや、たとえ理解していたとして、当時の君に何ができた」

「そんなこと……分からないじゃない!」
「君が父親の死を悟ったとして、それを父親に伝えることができたとして、小学校4年生の娘の言葉を信じるはずもない。それも含めて君のお父さんの運命だったってことだよ」

「でも……」と言いかけて李依は話すのをやめた。なぜなら、この人には言わなくても伝わるのだから……

 もっと早く自分の能力に気付いていれば、お父さんを救えたのではないかという後悔の念は心に深く刻まれた。しかし、それ以上に、ひとつの真実だけで彼女の心は救われた。

――私がお父さんを呪い殺したわけではなかった……

「そう、君は悪くない」
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