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37 本妻と元愛人のお茶会
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「改めましてご結婚おめでとうございまーす! 前に贈った夜着の着心地はどう? 裏が秘色蚕で表が白雲綿だから肌触りが良かったでしょう」
「ありがとうございます。あれすごく良いです。閉じるところが紐になってるのって珍しいですよね」
「んふふふ、あれはねえー。贈り物をお題にして作ってあるのよ。さあ中に入ってるのはなんでしょう。このリボンを解いて開けてみてー、っていう遊び心を形にしたものなの」
「い、いかがわし……いや、素敵です。天使からの贈り物なら何でも嬉しい。道端の小石でも嬉しい。一生大事にします」
『まだ天使ネタは続いてるのー』と言って当の天使はきゃらきゃら笑った。だって天使は天使じゃないか。子供を何人産もうが変わらない。天上の生き物であるからして、きっと皺が何本できようがそれも美しいと現時点でもう決まっているのだ。
僕がのんびり学園で働いて、挙式を経て最初の結婚生活を送っている間にカルラ先輩は二人の子供を産んでいた。今は三人目がお腹にいるそうだ。さすがヒルデ先輩。当選率の高さに彼の抜かりのなさと愛の重さが感じ取れる。
「お子さんたちにお菓子を持ってきましたが、今はどちらへ?」
「今はお昼寝中なの。起きてきたら連れてきてって言ってあるから。マインが来たのに会えなかったって知ったらわんわん泣いちゃって収拾つかなくなるからね。手袋しないで触れても平気なはずなのに、あなたなかなかの子供殺しよねえ」
「なんか物騒な二つ名ですけどありがたく頂戴します。上のお兄ちゃんはカルラ先輩に似てますけど、中身はヒルデ先輩っぽくないですか。記憶力がいいからそれだけ粘りもするのでは?」
「そうよー。あれは絶対そう。子供だからって舐めてたら痛い目見るのよ。随分前にあなたが来てくれた日のことだけど、事前にこの日は来るって話をヒルデやうちのメイドちゃんたちにはしてたのね。その頃夕方まで寝こけることが多かったから本人には内緒にしてたの。結局やっぱり会えずじまいで、それを悟られないようにしていつもどおり過ごそうとしたらよ、マインたんはー!? ってわんわん泣き始めちゃって。数字に強いとは思ってたけど、人の話を聞きかじった程度で日付を正確に把握して覚えてたのよ。もうびっくり」
身体のことは言っていないが、手袋をしておかないとまずいことになるというのは話してある。さすがに身体のことを言ってしまうと、万が一子供ができていたらややこしいことになっていた、ということを確実に考えてしまうだろう。それは気まずい。
この天使には何も面倒なことを持ち込まず、安心して地上で暮らしてほしいと思っているのでそうしている。せっかく子供をこの世に産んでくださったのだ。要らぬ不興を買ってしまい、子供と手を繋いで天上に帰らせていただきます、となっては困る。主に僕が。ヒルデ先輩はひとりで泣いていれば良いだけだが。
「ミニヒルデが来ない束の間を楽しみましょう。最近変わったことはあった? 旦那様とは相変わらずな感じなの?」
「ああ、それはなんとか。ていうか聞いてくださいよ、うちの旦那様って僕が学園で働いてたときの生徒さんだったんですよ! とっくに会って話してたんです!」
「あら、それは前に聞いたわよー。実感なさすぎてそれも忘れちゃってた?」
「いやーそれが、やっと思い出したんですけどね。記憶と違いすぎてて。彼はほんとに小さくて、僕の肩付近に頭があったかどうかくらいちっちゃかったはずなんです。まさか数年で伸びに伸びてあんな感じに仕上がるとは……」
「男の子の成長期ってすごいわね。うちの子もそんな風になるのかしら」
「珍しい方だと思いますよ。でも手足が大きい方だったら多分ですけど可能性はあったりして」
そしてやっと教えてもらった、現旦那様であるノエルくんが面接で披露した売り込み文句の内容。覚えている限りのことをカルラ先輩に話してみると、彼女はキャハキャハ笑って腹を抱えていた。
扇子で顔を隠すなんていう作法も忘れて。身体を直接折り曲げて、テーブルを使って顔を隠していた。それは良いお家のお嬢様としてアリなのか?
「はー、もう笑い疲れた。あなたも天使だったのね。仲間がここにもいたわ。ちなみにその作文を読み聞かせてもらってやっと気づいたの? 旦那様もご苦労さまねえ」
「それは……、誰なのって言ったら傷つけちゃう気がしたんで、制服をその……引っ張り出してきてもらって……」
カルラ先輩の目がピカンと光った。面白いことを見つけた目だ。当然その後は洗いざらい吐かされて、『ヤダー!! なにそれ面白そう!! うちも倦怠期が来たらやってみるわー』とあんまり聞きたくないことを言われてしまった。
夫婦いつまでも仲良くしてほしいとは思っているが、それはカルラ先輩の平穏のためだ。ヒルデ先輩を無闇に喜ばせ、調子に乗らせたいわけじゃない。なんかそれはムカつく。
「ごきげんよーマインたん!! よーこしょわがやちきへ!!」
「あら早速来たわよ、うちの怪獣が」
「ルカくん起きたの。おじゃましてます。おやつあるよ、一緒に食べよう」
「マインたんといっちょにたべるの。だっこちてぇ」
「いいよ。おいでー」
「ごめんなさいね、いつもいつも。躾がなってなくてお恥ずかしい」
「ねーマインたん、ぼくマインたんがくれたご本ぜーんぶ読んだよ。まじゅうがでてくるとこがスキなの。二十三ぺーじにでてくるやつ」
「えっ、確かあれ、もっと沢山文字が書いてあるのがいいって言うから、今は読めなくてもいずれと思ってあげた……七歳くらいの子が読む本で……」
「それくらいの子が読める単語は頭に入っちゃってるみたいなのよ。だから残酷だったり、いかがわしかったりするような、見せたくない場面が書いてある本は徹底的に管理してるの。あっという間に読んでこれなにー? なんて聞いてくるから」
「ちゅじんこーの行ってたがっこーってどんなかんじ? マインたんも行ってたんでちょ? まいごになったことある? お父しゃまはないっていってた」
「主人公が行ったのは街の学校ね。わりと小さい子も行くところ。僕が行ったのは魔術学園。その前はお家で勉強してたんだ。迷子になっちゃったことはある!」
「男の子は入り組んだところをひとりで歩いてても別段咎められないから、毎年遭難しかけるのってみんな男の子よねー」
「ぼく、まいごになんないよ! なぜかというとー、もうおぼえたから! お父しゃまがおちえてくれたの、えらいー?」
「うん、偉い偉い……覚えた? あの迷宮を?」
「やだ、それ機密の漏洩にあたるんじゃ……心配になってきたわ。もー、なんで余計な仕事を増やすのよー! あの人はー!」
内部構造の説明を出来るだけでも十分凄いのに、その息子はそれを覚えたと。もうヒルデ親子の頭脳は突出しすぎていて僕じゃ理解が追いつかない。
そのあとメイドさんが持ってきてくれた画用紙いっぱいに、『ここがー、えんとらんしゅ。そんでー、ここがしぇんしぇーのおへや。ここトイレ。おちり出すとこね』と下ネタを挟み、くすくす笑いながら描いてくれたそれは……大体合っていた。と思う。卒業生の僕でも滅多に行かない場所はあったからな。
カルラ先輩は『こんなポンチ絵でも外部に漏れると……』と小声でブツブツ言っていた。確かに教室の一部がやたら大きく描かれていたりしていたが、せめて子供の絵と言ってほしい。
「そろそろお暇いたします。体調を悪くされると良くないので」
「あらあ、気にしなくていいのよ。あたしはいつでも休めるから。でもねー、休んだところでお腹が苦しいのはあんまり変わらないのよねー。ちょっと締め付けのあるものを着ると途端に気分が悪くなるの」
「まだお腹は出たりしてないですよね? そのゆったりしたお衣装は美しさをさらに引き立てるためだと思ってました」
「あら、お上手! 確かにお腹はまだひとつも出ちゃいないのよ。でもなんだか苦しい感じがするの。この子のときもそうだった」
「マインたんもうおかえりなの? まだあしょぼ? もっとお絵かきちよ?」
「ごめんねルカくん。お母様は今だいじだいじなときだから。また来るからそのとき一緒に遊ぼ?」
「やだあ! まだあしょぶの! マインたんルカのおやちきにおひっこちちてよ! ルカのおよめしゃんになったらいいでちょ! いまおよめしゃんになって!」
「ごめんね、気持ちは本当に嬉しいんだけど、僕はすでに結婚してるから……」
「じゃーリエンしたらおよめしゃんになれる? ルカ、おやくちょまでいっちょに行こっか?」
「ちょ……ほんとにごめんなさいね。気にしなくていいからね。ルカ、ちゃんとバイバイしましょう。マインちゃんが嫌な気持ちになっちゃう。そしたらもうお呼びできなくなるの。そんなのイヤでしょ?」
「…………いや。でもおかえりもいやなのっ」
基本的に、このやり取りは毎回だ。まだルカくんの言葉が出ていなかった頃から。そのときはシクシク、というより今生の別れのように激しくギャーギャー泣くので罪悪感がより強かった。
今は研究の仕事をしているヒルデ先輩が治療魔術学校の生徒だった頃、授業がないときなどに同席していることも時々あった。
そのときはいつも彼が宥めようとしていたが、あのちっちゃな手のひらであちこちバシバシ叩いて『やー!!』と完全に拒否の意を示したあと、カルラ先輩に抱っこをせがむという一連の流れがあった。
母親とあからさまな差をつけられるヒルデ先輩は、毎回袖にされた男のような顔をするので結構面白い時間でもあった。
いつものように後ろ髪を引かれながら、天使と小天使たちが住まう屋敷を後にした。僕は自分の屋敷へ向かいながら、カルラ先輩の一言を思い出していた。
『ちょっと締め付けのあるものを着ると途端に気分が悪くなるの』。
僕の体型は変わっていない。むしろちょっとばかり痩せたかも。気分が落ちるようなことが続いたから、食事の量が減っていたのだ。
しかしこのお腹が苦しい感覚が治まらないのは一体なぜだろう。カルラ先輩、僕もなんですと言ってみたかった。喉元まで出かかっていた。あのとき無性に彼女とこの感覚を共有したくなっていた。
「ありがとうございます。あれすごく良いです。閉じるところが紐になってるのって珍しいですよね」
「んふふふ、あれはねえー。贈り物をお題にして作ってあるのよ。さあ中に入ってるのはなんでしょう。このリボンを解いて開けてみてー、っていう遊び心を形にしたものなの」
「い、いかがわし……いや、素敵です。天使からの贈り物なら何でも嬉しい。道端の小石でも嬉しい。一生大事にします」
『まだ天使ネタは続いてるのー』と言って当の天使はきゃらきゃら笑った。だって天使は天使じゃないか。子供を何人産もうが変わらない。天上の生き物であるからして、きっと皺が何本できようがそれも美しいと現時点でもう決まっているのだ。
僕がのんびり学園で働いて、挙式を経て最初の結婚生活を送っている間にカルラ先輩は二人の子供を産んでいた。今は三人目がお腹にいるそうだ。さすがヒルデ先輩。当選率の高さに彼の抜かりのなさと愛の重さが感じ取れる。
「お子さんたちにお菓子を持ってきましたが、今はどちらへ?」
「今はお昼寝中なの。起きてきたら連れてきてって言ってあるから。マインが来たのに会えなかったって知ったらわんわん泣いちゃって収拾つかなくなるからね。手袋しないで触れても平気なはずなのに、あなたなかなかの子供殺しよねえ」
「なんか物騒な二つ名ですけどありがたく頂戴します。上のお兄ちゃんはカルラ先輩に似てますけど、中身はヒルデ先輩っぽくないですか。記憶力がいいからそれだけ粘りもするのでは?」
「そうよー。あれは絶対そう。子供だからって舐めてたら痛い目見るのよ。随分前にあなたが来てくれた日のことだけど、事前にこの日は来るって話をヒルデやうちのメイドちゃんたちにはしてたのね。その頃夕方まで寝こけることが多かったから本人には内緒にしてたの。結局やっぱり会えずじまいで、それを悟られないようにしていつもどおり過ごそうとしたらよ、マインたんはー!? ってわんわん泣き始めちゃって。数字に強いとは思ってたけど、人の話を聞きかじった程度で日付を正確に把握して覚えてたのよ。もうびっくり」
身体のことは言っていないが、手袋をしておかないとまずいことになるというのは話してある。さすがに身体のことを言ってしまうと、万が一子供ができていたらややこしいことになっていた、ということを確実に考えてしまうだろう。それは気まずい。
この天使には何も面倒なことを持ち込まず、安心して地上で暮らしてほしいと思っているのでそうしている。せっかく子供をこの世に産んでくださったのだ。要らぬ不興を買ってしまい、子供と手を繋いで天上に帰らせていただきます、となっては困る。主に僕が。ヒルデ先輩はひとりで泣いていれば良いだけだが。
「ミニヒルデが来ない束の間を楽しみましょう。最近変わったことはあった? 旦那様とは相変わらずな感じなの?」
「ああ、それはなんとか。ていうか聞いてくださいよ、うちの旦那様って僕が学園で働いてたときの生徒さんだったんですよ! とっくに会って話してたんです!」
「あら、それは前に聞いたわよー。実感なさすぎてそれも忘れちゃってた?」
「いやーそれが、やっと思い出したんですけどね。記憶と違いすぎてて。彼はほんとに小さくて、僕の肩付近に頭があったかどうかくらいちっちゃかったはずなんです。まさか数年で伸びに伸びてあんな感じに仕上がるとは……」
「男の子の成長期ってすごいわね。うちの子もそんな風になるのかしら」
「珍しい方だと思いますよ。でも手足が大きい方だったら多分ですけど可能性はあったりして」
そしてやっと教えてもらった、現旦那様であるノエルくんが面接で披露した売り込み文句の内容。覚えている限りのことをカルラ先輩に話してみると、彼女はキャハキャハ笑って腹を抱えていた。
扇子で顔を隠すなんていう作法も忘れて。身体を直接折り曲げて、テーブルを使って顔を隠していた。それは良いお家のお嬢様としてアリなのか?
「はー、もう笑い疲れた。あなたも天使だったのね。仲間がここにもいたわ。ちなみにその作文を読み聞かせてもらってやっと気づいたの? 旦那様もご苦労さまねえ」
「それは……、誰なのって言ったら傷つけちゃう気がしたんで、制服をその……引っ張り出してきてもらって……」
カルラ先輩の目がピカンと光った。面白いことを見つけた目だ。当然その後は洗いざらい吐かされて、『ヤダー!! なにそれ面白そう!! うちも倦怠期が来たらやってみるわー』とあんまり聞きたくないことを言われてしまった。
夫婦いつまでも仲良くしてほしいとは思っているが、それはカルラ先輩の平穏のためだ。ヒルデ先輩を無闇に喜ばせ、調子に乗らせたいわけじゃない。なんかそれはムカつく。
「ごきげんよーマインたん!! よーこしょわがやちきへ!!」
「あら早速来たわよ、うちの怪獣が」
「ルカくん起きたの。おじゃましてます。おやつあるよ、一緒に食べよう」
「マインたんといっちょにたべるの。だっこちてぇ」
「いいよ。おいでー」
「ごめんなさいね、いつもいつも。躾がなってなくてお恥ずかしい」
「ねーマインたん、ぼくマインたんがくれたご本ぜーんぶ読んだよ。まじゅうがでてくるとこがスキなの。二十三ぺーじにでてくるやつ」
「えっ、確かあれ、もっと沢山文字が書いてあるのがいいって言うから、今は読めなくてもいずれと思ってあげた……七歳くらいの子が読む本で……」
「それくらいの子が読める単語は頭に入っちゃってるみたいなのよ。だから残酷だったり、いかがわしかったりするような、見せたくない場面が書いてある本は徹底的に管理してるの。あっという間に読んでこれなにー? なんて聞いてくるから」
「ちゅじんこーの行ってたがっこーってどんなかんじ? マインたんも行ってたんでちょ? まいごになったことある? お父しゃまはないっていってた」
「主人公が行ったのは街の学校ね。わりと小さい子も行くところ。僕が行ったのは魔術学園。その前はお家で勉強してたんだ。迷子になっちゃったことはある!」
「男の子は入り組んだところをひとりで歩いてても別段咎められないから、毎年遭難しかけるのってみんな男の子よねー」
「ぼく、まいごになんないよ! なぜかというとー、もうおぼえたから! お父しゃまがおちえてくれたの、えらいー?」
「うん、偉い偉い……覚えた? あの迷宮を?」
「やだ、それ機密の漏洩にあたるんじゃ……心配になってきたわ。もー、なんで余計な仕事を増やすのよー! あの人はー!」
内部構造の説明を出来るだけでも十分凄いのに、その息子はそれを覚えたと。もうヒルデ親子の頭脳は突出しすぎていて僕じゃ理解が追いつかない。
そのあとメイドさんが持ってきてくれた画用紙いっぱいに、『ここがー、えんとらんしゅ。そんでー、ここがしぇんしぇーのおへや。ここトイレ。おちり出すとこね』と下ネタを挟み、くすくす笑いながら描いてくれたそれは……大体合っていた。と思う。卒業生の僕でも滅多に行かない場所はあったからな。
カルラ先輩は『こんなポンチ絵でも外部に漏れると……』と小声でブツブツ言っていた。確かに教室の一部がやたら大きく描かれていたりしていたが、せめて子供の絵と言ってほしい。
「そろそろお暇いたします。体調を悪くされると良くないので」
「あらあ、気にしなくていいのよ。あたしはいつでも休めるから。でもねー、休んだところでお腹が苦しいのはあんまり変わらないのよねー。ちょっと締め付けのあるものを着ると途端に気分が悪くなるの」
「まだお腹は出たりしてないですよね? そのゆったりしたお衣装は美しさをさらに引き立てるためだと思ってました」
「あら、お上手! 確かにお腹はまだひとつも出ちゃいないのよ。でもなんだか苦しい感じがするの。この子のときもそうだった」
「マインたんもうおかえりなの? まだあしょぼ? もっとお絵かきちよ?」
「ごめんねルカくん。お母様は今だいじだいじなときだから。また来るからそのとき一緒に遊ぼ?」
「やだあ! まだあしょぶの! マインたんルカのおやちきにおひっこちちてよ! ルカのおよめしゃんになったらいいでちょ! いまおよめしゃんになって!」
「ごめんね、気持ちは本当に嬉しいんだけど、僕はすでに結婚してるから……」
「じゃーリエンしたらおよめしゃんになれる? ルカ、おやくちょまでいっちょに行こっか?」
「ちょ……ほんとにごめんなさいね。気にしなくていいからね。ルカ、ちゃんとバイバイしましょう。マインちゃんが嫌な気持ちになっちゃう。そしたらもうお呼びできなくなるの。そんなのイヤでしょ?」
「…………いや。でもおかえりもいやなのっ」
基本的に、このやり取りは毎回だ。まだルカくんの言葉が出ていなかった頃から。そのときはシクシク、というより今生の別れのように激しくギャーギャー泣くので罪悪感がより強かった。
今は研究の仕事をしているヒルデ先輩が治療魔術学校の生徒だった頃、授業がないときなどに同席していることも時々あった。
そのときはいつも彼が宥めようとしていたが、あのちっちゃな手のひらであちこちバシバシ叩いて『やー!!』と完全に拒否の意を示したあと、カルラ先輩に抱っこをせがむという一連の流れがあった。
母親とあからさまな差をつけられるヒルデ先輩は、毎回袖にされた男のような顔をするので結構面白い時間でもあった。
いつものように後ろ髪を引かれながら、天使と小天使たちが住まう屋敷を後にした。僕は自分の屋敷へ向かいながら、カルラ先輩の一言を思い出していた。
『ちょっと締め付けのあるものを着ると途端に気分が悪くなるの』。
僕の体型は変わっていない。むしろちょっとばかり痩せたかも。気分が落ちるようなことが続いたから、食事の量が減っていたのだ。
しかしこのお腹が苦しい感覚が治まらないのは一体なぜだろう。カルラ先輩、僕もなんですと言ってみたかった。喉元まで出かかっていた。あのとき無性に彼女とこの感覚を共有したくなっていた。
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