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3 迷子のリモラちゃん

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「大丈夫だよー。お名前言えるかな? どこから来たかは言える? 言えない? お母さんとお父さんの名前は言える? ふんふん、あー泣かないでー大丈夫だよー。クラムのジュースあるよ。飲む?」

 市場で迷子を拾った。

 今日もうちの隊長はよく喋る。もちろん口を挟む隙はない。

「ほらー冷えてるでしょ。美味しい? 今日ちょっと暑いもんね。今日は半袖にしたんだね。お兄さんもそうすればよかったなー。今日のお母さんはどんな格好してるの?」

 サンダーは雑談を大いに交えながら、あれよあれよという間に本人の名前、保護者の名前、衣服の特徴、町の名前を聞き出した。

「私が放送する」
「マリちゃんよろしくー。リモラちゃん、お昼ごはん食べた? 食べたか。じゃあお母さんが来るまでお兄さんとおやつにしない? ほらーいっぱいあるよー」

「迷子のお知らせです。巨嘴鳥町からお越しの、レイラ様。巨嘴鳥町からお越しの、レイラ様。お子様を第五守衛地でお預かりしております。早急に────」
「リモラちゃんの名前ってこのクリームに入ってるリモラの実と同じだね。誰がつけてくれたの? おばあちゃん? おばあちゃん若いね。センスが最先端だね。本当はアンドレイになる予定だったの? 男の子だと思われてたの? なんでだろうねー、よくお母さんのお腹の形がさ────」

 なんとか形通りの放送を終えて、拡声魔道具の受話器を戻した。

 さっきからこいつがよく聞こえすぎる声でベラベラ喋りやがるから集中できなかった。子供と一緒になって勝手におやつタイムに突入している。しかも子供より食ってやがる。

 もうどうでも良くなって、外から帰ってきた同僚も巻き込み、おやつタイムに加わった。クリームの甘味と、爽やかなリモラの香りが口に広がる。うまい。

 悲壮な顔をして飛び込んできた母親にまったりおやつタイムを思いっきり見られたあと、すっかり落ち着いた子供と泣き笑い顔になった母親を見送った。

「リモラちゃんバイバーイ! 迷ったら今日みたいにすぐ守衛地に来るか、お店の人に言って連れてきてもらうんだよー! 気を付けてねー!」

 最後までうるさい。しかし言っていることは概ね正しい。


 ────────



 こいつの態度はあの夜のあとも全く変わらなかった。

 というか、二人して酷い頭痛に悩まされそれどころではなかったのだ。

 うわー痛ってえ、水飲め水それが一番だ、お前が取ってこいや、なんだこれてめえこんなんにしやがって、ごめんってマリちゃん頭に響く、ちくしょー頭痛え風呂は後にするわ、とギャンギャン言い合っているうちに元に戻った。と思う。



 それから慣れない勤務に翻弄される日々が始まった。

 私闘を止めたり、恋人の喧嘩を仲裁したり、怪しい奴を捕まえたり、迷子を保護したり。

 サンダーが隊長になったのは二年目のことだった。

 前の隊長が異動し、誰か入ってくるのだろうと思っていたが、突然隊長に抜擢。空いた枠にはもうすぐ引退予定だという経験者が入ってきた。

 サンダーはあのお喋り尋問で罪人を捕縛しまくってきた経歴があるから抜擢されるのはわかる。納得している。

 しかし新隊長のために誂えたかのように丁度良い人員が入ってきたのはどういうことだろう。いや、今は平民なわけだ。采配が良かっただけか。考え過ぎだ。



 うちの守衛地は六人体制。三人ずつ交代で回すのだ。とりあえず来られる奴だけでもいいから歓迎会をするぞ、ということでベテラン隊員のローレンツさんと飲みに行った。

 海豚停は入店時、魔道具を好きに借りて遊べるのを売りにした魔具居酒屋だ。店主の奥さんが魔道具修理人らしい。

 サンダーが拡声魔道具を手に取ろうとするから止めたら『仕事のやつと一緒か確かめようとしただけなのにー』と文句を言われた。だってうっかりお前が使うと鼓膜が悲鳴を上げるからな。

 結局、遮音魔道具を手に取り、料理が運ばれてくるまで黙って弄くり回していた。静かになって良かったが、子供か。

「ねえマリちゃん、これすっごいね。ここのスイッチ入れるじゃん、ここのツマミ回すじゃん、ほらー。一気に周りの音聞こえなくなった。この卓の会話は聞こえるのに。ちょっと離れてみるから俺が何言ってるか当ててみて」

 サンダーが離れたちょうどその時、給仕のお姉さんがこちらに向かってきた。こっちのでしょ、ありがとう、とそれらしき台詞を言って受け取っている。

 お姉さんが顔を赤らめながら動揺しつつ、何やら一生懸命話しかけている。そして奴はまたお喋り癖が爆発している。確かに声は聞こえないな。

「本当に聞こえませんね。何言ってるかは大体わかるけど」
「あの子騎士団の勧誘断ってこっち来たんだって? 酔狂だよねえ」

「騎士服着て黙って立ってるのが無理だそうで。器量と実力はあるんですがね。私に勝てたことは一度もないですが」
「ははは、さっき聞いたよ。君の方が強いんだってね。というか、あの子は君がいるからこっちに来たみたいだね」

 ちょっとローレンツさん、と思わず口を挟むと彼は『シッ、来たよ』と小声で言い指を口の前に立てた。

「ただいまー。料理来たよー。マリちゃん取り皿取って。これ飛馬ちょうばのダグラスソース煮込み。これ泥棒貝の酒蒸し。ねーローレンツさん、これ本当に美味しいの?」
「お前ローレンツさんにタメ口きくなよ。すみませんね、こんなんだから騎士団は難しいんですよ」
「いいよいいよ。それより君達すごく仲がいいよねえ」

 ゲッ、という顔をした私と、そうなんですよー! と話に乗るこいつの顔を見比べたローレンツさんは、大口を開けてハハハと笑った。

「まあ異動がありますからね。それまで仲良くはやりますよ」 
「離れたら嫌だー! でも会いに行くから休みの日はなるべく合わせてよ」

 いやだ、なんでよ、と言い合う私たちを見て身体を傾けて笑っている。何が可笑しいんだ。



 ローレンツさんはどっしりした見た目通りの酒呑み男だった。

 ……前回のアレから反省して節制したつもりだが、またちょっと呑みすぎてしまったかもしれない。

 何か、怖い一言が聞こえた気がする。遮音魔道具を使っていたから気が大きくなったのだろう。

 あのよく通る声で。
『結婚なんかさせない』って。

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