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71 歴戦の猛者リーセロット

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「……あ? 危ねっ、寝てた……!? クラースさん、クラースさん起きて」
「ん~~……やだ。まだねむい……」

「お湯ちょっとぬるくなっちゃってますよ。このままだとマジで風邪ひきます、泡流して上がりましょう。俺も眠いけど頑張るんで」
「若い君におまかせするよ……、おじさんもう動けにゃい」

「動けにゃいじゃないですよ、しかも根に持ってるでしょ。ほら立って! はい流す!」
「お湯があついよー。やけどするー」



毎回、限界まで交わり続けるのはやめようとは思っているのだ。でもこの人が、いや別にクラースさんのせいじゃないけど、でもいくらうっかり、大体わざとだけど、呪術を使ってしまうからって感じすぎだとも思うのだ。

誘うたびになんだかんだで受け入れてくれ、これ以上ないくらいに彼は乱れてくれる。口で息をして、目をうつろにして、俺にしがみついて助けを乞うて。

なんとも筆舌に尽くしがたい恍惚とした表情を俺に見せてくれるのだ。それを目の当たりにしてしまえば、興奮するに決まっている。そこそこにしておこうと頭で考えた決まりを自ら破って丸めて捨ててしまう。

俺は最初、クラースさんがそういうことに敏感な体質なのだろうと思っていた。彼は彼で、そもそも呪術を使わずとも俺が慣れていて上手いから、なんていつも言ってくれるが。

これはもしや、俺の技術が向上したのか。単純に呪術のせいか。身体の相性か。一体どれだ。そういう話を対面で話す勇気が持てず、手紙にしたためばあちゃんに質問として送ってみた。もちろん言葉は選んだのだ。下品になったりしないよう。

しかしあの恋バナと、特に下ネタに食いつきの良いあのババアは、ど直球極まりない内容の返信を僅か数日で寄越してきた。


──そりゃあんた、呪術師だもんよ。専売特許っていうやつだよ。願う力、念じる力を飛び道具として使うんだから、強い願いであればあるほど効くって私は散々言ったじゃないか。もう知ってるだろ。私も若い頃はねえ、ちょっと高嶺の花な男だとしても一度誘って寝てしまえばあれよあれよという風に──


以下、ほとんどがばあちゃんの武勇伝であるこの手紙。正直、身内のそういう話は聞きたくない。でも何かもっとあるんじゃないかと我慢をして読んでみた。

……読まなきゃよかった。男を手玉に取りすぎである。立派な貴族を下男のように扱うな。靴を舐めろと言ってみたらほんとに舐めて引いた、とかマジでやめてやれ。可哀想だろ。なぜ自分で命令したくせに勝手に引くんだ。人の心がないのかよ。

あまりにも寝たがるからひと月でこれだけ稼いで大天使石を手に入れてこい、とか鬼畜すぎだろ。どうせあれだ、馬鹿高い宝石だろそれ。え、マジでやったのか。手に入れてきたと。すごいなそいつ。眠る暇とかあったのかな。

なんだって、株で儲けた? いやそれは、株という名の賭博だろ。危ない橋を渡らせるな。このババア、呪術を悪用しまくってやがる。

俺はそっと手紙を閉じた。上手いと言われりゃ嬉しいし、ちょっと得意な気持ちにもなるが、やはり呪術のせいだった。いや、好きだと思ってくれているから、受け入れてもくれるのだ。

がっかりすんなよジルヴェスター。特別な技術はないって自分で散々言ったじゃないか。クラースさんだって最初は固かったのにさ、あんなに……俺、上手い方だったらいいなって思ってたから、やっぱちょっと残念かな。



──────



「ということで、呪術のせいだと思います。黙ってようかと思ったけど、逆に俺の矜持が許さないし、モヤモヤするので白状します」
「こんな真っ昼間から何言ってんの君は。よく考えてみなよ、オレは魔術師だよ。君がオレにベタベタし始めるとき、力の流れはやってこない。君が器用だってことなんだよ」

「いや、そ……そうかも知れませんがね、俺は特殊な訓練は受けてませんし」
「なにその訓練って。まさか娼館行こうとしてるんじゃないの。怒んないから白状しなさい」

「もう怒ってるじゃないですか! 絶対行ってませんって! ていうかクラースさんがいるのに、いやその前に結婚してんのに、なんでそんなとこ行かないといけないんですか!!」
「いやー? わかんないよ。既婚者でも行く人は行くじゃない。たまに違う味も試してみたい、素人モノもいいけど熟練の技を体感したーい、なんて理由で?」

「なんですか素人モノって!! どこでそんな言葉覚えたんですっ、ちょっと笑わないでくださいよ!! ねえ、絶対からかってるでしょ!! いくら俺のが子供だからって!!」
「こっ……、ゲホッ、こ、子供だなんて思ってないよ。若いなーとは思うけど。でもそれは罪じゃないじゃない……! くっ……!! やば、おもしろ……!!」

クラースさんは、ひとりゲラゲラと笑いまくっている。何がそんなに面白いんだ。笑いのツボが浅すぎやしないか。

その笑い声は外まで響いていたのか、子供が数人こちらをじっと覗いている。他にも数人外にいて、店の看板となっているあの木の周りで遊んでいるのだ。

子供は高いところが好き。それはずっと昔から変わらない。何がそんなに面白いのか、階段を登ったり降りてみたり、小さな家から外を眺めたり。高所が途中で駄目になる子も中にはいるだろうが。例えば俺とか。

『遊び場っぽいとは思ってたけど、本当にそうなるとは思ってなかった』とクラースさんはにこにこしていた。親はいたりいなかったりだが、手持ち無沙汰になった大人、店内に興味を持った大人が入店してくれるという。

この木が一番の特徴であるからと、店名は『魔術薬店・こびとの木』。あの木は本当に看板の役割を果たしているようだった。ちなみに呪いの木、という俺の提案は当たり前に却下された。

「こんにちはあ。クラースさん、あのクリーム凄く良かったわ。うちのお婆ちゃんも使いたいって言うから今日連れてきたわ!」
「わあ、ありがとうございます。こちらへどうぞ」

狭かったはずの俺の家は柱を覗いて盛大にぶち抜かれ、なかなかの広さにはなっている。その一部には棚の下段をくり抜いて付けたようなソファーが置いてあり、大人用の秘密基地のようになっている。カーテンはないが、棚部分につけてしまえば完全個室になる空間だ。

どうやら道楽亭の店主は、『可愛い』と『隠れ家』という要素を必ずどこかに取り入れたくなるらしい。自分の家には奥様用と自分用の地下室があり、行き来できる隠し通路や脱出経路までもをきちんと用意しているらしい。どこに逃げるというのだ。喧嘩をしたときにでも使うのか。

「あー、ここなんだか落ち着くわ。ちょっと狭いのが何だか楽しい」
「お兄さん、あなた綺麗な髪ね。ちょっとおいでなさいな。まあ、見てよこの美しいお色。青灰の鳥の羽根みたい」

「ちょっとお婆ちゃん。今日は化粧品を買いに来たんだからね。あっ、ねえねえ、かっこいい人がいるっ」
「あらほんと。いい店じゃないの。私今日から通うことに決めたから」

『まだ商品見てないじゃないのー』『あら、お兄さんは売りものじゃないのかしら』などと言い合い、ころころと笑い声を立てる女性二人に手招きされた。

なんだか面倒臭い気がしたが相手はお客様なので、俺は店員じゃないんだけど、と思いつつも近づいた。

だが、あまりに警戒してしまうと呪術が悪さをしてしまう。このお婆ちゃんにうっかり触れて、無駄な恋心を抱かせるわけにはいかない。心臓が弱ってしまうだろうし、夫がいたら大変まずい。そっちの心臓も悪くなる。

なるべく緊張せず、彼女の他愛もない話をずっと頷いて聞いていた。なによりも健康が一番だと。きちんと野菜などは食べているかと。自分は食べなきゃと思っていても食が細くなったから、健康のために色々飲んでいるのだと。

胃が悪い。眠りが浅い。そんな悪いところが出るたびに対処しているが、新しい薬草たちが増えてしまい、洗面台の上は瓶だらけになっているのだと笑っていた。

『しかも最近物忘れがひどくって、この前なんかね』と彼女は話し続けていたが、彼女の娘の相手をするため横に掛けていたクラースさんが、こちらへふと目線を向けた。

なにやら真面目な顔をしながら彼女の話に聞き入り『お話中失礼します』と遮るように告げたあと、続く一言を彼女にかけた。『お客様。その物忘れ、薬草が原因かもしれません』と。


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