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24 清廉樹祭3

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「あ、明日、明日はすっごく頑張らないといけないから、お願いほどほどにして」
「…努力する」

「あっ…! む、むねさわんないで、やっ…、だめっ…、だめだってっ…」
「ちょっとだけ、な? 心配だから」

「ん…、やめて……やめてお兄ちゃん!! 」
「も──!!それ反則だろ────!!」

「うるっさいんだよオルフェ!! 早く寝なああ!! 自分の部屋でだよ!!!! 」

 ──ありがとうマウラさん。僕の安眠をありがとう。

 オルフェくんのあることはあるらしい道徳心に漬け込む作戦によってたっぷり眠った翌日、お店のことが忙しいはずなのに合間を縫って僕の支度を手伝ってくれた。ついでとばかりに何か顔に色々塗られて、大きなふわふわしたものでボスンボスンとはたかれた。



 皮膚の呼吸を止められたところで庭に出ると、それぞれの家の前にクリスマスツリーのようなものが飾られていた。清廉樹ってなんかアレに似てる、と思ったら飾り付けもそっくりだ。もうすぐ春なのに各家にクリスマスツリー。

 しかし飾られたオーナメントは、漁業が盛んだからだろうか。海鮮である。天辺には星に見えるヒトデっぽいもの、明らかに魚であろうもの、あのでかい目玉の魚は戦艦魚だろうか。和洋折衷感がすごい。

『カイ! おはよー。ねえ、この人数の歌を本気で聴くつもり? どれだけかかるのこれ。日が暮れるんじゃないの。ねえこないだアタシ食い逃げ犯捕まえたんだけどさー』

 喋り続けるアーリー号と衛兵さんは既に到着している。衛兵さんは引き継ぎの時間を終えてから来ると言っていたが、アーリー号が早くしろと厩舍をドカンドカンと壊さんばかりに嘴でつついて騒ぎ、大変だったから早めに来たと苦笑いしていた。



 しかしこれは予想外だった。せいぜい六人くらいだと思っていたのに、三十人くらいはいるような…? もう何も要らないからとあらかじめお断りしたのに、大小何か包んだものを持っている人が多い。しかも何かイベントがあるのかと見にきただけの人もいるっぽい。

 マウラさんは『うちのウマ息子の匂いがついてるにしてはかなり集まったね。骨のある奴はいるもんだね』と言っていた。オルフェくんが後ろで本日十回目のため息をついている。柵の近くに配置した、うちにこんなのあったっけという感じのオシャレな白い椅子に座った。

「本日はお忙しい中、来てくださりありがとうございます」

 ──拍手で迎えられた。自分は聴くだけなのになんか恥ずかしい。

 トップバッターは子供ファーストでふわふわ耳のお子さんだった。可愛い声で自由気ままな音程の歌を披露してくれた。凄い、二番までちゃんと覚えてきている。こんなに小さいのに偉い。一緒に歌ってあげたいけど、それをやるとオッケーすることになるのでその辺のルールは守らねば。辛いけど。

 歌い終わったお子さんに僕が拍手をすると下を向いてモジモジし始めた。『なんて言うんだっけ?』と、お母さんが微笑みながらお子さんに耳打ちした。

「ぼくとケッコンちてくだしゃい」

 ──可愛い君のお願いがトップバッター! いやあ、一番断りにくい!!

 せっかくですがごめんなさい、と言ったら悲しい顔をしたあとお母さんに腕を伸ばしてしがみついてしまった。ごめんね、悲しませて。罪悪感がすごいよ。オロオロする僕にお母さんは笑顔でいいんですよ、と言ってくれた。用意していたお花を一輪お渡ししてバイバイした。

 次はアードルフさん。子供楽団を連れてきている。

 歌はアカペラでもいいが、お祭りらしく音楽隊も雇える。華やかになるので基本的にみんな雇うらしい。チップを支払って音楽隊にバック演奏をして貰うのだ。これは獣人の子供たちの仕事である。一曲ごとに支払われるチップというお小遣いを稼ぐため、街にはハンターの顔をした子供たちがうろうろしているそうだ。

 連続告白をする人はいい稼ぎになるので、みんなそういう人と事前に約束というか、契約をしに行く。逞しい。契約を持ちかけられた側はこいつは振られるだろうという想定の元に声をかけられているということになるので、ちょっと落ち込むそうだが。しかしお祭りの雰囲気効果で成功率が高いため、それでも果敢にチャレンジするのだ。

 故郷を思い出してしまい、泣き出した僕の手を握ってくれた彼の歌は上手だった。高音の伸びがいい。

 珍しいお菓子を沢山くれて、勧誘をかけてきた口達者なサシャさん。彼も上手だ。ビブラートが綺麗だった。

 そのあとも続々と披露してくれるのだが、みんな歌が上手い。かなり上手い。故郷でカラオケに行ったことはあるが、ハッとするくらい上手い人って少数派だったけどなあ。…僕は嫌々歌った記憶しかない。黙っておけばみんな悪気なく順番を飛ばしてくれるし、先に帰っても文句は言われなくて…やめよう、お祭りの日なのに暗くなってしまう。 



 お茶の時間を挟んでから、最初に来たのはラグーさんだった。ちょっとヒソヒソしている人もいたが、やがて静かになった。
 最初に出会ったときのように真っ直ぐこちらに近づき、少しの沈黙のあと、開口一番に歌い出した。



 ──突然、朝日が差したのかと思った。

 雲の裂け目から降り注ぐ、光のような幻影を僕は見た。鼓膜をすり抜け心臓に直接届けられるようなその歌声を聴いてしまうと、あとはもう彼の姿しか目に入らなかった。彼だけが光っている。彼だけがひとり立っている。彼と僕の二人しかいない空間に居るようだった。

 歌詞の意味は知っていた。なのに今初めて気付いたような気持ちになった。同じ空の下に送って頂き、神に感謝を申し上げます。あなたを守ると誓います。この身が土へと還るまで。あなたに心臓を捧げます。これまでの人生は、この日この時のために。

 獣人の恋の歌は、最後まで聴かねばならない。その決まり事自体忘れていた。
 是とする場合は、共に歌うこと。あまりの衝撃に、口を挟むなどできなかった。
 ああ、終わってしまう。



 ふ、とラグーさんが息を吐いた。パチ、パチ、という控えめな拍手が数回聞こえ、やがて今日一番の盛大な拍手になった。柵の向こうから伸びて来た手。僕は思わずそれを取ってしまった。後ろで誰かが立ち上がる音がした。

「…好きだ。俺と結婚してくれ」

 彼の幅広の二重瞼の奥にある、大きな黒い瞳に僕が映っている。削げた頬とシャープな顎は冷たい印象しかなかったが、熱を持った目をした彼は、ただただかっこいい男の子だった。

 ずるいなあ。こんな武器を隠し持ってるなんて。思わず『はい』って言いそうになったじゃないか。

「ごめんなさい。でもありがとう。今度は他の歌を聴かせてほしいな」
「ふっ、…そうかよ。気が向いたらな」

 柵の外に手を引かれるままにしていたら、甲にキスをされた。彼は上目遣いで僕の様子を伺って、ニッと笑った。初めて笑った顔をみた。知らなかった、笑うと目尻に少しシワができて、愛嬌のある顔になるんだな。
  
 それだけ言って、ラグーさんは踵を返した。……が、途中で女の子たちに捕まった。何やら興奮したような口振りの女の子たちに話しかけられ腕に腕を絡まされ、歩いて行った方向から別方向に連行されていった。なんだ、モテてるじゃないか。めでたしめでたし。



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© 2023 清田いい鳥
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