上 下
21 / 68

21 飛馬のアーリー号2

しおりを挟む
 左団扇になれるかも、いやいや失敗したら、と考えていたらアーリー号が動き出した。その辺を歩いて一周するだけかと思っていたら『飛ぶよー』と声がかかった。助走もせず縦方向に、空中エレベーターに乗ったかのようにどんどん空が近くなる。

 思わぬ挙動に身体中が強張り、僕はアーリー号にしがみついた。教わった姿勢が崩れているのは自分でもわかっているが、背筋を伸ばすどころではない。怖い!! 下が見られない!!

『ふふっ。絶対落とさないから大丈夫だよー。ゆーっくり一周するね!』

 下では衛兵さんが『アーちゃん!! その人初めての人だから!! 飛ばさないでね!! アーちゃーん!!』と叫んでいる。アーリー号はボソッと『チッ、うるせーなわかってんよ』と呟いていた。

 職場での僕はほぼ空気だったから、仲間と気が合わないっていうのは体験すらできたことがないが、これって結構……かなり大変かもしれない。

 跨いでいると、飛馬の体温が脚に伝わってきて温かい。上空は寒いだろうと思っていたのに何かの空気層に包まれている感じがして、投げ出された感はそんなになかった。アーリー号の落ち着いた様子も何となく伝わってきて、そろそろと背筋を伸ばしてみる余裕ができた。

 あ、ベテルギウス駅。線路がずっと向こうまで続いてる。僕はどこまで行って帰ってきたんだろう。あの辺が錐鞘亭。洗濯物が左に偏っているように見える。今日中にちゃんと乾くかな。全体的に緑が多くて、建物がみんな茶色か白で統一されてる。観光地としての基準か何かがあるのかもしれないな。

 当たり前だけど電線がない。ビルもない。空が広く感じる。湾があるところからはチラッと海と白っぽい建物が見える。反対側は山だ。あの向こうに人は住んでいるんだろうか。断崖絶壁かな。海上の国境ってあるんだろうか。

『カイ、どお? 怖くなくなった? 気持ちいい?』
「うん。今はあんまり怖くない。気持ちいい」

『アタシと付き合ってくれるなら、違うキモチイイこともできるよ』

 ──アーリーさん……さすがにこんな美しい景色の中でセクハラを受けるとは思わなかったよ。

「オルフェくんが怖くなるから遠慮しとくね……」
『ふーん、あの馬の奴でしょ。あんなのすぐ浮気するよ。絶対チャラいって。陰で女と遊んでっから』

 ──空中セクハラからの淀みない空中悪口。ここは飲み屋か。ほとんど行ったことないけど。

『もし浮気されたらアタシに言いなよ。獣人って身体が頑丈な方らしいけど、アタシからしたら赤ちゃんだから。グキッとやってポーイだから』
「もう、擬音が怖いよ。それよりさ、アーリーさんはこうやって話せる人間には他に会ったことある?」

 内容が危なくなってきたので、僕は無理やり話を方向転換した。そしたら意外な答えが返ってきた。 

『一度もないよ? アタシ今年で多分百歳くらいだけど、記憶にないなー』
「そんなに年上だったの!? それに一度もない!?」

『カイみたいにどっか遠くから来た人っぽいなーって人はいたよ。でも話まではできなかったよね。カイのお母さんって魔獣なの?』
「いや普通の人間……そうか百年生きてて一度もか……」

『もっと飛びたいけどそろそろ戻ろっかあ。ねえ、また来てくれる? 相方の飛馬って年が離れ過ぎてて話合わないんだよねー』
「そうなんだ、いいよ。相方さん何歳?」
『えっと確かー、三百歳』

 ──二百歳差。もう単位がでかすぎて何がどう違うのかわからない。



 アーリー号はサスペンションが効いた車のように、ふわりと地上に降りてくれた。『アーちゃん遅いよお、心配したよお、お水飲む? ご飯にする?』と話しかける衛兵さんを『ウッザ』と一言で切り捨てていた。なんか…衛兵さんが若い女の子にしつこくするオジサンに見えてきた。アーちゃん、百歳だけど。

 複雑そうな顔で『どうもありがとね……』と一応お礼を言ってくれた衛兵さんに、アーリー号には一歩引いた態度で接すると上手くいくと思います、とお伝えしておいた。

 その後ろでアーリー号が『ほんとそれな。もっとガンガン強火で言ってやってよ。ほんとこいつ(ピ──)野郎。(ピ──)で(ピ──)だからマジで』と言っていた。もう放送禁止用語のオンパレードである。さすがに伝えられないよアーリーさん。



 ──────



「……でね、僕、魔獣と人との交流を助ける仕事をしようと思う」
「……くっ……い、いいと思う……ウザイ、ウザイって言ってたのあの飛馬っ……」

 帰りがてら、端から見ると僕の独り言劇場であろうやり取りの詳細をオルフェくんに伝えると、彼はブルブルと震えながら死にそうなほどにウケていた。衛兵さんに対してつーんとしているのはわかるが、そこまで多弁にこき下ろしているとは想像もつかなかったらしい。そりゃそうか。

「でもさー、どこに行ってどう働けばいいのかがわからないな。こっちの人が仕事を探すときってどうしてるの?」
「ショッカンだよ。職業鑑定所に行く。その人に合った職業鑑定と紹介を一気にやってくれる」

「えっ、そんな占いの館と職業紹介所がくっついたみたいなところがあるの」
「そうだよ、他にどうやって……いや、カイは飛び込みで働いてるから縁で結ばれる例もあるか」

『今日行くか?』と聞かれたが、上空から見た偏った洗濯物のことが気になるから、忙しい時期が過ぎてから行きたいとお願いした。オルフェくんは『カイがもう奥さんになってくれたみたいで嬉しい』とニコニコしていた。

 奥さんって家事をやる人ってイメージなの? と言ったら、自分と同じ家のことを気にかけてくれる人のイメージだと彼は言った。

 同じ家のこと、かあ。一人暮らしをしていたときには一度もなかったことだ。洗濯物が雨で濡れようが、風邪をひいて寝込もうが、ひとり。その分自由もあるけれど、確かに気にかけてくれる人がいるのって、とても良いものかもしれないな。



────────────────────
© 2023 清田いい鳥
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】僕のえっちな狼さん

衣草 薫
BL
内気で太っちょの僕が転生したのは豚人だらけの世界。 こっちでは僕みたいなデブがモテて、すらりと背の高いイケメンのシャンはみんなから疎まれていた。 お互いを理想の美男子だと思った僕らは村はずれのシャンの小屋で一緒に暮らすことに。 優しくて純情な彼とのスローライフを満喫するのだが……豚人にしてはやけにハンサムなシャンには実は秘密があって、暗がりで満月を連想するものを見ると人がいや獣が変わったように乱暴になって僕を押し倒し……。 R-18には※をつけています。

異世界に落っこちたら溺愛された

PP2K
BL
僕は 鳳 旭(おおとり あさひ)18歳。 高校最後の卒業式の帰り道で居眠り運転のトラックに突っ込まれ死んだ…はずだった。 目が覚めるとそこは見ず知らずの森。 訳が分からなすぎて1周まわってなんか冷静になっている自分がいる。 このままここに居てもなにも始まらないと思い僕は歩き出そうと思っていたら…。 「ガルルルゥ…」 「あ、これ死んだ…」 目の前にはヨダレをだらだら垂らした腕が4本あるバカでかいツノの生えた熊がいた。 死を覚悟して目をギュッと閉じたら…!? 騎士団長×異世界人の溺愛BLストーリー 文武両道、家柄よし・顔よし・性格よしの パーフェクト団長 ちょっと抜けてるお人好し流され系異世界人 ⚠️男性妊娠できる世界線️ 初投稿で拙い文章ですがお付き合い下さい ゆっくり投稿していきます。誤字脱字ご了承くださいm(*_ _)m

普通の男子高校生ですが異世界転生したらイケメンに口説かれてますが誰を選べば良いですか?

サクラギ
BL
【BL18禁】高校生男子、幼馴染も彼女もいる。それなりに楽しい生活をしていたけど、俺には誰にも言えない秘密がある。秘密を抱えているのが苦しくて、大学は地元を離れようと思っていたら、もっと離れた場所に行ってしまったよ? しかも秘密にしていたのに、それが許される世界? しかも俺が美形だと? なんかモテてるんですけど? 美形が俺を誘って来るんですけど、どうしたら良いですか? (夢で言い寄られる場面を見て書きたくなって書きました。切ない気持ちだったのに、書いたらずいぶん違う感じになってしまいました) 完結済み 全30話 番外編 1話 誤字脱字すみません。お手柔らかにお願いします。

苦労性の俺は、異世界でも呪いを受ける。

TAKO
BL
幼い頃に両親と死別し苦労しながらも、真面目に生きてきた主人公(18)。 それがある日目覚めたら、いきなり異世界に! さらにモンスターに媚薬漬けにされたり、魔女に発情する呪いを掛けられていたり散々な目に合ってんだけど。 しかもその呪いは男のアレを体内に入れなきゃ治まらない!?嘘でしょ? ただでさえ男性ホルモン過多な異世界の中で、可憐な少女に間違えられ入れ食い状態。 無事に魔女を捕まえ、呪いを解いてもらうことはできるのか? 大好きな、異世界、総愛され、エロを詰め込みました。 シリアスなし。基本流される形だけど、主人公持ち前の明るさと鈍感力により悲壮感ゼロです。 よくあるテンプレのが読みたくて、読みつくして、じゃあ仕方ないってことで自分で書いてみました。 初投稿なので読みにくい点が多いとは思いますが、完結を目指して頑張ります。 ※ たぶんあると思うので注意 ※ 獣人、複数プレイ、モンスター ※ゆるフワ設定です ※ムーンライトノベル様でも連載中です

【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ
BL
日本画家を目指していた清野優希はある冬の日、海に身を投じた。 目覚めた時は見知らぬ砂漠。――異世界だった。 獣人、魔法使い、魔人、精霊、あらゆる種類の生き物がアーキュス神の慈悲のもと暮らすオアシス。 年間10人ほどの地球人がこぼれ落ちてくるらしい。 親切な獣人に助けられ、連れて行かれた地球人保護施設で渡されたのは、いまいち使えない魔法の本で――!? 言葉の通じない異世界で、本と赤ペンを握りしめ、二度目の人生を始めます。 入水自殺スタートですが、異世界で大切にされて愛されて、いっぱい幸せになるお話です。 胸キュン、ちょっと泣けて、ハッピーエンド。 本編、完結しました!! 小話番外編を投稿しました!

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

処理中です...