願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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飛べない鳥は ~Killer Wing~

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【エデンのほとり】まで辿り着けた天使は僅か数名。少年天使のコルト、セフィル、ナギ。中級天使のティアとエフレア。上級天使のティファ、ミレイ、アビス、サラ、ユゥ。最初はあんなに沢山の天使達がいたのに随分と減ってしまったものだ。


「10人ですか。大分削がれたみたいですね」


静かに呟きながら現れたエチカ。無い片腕に目が向いてしまう。


「そんなに珍しいですか?」
「あ、いや……。ごめん……」


ユゥが申し訳なく謝る。エチカは気にしない様子で微笑みを向ける。


「泉には結界を張ってありますので落ちる心配はありません。此処で行うのは、ハンカチ落としというゲームです」
「……ハンカチ落とし?」


ナギが問い返す。聞きなれない言葉に天使達は首を傾げた。


「えぇ。今から皆さんにハンカチを配ります。受け取った方はハンカチを腕に巻いて下さい」


説明しながらエチカは一人一人にハンカチを配っていく。


「準備は宜しいですか?」
「これでどうするの?」
「相手のハンカチを奪って下さい。取られた者は脱落。最後まで取られなかった者が勝ちです。簡単でしょう?」
「何でもアリなの?」
「えぇ。能力を使って構いません」
「あの……エチカ様も参加ですか?」
「そうですよ。取られない様に頑張って下さい」


エチカはにっこりと告げた。


「其では始めますよ。よーい……スタート!」



パンっと手を鳴らし、開始の合図がされた。天使達は距離を取り、攻撃体勢になる。


ドンッ―― 


「ぅわっ……!」


開始早々、ミレイとアビスがサラの能力に掛かった。重い空気に圧され、二人とも動く事すら出来ない。


「サラ……!」
「先手必勝だ」
「くそっ……! 」


サラはそっとユゥに視線を向ける。ユゥはエフレアの攻撃に遭い、即離脱していた。


「早くない?!」
「仕方ねーだろー……。あたし攻撃型じゃないもんよー……」


ユゥは悔しがる様子もなく呟いた。サラの能力が弱まったのを感じたアビスは身体を動かせる事を確認し、ふと立ち上がった。


「っ……!」


急に重心をかけられたサラは膝をついた。


「どう?サラ。自分の能力は」


余裕の表情を浮かべたアビスが手を翳しながら言った。


「ぼくの能力知らなかった?相手の能力を倍返しするんだ。鏡みたいにね」
「……」
「ほら。潰しちゃうよ?」


無邪気な笑みでかなりの重力をかけるアビス。サラは自分の能力に対しての抗い方を知らなかった。


バキッ――


歪な音とともに地面に穴が空いた。押し潰されたサラは満身創痍で意識も失っていた。


「自分の能力でやられるとかざまぁないね」


サラからハンカチを取りながらアビスは嘲笑した。彼の能力は厄介だ。執拗に相手を狙い、捻り潰す。
ユゥはサラに駆け寄り、外傷の手当てをした。


「油断大敵ですよ」


その気配を感じる前にアビスは竜巻に包まれていた。砂埃が刺のように体に刺さり、神経に激痛を与える。


「……フン。これ位……」


ふっとアビスを包んでいた竜巻がエチカに向かってきた。だが、エチカは即座に対処法を試した。


「ぅわぁあ……!」


跳ね返ってきた竜巻にまた襲われ、痛みに耐えきれずアビスは気絶してしまった。


「エチカ……それ……」
「鏡ですよ。特殊な材料で作りました。これなら流石のアビスも予想外だったでしょう」


アビスからハンカチを取りながらユゥに説明した。


グイッといきなり三つ編みを引っ張られ、エチカはバランスを崩した。


「これは……」


白い触手がエチカを取り巻いていた。その異様な能力にエチカは言葉が出てこない。


「はい、もーらい!」


動きを封じられたエチカからハンカチを取ったのはティア。彼の後ろにはコルトとエフレアからハンカチを奪ったセフィルの姿があった。


「ミレイ様!エチカ様からハンカチ取りました」


二人は嬉しそうにミレイに報告した。ミレイは優しく微笑んで二人の頭を撫でた。


「ありがとう。手間が省けたわ」


ウェーブの掛かった長い金色の髪を払いながら、ミレイは残った者を見定める。彼の能力は、服従。目が合った者に微笑みかけ、相手が油断した瞬間に首元にチョーカーを付ける。それを付けられた者はミレイに絶対服従するようになる。ティアとセフィルにはそのチョーカーが付けられていた。


「さてと……。残りは、アナタ達だけかしら」


ミスタシア達にも劣らない程の美貌を持ち合わせている割に、彼は声が低い。その為、言葉遣いには違和感を覚える事がある。


「ナギ……」


ユゥはまだなんとか残っている弟を心配する。


「ティア、セフィル。あの子からハンカチを奪いなさい」
「「畏まりました」」


命令された二人はナギを狙い、セフィルが触手を使いこなす。ナギは怯えながらも上手く避けていく。


「もらい!」


パシッと顔に何かが掛かり、ティアは手で払った。


「やだ……何これ……」


ナギが払ったのは、小麦粉。ティアは咳をしながら顔についた小麦粉を取ろうとするがベッタリとついてしまい、なかなか前が見えなかった。


「貰うね」


申し訳なさそうにティアからハンカチを取り、ナギは触手に集中した。


「効くか解らないけど……」


パサッと触手に降り掛かったのは、一味唐辛子の粉。途端に触手はバタバタと暴れだし、セフィルの体の内へと戻っていった。


「痛っ……」


触手の痛覚がセフィルにも伝わったのか、身体を抑えながら倒れてしまった。


「……あらあら。あっさりやられちゃって」


二人からチョーカーを外しながら、ミレイはセフィルからハンカチを取ったナギを見据える。


「なかなかやるじゃない」


微笑まれそうになったナギは咄嗟に目を瞑り、彼の能力を防いだ。


「ちっ……」


舌打ちしながらミレイはティファに視線を変える。だが、先程までそこにいたはずの彼の姿がなかった。


「何処へ……」


カチッ――


ドォンと言うもの凄い地響きが起こり、間一髪で交わしたミレイはなんとか無事だった。


「あの数秒で避けるとか……」


イライラした様子でティファが呟く。先程ミレイの足元に転がってきたのは時限爆弾。ミレイは咄嗟の反応で回避した。


「おれはね、触れた物を爆弾に変えられるんだ。流石に天使は無理だけど、物ならこの世界に溢れてる。例えば」


ティファは近くにあった枝を拾った。彼の手に触れた瞬間、枝は手榴弾に変化し、それはミレイへと投げられた。


ドォンとまた凄い地響きが起きる。けれどミレイは軽々と避けていた。


「じゃあ……」
「ひっ……」


狙いを定められたナギは身体を震わせる。あんなの避けきれる訳ない。


「残念だったな。ナギ」


放たれた爆弾はナギ目掛けて飛んできた。


ドォン――


其は今までのよりも遥かに威力のある爆弾で地面が凹んでいた。


「……ど……して……」


ナギは何も感じていない事を不思議に思い、目を開けると、目の前には直に爆弾を食らったミレイの姿があった。


「流石に……見ていられないわ……」


ボロボロになりながらも笑みを絶やさずにミレイは言った。


「らしくない事するなよ」
「奪いたきゃどーぞ。でもね、こんな可愛い少年天使までも傷付けて仮にアナタがミスタシアになったとしても、ワタシは認めないわ」
「っ……!」


ティファは更に爆弾を増やし、放とうとした。


パシッ――


その手を止めたのはエチカ。その強い力から抜け出せず、ティファの手から爆弾が落ちた。


「ゲームは終了です。もう、十分でしょう?」
「……くそっ」


ティファは不機嫌にエチカから離れた。


「ティファ、ミレイ、ナギ。貴方達が勝者です。これ以上此処で続ける意味も無いでしょう」
「もっと早く止めて欲しかったわ」


ミレイはお髪を直しながらエチカに言った。先程の怪我はみるみる内に治癒されていく。


「すみません。入る隙がなかったもので」
「……次は何処行けばいいの?」
「【神流の森】です。そこでレフィが待っていますよ」
「やっとか」


ティファは拳を付き合わせながら呟いた。


「エチカ様」


去り際、ナギはエチカに包みを渡した。


「これは?」
「羊かんです。上手に出来たので」
「まぁ。ありがとうございます、ナギ」
「いえ……」
「頂きますね」
「はい。では」


【エデンのほとり】から出ていくナギをユゥは見送った。


「何作ってんのかと思ったら……」
「ナギは本当にお料理が好きなんですね」
「まぁね。暇さえあれば作ってるよ」


昔から料理には関心を持っていたナギ。ユゥは反対に苦手でなかなか上達しなかった。


「いよいよ、大詰めですね」


ふわっと柔らかい風が吹き、ナギは背中を押された気がした――。
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