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12 リカルド再来

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 図ったように連絡が来たのはその翌朝だった。朝一番に通信魔道具のベルが鳴り、出たら聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。仕事があるからと一度断ったが、じゃあそっちに行くからと言われ、こちらの返事も聞かないうちに切られてしまった。プロポーズの続きではなさそうだ。何か緊急の話だろうか。



「久しぶり。早速だが部屋に通してもらっていいか」 
「いいけど…どうしたのこんな早くから」

 見たことがない質の良い服をきたリカルドが訪ねてきた。会って早々肩を抱かれて急かされ、ろくに片付けてもいない僕の部屋に通した。お茶を持ってこさせると言ったが被せ気味に要らない、と却下された。

「アーロンのことは調べがついてる。あいつ危ないんだろ。今は必死で金策に回ってるはずだ」
「情報が早いね、もう知ってるの。僕、昨日知ったばかりだよ」

「みたいだな。あいつと寝たろ。魔力の気配でわかるよ」
「えっ…………ごめんなさい」

 寝たろ、と言われた瞬間心臓がドクリと音を立てた。捕食者を前にした気分だ。表情を消し、脚を組み、指でトントンと膝を叩くリカルドが怖い。

「まあいい。いや、全然良くないが。二度目はないぞ」
「う、うん…………」

「どうせ同情したんだろう。あなたは他人に甘すぎ…いや、違う、ごめん忘れてくれ。まだ口約束だし、付き合ってくれとも言ってないのに束縛するのはおかしい。そんな話をしに来たんじゃないんだ」
「あ、うん、ありがとう……?」

 しん、と沈黙が降りた。一応契約不履行とはされず安堵した僕と、気まずそうに下を向くリカルドとでしばらくお見合いを続けた。そうだ、金策の中にうちの娼館が入っていることを彼は知っているだろうか。

「あのさ、リカルド。この店、なくなるかもしれないんだ。でも僕はどうにかして維持したいと思ってる。だから僕は稼がせる立場じゃなく、稼ぐ立場に戻ろうと思うんだ。だからその、結婚の話は──」
「は? 待ってくれ、結婚はする。返事してくれただろ。まさか俺が嫌いになったわけじゃないよな? そうなのか?」

「ううん、嫌いになってないよ。でもここをなくすわけにはいかない、だってみんなの生活が……」
「一応話の順序は決めてはいたがすっ飛ばそう。この店は俺が買う」

 ──買う。…………買う??



「えっ、えっ? どういうこと? あ、お婆様の財産で??」
「違うよ。俺が作った金だよ。俺の事業は軌道に乗った。まだ一般向けには販売していないから知らないだろうが、主に兵士が使う商品を作った。つまり商売相手は国になる。評判は上々だよ」

「え、なんか凄そうだね…、それ何?」
「通信魔道具。遠隔用の」



 リカルドの話は専門的すぎて全ては理解し切れなかったが、大雑把に言えばこうだ。

 今までの通信魔道具の作りでは、通信用の回路は地中に埋めた水道管に併走させたりして各家に通すしかない。だから大体あっても壁などに設置してあるのだ。家具のひとつとなっている。

 その常識を彼は覆した。何をどうやっているのか、回路を繋がず使える通信魔道具。動力回路の仕組みを説明してくれたが、魔術学園などに通ったことのない僕には内容がアカデミックすぎてサッパリだった。僕のような者は読み書きが出来るだけで御の字なのだ。

「まだ離れすぎると音質が悪くなったり通信できなくなるから改良の余地があるが、衛兵同士の外での通信には充分使える。今はもう生産が追いついてない状況だ。守衛地は山ほどあるからな」
「凄いよリカルド…頭がいいとは思ってたけど、思ってた以上に凄いよ…」

「お婆様の財産はこの事業のために使った。一旦底をつきかけたが増やした。実家とは縁が切れてるからそっちも問題ない。俺がここを買えばアーロンの野郎もまあ助かることにはなる。レオさんが身売りする必要もなくなる。ていうかそもそも、しなくていいじゃねえか。沈むのはあいつひとりでいいだろ」
「リカルド、ここはね。店を出してみるかって打診を受けたとき、これ幸いとばかりに僕の理想を詰め込んだ場所なんだ。アーロンには感謝してる。だからひとりで沈めなんて思えない。それはわかってほしい」

 目を伏せて頬杖をつき、考える仕草をするリカルドを見ながら僕もまた考えていた。早くアーロンに話を持ちかけなければ。権利書は彼が持っている。僕は何をすればいい。今日中に捕まればいいが、リカルドの予定と合うだろうか。

「……わかった。レオさんの気持ちは汲む。これから権利の譲渡と支払い諸々をやることになるが、実はもう話はつけてある。今日の夕方にうちへ来るよう呼んであるから。はい同意書」
「えっ、早っ」

「サインして。…よし、はいここに指を乗せて。ここに押して。はいこれで完了」
「すご、全然実感湧かない」

「はい、これで俺はここの出資者も同然。レオさんは出資者となら寝るんだよね」
「えっ」

「えっ、じゃないよ。寝るんだよね、出資者となら」
「えっ…………はい」

 リカルドは会心の笑みを浮かべて僕を見ている。僕の時間はしばらく止まったままだった。



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