願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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不屈 ~Courage~

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レフィは【神流の森】に雨を降らし、消火活動を行っていた。【嘆きの果て】まで火は達していなかった為、魔物達が騒ぎ出す事もなかった。


「イリア・・・」


完全に火が消えたのを確認すると、レフィはイリア達の元へと急いだ――。





神殿の中で避難していた天使達を見守りながらパンドラは外の状況を眺めていた。酷い有り様だ。もう、どうにも出来ない所まで壊されている。


「――君は何もしないの?」


不意に聴こえた声と共に天使達がざわついた。


「・・・ランティス・・・」
「神官は此処から離れられないもんね」
「何故此処に・・・」
「君に用があったから」
「私に?」
「パンドラの箱は何処にある?」


ランティスは小声で聞いた。その言葉を知っているのは女神とゼウス、神官のパンドラしか把握していない。ランティスが知っている等あり得なかった。


「あれは危険です。教える訳ないでしょう」
「あぁ、それならいいよ。手っ取り早く吐かせてあげるから」
「えっ・・・」


ランティスは落ち着かない天使達を見定めながら手前にいた少年天使を選び、有無を言わさず身体を貫いた。



「ぁあぁあ――!」


悲痛な叫びが響き渡る。


「ランティス!やめなさい!」
「この子の心臓を潰されたくなかったら正直に答えてよ」
「っ・・・。解りました・・・」


パンドラは仕方なく頷き、ランティスは少年の体から腕を抜いた。倒れる少年天使を冷たい目で見下した。



「ランティス・・・様・・・?」


彼に憧れを抱いていた少年天使が雰囲気の違うランティスに恐る恐る声をかけた。


「気安く呼ばないでくれる?」


漂う殺気に恐怖が増す。


「パンドラ。早く出してよ」
「・・・あの箱を開けたらどうなるか、解っているのですか?」
「いけないものだって事は知ってるよ。でも其で世界が変わるとも」
「・・・・・・」


これ以上の犠牲を払いたくないパンドラは息を吐き、自分の瞳に手を当てた。


一瞬の光と共に掌に落ちた雫石。其に息を吹き掛けると掌サイズの箱が現れた。


「案外小さいものなんだね」
「・・・どうなっても知りませんよ」
「その為の覚悟は出来てる」


パンドラの片目は色を失っていた。ランティスは気にも止めず箱を受け取り、黒い羽根を広げた。


「ランティス・・・」
「じゃあね」


そのまま彼は神殿から出ていった。不吉な空気だけを残して。





「これは・・・」


レフィが目にした光景は壊れ行く世界。半身が凍りかけているナージャ、片腕を失い、苦しむ姿のエチカ。その隣には傷だらけのカサンドラが横たわっていた。アルカディアはイラに動きを封じられ、イリアは悪魔王に捕まっていた。


「我の能力はね、『感染』。我に触れたイラもイラに触れたカサンドラも我の能力にかかった。お前もそうなるかい?」


悪魔王は卑しく囁く。イリアは目の前で起きている事を受け止めきれない。


「イリアちゃん!そんな奴の言う事聞かないで!」
「黙れ」


イラはきつくアルカディアの腕を掴んだ。


「っ・・・!イラ・・・」
「大人しく見ていろ」


いくら抵抗してもイラの力には敵わない。


「・・・どうして・・・こんな酷い事するの・・・?」


イリアは震える声で聞いた。


「新世界を創る為だよ。女神とゼウスが創り上げた世界なんて我には必要ない」
「・・・新世界なんてどうでもいい。皆を返して」
「其は出来ないよ。こうなってしまっては修復は不可能。だったら新しく創り直した方が良いだろう?」
「自分で壊したクセによく言う・・・。あんたにこの世界は渡さない」
「強気な態度も嫌いじゃないがね。その形(なり)で何が出来る?」


イリアは黒い蔓に足を囚われたまま身動き出来ない。


「君の能力で抜け出してみるかい?」


剣でダメージを与えても意味はなかった。これは、イラの能力。直接イラに攻撃しなければ足は解放されない。


「もうすぐランティスが来る。世界はもっと残酷になるよ」
「えっ・・・」


不吉な笑みを浮かべる悪魔王。不安が大きくなる。このまま大人しくしている事は出来ない。イリアは剣を強く握り直した。


「イヴリース様!」


イラが彼女の動きに気づき、悪魔王を呼んだ。隙を狙っていたイリアは動きに躊躇いが生じ、悪魔王に剣を奪われてしまった。


「返して!」
「――やっぱり君には大人しくしていて貰おうか」


悪魔王は剣を投げ捨てながらイラに視線を促す。イラは手を向け、イリアの地面から更に黒い蔓を生やした。蔓はイリアの身体に巻き付き、きつく締め上げる。


「いっ・・・!あ・・・」


身体が悲鳴を上げる。ドレスが千切れ、肌に直接刺さる小さな棘。痛みは増し、呼吸すら辛くなってきた。


「はっ・・・ぁ・・・」


イラはイリアが抵抗出来なくなったのを確認し、手を下げた。蔓も消滅し、解放されたイリアは身体中に傷跡を付けられ、ボロボロになったドレスからは彼女の白い素肌が垣間見えていた。


プチッ――


アルカディアの中で何かが切れた音がした。込み上げてくるのは怒り。


バチィとイラは手に痺れを感じ、衝動でアルカディアを離してしまった。


「待て・・・」


追いかけようとしたイラの前に現れた天使。いつもの優しげな表情はなく、刺すような視線がイラを捕らえた。



「退け、レフィ」
「行かせません」


イラは表情を歪め、レフィに向かっていった。


「イリアを傷付けた貴方を、ボクは許さない」


レフィは水の珠を放り、イラを包んだ。水の中では動きは鈍り、攻撃すらままならない。何より息が出来ないので苦しくなる一方。


「イラ・・・。目を覚まして下さい」


水の珠を破ろうと藻掻(もが)く度、身体の自由が奪われ意識が遠退いていく。


パチン


水の珠は弾け、意識を失ったイラをレフィが支える。


「イラ・・・」


レフィは強くイラを抱き締めた――。





「イリアちゃん・・・」


アルカディアは傷だらけの少女を抱き上げながら声を掛ける。


「・・・アル・・・カディア・・・」
「イリアちゃん」
「・・・ごめ・・・・・・ね・・・」
「えっ・・・」
「天界・・・守れ、なくて・・・。ごめん・・・」


イリアは保っていた意識を失い、アルカディアに身体を預けた。


「・・・イリアちゃんの所為じゃないよ」


ギリッと唇を噛み締めながらアルカディアはイリアをその場に寝かせ、悪魔王を見据えた。


「感動劇は終わったかい?」


飄々としている悪魔王に怒りが増す。アルカディアは身体中に雷を纏い、悪魔王に向かっていった。


「怒ったか」
「許さない」


悪魔王はアルカディアの攻撃を悠々と交わしていく。其でも彼は攻撃の手を緩めない。
幾つもの落雷が悪魔王を襲う。その勢いは激しく地響きが鳴った。
落雷を避ける悪魔王をアルカディアは電撃を帯びた弓矢で狙う。


「お前は他の天使達とは違うんだね」


悪魔王は攻撃を読んでいるかの様な動きでアルカディアの正面に現れた。


「我の邪魔をする者は容赦しないよ」


グッとその姿を捕らえた瞬間、アルカディアの姿は消え失せ、気配がなくなった。


「幻影か・・・」


辺りを見渡してもアルカディアはいない。落雷も止み、静寂が訪れた。


「・・・逃げたのか?」
「イヴリース様!」


ランティスがパンドラの箱を持って戻ってきた。悪魔王は警戒を張らせながらランティスから箱を受け取った。


「よく取って来れたね。ありがと、ランティス」
「はい!」


悪魔王に誉められ、ランティスは嬉しそうに笑う。


「この箱さえあればこの世界等簡単に・・・」


笑みが溢れる二人の後方で矢を構えるアルカディア。 一直線上にはランティスがいるが、怒りに満ちている彼に躊躇い等生じなかった。 


音もなく放たれた矢はランティス目掛けて飛んでいく。その気配に気付いた悪魔王はすぐにランティスの手を引き、自分の後ろに庇った。


雷を帯びた矢は悪魔王の身体を貫き、そのまま電撃が包み込んだ。


「イヴリース様!」


ランティスがすぐに助けようと手を伸ばしたがバチッと弾かれ、手に痺れが残った。


「・・・久々の感覚だよ」


フッと雷を払い、悪魔王は矢を抜いた。多少の血が流れたが大した痛みではなかった。


「アルカディア・・・か。大した天使だな」


その一撃で捕らえられると思っていたアルカディアは油断を見抜かれすぐに攻め寄られた。


「っ・・・!?」
「アルカディア!」


レフィが助けに動こうとした時、瞬時に現れた影が悪魔王を剣で突き刺した。


「・・・なっ・・・」
「・・・これ以上・・・好きにはさせない・・・」


満身創痍なのに、その目にはまだ強さが残っていた。身体中に痛みが走る。けれど、もう倒れない。


「・・・イリア・・・ちゃん・・・」


傷だらけの少女は剣を抜き取り、その剣先に光を集めた。


「終わりだ」


ドォンと放たれた光線を間近で受けた悪魔王の叫び声が響き渡った。 


「イヴリース様!」


吹き飛ばされた悪魔王をランティスが受け止める。どれ程の威力を喰らったのか、悪魔王の身体に大きな穴が空いていた。


「イヴリース・・・様・・・!」
「・・・っ、ラン・・・ティス・・・」


悪魔王は残っている力で愛しい彼の名を呼ぶ。


「・・・泣いては・・・いけない・・・」
「・・・でも・・・。ぼくにはイヴリース様しかいない・・・!独りにしないで・・・」


ランティスは悪魔王の手を握りしめながら呟いた。天使からも悪魔からも要らないと言われた子。その傷を癒してくれたのはイヴリースだけ。必要とされて来なかった彼にイヴリースは優しい言葉を与えた。存在価値を教えてくれた。その恩は決して忘れない。


「・・・ランティス・・・。お前は・・・此処で生きなさい・・・。我の為に・・・もう何もする事は、無い・・・」
「イヴリース様・・・」
「・・・強く・・・なりなさい・・・」


最後に悪魔王は優しげな笑みを浮かべながら目を閉じた。消えゆく悪魔王を抱き締めながら、その場にはランティスの泣き声だけが木霊していた――。
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