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4.クリア

b.

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適度に酔いがまわってきた頃、真春は香枝にずっと聞きたかったことを言おうか悩んでいた。

結局何も聞けていない。
でも、こんなところで言うのもかわいそうかな。
未央は何も知らないし。
香枝にとっては思い出したくないことかもしれないし…。

「真春さん?」

香枝に話しかけられてハッとなる。
タバコの先端が長い灰と化していた。

「なにぼーっとしてるんですか?考え事?」

「あー…うん、ちょっとね。ごめんね。あ、何の話だっけ?」

「悩み事?あたしでよければ聞きますよ?あ、もしかして彼氏のことですか?」

アルコールのせいで普段よりオープンになっているのか、香枝はいつもに比べて踏み込んでくる。
それならば…と思い、真春は意を決した。

「ここでこんなこと言うのもどうかと思うんだけど…。ずっと引っかかってたからこの際聞くね」

香枝と未央は緊張した面持ちでこちらを向いた。

「香枝、ヤスと何があったの?」

一瞬の沈黙。

未央は本当に何も知らないので、キョトンとしている。
香枝はビールを一口飲んで「そうですよね、言わなきゃですよね」と言った。

「優菜から聞いたんです。ヤスくんがあたしに告ってきた日、真春さんにもあたしたちが何してるか言ったって。でも、真春さんはそれから何も言ってこないし、次の日耐え切れなくて泣いちゃった時も、理由言わなくてもいいよって優しくしてくれて…困らせてたのに、何も言わなくて…ごめんなさい」

香枝がそこまで言うと、未央が「ちょっと待ってよー!」と言った。

「なになに?!ヤスさんと香枝ってデキてるの?」

「いや、逆」

真春が言うと、香枝が一部始終を話した。

あの日、好きでもないのにキスをされた香枝が激怒し、それからお互いに気まずくなってしまったらしい。

翌日泣いてしまったのは、なんでこんな嫌な気持ちで働かなくちゃいけないんだ、とか、何事もなかったかのように楽しそうに仕事している泰貴がムカつく、とか、そもそも怒っている自分がムカつく、とか色んな感情が入り混じって涙が抑え切れなくなってしまったらしい。

真春は香枝に慰めの言葉をかけた。
話には南のことは一切出てこなかった。

おそらく、全く知らない話なのだろう。
詳細を知ってしまったら、いくら香枝でも穏やかにはいられないと思うし、それこそバイトを辞めてしまいそうだ。
遅かれ早かれ知ることにはなってしまいそうだが、その事には触れなかった。

「まだちょっと嫌だなーと思うことはありますけど、前よりはマシです。あー、話したらなんか楽になった!」

「よかった、よかった!嫌なことはお酒で流そ!」

未央が香枝の前にビールを置いた。
再び乾杯をして、真春と未央は香枝にエールを送った。


それから3人はガンガン飲み、ガンガン話し、真春はガンガンタバコを吸った。
お酒を飲みながらタバコ吸うと、酔いがまわるのが早い。

ビールを何杯飲んだかも分からなくなり、ベロベロに酔っ払って視界もだんだんおかしくなってきた。
香枝も未央も目がすわっている。

もう何時間話しただろうか。
3人は完全に出来上がっていた。
しかし、話は止まらない。
香枝は「あたしあんま酔わないんです」と言っていたくせに、今は呂律が回らないくらい酔っ払っている。

「真春さーん…。まーはーるーさーん!」

ベロベロになった香枝が真春にしがみついた。
一瞬、心臓がドクンと脈打った。

「香枝、大丈夫?もう顔やばいよ?」

自分も大丈夫ではないが、あまりにも香枝が酔っていたのと胸が高鳴ったのとで、ふと冷静になってしまった。

「だいすきー!」

答えになってない返事をし、香枝は今度は真春をギュッと抱きしめた。

「久しぶりに飲んだから、飲み過ぎちゃったー」

香枝はえへへーと笑って上目遣いで真春を見つめた。

「もー、香枝ちゃん可愛いんだからー。あたしも大好きっ!」

その場のノリで、香枝を抱きしめ返す。
しばらく2人でキャッキャする。

なんか、すごくドキドキする。
酔いすぎて鼓動が速いのだろうか。


それとも…。


「香枝、大丈夫?そんな飲んだっけ?」

未央はお酒に強いみたいで、騒ぐわりには一番冷静だった。

「ラストオーダーの時間になりますけど、ご注文ございますか?」

店員に声を掛けられるまで気付かなかった。
あれだけいたお客さんはいなくなり、残っているのは3人だけとなっていた。

そんなに時間が経っていたのか。
楽しかったからあっという間だった。

お会計を済ませて3人は居酒屋を出た。

「おねーちゃんたち、気を付けて帰んなね!」

最初に席に案内してくれた店長らしき人が声を掛けてきた。
ハイテンションな3人は「あざーす!」と言って自転車を停めてあるお店の脇に向かった。
香枝はずっと真春の腕にしがみついている。

「真春さーん」

「ん?」

「楽しかったねー!」

香枝はケタケタ笑った。
完全に酔っ払いだ。
でもなんだか無性に可愛くて、心が温かくなって、キュンとした。


居酒屋を出てからも寒空の下、3人はずっとしゃべっていた。
何を話したいとかではないが、ただただしゃべり続けた。

酔っ払って火照った体には、10月中旬の夜の空気はとても気持ちよかった。
香枝は相変わらず真春の横でベロベロに酔っ払っている。

「もぉー、香枝!そろそろ帰らなきゃだよ?チャリ漕いで帰れんの?」

「だーいじょぶだってー!」

「大丈夫じゃなさそう」

未央と香枝がやり取りしてる。

「香枝、酔っぱらうとかわいーなぁ」

未央が「妹みたい」と言う。

「えー!えへへー!でも酔っ払った真春さんめっちゃかわいかったー!ね?」

「え!あたし?」

「だって甘えてくるんだもーん!」

酔っ払った香枝にキュンとしたから甘えてみたくなったのは事実だった。
酔うと、自分でもびっくりするほど甘えたくなるみたいだ。

「うるさいなー。たまにはいいじゃん」

「ほらほらー!かわいいー!」

「香枝ちゃんのがかわいいよー」

そのノリで真春は香枝のほっぺに掠める程度のキスをした。
本当に可愛くて可愛くて仕方がなかったから、してみたくなったのだ。

「きゃああああ!真春さんにチューされたー!」

香枝がキャーキャー言って笑っているのを見て、真春と未央は爆笑した。
会話がプツンと切れた頃、誰からともなく「そろそろ帰ろっか」と言葉が出て、おひらきとなった。

「ばいばーい」

2人に別れを告げ、自転車のペダルを漕ぎ出す。
帰り道、途中でタバコに火をつけた。

身体はまだ火照っている。
お酒のせいなのだろうか。
タバコと夜の空気を一緒に吸い込む。


あたし、香枝のこと…。
いや、まさか。


キュンとなる胸に気付かないフリをした真春は、再び自転車のペダルをのろのろと漕ぎ出した。
吸い込んだ夜の空気はタバコの煙と一緒でも、どこかクリアに感じた。
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