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2番目の天使 ~Leffius~
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「綺麗なお花ー」
イリアは色とりどりの花を眺めながら感想を述べた。大切に育てられてきたのだろうなという思いが伝わってくるように、花は咲き誇っていた。
「全部レフィが育ててるの?」
「えぇ。趣味なんです」
「あたしも好きだよ、園芸」
「本当ですか!?嬉しいです」
素直に喜ぶレフィをイリアは可愛いなと思った。
金色の長い髪を靡かせ、黄金の瞳にはイリアの姿が映っている。女性と見紛う程の美しさを放ち、一つ一つの仕草が丁寧で目を惹かれる。
「あたしも水あげたい」
「では、裏のお花をお願いしても良いですか?」
「はぁい」
イリアは如雨露(じょうろ)を持って裏庭へ回った。
今日は朝からレフィの家で朝食をご馳走になり、そのまま長居していた。レフィの家の周りには殆ど花で彩られており、枯れた花が一つもない。イリアも園芸には力を入れていた方だが、ここまで綺麗に咲かせられる事は出来なかった。
「いい匂いー」
水をあげていても匂いが漂ってくる。地上の花と然程変わらない花達にイリアは癒された。
「――あれぇ?女神様代理じゃないですか」
花の名前は何だろうと考えていたイリアの元に青年天使達が現れた。
「こんにちは・・・」
サラ達の事もあってイリアは少し警戒した。
「レフィ、いる?」
「表に・・・」
「あんた、昨日サラ達に暴行されたって?サラは起伏激しいから気を付けなよ」
「・・・はぁ」
「あと・・・」
青年天使の一人、ティファがイリアに近付き、耳元に顔を寄せた。
「『ミスタシア』に頼りすぎると痛い目みるよ」
「えっ・・・」
「忠告」
そう言ってティファ達はレフィの元へと向かった。
一通り水を巻き終わり、手入れをしているレフィにティファ達が近付いた。
「罪滅ぼし?」
その声にレフィは肩を震わし、怯えた瞳で振り返った。
「よぉ。偽りの美人サン」
「っ・・・」
「なぁ。今夜も頼むよ」
「・・・・・・」
「来なくてもいいんだ。けど、そしたらあの事バラしちゃうから」
「それは・・・!」
「やめて欲しかったら大人しく来てよ。待ってるからさ。――レフィ」
バシャン――
イリアがレフィの元に戻ると、びしょびしょで佇んでいる彼の姿があった。
「どうしたの?!」
「イリア・・・」
「ティファ達に何かされたの?」
「・・・いえ」
「早く拭かないと・・・」
「大丈夫です」
「でも・・・」
「イリア。すみませんが、もう帰って頂いても良いですか?」
「えっ・・・」
「お願いします」
いつもより低いトーンで言われ、イリアは従うしかなかった。レフィはそのまま家の中に入ってしまい、イリアはポツンと残された。
「・・・何かしたかな」
如雨露を元あった場所に戻してイリアはレフィの家を後にした。
【癒しの丘】には少年天使達が賑やかに戯れていた。その風景は地上と変わらない。イリアは草原に寝転がり、日向ぼっこをしていた。
「――イリア」
眠ってしまいそうになったイリアは呼ばれてハッと目を覚ました。
「・・・ランティス」
「何してるんだ?」
「んー・・・日向ぼっこ 」
答えながらゆっくりと身体を起こす。変わらぬ陽射しに当たっていた為、全身が暖かかった。
「レフィと一緒じゃないんだね」
「・・・なんか、機嫌悪くしちゃったみたいで・・・」
「お前が?」
「・・・さぁ?でも多分あたしかも・・・」
「何したの?」
「花の水あげしただけなんだけどなぁ・・・」
「其だけならレフィは怒ったりしないよ。気にする事ないんじゃない?」
「そうかな・・・」
「他に何かなかったの?」
「他?えー・・・。あ!ティファ達がきたかな」
「あぁ、それだ」
ランティスは間髪入れずに頷いた。
「でもティファ達って、レフィと仲良いみたいだけど」
「何も気付いてないの?あんた、バカだね」
「うっ・・・」
ハッキリそう言われてしまうと何も返せない。ランティスは何故か突っかかって来る。その原因はイリアも何となく解っていた。
「仲が良いから何もないとは限らないよ」
「・・・どういう意味?」
「自分で考えなよ」
「解んないよ」
「・・・・・・」
ランティスは少し考えた後、イリアの隣に座った。
「イリアはさ、この天界で1番綺麗なのって誰だと思う?」
「んー・・・女神様かな」
「そんなの常識でしょ。天使達の中でって事」
「だったら、レフィかな。あ、ナージャも綺麗か」
「ナージャは元からあの姿だからね。でも、レフィは違う」
「違う?」
「――あれはレフィじゃない」
その綺麗な瞳と目が合った瞬間、強い風が吹き抜けた。
「・・・レフィじゃないって・・・」
「おれから話すのはフェアじゃないから、ここまでしか言えない。あとは自分で聞いて」
「えー・・・」
「じゃあね」
ランティスは手を振りながら去っていった。
イリアはまたポツンと取り残され、空を仰いだ――。
夜が訪れた【神流の森】。鳥の鳴き声さえ眠っている。この間切られたばかりの注連縄も女神様代理がちゃんと直してくれたお陰で魔物が出てくる心配もない。
「ちゃんと来てくれたんだ」
静かな空気に響く声。一番大きな木の下で、レフィは表情を曇らせた。
「じゃあまた、付き合って貰える?」
「・・・本当に皆には言わないでくれるのですか?」
「勿論。あんたが最後まで耐えきれたらね」
レフィは木の前で動かず、攻撃体勢になるティファ達を見据えた――。
「レフィ」
黎明が近付き、誰かの声にレフィはゆっくりと目を開けた。
「・・・ランティス?」
「また、言う事聞いたの?」
「・・・貴方には、関係ありません・・・」
レフィは立ち上がりながら、背を向けた。
「その怪我が証拠じゃん」
「・・・ボクの意志で従ってるだけです。もう放っておいて下さい」
「出来ないから構ってるんだろ」
ランティスはふらつきそうになるレフィを支えながら言った。
「おれにも責任あるし」
「・・・・・・」
「ねぇ、もうやめにしよう?お前は『ミスタシア』になったんだから、ケジメつけなきゃ」
「解ってます・・・。でも・・・あの事をバラされたら天界にいられなくなる・・・」
「それを決めるのはイリアだよ」
「っ・・・」
レフィはランティスに支えられながら家まで送って貰った。怪我が自然に治癒するのと同時にレフィも深い眠りへと誘われた――。
「この間は・・・ごめんなさい」
イリアは朝早くレフィの家に訪れ、開口一番に謝った。
「・・・何の事ですか?」
レフィは何故彼女が詫びているのか解らなかった。
「だって・・・怒らせちゃったから・・・」
「貴方が・・・?」
「あたしの所為で機嫌悪くしちゃったんだよね・・・?ごめん、無意識に傷付けたのかも知れない・・・」
「イリアは何も悪くありませんよ」
泣きそうなイリアにレフィは優しく微笑んだ。
「違うの・・・?」
「勘違いさせてしまいましたね。あの時は、弱いボクを見せたくなかったので、冷たく当たってしまいました・・・。謝るならボクの方です」
「・・・そう、だったんだ・・・。なんか、一人で気にしちゃってバカみたい・・・」
「誤解させてすみません。お詫びに紅茶をご馳走しますよ」
「本当!?やったぁ、紅茶好き」
イリアはすぐに明るい笑みを浮かべ、喜んだ。レフィの家に上がらせて貰い、ハーブの紅茶を頂いた。
「ハーブのって匂いとかあったけど、レフィの淹れた紅茶はスッキリしてて美味しいね」
「ありがとうございます」
「今度、あたしにも淹れ方教えて」
「はい!是非」
レフィもいつもの笑みを見せ、イリアは安堵した――。
「このお花は、まだ咲かないの?」
また水あげを手伝いながらイリアは、ただ一つの花を覗きながら聞いた。紫色の蕾が可愛らしい。
「そのお花は、時間が掛かるんです」
「そうなんだ。咲いたら教えてね」
「はい。楽しみにしてて下さい」
和やかな空気に忍び寄る複数の影――。
その足音に二人は同時に振り向いた。意味深な笑みを浮かべたティファ達の姿があった。
「・・・何の用ですか?」
レフィの表情が変わり、イリアは嫌な予感がした。
「ちょっといい?」
「・・・・・・はい」
「レフィ・・・」
「すぐ戻ってきます」
イリアには優しく言ってくれたが、そんな簡単な話でない事はなんとなく感じ取れた。イリアはレフィを見送った後、 如雨露を置いてその場を後にした――。
来たのは、【エデンのほとり】。幻想の泉が音もなく揺らいでいる。
「昨日、解っちゃったんだけど。俺ら、あんたより能力上っぽいからさ、『ミスタシア』の称号ちょうだい」
予期せぬ言葉にレフィはどう反応したら良いのか解らなかった。
「それは・・・ゼウスが決める事です」
「でも今いないじゃん。気に入らないんだよねー。お前みたいな奴が大層な称号貰っちゃってさ」
「・・・今更、何を・・・」
「くれないんなら、ずっと俺らの言いなりだよ?そんなの嫌じゃん?だから、譲ってよ」
レフィの肩に手を回しながらティファが言った。
「ですが・・・」
「どうしても嫌なら仕方ない。折角手に入れたその美貌、全部奪ってやるよ」
「っ・・・!?」
ティファ達は一斉にレフィを抑え、服を剥いだ――。
「ランティス!」
家でアルカディアとお茶をしていた彼をイリアが息を切らせながら呼びに来た。余程探し回ったのか、尋常ではない位に息切れしていた。
「大丈夫?」
「レフィが・・・!ティファ達と一緒に行っちゃった!」
「えっ・・・」
「お願い・・・。一緒に来て下さい・・・」
呼吸を整えながらイリアは深々と頭を下げた。その必死な姿にランティスは自然と頷いていた。
「――いいよ。場所は?」
イリアに案内され、アルカディアも一緒に【エデンのほとり】へと向かった。
「もっとかなぁ?その綺麗な仮面、どうしたら剥がれるかなぁ」
クスクスと嘲笑いながら、ティファは傷だらけのレフィを足蹴にしていた。
「称号なんてさ、また貰えばいいじゃん。譲るだけで良いんだよ?簡単でしょ?」
散々、殴る蹴るの暴行を受けたレフィは言い返す力も残っていなかった。ティファ達の嘲笑も遠くに聴こえる。
「レフィ!!」
一際、ハッキリとした声が聴こえ、視線だけをその方向へと向ける。走ってくる誰かもぼんやりとしていて解らない。
「ティファ!何を・・・!」
「見れば解んじゃん。リンチ」
「うっわ、サイテー」
アルカディアは蔑んだような目でティファ達を見据えた。ランティスがレフィを支え起こすと、痛々しい傷跡と所々破れた服が目に余った。
「酷い・・・」
「レフィがさっさと答えないからだよ。其に、いくら怪我したって天使には治癒能力が備わってる。放っといても死なないよ」
「だからって、此処までするのはやり過ぎだよ」
「お前ら、レフィの本当の姿知らないからそうやって庇うんでしょ?」
「本当の姿?」
イリアとアルカディアは首を傾げた横でランティスが俯いた。
「そいつさぁ、仲間の天使殺してんだよ」
いきなりの暴露に空気は静まり返った。
「殺した・・・って・・・」
「少年天使の時にさ、俺ら【嘆きの果て】に迷い込んじゃって。その時、そいつと仲の良かった天使が犠牲になった。傷ついた魔物を助けようとした酬いだね。散々、噛み付かれてボロボロになって、死にかけた時にレフィが彼の能力を奪った。助ける振りをしてさ。嫌な奴だろ?」
初めて聞かされる事実にアルカディアも驚いていた。
「レフィは彼の能力を奪ったから今の姿になった。以前はあんなに醜かったのにね」
「――違う」
否定したのは、イリアだった。
「レフィはそんな事しない」
「したから言ってるんでしょ?最近来たばかりのあんたに何が解んの?」
「レフィはお花育ててた。あんなに綺麗に花を咲かせるなんて、並の努力じゃない。大切に育ててきたんだって解ったもん!」
「だから?」
「仲間を見殺しにするなんて、出来ないと思う」
イリアの強い視線にティファは一瞬怯んだ。
レフィの瞳にあの時の状況が蘇る――。
少年天使だった頃は何事にも興味津々で、【嘆きの果て】に行ったのだって気紛れだった。薄暗い森の中、低い呻き声を聞いた。駆け付けると一匹の魔物が怪我をして倒れていた。その時にその魔物に近寄ったのが、今は亡き仲間のシトラスだった。彼は優しい子で困っている者を放って置けないタイプだった。だから、その時も何の疑いも持たずに魔物に近づき、治そうとした。けれど――
「ぅわぁあ・・・!」
魔物は警戒し、シトラスに噛み付いた。すぐに離れたシトラスだったが、近くにいた魔物達に囲まれ、一気に襲われた。蠢く黒い物体の中から微かに見えた助けを求める手。
「・・・シトラス・・・」
「駄目だよレフィ!逃げなきゃ! 」
「でも・・・助けないと・・・」
「レフィ・・・!」
恐怖を押し殺し、能力を使いながら魔物を排除していく。たが、一足遅く彼は見るも無惨な姿に成り果てていた。
「シトラス・・・」
「・・・れ・・・ふぃ・・・」
「ごめん・・・」
「いい・・・よ・・・。レフィ・・・」
最期の力を振り絞りながらシトラスはレフィの耳元に顔を近づけた。
「ボクの能力・・・あげる・・・。ずっと・・・欲しかった・・・でしょ?」
「えっ・・・」
「・・・ボクを・・・食べて・・・」
「・・・何を・・・」
「お願い・・・。ね・・・?」
シトラスは誰よりも綺麗な子だった。レフィはその美貌に憧れていた。幼心にシトラスに言った事もある。
「ボクも綺麗になりたいな」
顔のそばかすと左側の痣が災いして、他の天使達からからかわれた事もあった。綺麗になれば全てが変わると信じていた。
「・・・ごめん」
レフィは息絶えたシトラスを水の珠に包み込み、そのまま手を握りしめると水が弾けて中央には小さな水晶が浮かんでいた。
「シトラス・・・」
その水晶をレフィは口にした。その瞬間、身体が悲鳴を上げ、全身に激痛が走った。全てが作り変わる。離れた位置から見ていたティファ達は、レフィがシトラスを殺し、能力を奪ったかのように感じ取っていた。
暫くして、痛みから解放されたレフィはゆっくりと立ち上がり、ティファ達に振り返った。
その姿は、以前のレフィではなく、シトラスの美貌を取り込んだ綺麗な少年だった――。
その時の事は女神にも報告された。レフィの言い分と普段からの品行の良さが転じて、女神はお咎め無しと微笑んだ。以来、青年天使になり、『ミスタシア』となった今でもレフィはその美を失いはしなかった――。
「レフィより能力が高いなら、貴方達が助ければ良かったじゃない」
イリアは強気な視線でティファ達に言った。
「助けるも何も相手は魔物だよ?少年天使の時は怖くて能力なんか使いこなせなかったよ」
「でもレフィは彼を助けようとした。その行為は立派だよ」
「けど、結果的に殺した。能力まで奪って」
「レフィが殺したんじゃない。魔物が殺った事でしょ」
「・・・何なんだよあんた。知ったような口振りしてさ。女神の代理だからって権限振り翳さないでよ」
ティファはイリアに手を上げようとした。
バシッ――
目を閉じて打たれる事を覚悟したイリアは、なかなか来ない痛みにそっと目を開けた。目の前にはレフィの姿があった。
「レフィ・・・」
「これでもう、貴方達に従う理由もなくなりましたね」
今まで見せた事のない冷ややかな目でレフィはティファ達に言った。
「イリアに手を出した事、許さない」
幻想の泉が激しく波打ち、ティファ達を飲み込んだ。水を被った彼らはそのまま水の珠に包まれ、悶えている。
「そうやって苦しんでいればいい」
冷酷な笑みを浮かべるレフィにイリアは背筋が凍った。
「・・・レフィ・・・やめて?死んじゃうよ・・・」
「天使は心臓を傷付けられなければ死にはしません」
「でも・・・駄目だよ・・・」
イリアは泣きそうになりながら、レフィの腕を掴んだ。
「レフィがいっぱい苦しんできた事、知ろうともしないで・・・ごめん。どんな痛みを背負ってきたのかあたしが図れる訳じゃない・・・。でも・・・やり返すのは駄目だよ・・・。そんな事して欲しくない・・・」
「イリア・・・」
「ティファ達を解放して」
「・・・・・・」
レフィが指を鳴らすと水の珠は弾け、ティファ達は地面に落とされた。
「痛っ・・・」
「ティファ」
イリアは彼の前に立ち、真っ直ぐな瞳で見下ろした。
「レフィを解放して。もう、酷い事しないで」
「・・・・・・っ、解ったよ」
罰の悪そうな表情でティファ達は【エデンのほとり】から出ていった――。
「そんなに心配しなくても、すぐに起きるよ」
ぐっすりと眠っているレフィを心配そうに見つめるイリアにランティスが声を掛けた。
「ランティスは知ってたんだね・・・」
「あぁ・・・。女神に頼まれてさ、おれも【嘆きの果て】にいたんだよ。状況判断に遅れて見てる事しか出来なかった・・・」
「そうだったんだ・・・」
「まぁ、これに懲りてティファ達は暫く大人しくなると思うから」
「帰るの?」
「レフィの怪我もちゃんと治ったしね。あとは宜しく」
パタンと扉が閉まり、静けさが漂った。レフィはまだ起きそうにない。イリアは音を立てずに外に出た。
花は、育ててくれた者に対して咲き方が変わるらしい。レフィの家にある花はどれも美しく咲く事に誇りを持っている。そんな花に癒されながら、イリアはまた水あげをしていた。
「この花も綺麗に咲くのかな・・・」
「その花は咲きません」
不意に後ろから答えが返ってきたのでイリアは肩を震わせた。
「・・・起こしちゃった?」
「いえ」
「身体、大丈夫なの?」
「痛みは癒えました。捲き込んですみません」
「そんな・・・。何も出来なかったし」
レフィはイリアの隣に座り、咲かない花を見つめた。
「――この花は、シトラスが植えたんです」
「そうなんだ」
「彼も花が好きな子でした。一緒に植えていつか咲いた花をボクにくれると笑ってくれました」
「いい約束だね」
「・・・ですが、彼が亡くなってしまってはもう実らない。どんなに手入れをしても蕾は頑なに閉じたまま・・・」
「そんな事ないよ」
イリアはレフィに向きながら微笑んだ。
「こんなに丁寧に育てられてるんだもん。きっとレフィの想いに応えてくれるよ。咲かない花なんて、ないんだよ。あたしも一緒に水あげするからさ。咲かせてみようよ。シトラスだって、咲いたらきっと喜ぶと思う」
「イリア・・・」
「ね?その時が来たら皆にも見せてあげよう」
シトラスがいなくなってから二度と咲く事はないと思っていた。けれど、イリアの言葉にレフィはその思いを打ち消した。咲かないと決めつけていたのは自分。本当はどんな花なのか、シトラスはきっと知っていた。
「――そうですね」
いつか綺麗な花を咲かせて、二人で見てみたかった。
隣で喜ぶ彼の姿が一瞬だけ見えた気がした――。
イリアは色とりどりの花を眺めながら感想を述べた。大切に育てられてきたのだろうなという思いが伝わってくるように、花は咲き誇っていた。
「全部レフィが育ててるの?」
「えぇ。趣味なんです」
「あたしも好きだよ、園芸」
「本当ですか!?嬉しいです」
素直に喜ぶレフィをイリアは可愛いなと思った。
金色の長い髪を靡かせ、黄金の瞳にはイリアの姿が映っている。女性と見紛う程の美しさを放ち、一つ一つの仕草が丁寧で目を惹かれる。
「あたしも水あげたい」
「では、裏のお花をお願いしても良いですか?」
「はぁい」
イリアは如雨露(じょうろ)を持って裏庭へ回った。
今日は朝からレフィの家で朝食をご馳走になり、そのまま長居していた。レフィの家の周りには殆ど花で彩られており、枯れた花が一つもない。イリアも園芸には力を入れていた方だが、ここまで綺麗に咲かせられる事は出来なかった。
「いい匂いー」
水をあげていても匂いが漂ってくる。地上の花と然程変わらない花達にイリアは癒された。
「――あれぇ?女神様代理じゃないですか」
花の名前は何だろうと考えていたイリアの元に青年天使達が現れた。
「こんにちは・・・」
サラ達の事もあってイリアは少し警戒した。
「レフィ、いる?」
「表に・・・」
「あんた、昨日サラ達に暴行されたって?サラは起伏激しいから気を付けなよ」
「・・・はぁ」
「あと・・・」
青年天使の一人、ティファがイリアに近付き、耳元に顔を寄せた。
「『ミスタシア』に頼りすぎると痛い目みるよ」
「えっ・・・」
「忠告」
そう言ってティファ達はレフィの元へと向かった。
一通り水を巻き終わり、手入れをしているレフィにティファ達が近付いた。
「罪滅ぼし?」
その声にレフィは肩を震わし、怯えた瞳で振り返った。
「よぉ。偽りの美人サン」
「っ・・・」
「なぁ。今夜も頼むよ」
「・・・・・・」
「来なくてもいいんだ。けど、そしたらあの事バラしちゃうから」
「それは・・・!」
「やめて欲しかったら大人しく来てよ。待ってるからさ。――レフィ」
バシャン――
イリアがレフィの元に戻ると、びしょびしょで佇んでいる彼の姿があった。
「どうしたの?!」
「イリア・・・」
「ティファ達に何かされたの?」
「・・・いえ」
「早く拭かないと・・・」
「大丈夫です」
「でも・・・」
「イリア。すみませんが、もう帰って頂いても良いですか?」
「えっ・・・」
「お願いします」
いつもより低いトーンで言われ、イリアは従うしかなかった。レフィはそのまま家の中に入ってしまい、イリアはポツンと残された。
「・・・何かしたかな」
如雨露を元あった場所に戻してイリアはレフィの家を後にした。
【癒しの丘】には少年天使達が賑やかに戯れていた。その風景は地上と変わらない。イリアは草原に寝転がり、日向ぼっこをしていた。
「――イリア」
眠ってしまいそうになったイリアは呼ばれてハッと目を覚ました。
「・・・ランティス」
「何してるんだ?」
「んー・・・日向ぼっこ 」
答えながらゆっくりと身体を起こす。変わらぬ陽射しに当たっていた為、全身が暖かかった。
「レフィと一緒じゃないんだね」
「・・・なんか、機嫌悪くしちゃったみたいで・・・」
「お前が?」
「・・・さぁ?でも多分あたしかも・・・」
「何したの?」
「花の水あげしただけなんだけどなぁ・・・」
「其だけならレフィは怒ったりしないよ。気にする事ないんじゃない?」
「そうかな・・・」
「他に何かなかったの?」
「他?えー・・・。あ!ティファ達がきたかな」
「あぁ、それだ」
ランティスは間髪入れずに頷いた。
「でもティファ達って、レフィと仲良いみたいだけど」
「何も気付いてないの?あんた、バカだね」
「うっ・・・」
ハッキリそう言われてしまうと何も返せない。ランティスは何故か突っかかって来る。その原因はイリアも何となく解っていた。
「仲が良いから何もないとは限らないよ」
「・・・どういう意味?」
「自分で考えなよ」
「解んないよ」
「・・・・・・」
ランティスは少し考えた後、イリアの隣に座った。
「イリアはさ、この天界で1番綺麗なのって誰だと思う?」
「んー・・・女神様かな」
「そんなの常識でしょ。天使達の中でって事」
「だったら、レフィかな。あ、ナージャも綺麗か」
「ナージャは元からあの姿だからね。でも、レフィは違う」
「違う?」
「――あれはレフィじゃない」
その綺麗な瞳と目が合った瞬間、強い風が吹き抜けた。
「・・・レフィじゃないって・・・」
「おれから話すのはフェアじゃないから、ここまでしか言えない。あとは自分で聞いて」
「えー・・・」
「じゃあね」
ランティスは手を振りながら去っていった。
イリアはまたポツンと取り残され、空を仰いだ――。
夜が訪れた【神流の森】。鳥の鳴き声さえ眠っている。この間切られたばかりの注連縄も女神様代理がちゃんと直してくれたお陰で魔物が出てくる心配もない。
「ちゃんと来てくれたんだ」
静かな空気に響く声。一番大きな木の下で、レフィは表情を曇らせた。
「じゃあまた、付き合って貰える?」
「・・・本当に皆には言わないでくれるのですか?」
「勿論。あんたが最後まで耐えきれたらね」
レフィは木の前で動かず、攻撃体勢になるティファ達を見据えた――。
「レフィ」
黎明が近付き、誰かの声にレフィはゆっくりと目を開けた。
「・・・ランティス?」
「また、言う事聞いたの?」
「・・・貴方には、関係ありません・・・」
レフィは立ち上がりながら、背を向けた。
「その怪我が証拠じゃん」
「・・・ボクの意志で従ってるだけです。もう放っておいて下さい」
「出来ないから構ってるんだろ」
ランティスはふらつきそうになるレフィを支えながら言った。
「おれにも責任あるし」
「・・・・・・」
「ねぇ、もうやめにしよう?お前は『ミスタシア』になったんだから、ケジメつけなきゃ」
「解ってます・・・。でも・・・あの事をバラされたら天界にいられなくなる・・・」
「それを決めるのはイリアだよ」
「っ・・・」
レフィはランティスに支えられながら家まで送って貰った。怪我が自然に治癒するのと同時にレフィも深い眠りへと誘われた――。
「この間は・・・ごめんなさい」
イリアは朝早くレフィの家に訪れ、開口一番に謝った。
「・・・何の事ですか?」
レフィは何故彼女が詫びているのか解らなかった。
「だって・・・怒らせちゃったから・・・」
「貴方が・・・?」
「あたしの所為で機嫌悪くしちゃったんだよね・・・?ごめん、無意識に傷付けたのかも知れない・・・」
「イリアは何も悪くありませんよ」
泣きそうなイリアにレフィは優しく微笑んだ。
「違うの・・・?」
「勘違いさせてしまいましたね。あの時は、弱いボクを見せたくなかったので、冷たく当たってしまいました・・・。謝るならボクの方です」
「・・・そう、だったんだ・・・。なんか、一人で気にしちゃってバカみたい・・・」
「誤解させてすみません。お詫びに紅茶をご馳走しますよ」
「本当!?やったぁ、紅茶好き」
イリアはすぐに明るい笑みを浮かべ、喜んだ。レフィの家に上がらせて貰い、ハーブの紅茶を頂いた。
「ハーブのって匂いとかあったけど、レフィの淹れた紅茶はスッキリしてて美味しいね」
「ありがとうございます」
「今度、あたしにも淹れ方教えて」
「はい!是非」
レフィもいつもの笑みを見せ、イリアは安堵した――。
「このお花は、まだ咲かないの?」
また水あげを手伝いながらイリアは、ただ一つの花を覗きながら聞いた。紫色の蕾が可愛らしい。
「そのお花は、時間が掛かるんです」
「そうなんだ。咲いたら教えてね」
「はい。楽しみにしてて下さい」
和やかな空気に忍び寄る複数の影――。
その足音に二人は同時に振り向いた。意味深な笑みを浮かべたティファ達の姿があった。
「・・・何の用ですか?」
レフィの表情が変わり、イリアは嫌な予感がした。
「ちょっといい?」
「・・・・・・はい」
「レフィ・・・」
「すぐ戻ってきます」
イリアには優しく言ってくれたが、そんな簡単な話でない事はなんとなく感じ取れた。イリアはレフィを見送った後、 如雨露を置いてその場を後にした――。
来たのは、【エデンのほとり】。幻想の泉が音もなく揺らいでいる。
「昨日、解っちゃったんだけど。俺ら、あんたより能力上っぽいからさ、『ミスタシア』の称号ちょうだい」
予期せぬ言葉にレフィはどう反応したら良いのか解らなかった。
「それは・・・ゼウスが決める事です」
「でも今いないじゃん。気に入らないんだよねー。お前みたいな奴が大層な称号貰っちゃってさ」
「・・・今更、何を・・・」
「くれないんなら、ずっと俺らの言いなりだよ?そんなの嫌じゃん?だから、譲ってよ」
レフィの肩に手を回しながらティファが言った。
「ですが・・・」
「どうしても嫌なら仕方ない。折角手に入れたその美貌、全部奪ってやるよ」
「っ・・・!?」
ティファ達は一斉にレフィを抑え、服を剥いだ――。
「ランティス!」
家でアルカディアとお茶をしていた彼をイリアが息を切らせながら呼びに来た。余程探し回ったのか、尋常ではない位に息切れしていた。
「大丈夫?」
「レフィが・・・!ティファ達と一緒に行っちゃった!」
「えっ・・・」
「お願い・・・。一緒に来て下さい・・・」
呼吸を整えながらイリアは深々と頭を下げた。その必死な姿にランティスは自然と頷いていた。
「――いいよ。場所は?」
イリアに案内され、アルカディアも一緒に【エデンのほとり】へと向かった。
「もっとかなぁ?その綺麗な仮面、どうしたら剥がれるかなぁ」
クスクスと嘲笑いながら、ティファは傷だらけのレフィを足蹴にしていた。
「称号なんてさ、また貰えばいいじゃん。譲るだけで良いんだよ?簡単でしょ?」
散々、殴る蹴るの暴行を受けたレフィは言い返す力も残っていなかった。ティファ達の嘲笑も遠くに聴こえる。
「レフィ!!」
一際、ハッキリとした声が聴こえ、視線だけをその方向へと向ける。走ってくる誰かもぼんやりとしていて解らない。
「ティファ!何を・・・!」
「見れば解んじゃん。リンチ」
「うっわ、サイテー」
アルカディアは蔑んだような目でティファ達を見据えた。ランティスがレフィを支え起こすと、痛々しい傷跡と所々破れた服が目に余った。
「酷い・・・」
「レフィがさっさと答えないからだよ。其に、いくら怪我したって天使には治癒能力が備わってる。放っといても死なないよ」
「だからって、此処までするのはやり過ぎだよ」
「お前ら、レフィの本当の姿知らないからそうやって庇うんでしょ?」
「本当の姿?」
イリアとアルカディアは首を傾げた横でランティスが俯いた。
「そいつさぁ、仲間の天使殺してんだよ」
いきなりの暴露に空気は静まり返った。
「殺した・・・って・・・」
「少年天使の時にさ、俺ら【嘆きの果て】に迷い込んじゃって。その時、そいつと仲の良かった天使が犠牲になった。傷ついた魔物を助けようとした酬いだね。散々、噛み付かれてボロボロになって、死にかけた時にレフィが彼の能力を奪った。助ける振りをしてさ。嫌な奴だろ?」
初めて聞かされる事実にアルカディアも驚いていた。
「レフィは彼の能力を奪ったから今の姿になった。以前はあんなに醜かったのにね」
「――違う」
否定したのは、イリアだった。
「レフィはそんな事しない」
「したから言ってるんでしょ?最近来たばかりのあんたに何が解んの?」
「レフィはお花育ててた。あんなに綺麗に花を咲かせるなんて、並の努力じゃない。大切に育ててきたんだって解ったもん!」
「だから?」
「仲間を見殺しにするなんて、出来ないと思う」
イリアの強い視線にティファは一瞬怯んだ。
レフィの瞳にあの時の状況が蘇る――。
少年天使だった頃は何事にも興味津々で、【嘆きの果て】に行ったのだって気紛れだった。薄暗い森の中、低い呻き声を聞いた。駆け付けると一匹の魔物が怪我をして倒れていた。その時にその魔物に近寄ったのが、今は亡き仲間のシトラスだった。彼は優しい子で困っている者を放って置けないタイプだった。だから、その時も何の疑いも持たずに魔物に近づき、治そうとした。けれど――
「ぅわぁあ・・・!」
魔物は警戒し、シトラスに噛み付いた。すぐに離れたシトラスだったが、近くにいた魔物達に囲まれ、一気に襲われた。蠢く黒い物体の中から微かに見えた助けを求める手。
「・・・シトラス・・・」
「駄目だよレフィ!逃げなきゃ! 」
「でも・・・助けないと・・・」
「レフィ・・・!」
恐怖を押し殺し、能力を使いながら魔物を排除していく。たが、一足遅く彼は見るも無惨な姿に成り果てていた。
「シトラス・・・」
「・・・れ・・・ふぃ・・・」
「ごめん・・・」
「いい・・・よ・・・。レフィ・・・」
最期の力を振り絞りながらシトラスはレフィの耳元に顔を近づけた。
「ボクの能力・・・あげる・・・。ずっと・・・欲しかった・・・でしょ?」
「えっ・・・」
「・・・ボクを・・・食べて・・・」
「・・・何を・・・」
「お願い・・・。ね・・・?」
シトラスは誰よりも綺麗な子だった。レフィはその美貌に憧れていた。幼心にシトラスに言った事もある。
「ボクも綺麗になりたいな」
顔のそばかすと左側の痣が災いして、他の天使達からからかわれた事もあった。綺麗になれば全てが変わると信じていた。
「・・・ごめん」
レフィは息絶えたシトラスを水の珠に包み込み、そのまま手を握りしめると水が弾けて中央には小さな水晶が浮かんでいた。
「シトラス・・・」
その水晶をレフィは口にした。その瞬間、身体が悲鳴を上げ、全身に激痛が走った。全てが作り変わる。離れた位置から見ていたティファ達は、レフィがシトラスを殺し、能力を奪ったかのように感じ取っていた。
暫くして、痛みから解放されたレフィはゆっくりと立ち上がり、ティファ達に振り返った。
その姿は、以前のレフィではなく、シトラスの美貌を取り込んだ綺麗な少年だった――。
その時の事は女神にも報告された。レフィの言い分と普段からの品行の良さが転じて、女神はお咎め無しと微笑んだ。以来、青年天使になり、『ミスタシア』となった今でもレフィはその美を失いはしなかった――。
「レフィより能力が高いなら、貴方達が助ければ良かったじゃない」
イリアは強気な視線でティファ達に言った。
「助けるも何も相手は魔物だよ?少年天使の時は怖くて能力なんか使いこなせなかったよ」
「でもレフィは彼を助けようとした。その行為は立派だよ」
「けど、結果的に殺した。能力まで奪って」
「レフィが殺したんじゃない。魔物が殺った事でしょ」
「・・・何なんだよあんた。知ったような口振りしてさ。女神の代理だからって権限振り翳さないでよ」
ティファはイリアに手を上げようとした。
バシッ――
目を閉じて打たれる事を覚悟したイリアは、なかなか来ない痛みにそっと目を開けた。目の前にはレフィの姿があった。
「レフィ・・・」
「これでもう、貴方達に従う理由もなくなりましたね」
今まで見せた事のない冷ややかな目でレフィはティファ達に言った。
「イリアに手を出した事、許さない」
幻想の泉が激しく波打ち、ティファ達を飲み込んだ。水を被った彼らはそのまま水の珠に包まれ、悶えている。
「そうやって苦しんでいればいい」
冷酷な笑みを浮かべるレフィにイリアは背筋が凍った。
「・・・レフィ・・・やめて?死んじゃうよ・・・」
「天使は心臓を傷付けられなければ死にはしません」
「でも・・・駄目だよ・・・」
イリアは泣きそうになりながら、レフィの腕を掴んだ。
「レフィがいっぱい苦しんできた事、知ろうともしないで・・・ごめん。どんな痛みを背負ってきたのかあたしが図れる訳じゃない・・・。でも・・・やり返すのは駄目だよ・・・。そんな事して欲しくない・・・」
「イリア・・・」
「ティファ達を解放して」
「・・・・・・」
レフィが指を鳴らすと水の珠は弾け、ティファ達は地面に落とされた。
「痛っ・・・」
「ティファ」
イリアは彼の前に立ち、真っ直ぐな瞳で見下ろした。
「レフィを解放して。もう、酷い事しないで」
「・・・・・・っ、解ったよ」
罰の悪そうな表情でティファ達は【エデンのほとり】から出ていった――。
「そんなに心配しなくても、すぐに起きるよ」
ぐっすりと眠っているレフィを心配そうに見つめるイリアにランティスが声を掛けた。
「ランティスは知ってたんだね・・・」
「あぁ・・・。女神に頼まれてさ、おれも【嘆きの果て】にいたんだよ。状況判断に遅れて見てる事しか出来なかった・・・」
「そうだったんだ・・・」
「まぁ、これに懲りてティファ達は暫く大人しくなると思うから」
「帰るの?」
「レフィの怪我もちゃんと治ったしね。あとは宜しく」
パタンと扉が閉まり、静けさが漂った。レフィはまだ起きそうにない。イリアは音を立てずに外に出た。
花は、育ててくれた者に対して咲き方が変わるらしい。レフィの家にある花はどれも美しく咲く事に誇りを持っている。そんな花に癒されながら、イリアはまた水あげをしていた。
「この花も綺麗に咲くのかな・・・」
「その花は咲きません」
不意に後ろから答えが返ってきたのでイリアは肩を震わせた。
「・・・起こしちゃった?」
「いえ」
「身体、大丈夫なの?」
「痛みは癒えました。捲き込んですみません」
「そんな・・・。何も出来なかったし」
レフィはイリアの隣に座り、咲かない花を見つめた。
「――この花は、シトラスが植えたんです」
「そうなんだ」
「彼も花が好きな子でした。一緒に植えていつか咲いた花をボクにくれると笑ってくれました」
「いい約束だね」
「・・・ですが、彼が亡くなってしまってはもう実らない。どんなに手入れをしても蕾は頑なに閉じたまま・・・」
「そんな事ないよ」
イリアはレフィに向きながら微笑んだ。
「こんなに丁寧に育てられてるんだもん。きっとレフィの想いに応えてくれるよ。咲かない花なんて、ないんだよ。あたしも一緒に水あげするからさ。咲かせてみようよ。シトラスだって、咲いたらきっと喜ぶと思う」
「イリア・・・」
「ね?その時が来たら皆にも見せてあげよう」
シトラスがいなくなってから二度と咲く事はないと思っていた。けれど、イリアの言葉にレフィはその思いを打ち消した。咲かないと決めつけていたのは自分。本当はどんな花なのか、シトラスはきっと知っていた。
「――そうですね」
いつか綺麗な花を咲かせて、二人で見てみたかった。
隣で喜ぶ彼の姿が一瞬だけ見えた気がした――。
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