うちの娼館に元貴族で記憶喪失な新人くんが入店したが懐くを通り越してきた

清田いい鳥

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12 閉店の危機

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 事業が失敗した。不渡りを出しかけている。売掛金を売却してもまだ足りない。娼館を売る他ない。

 落ち着いた赤色の毛足の長い絨毯、壁一面の本棚、高い天井、金縁の大きな絵画は間接証明に照らされている。革張りのしっとりした肌触りのソファーに身を沈めながら彼は言った。

「…事業には詳しくなくてごめん、待ってもらったりはできないの?」
「信用に関わる。おれは新参者だから、ここでミスるわけにはいかない。金をかき集めないとならない。ごめん、絶対潰させねえって約束が守れなかった」

 いいよ、と言ってあげたい。必要な分、彼にお金を渡してあげたい。でも出来ない。現実的に不可能だ。

 店が売却されるとおそらく競売にかけられる。その間従業員や男の子たちが生活できない。あそこはみんなの家でもあるからだ。

 それにみんなの精神面が心配だ。親のない子、身寄りのない子が多い。うちの店で細々とやっていけている子でも、他店ではそう上手く行かないかもしれない。年齢が上がった子なんかは、条件の悪い状態からの再スタートになる。耐えられないかもしれない。かといって僕が全員の面倒を見切れるわけじゃない。実質的な一家離散だ。

 お店をなんとか維持したい。でも僕の貯金をかき集めても、まだ足りない。額を聞いたときは無理だ、と即座に思った。でも。

「僕は商品にならないかな……」
「は!? お前、何言ってんだ。お前を借金のカタにするわけないだろ。お前は関係ない、おれの責任だよ!」

「でもアーロン、僕はあの店を潰したくない。出来るだけそのままにしておきたいんだ。僕はどうなってもいい」
「やめてくれ、そういうの……お前はいつもそうだ、人のために人生を使いすぎる。そんなお前が好きだよ。愛してるよ。でももっと、自分には関係ねえって切り捨てることにも慣れてくれ」

「それは…………」

 それはできない、と言いかけた瞬間、アーロンが手を伸ばしてきた。僕はそれを受け止めた。泣く子供のようにしがみついてくるアーロンの背中をトントンと叩き、これからのことを考えた。

 事業。事業かあ。そういえば最近とんと連絡が途絶えたリカルドは元気にしているだろうか。事業を起こすと言っていた彼は大丈夫なのだろうか。こういう困ったことになっていないだろうか。

 人生は上手く行くことばかりじゃないな。僕は今でも商品価値があるだろうか。人気が出て、一番を張っていた時期もあった。リカルドほど稼ぐのは無理だとしても、ある程度の助けにはならないだろうか。

 …難しいだろうな。僕は無力だ。みんなに、リカルドにもお店がなくなることを伝えなきゃ。泣かないで言えるかな。泣きそうだ。いい年して。

「さあ、もう眠ろう。疲れてるでしょ。かつてナンバーワンだった僕が直々に洗ってあげよう」
「はは、そうだったな。おれ、よくお前に奢ってもらってた。おれそんとき、何も考えてなかった。バチが当たったんだ」

「ほらほら、ちゃんと寝てないからつまんないこと考えちゃうんだよ。ほら早く、おいで。ほらほら」

 覇気のないアーロンを引っ張ってバスルームに連れて行き、マッサージも兼ねながら丁寧に洗って梳った。飲み物を飲んでもらっている間に、替えていないのであろうシーツを交換した。これだけでも少しは気分が良くなるはずだ。



 こっちにおいで、と手を広げたらアーロンはそのまま覆い被さってきた。僕は一瞬、リカルドのことが頭をよぎり彼の口に手を当てた。でもこの状況で馬鹿正直に、口約束だがリカルドと婚約した、なんて言えるはずもなかった。悲しそうなアーロンの顔を目の前にしてしまうと、どうしても言えなかったのだ。僕の悪い癖だ。

「……そんな気分じゃない?」
「……ううん、眠ったほうがいいんじゃないかと思っただけ。……いいよ」

「……愛してるよ、好きだよレオ。おれ一文無しになるかもしんないけど、いつか一緒になってほしい。ダメ?」
「…………できない約束はしない方針なんだ、あ、まって、もっとゆっくり…、」

「はは、お前は正直だよなあ。嘘つけねえとこが好きだよ。無理強いはしたくねえけど、今はちょっと我慢できない。ごめんな」
「僕こそごめんね。…君はいい男だと思うよ。僕にはない勇気がある。先導力がある。必ずまた復活するよ。君はそういう奴だ」

「一番欲しいもんは手に入んねえけどな。……ねえ、どうしてもダメ? 大切にする。前にできなかった分、大切にするからっ…」
「あっ…! あんまり、困らせないで、あ、早いよアーロン、あっ、あっ、あぁっ…!!」

 嘘がつけないところが好きだと言ってくれた彼には悪いが、僕は沢山嘘をついてきた。これでも元ナンバーワンだ。何も知らないふりだってできる。愛しているふりだって。さっきのは失敗だったな、乗り気じゃないと思わせた。



 僕はリカルドが迎えにくるなんて、本当に信じているんだろうか。自分は嘘つきのくせして。外に出てしまったリカルドは、あの店ではあんなことがあったな、あのときちょっと変だったなんて、とっくに記憶を思い出に変えているんじゃないだろうか。

 夜のお店と昼の一般的な仕事場は、常識からして違うものだ。別世界に飛び、そっちに集中すればするほど片一方のことは忘れてしまうものだろう。

 自分が期待してしまっているのかすらはっきりとはわからないが、僕もいい思い出として大切にとっておこう。そうそうないぞ、こんな経験。女の子が好きそうな、甘い顔立ちのかっこいい王子様みたいな男にプロポーズされるなんて。彼はモテるだろう。今頃誰かと寝ているかもしれない。

 そう思うとさすがに胸が痛んだ。でもその痛みも僕にとっては、甘美な思い出のひとつにできそうだった。



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