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9 策士リカルド

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「…リカルドくん、今寝てたでしょ。早く部屋に帰って眠りな」
「…やだ。もうちょっと…………」

 呼吸をすでに寝息に変えて、船を漕ぎながら僕を抱きしめる彼は全身で疲れていた。店主の僕と男の子たちが住んでいるも同然のこの娼館では、専任の従業員を雇い、給料から天引きにはなるが食事の配給をしてる。個々で調達や支度をしなくていいその食事ですらろくに採れなくなってきたので、食事の時間は予約ができないようにはしてある。

 毎日ひっきりなしにお客さんが来るのだ。いくら若いとはいえ、疲れも溜まってくるだろう。

「レオさんが…、レオさんが一緒に寝てくれたら寝る…」
「変な意味の寝るじゃないだろうね。だったらいいよ、ほら早く」

 目をこすりながらフラフラ歩く彼の背中を押して、部屋まで一緒についていった。途中、部屋を間違えていたので修正した。心配だなあ。



 ──────



「はい、おやすみ。歌でも歌ってあげようか」
「聴きたいけど…今はそれより……キスしたい」

「ダメだよ。ほら、もう寝なって」
「キスしたい…キスしたい…ちょっとでいいから…今日も俺頑張ったのに…それくらい…キスしたい…」

 ──駄々っ子か。どれだけしたいんだよ君は。

 まあ確かに頑張ってくれてはいる。過去最高の売上に匹敵した数字が連日続いているのだ。

 ここで僕の悪い癖が出た。頼まれると断れない。ミルラにも何度も『レオはいっつもそれで損してる。自分の人生でしょ、自分のために使いなよ』と時折指摘されている。

「あ────、うん、…………わかったよ、じゃあ」


 ──このあとめちゃくちゃ後悔した。


 突然目を覚まして起き上がった彼に両腕を抑え込まれ、かぶりつくように唇を奪われた。下唇を引っ張って吸われ、舌を絡ませ撫でられ吸われ、歯を確かめるように舐めてきたと思ったら口蓋を舐められ。

 うわ、すっごい上達してる。実践に勝るとのはないなと感心している余裕がそのときにはまだあった。そのうち固くなったモノを僕の股関に押し付けるような動きをし始め、手を絡ませ拘束し、完全に前戯に突入し始めた。

 まずいぞこの子、また興奮し過ぎている。叱り飛ばさねばと思ったそのとき、覚えのある感覚がじわじわと体内を焼いていった。割る前の酒を直接ぶち込まれたかのような熱さ。内臓や筋肉の隙間を縫うように這い回り、細かく通っている神経をビリビリと焼き切ってゆくようなあの感触。しかも前よりずっと強いもの。

「んん……!! はっ、なにこれ、リカル…くん、これなんなの、説明して……! あっ、あっ、あっ…!!」
「レオさん、気持ちいい? ごめんわかんない、でもこうしたい、……いい?」

「やっ…!! こら、だめだよ、だっ……!! あっダメ!!」
「レオさん、可愛い、なんでそんな可愛いの、年上なのに、可愛い、好きだ、お願い、一回だけ、お願い!!」

 大切な商売道具である髪や顔ををひっつかんででも剥がそうとはしたのだ。でもどうしたことだろう、まるで力が入らない。身体だけ眠らされたかのようにぐたりとして、表面を撫でる程度のことしかできないのだ。そしてしつこく襲ってくるこの性感は何なんだろう。

 この子は忙しくって、買い物なんかする暇もなかったはず。来たときは当然持ち物なんてなかったし、検分もしたはずだ。何かを隠し持つことなんて不可能だ。先輩から何か譲ってもらったのかもしれないが、悪い薬を使った様子が見られる子なんて一人もいない。いつも誰かしら膝に乗ってくるのだ、さすがに気づく。

「俺、ここに来たときからずっと、その蜜花茶の髪に見とれてた。あなたのその透明な茶色の、舐めたら甘そうな瞳をずっと見てた。その目でずっと、俺だけを見てほしかった。なのにあの男に抱かれて帰ってくるとか…!! クッソ、なんだよ、なんでだよ!! ムカつく!! ムカつく!!」

 さっきまでの眠気はどこへやったのか、興奮し切って僕の手を握ったまま、ボスンボスンとベッドに叩きつける彼に口を挟めず、間近で眺めることくらいしかできなかった。

 今にも泣き出しそうな声だ。込み上げてくる妙な性感を抑えながら、一気に不安になった。店出しを終えてさほど経ってはいないのに働き詰めなのだ。そっとしておいてやろうというのはとんでもない間違いだった。

「君は…、君は疲れてるんだよ、リカルドくん。今日は出した? 出してないなら僕が──」
「あなたの中に出したい」

「こら君、なんてこと言うんだ、言っただろ、クっ………ん、あ!! あっあっあっ」
「濡れてる……なんで? なんでこんな柔らかいの……今日あいつんとこ行ったの?」

「あ、い、行ってな……んっ、あっ、指、抜きなさ…あっ、やめ、擦んないで、擦んないで、あっ…!!」
「だっておかしいじゃないか。何もしてないのにこんな……あいつと何回ヤったの」

 何回もクソもない。最近は本当に会ってすらいないのだ。あいつは新規事業に忙しいと言っていた。ちょっと顔を合わせる暇すらないのだ。

「何回ヤったんだよっ、てっ、ああ…………!!」
「 リカっ……──────!! 」

 圧倒的な質量のものに侵入され、感じるところをずりずりと撫でさすられる。腰が勝手に痙攣し、その度に理性がかき消されてゆく。そこからは意識があったのか、なかったのかもわからない。



 懐かしい景色を見た。まだ現役の男の子をやっていた頃、お客さんに連れられて行った初めての海。波打ち際に立って、足の周りの砂がどんどん持って行かれる感触を楽しんでいた。

 ちょっと抵抗したくなって足の指に力を入れ砂を留めようとするが、薄く広がっているだけのように見える海水が砂を引く力は案外強く、どうやっても流されてゆくのがとても不思議だった。

 手で囲っても、左右から流れ込んでくる海水にどんどん持って行かれる。夕方になると波がもっと高くなるぞ、見てみたらいいとお客さんが言っていた。まあそのあとは取ってあった部屋に連れて行かれ、抱かれながら窓から見える暗い空と黒い水を眺めるだけで終わったが。 



 パッと目を覚ますと明け方だった。あのとんでもない性感はすっきりさっぱりなくなっていたが、全身が重だるかった。あの弱いふりして強引だった性感は、今見た夢の波に似ていた。連想して思い出したのかもしれない。

 僕に軽く脚を乗せて眠るリカルドは、雑にどかしてもまだ起きなかった。死んだように眠っている。

 この子は今日も仕事がある。いざというときの魔術薬がまだあったはず。あれを飲ませて今日はキリキリ働いてもらうが、今後休みはきっちり丸一日取ってやろう。今日、僕は店主の権限を使い休ませてもらおう。仕事にならない。

 喉が痛い。どれだけ喘がされたんだろうか。…しまった、遮音魔道具のスイッチは入っていただろうか。入ってた。良かった。立場上、店の商品に手をつけるわけにはいかないから。この場合はつけられた方だが。

 あーあ、ついにやられた。油断した。飼い犬に手を噛まれたなあ。

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