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62 家政保育士オルフェウス

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「ねえ、ラグーさんとは上手くいってた? 喧嘩にならなかった?」
「喧嘩? いや、してはいない。俺が作る子供用の食事にああしろこうしろって言われてかなり苛ついたが、子供の前で喧嘩なんかしない」

「ええ!? すごいね、偉いねオルフェくん。大人だね!」
「……そうか? 子供にそんなところを見せるのは可哀想だからな。睨み合いになったとき、あの目でじっと見られてるのに気づいてその気が失せた。お互いに謝って事を収めた」

 なんと。子はかすがいとはこのことだ。子供はラグーさんを変え、オルフェくんまで変えてくれた。愛は全てを変える。愛の結晶はその働きを助けてくれる。ティリーさんの子供だけど。

 オルフェくんはそうか? なんて言いながらもちょっと照れくさそうに後ろ髪をいじっている。口角が上がってるからバレバレだよ。素直に喜んじゃえばいいのに。

「まあ、そこそこ仲良くやってたつもりだ。何かちょっとでも言い合いになると、テディが、あっラグーの子供のことだ、テディが見に来てじっと見つめてくるからな。喧嘩はしてないぞ、って慌てて言い訳するしかなかった。言葉を理解してるかはわからんが」
「知ってるよ。可愛い名前だよねえ。きっとわかってるよ。いまはよくわかんなくても、そうやって理解を深めていくから。絶対喧嘩しなかったのは良いことだと思うよ。頑張ったんだね。偉いね!」

 ひとしきり僕の身体を揉んでくれたオルフェくんは誉められて嬉しかったのか、僕をぎゅっと抱きしめて一緒に寝転んだ。首筋をくんくんと嗅がれている気配がする。しばらく僕はできませんよ。その点ご理解いただけてますよね?

 それにしても小さな子供の前で、パパたち喧嘩してないよー、仲良しだよー、と白々しい言い訳をする男二人を想像すると笑えてくる。きっとテディくんはパパたちなにしてるんだろー、みたいな顔をしてぽーっと眺めていたんだろう。

「育児ってのは大変なんだな。カイが休みを取ってた日があっただろ。あの日は朝から行って、一日中テディを見てたんだ。たまには夫婦で出掛けたいってお願いされて」
「えっ、いきなり課題の難易度が上がったね。困ったことはなかった?」

「困り事に分類されるのかな。ラグーが何をしてるかは見てたから、まあなんとかなるとは思ってたんだが、いざやってみると大変だったな。目が離せないんだ。何にでも興味を持つし、何でも口に入れるから。けど家の中だけじゃそのうち飽きるらしくて。機嫌が悪くなってきたからその辺を散歩したり公園に連れて行ったりしたんだが、降ろせっていうから降ろしたら、砂の上で盛大に這いずり回って……」

 あーあ、ここで洗濯物がまた増えたな。彼らはとにかく汚すのが仕事のひとつだから。汗をかいては着替え、食事で汚しては着替え、おむつから漏れてしまっては着替え。一日何度もお色直しが必要なはずだ。

 あと、散歩というワードが出てきた。なるほど、嘘は言ってなかった。確かに散歩をしていた。小さな子供のテディくんと。

「まあ、機嫌よく遊んでるならいいかと思って見てたら、砂を口に入れ始めてさ。さすがに汚いと思ってやめさせようとしたらギャーギャー泣いて。俺はどうすれば良かったんだよ……」
「それは……ごめん、わかんない。すぐお口と手を洗うって方法しか見つかんない」

「だよな。だから水場で洗おうとしたら、今度は水で遊び始めて。座り込んで結構な力でビタンビタンやってたから、服がずぶ濡れで。風邪をひくだろうし、ある程度経ったらやめさせて、抱えてその場を去るしかなかった」

 楽しい遊びを中断させられたと思っているテディくんは、また力いっぱい泣いたんだろう。ほとほと困った顔をしながらテディくんを抱えて歩くオルフェくんの様子が、見てきたかのように想像できる。

 成長が早いとはいえ赤ちゃんである。わりとしょっちゅう寝ないとならないはず。遊んだあとの午睡はうまくいったようで、寝ないだのなんだのの困り事はなかったらしい。しかし、起きた後はといえば。

「多分、ママはどこだって思ってたんだろうな。起きたのにいないじゃないかってまたギャーギャー泣いて。人見知りは全然しない子らしいが、お前じゃねえって言われてるみたいでなんか辛かった」
「それは悲しいね……でもママを呼び出すわけにはいかないしねえ。せっかく羽根を伸ばしてるところを」

 食事はよく食べていて、というか大丈夫かと思うくらい食べ、立派なものをして、座られると困るのでそれをさっさと替えて、一人遊びを上手にしている間にキッチンを片付けて。

 お預りしているお子さんなのだ。不慣れな彼はずいぶんと気が張っていたことだろう。家を荒らすわけにはいかないが、一つ片づけても二つ、三つは荒らされて、綺麗に保つなんて無理だと早々に彼は悟った。

「昼寝の時間になって寝かしつけてたら一緒に寝落ちして、気がついたらテディが先に起きてギャーギャー泣いてた。すぐに起きてあやしたけど、おしめの洗濯も食事の支度もできてないし、詰んだと思った。本当に大変だった……」
「仕方ないよ、君はよく頑張ったよ。子供のいる家は荒れるものらしいし。いいんだよ、一人で見てたんだしきっとそれが普通のことなんだよ」

「あの辺は人が少ないんだ。年寄りがこの辺で一番多い地域らしい。だから俺は重宝したってあとで言われたよ。普通は入れ替わり立ち替わりで誰か手の空いた近所の人が来たりするけど、あの日は特に誰も来なかったな」
「そうなんだ。みんなで育てるってそういうことだよね。それができないとなると……」

「毎日忙しいだろうな。獣人の子ってのは特にそうらしい。人間と普通に交流を持って、人種の違いを比較するようになってからわかったことらしいんだが、獣人の子は病気に強いが事故が多い。身体能力が高い分、無茶なことをしやすいんだ。だからみんなで育てるのが当たり前になったとか」

 僕はどこか、牧歌的な目線で考えていたと思う。子供好きな人が多いのだとか、おせっかい焼きが多いのだとか。そこには合理的な理由がちゃんとあった。 

 一人で見るのは不可能に近い。周りに大人がいて当たり前。そうしないと種が滅ぶ。そんな切実な問題をこのベテルギウスの人々は昔から考えて実行していたのだ。

「俺は大変だったけど、あいつらは毎日が大変だから助けてやらなきゃって気持ちもあった。懐いてくれて可愛いとも思ってたし。帰り際にテディがさ。ギャーッて泣いてこっちに手を伸ばしてきたんだ。あんなにママはどこだ、ママを出せって泣いてたくせして、いざ帰るとなったらお前どこ行くんだーって。最後まで大変だった」
「ふふ、可愛いね。ほんとに頑張ったんだねオルフェくん」

 大変だった、とは言っているが全然嫌ではなさそうな口ぶりで彼は語っていた。毎日はさすがに無理だが、月に一度は行ってやろうと思っているがいいかと聞かれて、もちろんいいよと答えた。

 その日が休みだったら僕も行く、と言った。まだ赤ちゃんでかなりちっちゃいはずのテディくんが、どう立って動いてどんないたずらをするのか見てみたいし、オルフェくんと一緒に面倒を見ながら獣人の子育ての現状も見ておきたい。

 彼は悪さではなく良いことをしていた。それがとても嬉しく、身体はまだ辛いが気分は最高に良かった。久しぶりに長く話せたことも嬉しい。でも、僕はなにかを忘れている気がする。なんだろうか。なんだっけ。



「……そうだ! その作ったもの! もう出来たんだよね、見せて見せて!」
「えっ、でもな、誕生日に……まあいいか、もう言っちゃったしな。ちょっと待っててくれ」

 誕生日まで待つより今見たい気持ちが圧勝してしまい、ついつい催促してしまった。どんなものだろう。合金で石がついてないって言ってたから、シンプルな金とか銀のなにかだろうか。白金とか、銅のなにかかも。

 まだ身体が重いのだろう、ゆっくりした足取りでオルフェくんが戻ってきた。わくわくするなあ。






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図体のでかいのが必死でちっちゃい子のお世話してるところって良くないですか?良くないですか??

次はうちに来てもらお、と依頼書を書いているお嬢さんはエールとお気に入り追加お願いしまーす!
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