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2 キャロルの治療計画

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「ひいっ、すみません!! また遅れました!!」
「遅れてない。私が先に来ただけじゃないか」

 最大速で片付けをし、ダッシュで向かったのだが遅かった。いつから待ってくれていたのか、本を開いて壁に持たれかかりながら片手を上げて気さくに挨拶してくれた。うっ。後光が眩しい。今日は昨日よりお美しい。

 日陰にいるのに内側から光っているような彼は、手招きをして本の中身を指差した。近づき過ぎないようにそっと覗いてみるが、字が細かすぎる。読めない。でもこれ以上近づくのはちょっと憚られる。ほんとは近づきたいけども。

「何してる。それじゃ見えないだろ。来い、ほら見ろ」

 がっしり腕を掴まれ、引き寄せられてしまった。うわすっげ、いい匂いする!! 睫毛なっが金色だ、日が差してないのに光ってる!!

「いいか。これが欠線症状。怪我などで後天的にこうなる場合が多いが、先天的にこの症状を抱えて産まれる者も稀にいるそうだ。お前、その辺調べたか」
「し、調べてないでひゅ」

「そうか。恐らくな、治療費が出せないだろうと思った治療魔術師が黙ってたんだろうな。国からの補助は利くが、それでもかなりの金額になるそうだからな」
「はあ、うち、貧乏なんで……」

「あとな、ほっとけば治るから大丈夫だとも思われていただろうな。お前いくつだ」
「ひゃい、十五になりますっ」

『あと一年か……』と言って彼は突然黙ってしまった。本は開いたままだから、なんとなくその場に留まった。うわあ、お肌が綺麗。人の肌に注目したことって多分初めてだ。お化粧なんかしてなさそうなのに、さらりとしている。軟らかそうだ。

 突然、紫の瞳をこちらに真っ直ぐ向けられ心臓がまたドクンと跳ねた。この視線、慣れない。全然慣れない。

「お前、恋人はいるか。婚約者は」
「えっ…………いたことないです」

「そうか。じゃあいいよな。こっち来い」
「えっ、あっ、はい……? あっ!?」

 ──手ぇ!! 手で手を、手が!!


 頭の中が『手』の文字で埋め尽くされた。この貴人様は俺の手を突然取ってお繋ぎあそばしたのだ。

 やばい、手ぇ洗ったっけ。手汗が出たらどうしよう。うわーこいつベトベトなんだけど、って思われたらどうしよう。涙が止まらなくなるかもしれない。今夜は一睡もできなくなるかも。



 ────── 



 着いた場所はあまり遠くはなく、あるご邸宅の敷地内にある立派な小屋、という感じだった。

 小屋といってもそれも立派だ。中は書類や本や、薬瓶などが山ほどある研究所のような趣だった。俺、研究所なんか行ったことないけど。

 中に入った途端に彼は内鍵を閉め、カーテンを引き、灯りをつけて板書を消し始めた。ここで何をするのだろう。

「いいか。まだ検分してないから仮説になるが、お前の魔力回路はこうなっていると思われる。周りが千切れて糸一本通ってる状態か、まったく繋がってない箇所があるかもしれない。そこでこうだ。他者の魔力を回路伝いに通す。別に意識せずとも魔力は通れるところを通るから通常なら問題ないが、完全に切れているとなると話が違う」

 彼は俺にもわかりやすく、チョークを色分けして板書に絵を描いてくれた。俺の魔力回路はちょん切れているという。本当か?

「糸一本でも通っていれば、適合する魔力を通すだけでどうにかなる。自然治癒力が働く。しかし完全な分断だと端から伸ばす形になるから時間がかかる。手間もかかる。単純に治療魔術師が行う治療が長期間になる。過去の例から最低一年程はかかると見て間違いない。だから治療費が大幅に跳ね上がる」

 アホな俺でもよくわかった。先天性魔力回路欠線についての話。そっかー、俺が一族希望の星だったのはほぼ確定だったか。でもそれには治療が要ると。

 うーん、兵士になって稼げたとしても何年もかかるんじゃないかなあ。それに家に仕送りしないとならないし。それから魔術学園? 入れたとしても、よほど量が多くないと強制入学にはなんないだろうし、魔術師になりたいわけでもないしな。

 ふーん、と俺は他人事のような気持ちで彼の講義を聞いていた。が、そのあとの彼の一言で、目玉と心臓がビャッと飛び出た。

「端的に言おう。試験的にだが、私が治療を引き受ける。お前、私とキスできるか」
「…………えっ」

「接吻だ。口づけできるかと聞いている」
「…………えっ、えっ」

 愛人、という言葉が頭を高速でよぎった。やっぱり俺はアホだった。今彼はそんな話はしていない。治療だと言っている。

 でも俺は兵士になりたくて、あっでも魔術師の方が稼げる、でもそしたら四年間は学園生活になるわけで仕送りが、いやまだ両親元気だからイケるかも。

 突然の誘惑ならぬ治療計画が飛び込んできて、人生計画が大きく揺らぎ始めてしまった。どうする俺、どうするよ!!

「やるか。やらないか。どっちだ。今決め────」
「あっやります。絶対やります」

 俺はアホだ。細かいことは置いといて、誘惑に乗る方へ梶を切ってしまった。だって男の子でもこんな綺麗な人に口づけられるなんて、この先絶対一度もない。

 もしダメだったとしても記念になる。接吻記念。ああ、きっとこの思い出だけでこの先一生頑張れる。

 しかし俺は何の経験もなかった。小さい頃は期待されていたからそこそこモテた。学校で一番可愛い子との婚約の打診まで来ていた。

 しかし検査結果はごく平凡。パラパラと人は離れていった。そういうことをしたくなる年頃に、そういうことをしてくれる人はいなくなった。どうしようこれ。俺からいくのが礼儀マナーなの?

 彼は特別何の感慨もない表情で、チョークを置きパタパタと手を払い、ハンカチで拭っていた。そして椅子の上でガッチガチになった俺につかつかと近づいて、俺の足の横に膝を置いた。うわ!! もう来た!! まだワタクシは心の準備が!!

「ああああの!! その前にせめてお名前を!!」
「ん? 言ってなかったか。キャロルだ。キャロル・エヴァレット」

 うわーお名前まで美しい、と思ったときにはもう唇が当たっていた。目を閉じたらいいのか開けたらいいのかもわからない。
 頭が真っ白けの雪景色。白い闇ホワイトアウトを体感した。
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