願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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眼差し ~Admiration~

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ずっと、見ていた存在。
彼の周囲には、いつも沢山の天使達が集っている。
それが彼の魅力だからだ。
聡明で強くて気高い天使。誰もが彼に信頼を寄せ、思慕していた。
その姿は、とても美しくて振り向いて貰おうと手を伸ばしても届きはしない。
そう、思っていたーー。





青年天使になる事を許された天使達が、神殿へと集っていた。【王座の間】 でゼウスと女神により、能力の推進と向上の意を唱えられ、2人の力を分け与えられる。そうして、大人へと成長を促された天使達は晴れて青年天使と認められるようになった。
その際に階級も与えられ、上級・中級・下級と位を貰う。そうして能力を高める意欲を促し、天使達は上を目指して腕を上げていた。


「レフィ」


式典の日。
今日こそは彼に声を掛けようと時期を見計らっていた彼にエチカが話しかけた。


「またイラの事見ていたのですか?」 
「……はい」
「いつ見ても彼の周りには天使達で溢れてますね」
「イラは凄いです……。みんなから慕われて……」
「そうですね。でも、同じ上級天使になれたのですから、距離は縮まったと思いますよ」 
「エチカ……」


レフィは俯く。思慮深い彼は積極性を発揮出来ず、機会に頼っていた。彼の性格を良く知っているエチカは無理強いさせる事もなく様子を見守っていた。


「また、新しい階級が出来るみたいですね」


エチカは話題を変え、食べ物を摂りながら言った。  

「選ばれるのは7名だけだとか」 
「そうみたいですね……。エチカは興味あるんですか?」 
「えぇ、少しは。レフィはどうですか?」 
「ボクは……選ばれたいです。少しでも強くなってイラに気付いて貰いたい……」
「いい心構えですね。お互い、能力の向上に努めないとですね」
「はい」
「エチカ」


2人の間にアルカディアが現れ、呼ばれたエチカは笑って応えた。


「あ、レフィも一緒だったんだ。何の話してたの?」 
「新しく創られる階級の事ですよ」
「あぁ、さっき女神が言ってたやつか。2人は興味あるの?」
「えぇ。ですから、能力を高めないとと話していた所で」
「へぇ。レフィも案外目立ちたいんだ?」
「ボクは……」
「アルカディアは選ばれそうですね」


急に話を振られたレフィをフォローするようにエチカがアルカディアへ話を戻した。


「そうかなぁ。女神の判断でしょー?まぁ、自信はあるけどね」
「流石です」
「あぁ、でもそしたらイラも選ばれたりするよね?一緒なのは嫌だなぁ」
「え、何故ですか?あんなに仲が宜しかったのに」
「ちょっとねぇ……。すれ違いみたいな感じ。だから、今は関わりたくないの」
「そう……なんですか」


この時から、アルカディアとイラの不仲は有名になっていった。少年天使だった頃の2人を知っている天使達は不仲の理由が気になって仕方なかった。


「一緒に選ばれたいね、エチカ」
「はい!頑張ります」
「レフィも、同じ上級天使になれたんだし、これからも宜しくね」
「はい……」


アルカディアは誰に対しても飄々とした態度で、その割に誰とでも親しくなれる性格だった。彼もイラと並ぶ程の実力で、尊敬を抱いている天使も多い。静かなイラと違ってアルカディアは親近感の沸く存在だった。



結局、イラに声を掛けられぬまま式典は終わり、夜が訪れた。レフィは独り、泉に浸かりながらタメ息をつく。二つの月の光が水面に反射し、泉は輝いていた。


「今日もダメでした……」


自分の消極さに呆れてしまう。親しくなる以前に近付けもしないままでは、進歩はない。レフィはまたタメ息をつきながら膝を抱えた。


「ーーあれぇ?レフィじゃん。独り?」
「……ハク……」


いきなり背後から声を掛けられ、肩を震わせながら振り向くとティファといつも一緒にいるハクとエンがいた。2人も上級天使に昇格し、ティファ達と喜んでいたのをレフィは傍から眺めていた。


「寂しそうにしちゃって。考え事?」 
「はい……」
「へぇ。じゃあ、聞いてあげようか?おれら友達だし」
「えっ……」
「独りで抱え込むなよー?吐いた方がスッキリするぜ」
「でも……」
「友達の親切は素直に受け取りなよ」
「……わかりました。では、着替えるので待っていて貰っても良いですか?」 


打ち明けたくはなかったが、2人を邪険にも出来ないのでレフィは渋々頷いた。
泉から上がり、服に手を伸ばそうとした時だった。いきなり後ろから髪を掴まれ、そのままバランスを崩した際にハクに押し倒されてしまった。


「なっ……ハク……?」
「確り押さえとけよ、エン」
「狡いなぁ、ハクばっか最初で」
「お前にも回らせてやるよ」


両手をエンに掴まれてしまい、抵抗が出来なくなったレフィをハクは卑しい目で見下した。


「ずっとあんたをこうしたいって思ってたんだよね。まだ誰にも触らせてないんだろ?」


ハクはレフィの脚を広けながら顔を埋めた。


「やっ……!ハク……、やめて下さい……!」
「大丈夫だって。優しくするし」
「本当、吃驚だよね。あの醜かった姿がこんなになるなんてさ」
「昔がどうだろうと関係ねぇよ。なぁ?レフィ」
「嫌……です……。離れて下さい……」
「良いじゃん。どうせティファに捧げる気だったんだろ?あいつ最近調子乗ってるからムカついてんだよ」
「ティファとはそんなんじゃ……」
「まぁ、どうでもいいか。これから気持ちよくなるんだし」
「えっ……」


敏感な部分に触れられ、レフィはビクンと反応してしまった。嫌な手付きで弄ばれ、徐々に熱が上がっていく。


「あれ?もう気持ちよくなっちゃった?」
「ち、違います……!もう、やめて下さい……」
「それしか言えねぇの?お前さ、ティファと一緒にいる時だけ強くなった気でいねぇ?独りじゃ何も出来ねーの?」 


痛い所を突かれ、レフィは言葉に詰まる。ティファは昔からレフィを傍に置いていてくれた。でもそれは友人としての扱い。決して下心があった訳ではないと、そう思いたかった。


「さっさと済ませて帰るか」
「早く僕もそっちに回りたいんだけど」
「うるせぇな。味わわせろっての」
「ったく……。そう言って長い……」


不意に両手が解放され、レフィは何かあったのかと目線を上げた。黒い霧に包まれ、苦しそうにもがいているエンの姿に気付き、ハクは手を止める。


「……何で……」
「静かな夜が台無しだな。このまま窒息させられたくなかったらその子を解放しろ」


怒りに満ちた声にビビリ、ハクは怯えながらレフィから離れ、解放されたエンを連れながら猛ダッシュでその場から逃げていった。


「怪我はないか?」 


レフィは身体を起こし、助けてくれた天使に視線を向けた。まさかこんな状況(かたち)で言葉を交わすとは思いもよらなかった。


「……大丈夫……です……」
「そうか。すぐに着替えるといい。そのままでは身体が冷える」
「はい……」


動こうとした時、足に痛みが走り、ふらついたレフィを彼が支えた。


「痛めたのか?」 
「……押し倒された時に捻ったのだと……」
「見せてみろ。今、治す」


レフィは木に寄りかかり、右足を差し出した。イラはその箇所に手を当て、すぐに治癒した。


「……ありがとうございます……」
「他に痛む所はないか?」 
「もう……大丈夫です……」
「そうか」


憧れの存在にあんな羞恥な場面を見られ、レフィは気まずそうに着替えを済ました。まともに顔が見れず、どうしたら良いのか分からない。


「……具合悪いのか?顔色が良くないぞ」
「い、いえ……。大丈夫です……」
「無理はするな。そのままでは帰せない」 
「えっ……」
「私の家に来い。そこで身体を休めた方が良い」
「あの……」
「触れても平気か?」 
「はい……」


イラは大胆にもレフィを姫抱きし、羽根を広げた。歩いていくより空を翔けた方が時短になるらしい。レフィは予想外な展開に戸惑いつつも彼の親切に従った。


「さっき触れた時、まだ身体が冷たかったな」
「……泉に長く浸かっていたので……」
「今日は泊まっていけ。もう夜も深まる」
「……どうして……あの場所にいたんですか?」
「あぁ。私も泉に浸かりに向かっていた所でね。話し声が聞こえたから駆け付けた次第だ」
「そうだったんですね……」


イラは徐に立ち上がり、レフィの座っているソファに腰掛けた。一気に距離が縮まり、レフィはもう緊張で胸が張り裂けそうになっていた。


「すまない、近過ぎたか?」
「い、いいえ……!大丈夫……です……」
「ーーレフィ」


唐突に名を呼ばれ、それまでの緊張が嘘のように落ち着きイラと視線を合わせることが出来た。


「……どうして……ボクの名前を……」 
「知っているよ。青年天使になった時から、気になっていた」
「そう……だったんですね」
「浮かない表情をしていたからな」
「えっ……」
「上級天使になれた事、嬉しくないのか?」


心配そうに見つめられ、レフィは正直な想いを打ち明けた。


「……嬉しいというよりは……不安で……」
「何故?」 
「ボクは……能力もそんなに高くなくて、充分に強いとは言えません……。だから、上級天使になったからには弱いなんて思われたらいけないと思ってしまって……」
「自信がないと?」
「はい……」
「そんなものは関係ない」
「えっ」


あまりにもバッサリと否定され、レフィは戸惑った。


「能力の強さだけが全てじゃない。女神はちゃんと天使達のことを見ている。その上で選んでいるんだ。もっと胸を張ると良い」
「イラ……」
「弱いと自覚しているなら、幾らでも強くなれる。私で良ければ手合わせしようか」 
「良いんですか?」 
「あぁ。折角同じ上級天使になれたんだ。私ももっとお前のことを知りたい」 


イラからそんな事を言って貰えるとは思ってもみず、レフィは嬉しくなり満面の笑みで返事をした。


「……なんだ。笑えるじゃないか」  
「えっ」
「その方が私は好きだ」
「っ……」


好きという単語に反応してしまい、レフィは顔を真っ赤にした。


「明日から、手合わせしようか」 
「はい!宜しくお願いします!」 


その日を堺に、2人の仲は一気に親しくなっていった。イラは、手合わせの時は一切手を抜かず、厳しくレフィに指導していた。レフィもめげる事なくアドバイスを活かし、能力の使い方を極めていった。怪我をした際にはイラが治癒を施し、徐々に対等に渡り合える位の形にはなっていった。
イラと親しくなってから、レフィも少しずつ自我を表すようになっていった。それまで控えめだった性格も言葉にする事で明るく変わっていった。



「大分、高くなってきたな」
「本当ですか?」 
「あぁ。気を抜くと私の方が危ない」
「イラは充分お強いじゃないですか」
「私もまだまだだよ」


手合わせが終わって2人で空を翔けた後、【癒しの丘】で寛ぎながら話していた。


「レフィは、【ミスタシア】に興味はあるか?」
「はい。なりたいです」
「何故?」
「……イラと対等の立場になりたい。もっと強くなって、イラの隣にいても文句を言われない位の存在になりたいんです」
「それはもう、叶ってるじゃないか」
「えっ」
「お前は充分強くなった。私と手合わせするのはお前位だ。他の奴らは私には適わないからと遠慮する。だから嬉しかった。本気で向かってきてくれて。私の言葉に挫折せずに挑んでくる姿勢に、私は感心しているよ」
「そんな……。過大評価です……」
「違う。お前の成長には驚かされている。隣にいて欲しいのは私も一緒だ」
「イラ……」
「【ミスタシア】になっても、ずっと一緒にいてくれるか?」 


それは告白とも取れるような言葉。レフィが断る筈もなかった。


「はい」


レフィの 嬉しそうな表情にイラも微笑む。


「楽しみですね」 
「あぁ」


2人はもう暫く休んだ後、また手合わせを再開した。この頃、殆どの天使達が【ミスタシア】を目指し能力を高め合っていた。僅か7名を選ぶのは女神。神に最も近い存在となるのだから、気合いの入りが違う。
そして、【ミスタシア】を決める日。
事前に選出されていた候補者の中から女神は相応しい7人の名を呼んだ。
レフィは見事、イラとともにその7名の中に名を連ねる事が出来た。


「今日は祝杯だな」


イラはレフィを家に呼び、2人で喜び合った。ワインを飲みながら、夜を過ごす。レフィはもうそれだけで満足していた。憧れの存在と同じ位置に立てる事が出来て、女神にも認めて貰えた。これ以上ない位の喜びだった。


「レフィ。顔が赤いぞ」
「えっ……」
「酔いが回ったか?」
「……少し。ふわふわします」
「なら、もう飲まない方が良い。今日はもうゆっくり安め」
「あの……イラ……」
「なんだ?」
「……これからも……手合わせして貰えますか?」
「あぁ。幾らでもしてやる。私もお前となら、いつでも付き合うよ」
「ありがとうございます」 


イラは嬉しそうに微笑むレフィを見つめ、不意に彼の頬に手を伸ばした。


「……イラ……?」 
「レフィ。私についてきてくれて感謝している。一緒に【ミスタシア】にもなれて嬉しいよ」
「ボクもです」
「……だから、共に【ミスタシア】になれたら、言おうと思っていたんだ」
「……はい」
「好きだ」


耳元でそう囁かれ、レフィは更に顔を赤らめ、そっとイラと視線を合わせた。揺らぎのない瞳に自分の姿が映る。まさか、イラから告白されるとは予想外でレフィは溢れ出す涙に気づかなかった。


「レフィ?どうした?」 
「えっ……?あ……いえ……」


零れ落ちる涙を手で拭うが涙は止まらず、どうしたらいいのか分からない。


「……泣く程、嫌だったか……?」
「ち、違います……!これは……う、嬉しくて……。イラから好きなんて言われるとは思ってなくて……」
「お前と過ごしていく内に惹かれていくのが分かった。どんなに厳しくしてもお前はめげずについてきてくれた。私も嬉しかったんだよ。だから、ずっと一緒にいたいと思った。驚かせてすまない」


イラはレフィの涙を拭いながら、優しい声色で話した。


「イラ……」
「これからも、ずっと私の傍にいて欲しい」
「……はい」


想いが通じ合った日、2人は抱き合った。何度もキスをし、身体を重ねた。イラは優しくレフィを包み込むように愛撫しながら互いの温もりを確かめ合ったーー。



【ミスタシア】に選ばれたレフィを良く思わないティファ達は夜毎レフィを呼び出しては弱みをバラされたくない代わりにレフィを踏み台にするかのように能力を浴びせた。
イリア達に助けられ、ティファとの決着もついた時、レフィはイラに告白しなければいけないと決めていた。
それは、過去の自分と友の話。いつものようにイラの家に泊まった日、晩酌をしながらレフィは意を決して切り出す事に成功した。
シトラスとの事、自分の以前の姿の事、彼の能力を貰った事。包み隠さず全てを打ち明けた。イラはずっと黙ってレフィの話を聞いていた。


「ごめんなさい……。ずっと、黙ってて……。こんな事話したら……イラに嫌われると思ってしまって……」
「レフィ」 
「……軽蔑……しましたか?」
「しない。今更だろう?」
「……どうして……」
「お前を見ていれば分かるよ。仲間を見殺しになんて出来るような子じゃない。お前が優しい事、誰よりも私が知ってる。だから、もう良いんだよ」
「イラは……優しいから、そう言ってくれるって思ってました。ボクは……甘えてるんです。イラが絶対ボクを見離さないって確信してるんです。貴方が思うよりずっとボクは強欲です……」


震えながら話すレフィをイラが突き放す筈もなく、いつものように優しく抱きしめた。
 

「イラ……」
「ずっと抱えていたのだろう。辛い想いをさせたな」
「いえ……」 
「私はお前を嫌いになったりしない。寧ろもっと甘えて欲しいとさえ思う。これからは、1人で抱え込むな」
「……はい」


どんな事があってもイラは自分を見放さないでいてくれる。そう思えた。レフィは全てを打ち明けてすっきりしたのか、その日はすぐに眠ってしまった。






イラは、優しくレフィの頬に触れた。ぐっすりと気持ち良さそうに眠るレフィは全く起きず夢の中。今までずっと付いてきてくれたこの子に打ち明けるのは怖い。軽蔑されるだろう。けれど、覚悟は出来ていた。全ては天界を守る為、そして、女神の願いを叶える為に……。アルカディアとともに誓った。例え、奈落に追放されても、悔いはないと。


「……イラ……?」
「あぁ、すまない。起こしたか?」
「いえ……」
「まだ夜だ。ゆっくり眠るといい」
「はい。おやすみなさい」


愛らしいこの子は何も知らない。イラは、いつもの微笑を浮かべ、レフィの頭を撫でたーー。
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