願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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候補者 ~challenger~

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イラを負かし、【癒しの丘】へとやってきた天使達。この時点ではまだ一人も欠けていなかった。けれど、先程のエフレアのように能力を発揮しだしていく天使達が少しずつ現れようとしていた。


「あらら。イラの奴、もう負けたの」


欠伸をしながら気怠そうに現れたのはアルカディア。天使達は気を引き締め、身構える。


「誰も欠けてないんだねぇ。まぁ、そうだと思ったけど」
「今度はアルカディアかよ……」
「何で強いミスタシアから出てくんだ……」


天使達はざわざわと囁く。この天界でイラとアルカディアだけは敵にしたくない。それ程、二人の能力は高かった。


「此処を出るにはゲームに勝ってからなんだけど、もう流れは解ってるよね?」


アルカディアはいつもの笑みで聞く。何人かの天使達が頷き、次はどんなゲームかとそわそわする。


「今からオレの言った色に触れてね。能力は自由に使っていいよ」
「……え?それだけ?」


何とも簡単な説明にユゥが聞き返した。アルカディアはにこっと頷く。


「随分と簡単じゃねぇか」
「解りやすくていいでしょ」


他の天使達も色に触れるだけならと誰も質問しなかった。


「じゃあ、早速。最初の色は……赤」


天使達はすぐにその色を見つけて手を伸ばす。赤髪の天使に触れたり、赤い実に触れたりと余る者はいなかった。


「これはちょっと簡単過ぎたか。じゃあ、次。銀」


【癒しの丘】にある色は、そんなに多くない。主に緑が主体で、あとは草木に付いている紅い実や紫色の蕾があるくらいだ。
そこに、〝銀〟という目立った色を指し示されたとなれば、触れるモノは一つだけ。
一斉に、天使達がアルカディアへ視線を向けた。その長く美しい銀色の髪に触れる為に。


「流石に絞り過ぎたか……」


アルカディアは迫りくる手を交わしながら呟く。ひらりひらりと避けられてしまい、天使達は弄ばれているのを感じる。


――ガシッ


「……ぅわっ!」


突然、足を掴まれアルカディアは体勢を崩す。地面から数本の白い手が伸び、アルカディアを抱き締めるように絡め取った。


「気持ち悪い……なにこれ……」
「今だよ‼」


その声に天使達がアルカディアの髪に触れた。幾度とない機会だと思ったのか、髪に触れるだけでなく彼の手や足にまで天使達の手が伸びてきた。この勢いでアルカディアはバランスを保てなくなり、尻餅をついてしまった。
その時にはもう白い手は消えていたが、完全に取り押さえられてしまったアルカディアはタメ息を付きながら天使達を宥めた。


「オーケー。とりあえず、離れてくれない?」


解放されたアルカディアは身嗜みを整えながら立ち上がった。


「ま、想定内だけど……。じゃ、次ね」


天使達も落ち着き、また身構える。


「〝金色〟」


その色もまた【癒しの丘】には無いものだった。あるとすれば、レフィの髪の色。しかし、彼は今此処にはいない。探し惑う天使達にアルカディアは光の弓矢を構える。


「時間切れになっちゃうよ」


優しい笑みで矢を放ち、数人の天使達に突き刺さった。その矢に命を奪う力はない。眠りへと誘うだけだ。矢で貫かれた何人かの天使達がバタバタと倒れていき、それを見ていた他の天使達は更に焦りが増す。


「金色なんてどこにあんだよ」
「おい、あれ……!」


一人の天使が金色に輝く狼に乗っていた。何処から現れたのか解らないが、金狼と呼ばれるその生き物はこの天界でも珍しいとされていた。天使達はすぐに金狼に触れ、アルカディアからの攻撃から免れた。



「飼い慣らしてたんだ。コルト」


アルカディアは弓矢を下げながらコルトと呼ばれた天使に言った。


「この子は、僕が呼べば来てくれる。皆に危害は加えない」


真っ直ぐな瞳で言われ、アルカディアは恐縮する。コルトはまだ少年天使だった。


「まさか金色をクリアするとは予想外だなぁ。これ以上の色は考えてなかったし……」
「降参か?アルカディア」


ユゥが挑発気味に言う。アルカディアは天使達を見渡しながらどうしようか考えていた。


「じゃあ……」


その色を告げる直前、アルカディアの地面からまた複数の白い手が現れ、動きを封じられてしまった。



「っ……!」
「どう?アルカディア様。おれの能力、凄くない?」
「……セフィル……」


白い触手を操っていたのは、セフィルという少年天使。一部の天使達から気味の悪い能力だと馬鹿にされていた。


「さっき、おれの能力を気持ち悪いって言った。どうして見た目だけで馬鹿にするの?酷いよ‼」


ぎゅっと身体を強く締め付けられ、アルカディアは呼吸が苦しくなった。


「セフィル、やめろ!ゲームとは関係ないだろ」


ユゥが止めに入る。だが、セフィルはユゥを一瞥しただけで能力を解かなかった。


「この手は優しくおれを守ってくれる。それを気持ち悪いなんて見下す奴は許さない」
「っ……あっ……!」
「もっと苦しめ。いい様だ」


更に締め付けが強くなり、少しでも抵抗すれば骨が折れてしまいそうだ。


「流石のミスタシア様も足掻き様がないだろ?」
「そうかな」


背後から耳元で声が聴こえ、セフィルは驚きながら振り返った。そこにいたのは、ピンピンしているアルカディア。今さっきまで苦しんでいた様子が無い。


「どうして……!」


触手で捕らえているアルカディアの方を振り返るとそれは音もなく光を放って消えた。


「幻……影……?」
「君の殺気には気付いてたし、やられたフリでもしておかないと満足しないでしょ?」
「なら、今捕らえれば……!」


触手がアルカディアに伸びようとした時、ドンッという地響きが鳴った。


「……かはっ……」


落雷を受けたセフィルは全身に痺れを与えられ、立っていられなくなりその場に倒れてしまった。


「君の能力を卑下した事は謝るよ。ごめんね……。でも、今はゲームの時間だ。関係ない真似は控えて欲しいな」


アルカディアは痺れに耐えているセフィルをケアしながら諭した。


「っ……」
「けど、君は合格だ。通っていいよ」
「えっ……」
「コルトも一緒に行っていいよ。不意を突かれちゃったしね。あとの天使達は、最後の色に触れられたら君らの勝ち」


スゥっと痺れが治癒し、セフィルは立ち上がる。そして、コルトと共に先に【癒しの丘】から出ていった。残った天使達は、最後の色を待ち構える。


「〝無色〟」


天使達は一瞬何を言われたのか呆然としてしまった。色を持たない。


「……え?」
「無色って……」


戸惑う天使達を眺めながら、ティアは鼻歌を奏で、アルカディアの横を通り過ぎた。


「通っていいとは言ってないよ?」
「だって〝無色〟って事は、何の色も示さないって事でしょ?だったら、触れるものなんてない」
「……そうだね。まさか、素直にそう来るとは思わなかった」


アルカディアはタメ息混じりに頷き、ティアを通した。彼の行動に倣い、他の天使達も成程と納得しながら【癒しの丘】から出ていった。


「何気にやるだろ?他の天使も」


ユゥは出ていく際に、アルカディアに呟いた。


「うん。皆、成長してるんだねー 」
「微々った?」
「ちょっとね」
「それは良かった」
「ユゥも?」
「……どうだろうね」


急に視線を逸らし、ユゥは一人先へ行ってしまった。


「あ、アルカディア様」
「ん?どうしたの、ナギ」
「あの……これ、作ったのでどうぞ!」


イラの時と同様に、ナギは手作りのお菓子を渡した。


「おぉ!作ったの?」
「はい。召し上がって下さい」
「ありがとう、ナギ」
「では、また」
「うん。次も頑張ってね」


ひらひらと手を振りながらナギを見送った後、アルカディアは早速お菓子の包みを解いた。


「わぁ、クッキーだぁ」


美味しそうな匂いが香り、アルカディアは「頂きまーす」と挨拶を添えて味わった――。
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