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6 新人研修2
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「綺麗に洗えたかな? よし、大丈夫そうだね。ちょっと慣れてきたでしょ。実は魔術薬たっぷり使えば問題ないんだけど、備品としては高価だから洗っちゃった方が経済的なんだ。苦労かけてごめんね」
「だ、大丈夫です、お願いします…」
ここまでとってもスムーズだった。改めて教えることがほぼない。本当に賢いのだろう。落馬事故さえなければ、平民からのスタートになるのは変わりなくとも、もっといい暮らしが出来ていたかもしれない。もう過ぎたことだがそう思ってしまう。
だが緊張はまだ解けないようだ。抱きしめると余計緊張させてしまうようなのでしないでおこうと思っていたが、リカルドの方から飛び込んできた。さっきまで前から働いていたかのように滑らかな動きを見せていたのに、突然幼児化するギャップが面白い。本人は必死なのだろうが。
「…余計緊張するんじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫です…ずっとこうしてたい…」
「そうか。その気持ちは汲んであげたいけど、残念ながら時間には限りがある。ごめんね」
「…………」
顔を見ると、目尻と眉を下げて目を潤ませ、悲しみに暮れる子犬のようになっていた。睫毛の隙間から覗く黒い瞳に反射した光が、星の瞬きに見える。まさにこれだ、昔お客さんが言っていた『可哀想だけど可愛い』。
思わずぎゅうっと腕に力を込めると彼は身体を硬直させた。そのあと弛緩し、すんすんと匂いを嗅ぐ音がする。ちょっとくすぐったい。
「ねえ、僕はどんな匂いがする? 君、よくそれやるよね」
「匂い自体はあまりない、…ないです。だけど凄くいい匂いがする気がして、つい…」
「そうか。知ってる匂いに似てるのかもしれないね。匂いの記憶は五感で一番強いから…いや六感か。魔力がある。じゃ、そろそろ始めよっか」
魔力。人には大体ほんの少しの魔力が備わっているらしい。他人に対してなんとなく良いと思ったり、悪いと思ったりしてしまうのもこの魔力が関わっているらしい。しかし魔術を使える者はさほど多くはないので、当たるも八卦当たらぬも八卦の占い程度の話だが。
枕を抱えて横になり、未だ緊張している様子のリカルドに触れながら考えた。彼は元貴族の家の出だ。魔力量は多いのではないだろうか。この国では実質魔術師が稼ぎ頭なので、魔力量の多い者を多数輩出し、魔力に関わる某かの事業を牛耳っている家が権力を握っている。彼もそのうちの一人であった。
あまりに量が多いと暴発の危険性がある。確か魔術学園に通っていたと聞いていた。その辺は大丈夫なんだろうか。アーロンからの話だけで、彼本人からは何も聞いていない。
「ねえ、リカルドくん。君、魔力量の検査は済んでるよね。危ないことにはならないの? 魔術に関して何か覚えてる?」
「暴発ですかっ…、いや、するほどではないです…、それは、感覚でわかります…っ」
「ごめんね、忙しいときに。じゃあ魔術は? 何か使える?」
「いやっ…、弱い風を出すとかっ…、力を増幅させるくらいですっ…、あっ、ちょっと痛いです」
「ごめんね、もっとゆっくりやるね。じゃあ今は普通の人よりかは使える状態ってことね。多分学園の訓練で身体が覚えてるんだろうね。よし、じゃあこっちを使ってみよう」
僕は星をぎっしり詰めたような液体が入った瓶を取り出した。別サービスとして料金を取って使うものだが、この場合は致し方ない。純度の高い魔術薬だ。魔力を馴染ませると活性化し、効能が跳ね上がる。ただ魔力を馴染ませるだけにも使えるし、洗浄と潤滑も兼ねてくれる。
「手とか足じゃないから難しいかもしれないけど、魔力をここに込めてみな。ちょっとその辺は指導できないから悪いけど、やるだけやってみて」
「はいっ…………あ、さっきより、楽かな……」
「よかった、楽になって。これ結構高いんだけど、僕からのサービスね。こういう恐怖心は早めにどうにかしないとだから」
「ありがとう…ございます…、あの、できたらレオさんの魔力を流してみて欲しいんですが」
──僕の魔力? 何のために?
「流すほどないはずだから、出来ないと思うよ。なんで?」
「いい匂いだと思うからです。夢にも見るくらいです。でも実際はいくら追おうが、鼻で感知できている気がしない。視覚でも味覚でもない。だからさっきレオさんが言った、第六感のほうかなと…」
魔術薬は魔力同士のぶつかりを極力なくす効果もある。治療魔術師の魔力を馴染ませ、体内の検査や治療に使うからだ。彼は多分、仮説を立てたことを実験したがっている。
「うん、わかった。それで良くなれたらこのあともスムーズにいくだろう。君が知ってる限りのコツを教えて?」
彼は言った。下腹に温かいものがあるのを感じ取る。それを胸、肩、掌へと伸ばしてゆくと。何も感じなくてもイメージだけでも構わないそうだ。こういうのは、魔術師ごっこみたいで面白い。そう思っていたときだった。
「あ、レオさん、なんか熱い、どうしよう、なんか変、なんで…!? これなに…っ!?」
「ここはどう? …ここは?」
「あ、レオさん、凄く熱い、あ、レオさん、レオさん…!! あっ!! イク、レオさっ………っ!!」
「うん、上出来だね。ちなみに完全な射精はしてないから。わかる? ここを覚えると何度でも……リカルドくん?」
何度も名前を呼ばれてどんどん気恥ずかしくなってきていたが、しばらく顔を合わせずに済みそうだ。何度も身体を痙攣させ、ぐったりした彼はそのまま眠ってしまった。よっぽど刺激が強かったのだろう。身体を温めたタオルで拭いて、そのまま休ませることにした。
その後、彼は僕にとんでもない我が儘を言った。そこらの娼館なら叩かれたり、クビを言い渡したりするところだ。しかし、手の掛かる子ほど可愛いと思ってしまう駄目なところがある僕は、それを承諾してしまった。丸々受け止めるわけにはいかないので、交渉は随分長引いたが。
「だ、大丈夫です、お願いします…」
ここまでとってもスムーズだった。改めて教えることがほぼない。本当に賢いのだろう。落馬事故さえなければ、平民からのスタートになるのは変わりなくとも、もっといい暮らしが出来ていたかもしれない。もう過ぎたことだがそう思ってしまう。
だが緊張はまだ解けないようだ。抱きしめると余計緊張させてしまうようなのでしないでおこうと思っていたが、リカルドの方から飛び込んできた。さっきまで前から働いていたかのように滑らかな動きを見せていたのに、突然幼児化するギャップが面白い。本人は必死なのだろうが。
「…余計緊張するんじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫です…ずっとこうしてたい…」
「そうか。その気持ちは汲んであげたいけど、残念ながら時間には限りがある。ごめんね」
「…………」
顔を見ると、目尻と眉を下げて目を潤ませ、悲しみに暮れる子犬のようになっていた。睫毛の隙間から覗く黒い瞳に反射した光が、星の瞬きに見える。まさにこれだ、昔お客さんが言っていた『可哀想だけど可愛い』。
思わずぎゅうっと腕に力を込めると彼は身体を硬直させた。そのあと弛緩し、すんすんと匂いを嗅ぐ音がする。ちょっとくすぐったい。
「ねえ、僕はどんな匂いがする? 君、よくそれやるよね」
「匂い自体はあまりない、…ないです。だけど凄くいい匂いがする気がして、つい…」
「そうか。知ってる匂いに似てるのかもしれないね。匂いの記憶は五感で一番強いから…いや六感か。魔力がある。じゃ、そろそろ始めよっか」
魔力。人には大体ほんの少しの魔力が備わっているらしい。他人に対してなんとなく良いと思ったり、悪いと思ったりしてしまうのもこの魔力が関わっているらしい。しかし魔術を使える者はさほど多くはないので、当たるも八卦当たらぬも八卦の占い程度の話だが。
枕を抱えて横になり、未だ緊張している様子のリカルドに触れながら考えた。彼は元貴族の家の出だ。魔力量は多いのではないだろうか。この国では実質魔術師が稼ぎ頭なので、魔力量の多い者を多数輩出し、魔力に関わる某かの事業を牛耳っている家が権力を握っている。彼もそのうちの一人であった。
あまりに量が多いと暴発の危険性がある。確か魔術学園に通っていたと聞いていた。その辺は大丈夫なんだろうか。アーロンからの話だけで、彼本人からは何も聞いていない。
「ねえ、リカルドくん。君、魔力量の検査は済んでるよね。危ないことにはならないの? 魔術に関して何か覚えてる?」
「暴発ですかっ…、いや、するほどではないです…、それは、感覚でわかります…っ」
「ごめんね、忙しいときに。じゃあ魔術は? 何か使える?」
「いやっ…、弱い風を出すとかっ…、力を増幅させるくらいですっ…、あっ、ちょっと痛いです」
「ごめんね、もっとゆっくりやるね。じゃあ今は普通の人よりかは使える状態ってことね。多分学園の訓練で身体が覚えてるんだろうね。よし、じゃあこっちを使ってみよう」
僕は星をぎっしり詰めたような液体が入った瓶を取り出した。別サービスとして料金を取って使うものだが、この場合は致し方ない。純度の高い魔術薬だ。魔力を馴染ませると活性化し、効能が跳ね上がる。ただ魔力を馴染ませるだけにも使えるし、洗浄と潤滑も兼ねてくれる。
「手とか足じゃないから難しいかもしれないけど、魔力をここに込めてみな。ちょっとその辺は指導できないから悪いけど、やるだけやってみて」
「はいっ…………あ、さっきより、楽かな……」
「よかった、楽になって。これ結構高いんだけど、僕からのサービスね。こういう恐怖心は早めにどうにかしないとだから」
「ありがとう…ございます…、あの、できたらレオさんの魔力を流してみて欲しいんですが」
──僕の魔力? 何のために?
「流すほどないはずだから、出来ないと思うよ。なんで?」
「いい匂いだと思うからです。夢にも見るくらいです。でも実際はいくら追おうが、鼻で感知できている気がしない。視覚でも味覚でもない。だからさっきレオさんが言った、第六感のほうかなと…」
魔術薬は魔力同士のぶつかりを極力なくす効果もある。治療魔術師の魔力を馴染ませ、体内の検査や治療に使うからだ。彼は多分、仮説を立てたことを実験したがっている。
「うん、わかった。それで良くなれたらこのあともスムーズにいくだろう。君が知ってる限りのコツを教えて?」
彼は言った。下腹に温かいものがあるのを感じ取る。それを胸、肩、掌へと伸ばしてゆくと。何も感じなくてもイメージだけでも構わないそうだ。こういうのは、魔術師ごっこみたいで面白い。そう思っていたときだった。
「あ、レオさん、なんか熱い、どうしよう、なんか変、なんで…!? これなに…っ!?」
「ここはどう? …ここは?」
「あ、レオさん、凄く熱い、あ、レオさん、レオさん…!! あっ!! イク、レオさっ………っ!!」
「うん、上出来だね。ちなみに完全な射精はしてないから。わかる? ここを覚えると何度でも……リカルドくん?」
何度も名前を呼ばれてどんどん気恥ずかしくなってきていたが、しばらく顔を合わせずに済みそうだ。何度も身体を痙攣させ、ぐったりした彼はそのまま眠ってしまった。よっぽど刺激が強かったのだろう。身体を温めたタオルで拭いて、そのまま休ませることにした。
その後、彼は僕にとんでもない我が儘を言った。そこらの娼館なら叩かれたり、クビを言い渡したりするところだ。しかし、手の掛かる子ほど可愛いと思ってしまう駄目なところがある僕は、それを承諾してしまった。丸々受け止めるわけにはいかないので、交渉は随分長引いたが。
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