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償い ~Failure~
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「そう来たかー・・・」
イラの話を聞いてイリアは頭を抱えた。【王座の間】に集ったアルカディア達も交えての話し合い。ランティスも参加していた。
「そりゃそうだよねー。皆、ミスタシアの位は欲しいもん」
「現に努力してる天使達もいますしね」
「うーん・・・」
どうしたものかとイリアは考えを巡らす。
「候補とかいれば良いんだけどなぁ・・・」
「いるよ」
カサンドラが間髪入れずに答えた。
「えっ・・・」
「ミスタシアが選ばれる時、候補は結構いたんだよ。女神がその中から選んでおれらになった訳」
「じゃあ、その候補からミスタシアを決める?」
「でも・・・女神が選んだだけだから・・・。天使達(みんな)が納得するとは思えないな」
「そもそもミスタシアって7人いた方が良いの?」
イリアはふと疑問に思った事を聞いた。
「バランスが良いからじゃない?」
「協議する際に偶数だと決まらないからな」
「そっかぁ・・・」
女神はどんな思いでミスタシアという位を創ったのか。神に最も近い存在としての称号だ。欲しがる天使は沢山いる。優遇される権利も与えられ、何より認められるから。だから求めて努力をしている。
「――よし!解った!」
何かを思い立った様にイリアは声を上げた。みんなが注目し、イリアは自慢気に微笑んだ――。
「――反省してないの?」
ランティスが一人で外にいる所を見つけた上級天使達。皆、以前までランティスを慕っていた者達だ。
「なに?」
「あれだけの事しといてよく平然としていられるね」
「イリア様の側近になれたからって調子乗ってんじゃないの?」
「・・・そうかもね。あいつの優しさに漬け込んだって思われても仕方ない」
ランティスは自嘲するかのような笑みを浮かべた。
「ちょっと付き合いなよ」
半ば強引にランティスの手を引きながら3人は【神流の森】へ向かった。
朝でもあまり光の射さない【神流の森】は相変わらず他の天使達は寄り付かず、静かな空気だけが漂っていた。
「大体察しはつくけどさ・・・。やめとけば?」
ランティスは呆れた口調で言った。
「気に入らないんだよ!」
「また裏切られたりしたら堪んないからな」
1度失った信用は大きい。彼らも以前はランティスによく声をかけてきていた。保たれていた関係は呆気なく壊れるのだとランティスは改めて思った。
「イリア様の側について今度は何企んでんの?」
「・・・そんな事しないよ。もう、何もしない」
「信じると思うの?だったら、証拠見せてよ」
「証拠?」
「2度と天界に迷惑かけないって。出来るでしょ」
「・・・・・・解った。気の済むまでやりなよ」
ランティスは受け入れ、天使達は口元に笑みを浮かべた――。
イリアが起きたのはもう夜だった。ほぼ1日眠っていたらしい。体の疲れも取れて目覚めも良かった。
「大分寝たな・・・」
「おはよう、イリアちゃん」
隣で微笑む天使にイリアは声をかけられてから気付いた。
「アルカディア・・・」
「よく眠れた?」
「うん」
「外行く?星綺麗だよ」
「行く」
二人は神殿の外へ出た。夜空には無数の星が広がっていた。イリアの住んでいた地では見る事の出来ないような光景。天界に来てから彼女は上を向くようになった。
「やっぱり綺麗だねー」
「星、好き?」
「うん。なんか安心する」
「良かった」
喜ぶ彼女をアルカディアは優しく見守る。
「あたしがいた世界にね、星に願いをって歌があるんだ」
「へぇ」
「英語の歌詞だったから、あんまり歌えないけど」
そう言いながらイリアは旋律を口ずさんだ。流れるような綺麗なメロディがその場に響く。
「――いい歌なんだね」
「うん」
イリアの愛らしい笑顔にアルカディアは胸が熱くなるのを感じた。今なら、雰囲気に乗じて抱きしめられる。伸ばした手は、イリアの前に差し出された。
「アルカディア?」
振り向いたイリアはアルカディアが膝立ちで手を差し伸べている事に気付いた。
「オレと、踊って頂けますか?」
式典の時はアルカディアまで順番が回らずそのままバタバタと過ぎてしまった。イリアもその事を気にしていた。
「――はい」
彼の手を取ってリードを受けながら踊り始める。優雅な踊りにステップも間違わなかった。
天界に来た時、イリアは不安だらけで下を向いていた。頼りの女神も居らず、一人きりにされて泣きそうになってしまった時、優しく声を掛けてくれたのがアルカディアだった。
あの日からずっと助けて貰っている。いつだって側にいて味方でいてくれた。イリアにとっては大きな存在。微かに芽生え始めたこの想いを今はまだ言わないでいたい。
ぎゅっと強く手を握られ、イリアはアルカディアを見た。真剣な瞳で真っ直ぐイリアを見つめている。
「・・・アルカディア・・・?」
「イリアちゃん」
そっと顔を近付けられ、イリアは胸が高鳴った。そういう雰囲気なのだと察し、目を閉じた。
「・・・?」
何も起こらない事に目を開け、アルカディアを見た。彼は遠くに視線を向けていたが、顔が赤かった。
「アルカディア?」
「・・・ごめんね、イリアちゃん」
「別にいいよ。其よりアルカディア、顔赤いね」
「いや・・・大丈夫だから」
「そう?」
「そうそう。平気平気」
「なら良いけど・・・」
イリアはまた夜空を見上げた。緩やかな夜風も心地好い。アルカディアは自分を抑えきれない事に怯えた。何をするつもりだったのか、一瞬意識がとんだ。
「・・・もう、戻ろっか」
「あ、うん・・・」
「まだ、いたい?」
「ううん、行こ」
もの惜しげな表情をしたイリアはすぐに笑みを浮かべ、先に神殿へ戻ろうとした。
「・・・ぅわっ」
特に何もない地面に躓き、ふらつくイリアをアルカディアが支えた。
「大丈夫?」
「うん。ありがと」
アルカディアは衝動を抑えながらイリアを神殿まで送った。
「――あれ?ランティスまだ帰ってない?」
イリアはふとパンドラに聞いた。
「はい。出ていったきり戻って来ないですね」
「そっか・・・」
「探してきましょうか?」
「うん・・・。あたしが行ってくる」
「一人だと危ないですよ」
「――なら、オレが見てくるよ」
話を聞いていたアルカディアが名乗り出た。
「でも・・・」
「大丈夫。ちゃんと連れ帰ってくるから」
アルカディアは優しく諭し、イリアは渋々頷いた。パンドラにイリアの警護を頼み、探しに出る。
夜の天界は静かだ。外に出ている天使もちらほら。アルカディアは辺りを見渡しながら歩いた。
「イリアちゃん・・・」
初めて彼女に会った時、懐かしい感じがした。見た事もないのに。だからかも知れない。泣きそうになる彼女に気付けば声を掛けていた。安心した様に微笑んだ彼女を愛しく感じてしまった。
それから徐々に明るくなっていく彼女を見ていく内に惹かれていくのが解った。ずっと一緒にいたいと願ってしまった事に少しだけ罪悪感に囚われたのは傲慢だからかも知れない。
物思いに耽っていると前方から二人の天使が歩いてきた。
「・・・やっぱ止めた方が良いんじゃないか?」
「俺らじゃ敵わないって」
「でも、見過ごすのは悪い・・・」
「何の話?」
二人の会話にアルカディアが介入した。天使達はいきなり現れたアルカディアに驚き、声を上げた。
「あ、アルカディア・・・」
「何かあったの?」
「いや・・・さっき・・・」
「おい・・・!」
「隠すような事?」
「・・・【神流の森】で・・・ランティスが上級天使達に攻撃されてて・・・」
「俺ら怖くて助けられなかったんだ。でもあれはやりすぎだと思う・・・」
「そう」
アルカディアは特に何も言わず【神流の森】へと向かった。こんな夜にあそこへ行くのは気が引けた。天使達はあまり寄り付かない。
風も吹いていないのに、木々が揺れている様に見える。静寂だけが支配していた。
――ドンッ
何かが落ちる音が聞こえ、アルカディアは肩を揺らした。その音が聞こえた方向から声らしき音が耳についた。ハッキリとは聞き取れないが誰かがいる事は解った。
「・・・おい、この辺にしとこうぜ」
「何言ってんだよ。全然懲りてねーじゃん」
「でも誰かに見られたら・・・」
「どうせ見られたって助ける奴なんかいないだろ」
彼ら上級天使達の目の前には満身創痍のランティスが倒れていた。全身に痛々しい傷が目立ち、服も所々敗れ、白い肌が見え隠れしていた。どれだけ長いこと、痛ぶられたのか。それでもランティスは抵抗の意思は見せず、彼らの好きにさせていた。
その光景を木々に隠れながら見ていたアルカディア。助ける事は出来る。けれど、彼らから暴行されても仕方のない事をランティスはした。皆が許してくれる程、この世界は甘くない。
「ランティス・・・」
いつも側にいてくれたのはランティスだった。 当たり前になっていた存在。裏切られて初めてその存在の重みを感じた。
「ミスタシアから外されたクセに、何でイリア様の側近になってんの?納得いかねぇ」
「だったらさぁ、手足もぎ取って何も出来ない体にしようか」
「そうだな。どうせ要らないんだし」
彼らは動けないランティスを無理矢理立たせ、一人が剣を取った。
「どこからがいい?まずは足かな」
ゆっくりと近付く天使。ランティスはもう意識も朦朧としており、目の前の事も解らなくなっていた。
「お前ら確り押さえてろよ」
「解ってる」
彼の持つ剣が降り下ろされようとした瞬間、彼は一瞬動きを止め力なく倒れた。その背には光る矢が刺さっていた。
「・・・もう、気が済んだでしょう?」
弓矢を持ったアルカディアが現れ、上級天使達は狼狽えた。
「なっ・・・、邪魔すんな!」
「だったら、君らも眠る?」
構えるアルカディアに上級天使達は後退りした。敵わないと知っているから余計苛立つ。
「解放してくれないかな?」
「・・・ちっ!解ったよ」
彼らは倒れた仲間を連れて後味の悪そうに【神流の森】から出ていった。
「格好悪いね、ランティス」
「・・・アル・・・カディア?」
ふらつくランティスを支えながらアルカディアは震えた声で言った。
「・・・何で・・・」
「悪い?あのままにしてたら本当にヤバイと思ったから」
「・・・そっか・・・」
「こんなになるまで抵抗しなかったの?」
「・・・しないよ・・・。そんな権利・・・ない」
ランティスは自分の立場を弁えている。その態度から反省の意も受け取れる。それを良いように利用して傷つける天使達は最低だ。
「歩くの、無理そう?」
「・・・うん」
アルカディアはランティスを木に寄り掛からせながら座らせた。大抵の傷は自然治癒するが、深い傷はナージャの能力が必要になる。
「・・・帰らないの?」
「放って置けないでしょ。其に、イリアちゃんが待ってるから」
「えっ・・・」
「自分が探しに行くって言ってた。こんな姿見せられないね」
「・・・イリアが・・・」
「あの子から離れないって誓ったんでしょ?だったら、ちゃんと守ってよ・・・」
アルカディアはランティスに身を寄せながら言った。
「・・・あの時、イリアちゃんが言った事、オレには解らない。あの子が何を背負ってるのかも、知るのが怖いんだ・・・」
膝に顔を埋めながらアルカディアは呟いた。こんな風に悩む彼を見るのは初めてだ。
「・・・自分から言わない子だからね。誰かに頼る事に抵抗があるんじゃないの?」
「・・・よく解るね」
「推測でしかないけど・・・。でも多分、自分から話してくれると思うよ。其まで待ってれば?」
「・・・ん」
ランティスは治り始めた傷跡を見て立ち上がった。あんなにボロボロだった身体は綺麗に治っている。
「・・・痛っ」
足に受けた傷はまだ完全に治癒してはいなかった。
「――乗りなよ」
アルカディアはしゃがんで背を向けながら言った。
「・・・あぁ」
ランティスは素直に甘え、アルカディアにおぶってもらった。
「重くない?」
「全然平気」
「――ありがとう」
耳元で小さく囁かれ、アルカディアも小さく頷いた。
二人が神殿に着くと、入口の前でイリアがパンドラと待っていた。
「ランティス!」
「・・・ずっと、待ってたの?」
「うん。眠れないのもあって・・・」
「心配・・・かけたね」
「・・・うん。でも、アルカディアならちゃんと連れて帰って来てくれるって信じてたから」
イリアは二人に安堵の表情を向けて言った。その笑顔に二人もほっとする。
「ランティス、足痛いの?」
「あぁ・・・。ちょっとね・・・」
「ナージャに治して貰う?」
「いや、この程度なら明日には治ってるから」
「そっか。良かった」
「じゃ、イリアちゃん。オレは帰るね」
「帰っちゃうの?」
「えっ・・・?」
寂しそうな声色で呼び止められ、アルカディアは不意を突かれた。
「アルカディアも泊まっていきなよ」
「いいの?」
「うん!今日は皆で一緒に寝よ」
「「・・・えっ?」」
その言葉にアルカディアとランティスの声がハモった。
夜。天界は静寂に包まれている。
隣から聞こえる寝息にアルカディアはドキドキしていた。ランティスも隣の少女が気になって眠れずにいた。イリアを真ん中にしての川の字。3人寝ても大きなベッドには余白があるほど。イリアは余程嬉しかったのかすぐに寝てしまった。
「――初めてだね。こういうの」
「えっ・・・」
「少年天使の頃はよく一緒に寝てたけど、ミスタシアになってからは初めてだよ」
「そっか・・・」
「偶にはいいよね」
「――あぁ」
隣にいるからか、その日は二人ともグッスリと眠る事が出来た――。
イラの話を聞いてイリアは頭を抱えた。【王座の間】に集ったアルカディア達も交えての話し合い。ランティスも参加していた。
「そりゃそうだよねー。皆、ミスタシアの位は欲しいもん」
「現に努力してる天使達もいますしね」
「うーん・・・」
どうしたものかとイリアは考えを巡らす。
「候補とかいれば良いんだけどなぁ・・・」
「いるよ」
カサンドラが間髪入れずに答えた。
「えっ・・・」
「ミスタシアが選ばれる時、候補は結構いたんだよ。女神がその中から選んでおれらになった訳」
「じゃあ、その候補からミスタシアを決める?」
「でも・・・女神が選んだだけだから・・・。天使達(みんな)が納得するとは思えないな」
「そもそもミスタシアって7人いた方が良いの?」
イリアはふと疑問に思った事を聞いた。
「バランスが良いからじゃない?」
「協議する際に偶数だと決まらないからな」
「そっかぁ・・・」
女神はどんな思いでミスタシアという位を創ったのか。神に最も近い存在としての称号だ。欲しがる天使は沢山いる。優遇される権利も与えられ、何より認められるから。だから求めて努力をしている。
「――よし!解った!」
何かを思い立った様にイリアは声を上げた。みんなが注目し、イリアは自慢気に微笑んだ――。
「――反省してないの?」
ランティスが一人で外にいる所を見つけた上級天使達。皆、以前までランティスを慕っていた者達だ。
「なに?」
「あれだけの事しといてよく平然としていられるね」
「イリア様の側近になれたからって調子乗ってんじゃないの?」
「・・・そうかもね。あいつの優しさに漬け込んだって思われても仕方ない」
ランティスは自嘲するかのような笑みを浮かべた。
「ちょっと付き合いなよ」
半ば強引にランティスの手を引きながら3人は【神流の森】へ向かった。
朝でもあまり光の射さない【神流の森】は相変わらず他の天使達は寄り付かず、静かな空気だけが漂っていた。
「大体察しはつくけどさ・・・。やめとけば?」
ランティスは呆れた口調で言った。
「気に入らないんだよ!」
「また裏切られたりしたら堪んないからな」
1度失った信用は大きい。彼らも以前はランティスによく声をかけてきていた。保たれていた関係は呆気なく壊れるのだとランティスは改めて思った。
「イリア様の側について今度は何企んでんの?」
「・・・そんな事しないよ。もう、何もしない」
「信じると思うの?だったら、証拠見せてよ」
「証拠?」
「2度と天界に迷惑かけないって。出来るでしょ」
「・・・・・・解った。気の済むまでやりなよ」
ランティスは受け入れ、天使達は口元に笑みを浮かべた――。
イリアが起きたのはもう夜だった。ほぼ1日眠っていたらしい。体の疲れも取れて目覚めも良かった。
「大分寝たな・・・」
「おはよう、イリアちゃん」
隣で微笑む天使にイリアは声をかけられてから気付いた。
「アルカディア・・・」
「よく眠れた?」
「うん」
「外行く?星綺麗だよ」
「行く」
二人は神殿の外へ出た。夜空には無数の星が広がっていた。イリアの住んでいた地では見る事の出来ないような光景。天界に来てから彼女は上を向くようになった。
「やっぱり綺麗だねー」
「星、好き?」
「うん。なんか安心する」
「良かった」
喜ぶ彼女をアルカディアは優しく見守る。
「あたしがいた世界にね、星に願いをって歌があるんだ」
「へぇ」
「英語の歌詞だったから、あんまり歌えないけど」
そう言いながらイリアは旋律を口ずさんだ。流れるような綺麗なメロディがその場に響く。
「――いい歌なんだね」
「うん」
イリアの愛らしい笑顔にアルカディアは胸が熱くなるのを感じた。今なら、雰囲気に乗じて抱きしめられる。伸ばした手は、イリアの前に差し出された。
「アルカディア?」
振り向いたイリアはアルカディアが膝立ちで手を差し伸べている事に気付いた。
「オレと、踊って頂けますか?」
式典の時はアルカディアまで順番が回らずそのままバタバタと過ぎてしまった。イリアもその事を気にしていた。
「――はい」
彼の手を取ってリードを受けながら踊り始める。優雅な踊りにステップも間違わなかった。
天界に来た時、イリアは不安だらけで下を向いていた。頼りの女神も居らず、一人きりにされて泣きそうになってしまった時、優しく声を掛けてくれたのがアルカディアだった。
あの日からずっと助けて貰っている。いつだって側にいて味方でいてくれた。イリアにとっては大きな存在。微かに芽生え始めたこの想いを今はまだ言わないでいたい。
ぎゅっと強く手を握られ、イリアはアルカディアを見た。真剣な瞳で真っ直ぐイリアを見つめている。
「・・・アルカディア・・・?」
「イリアちゃん」
そっと顔を近付けられ、イリアは胸が高鳴った。そういう雰囲気なのだと察し、目を閉じた。
「・・・?」
何も起こらない事に目を開け、アルカディアを見た。彼は遠くに視線を向けていたが、顔が赤かった。
「アルカディア?」
「・・・ごめんね、イリアちゃん」
「別にいいよ。其よりアルカディア、顔赤いね」
「いや・・・大丈夫だから」
「そう?」
「そうそう。平気平気」
「なら良いけど・・・」
イリアはまた夜空を見上げた。緩やかな夜風も心地好い。アルカディアは自分を抑えきれない事に怯えた。何をするつもりだったのか、一瞬意識がとんだ。
「・・・もう、戻ろっか」
「あ、うん・・・」
「まだ、いたい?」
「ううん、行こ」
もの惜しげな表情をしたイリアはすぐに笑みを浮かべ、先に神殿へ戻ろうとした。
「・・・ぅわっ」
特に何もない地面に躓き、ふらつくイリアをアルカディアが支えた。
「大丈夫?」
「うん。ありがと」
アルカディアは衝動を抑えながらイリアを神殿まで送った。
「――あれ?ランティスまだ帰ってない?」
イリアはふとパンドラに聞いた。
「はい。出ていったきり戻って来ないですね」
「そっか・・・」
「探してきましょうか?」
「うん・・・。あたしが行ってくる」
「一人だと危ないですよ」
「――なら、オレが見てくるよ」
話を聞いていたアルカディアが名乗り出た。
「でも・・・」
「大丈夫。ちゃんと連れ帰ってくるから」
アルカディアは優しく諭し、イリアは渋々頷いた。パンドラにイリアの警護を頼み、探しに出る。
夜の天界は静かだ。外に出ている天使もちらほら。アルカディアは辺りを見渡しながら歩いた。
「イリアちゃん・・・」
初めて彼女に会った時、懐かしい感じがした。見た事もないのに。だからかも知れない。泣きそうになる彼女に気付けば声を掛けていた。安心した様に微笑んだ彼女を愛しく感じてしまった。
それから徐々に明るくなっていく彼女を見ていく内に惹かれていくのが解った。ずっと一緒にいたいと願ってしまった事に少しだけ罪悪感に囚われたのは傲慢だからかも知れない。
物思いに耽っていると前方から二人の天使が歩いてきた。
「・・・やっぱ止めた方が良いんじゃないか?」
「俺らじゃ敵わないって」
「でも、見過ごすのは悪い・・・」
「何の話?」
二人の会話にアルカディアが介入した。天使達はいきなり現れたアルカディアに驚き、声を上げた。
「あ、アルカディア・・・」
「何かあったの?」
「いや・・・さっき・・・」
「おい・・・!」
「隠すような事?」
「・・・【神流の森】で・・・ランティスが上級天使達に攻撃されてて・・・」
「俺ら怖くて助けられなかったんだ。でもあれはやりすぎだと思う・・・」
「そう」
アルカディアは特に何も言わず【神流の森】へと向かった。こんな夜にあそこへ行くのは気が引けた。天使達はあまり寄り付かない。
風も吹いていないのに、木々が揺れている様に見える。静寂だけが支配していた。
――ドンッ
何かが落ちる音が聞こえ、アルカディアは肩を揺らした。その音が聞こえた方向から声らしき音が耳についた。ハッキリとは聞き取れないが誰かがいる事は解った。
「・・・おい、この辺にしとこうぜ」
「何言ってんだよ。全然懲りてねーじゃん」
「でも誰かに見られたら・・・」
「どうせ見られたって助ける奴なんかいないだろ」
彼ら上級天使達の目の前には満身創痍のランティスが倒れていた。全身に痛々しい傷が目立ち、服も所々敗れ、白い肌が見え隠れしていた。どれだけ長いこと、痛ぶられたのか。それでもランティスは抵抗の意思は見せず、彼らの好きにさせていた。
その光景を木々に隠れながら見ていたアルカディア。助ける事は出来る。けれど、彼らから暴行されても仕方のない事をランティスはした。皆が許してくれる程、この世界は甘くない。
「ランティス・・・」
いつも側にいてくれたのはランティスだった。 当たり前になっていた存在。裏切られて初めてその存在の重みを感じた。
「ミスタシアから外されたクセに、何でイリア様の側近になってんの?納得いかねぇ」
「だったらさぁ、手足もぎ取って何も出来ない体にしようか」
「そうだな。どうせ要らないんだし」
彼らは動けないランティスを無理矢理立たせ、一人が剣を取った。
「どこからがいい?まずは足かな」
ゆっくりと近付く天使。ランティスはもう意識も朦朧としており、目の前の事も解らなくなっていた。
「お前ら確り押さえてろよ」
「解ってる」
彼の持つ剣が降り下ろされようとした瞬間、彼は一瞬動きを止め力なく倒れた。その背には光る矢が刺さっていた。
「・・・もう、気が済んだでしょう?」
弓矢を持ったアルカディアが現れ、上級天使達は狼狽えた。
「なっ・・・、邪魔すんな!」
「だったら、君らも眠る?」
構えるアルカディアに上級天使達は後退りした。敵わないと知っているから余計苛立つ。
「解放してくれないかな?」
「・・・ちっ!解ったよ」
彼らは倒れた仲間を連れて後味の悪そうに【神流の森】から出ていった。
「格好悪いね、ランティス」
「・・・アル・・・カディア?」
ふらつくランティスを支えながらアルカディアは震えた声で言った。
「・・・何で・・・」
「悪い?あのままにしてたら本当にヤバイと思ったから」
「・・・そっか・・・」
「こんなになるまで抵抗しなかったの?」
「・・・しないよ・・・。そんな権利・・・ない」
ランティスは自分の立場を弁えている。その態度から反省の意も受け取れる。それを良いように利用して傷つける天使達は最低だ。
「歩くの、無理そう?」
「・・・うん」
アルカディアはランティスを木に寄り掛からせながら座らせた。大抵の傷は自然治癒するが、深い傷はナージャの能力が必要になる。
「・・・帰らないの?」
「放って置けないでしょ。其に、イリアちゃんが待ってるから」
「えっ・・・」
「自分が探しに行くって言ってた。こんな姿見せられないね」
「・・・イリアが・・・」
「あの子から離れないって誓ったんでしょ?だったら、ちゃんと守ってよ・・・」
アルカディアはランティスに身を寄せながら言った。
「・・・あの時、イリアちゃんが言った事、オレには解らない。あの子が何を背負ってるのかも、知るのが怖いんだ・・・」
膝に顔を埋めながらアルカディアは呟いた。こんな風に悩む彼を見るのは初めてだ。
「・・・自分から言わない子だからね。誰かに頼る事に抵抗があるんじゃないの?」
「・・・よく解るね」
「推測でしかないけど・・・。でも多分、自分から話してくれると思うよ。其まで待ってれば?」
「・・・ん」
ランティスは治り始めた傷跡を見て立ち上がった。あんなにボロボロだった身体は綺麗に治っている。
「・・・痛っ」
足に受けた傷はまだ完全に治癒してはいなかった。
「――乗りなよ」
アルカディアはしゃがんで背を向けながら言った。
「・・・あぁ」
ランティスは素直に甘え、アルカディアにおぶってもらった。
「重くない?」
「全然平気」
「――ありがとう」
耳元で小さく囁かれ、アルカディアも小さく頷いた。
二人が神殿に着くと、入口の前でイリアがパンドラと待っていた。
「ランティス!」
「・・・ずっと、待ってたの?」
「うん。眠れないのもあって・・・」
「心配・・・かけたね」
「・・・うん。でも、アルカディアならちゃんと連れて帰って来てくれるって信じてたから」
イリアは二人に安堵の表情を向けて言った。その笑顔に二人もほっとする。
「ランティス、足痛いの?」
「あぁ・・・。ちょっとね・・・」
「ナージャに治して貰う?」
「いや、この程度なら明日には治ってるから」
「そっか。良かった」
「じゃ、イリアちゃん。オレは帰るね」
「帰っちゃうの?」
「えっ・・・?」
寂しそうな声色で呼び止められ、アルカディアは不意を突かれた。
「アルカディアも泊まっていきなよ」
「いいの?」
「うん!今日は皆で一緒に寝よ」
「「・・・えっ?」」
その言葉にアルカディアとランティスの声がハモった。
夜。天界は静寂に包まれている。
隣から聞こえる寝息にアルカディアはドキドキしていた。ランティスも隣の少女が気になって眠れずにいた。イリアを真ん中にしての川の字。3人寝ても大きなベッドには余白があるほど。イリアは余程嬉しかったのかすぐに寝てしまった。
「――初めてだね。こういうの」
「えっ・・・」
「少年天使の頃はよく一緒に寝てたけど、ミスタシアになってからは初めてだよ」
「そっか・・・」
「偶にはいいよね」
「――あぁ」
隣にいるからか、その日は二人ともグッスリと眠る事が出来た――。
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