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31 怪しい俳優事務所

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「そこのお嬢さんとお父さん! ちょーっとお話大丈夫? 急いでる? これからどこか行く予定? え、面談に? 学校の? あ、親子じゃないのか。他人同士か。へー、じゃあどこで知り合ったの? 俳優事務所? じゃあお父さん引き抜き人さんかなんかなの?  ふーん、じゃあ営業証持ってるはずだよね、はい見せてー! あ、お嬢さんはこっちね!」

 うちの衛兵隊長は、誰かと誰かが喋っている途中だろうが無遠慮に突撃してゆく。

 まだうら若い女の子と、その子の父親ほどの年齢の男が街頭で話していた。女の子はぎこちない笑顔で話しているのに対し、壮年の男は軽薄な笑顔を貼り付けてベラベラと喋っていた。

 やや背後から近づいたからであろう、男はこちらに全く気づかず、先に女の子の方が気づいた。目線の合う時間が通常よりやや長かった。ほんのりと揺れた瞳を見て、これは怪しいと判断したのだ。

「最初、これを渡されたんです。確かここに…、見てもらえますか…?」

 ──トゥロワサンク俳優事務所。なんだここ。全然知らん。

「ですよね、私も知りません。前にこの近辺で友達と買い物してたら、あのおじさんに話しかけられたんです。私はなんだろ突然ってびっくりしてたんですけど、友達の方が俳優事務所じゃん、すごいねって盛り上がっちゃって。これから試演とか、ドレスを着て売り出し用の写実紙しゃしんを撮るって。報酬も支払うからひとりで来てねって言われたんで、友達と別れたんですけど…」 

 ひとりで来い、という時点で怪しいが、おそらく強引に誘われた。また報酬も出るというところに安心感と魅力を感じたのかもしれない。そしてドレス。貴族が着るような。それを着たいと思ってしまったのかもしれない。

「そこは集合住宅の一室でした。着付けや髪結いは女の人がやってくれて。でもそこにあったドレス、なんだか古ぼけた意匠のものばかりで…、でもたまたま好きな色のものがあって、それを着て撮影が始まったんですが」

 そりゃそうだ。ドレスに金をかけるわけがない。こいつらの狙いは他にある。ドレスを着る本人だ。

「最初は窓枠に手を置いて振り返って、とか言われて言うとおりにしてたんですが、その、ドレスの裾をちょっと持ち上げて、もっと、もっとって言われて、脚が見えちゃうからって言ったんですが…、脚の形も審査基準だからって…。明日は試演に入るって言われたんですが、その前に報酬はどうなったんですかってさっき話してたんです」

 クロだ。紛うことなきクロ。まともな俳優事務所が商品である女優に、そんな娼婦のような真似をさせるわけがない。私は男に尋問している最中のサンダーにハンドサインで合図した。サンダーは片目を細めて笑った。

「お嬢さん、お話してくれてありがとね。このおじさんにはもっと聞くことあってさあ、本部に寄って貰うから。お嬢さんは良ければ守衛地に寄ってって! そのあと送ってあげるから!」

 ガチガチに固まった表情の男は、大人しくサンダーに捕縛されていた。護送馬車は呼んだ。これから先は賊の構成員のような顔をした恐ろしい本部の精鋭たちに、こってりと絞られてくるのだろう。今日は帰れないと思うが、仕方ない。まあ頑張れよ。



「お嬢さん、わざわざありがとね! 今結構動揺してるでしょ。そのままフラフラ歩いてたらスリに遭っちゃうよ。お嬢さんひとりで帰すわけにいかないのもあるしさー」
「わあ、お菓子まで。すみません、ありがとうございます。あの、私が撮られた写実紙しゃしん、どうなるんでしょうか。絶対親にはバレたくないんですが…」

「お嬢さんは成人してるんだよね? なら親に引き渡す義務は我々にない。でもあの男は捕まるから、撮った写実紙しゃしんは出回ることはないよ」
「そうですか、良かった。あの写実紙しゃしんが出回っちゃったら…私きっと結婚できない」

「ん? 出来るよ。美人だもん。お嬢さんは美しいから、これからまた引き抜き人に声をかけられると思う。そういうときはね、まず紹介状を持ち帰る。そしてその事務所について調べる。職業鑑定所に聞けば国の認定を受けた事務所かどうかを教えてくれるから。あと小さい事務所は売り出し費用を出せと言ってくるところがあるけど、絶対金貨十枚は超えないから。超えるところは怪しいからね」
「やだ、そんな、美人だなんて…! 色々教えてくださって、あ、ありがとうございます…」

 ニコッと笑ったサンダーを見つめる彼女は恋する乙女そのものだ。サンダー、お前なんで俳優にならなかったんだよ。愛好者が山ほどついて大儲けできるだろうに。



 ──────



「サンダー、お前ああいうのに詳しいんだな。怪しい事務所がどういうところか、とか」
「あーまあね、俺散々そういうのに声かけられてきたから。でかい所から小さい所まで。友達に紹介状見せたら毎回調べてくれて、判断つくようになったわけ」

 なるほど。独自の蓄積情報に基づいた判断だったか。そういえばこいつは王家の引き抜き人にも随分粘られていたのだ。さもありなん。

「でさー、これ見て。こないだ買った写実魔道具。最新だよ! 前に子猫引き取りにきたお嬢さんが持ってたやつ! すごいでしょーこんな小さいんだよ!」
「へー、お前奮発したなあ。それ高かっただ……ん? え、何? 今撮った?」

「はいマリちゃん、笑ってー」
「笑えるかアホ! 無許可で撮るな!」

 写実魔道具を構えながら近づいてくるサンダーにソファーの隅まで追い詰められたと思ったら、おもむろにそれをテーブルに置き、突然唇を奪われた。なにがしたいんだお前は。ヤリたいのか撮りたいのかどっちだよ。行動に一貫性がなさすぎる。

「…………うん、やっぱこの方がいいね。マリちゃーん、もっとイイ顔してぇ?」
「お前な…! あのオッサンに強要は罪になるって言ってたじゃ……う、あっ、あっ、触んなっ、あっ」

「耳まで真っ赤で超可愛い。あーダメダメ、腕で顔隠さないでー。ほらぁ、ここ好きでしょ。気持ちいいでしょ。ね?」
「あっ……!! やだ、きもちいくない、やだ、やだ、あっ、んん────!!」

 サンダーは『手があと二本ありゃいいのになー』『いっそ捕縛…』とぼやきながら私の下半身を雑に脱がせ、慣れた手つきであちこち刺激したあと、強引に脚を割り開いて突っ込んできた。同じく過剰に突っ込まれた魔力の分、涙が出て鳥肌が立つほど気持ちいい。目の前が白くなってきて、ちゃんと顔を隠せていたのかこの辺から記憶がない。

「ほら、ここも好きでしょ。なんだもう出しちゃってるの、あーあ、お腹が濡れてきちゃったぁ」
「も、それ、やめ…! 眩しいって、あっ、あっ、あっ」

「うわ、イイ、最高。めっちゃエロい。こうやって服脱げかけてんのもすげーイイ。いいよー可愛い! その表情! 全王国民が抜ける!!」
「最悪…! もう最悪…!! 終わったら覚えてろよ、くっそ…! マジでムカつく…!!」

 容量を使い切ったんじゃないかと思えるほどにガチャガチャと機械音を鳴らしていたサンダーは今、私の横で眠っている。

 私は知っている。この写実魔道具の記録原板は光にとても弱いことを。父が買おうとしていたとき、色々調べて相談に乗ったからその辺のことは知っているのだ。

 記録原板は今、窓のカーテンの外側に置いてある。朝が来るのが楽しみである。

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