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ペットの真意を知った時、淫魔王は決断する。
2 追い込まれる姉弟
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「アルカシス、よくも私の義弟を・・・!」
トールは巨大なハンマーをアルカシスへ向ける。
「やはり250年前に君は殺しておくべきだったね。その【神殺しの大剣】は君の父が持っていたものだ。随分と探したんだがどこに隠していた?」
「貴方に教える必要はありません。知る必要などない事です。それよりもショウを渡して頂ければ、腕を切り落とす程度で許してあげます」
腕を切り落とす程度だと?
トールは自分の目の前で大剣を構える自分に似た甥の言動が可笑しくて仕方なかった。
淫魔との混血だからか、まだ若いからなのか、そのどちらなのかかもしれないが、今のところ神力を持たない下賤な淫魔がまるで自分に勝機があるかのような言動をしている。そんなにこの人間を奪われるのが腹立たしいのか。
トールはアルカシスの言葉にハハハと声をあげて笑った。
「笑われるとは随分と余裕ですね」
自分の笑う姿を見て訝しむアルカシスに、トールは笑いながら言った。
「私を脅迫か?神力も持たない半端者が私を隻腕にだと?君は神である私の立場を分かっているのかい?」
トールのハンマーが、その金属製を透過して電流が走る。その先が自分に向けられたアルカシスは、緋色の瞳を爛々とさせたままトールを見据えた。
自分を見据える甥から放たれる殺気を感じ、トールは嬉々として言った。
「アルカシス、私の能力を知っているかい?私は闘神である性質だけでなく、雷を操る能力も持っているんだ。君の父と戦った時、彼は私のこの能力に苦戦して、最後には私に斃された。ショウは心配いらない。私達三神が優しく囲ってあげるから。君はそのまま父のもとに逝くといい。死ね、アルカシス」
トールは放電するハンマーをアルカシスへ大きく振りかざす。迫る雷をアルカシスはギリギリで交わすが、僅かな電流がアルカシスの左肩を掠めた。
「ーーっ!!」
電流が走った身体で体制を整えるとアルカシスはトールへ向かう。トールは突進するアルカシスの大剣をハンマーで遮った。
「諦めろアルカシス。君に私を斃す事はできん。大剣を捨てれば苦しまずに逝かせてやる」
「貴方だって神としては半端者でしょう?知ってますよ。天界からルシフェルの味方に就いたせいで、地位も名誉もあっさり剥奪されここ(コキュートス)に閉じ込められたくせに。下賤下賤と私や姉にマウント取るなんてみすぼらしい。大神は貴方を堕として正解でしたね」
大剣を交えながらアルカシスはトールを詰(なじ)る。
はるか昔の事とはいえ、目の前の甥に過去の屈辱を穿(ほじく)り返されるとは虫唾が走る。混血で神力を持たず生まれた分際で純粋な神を愚弄するとは身の程知らずが。
屈辱を思い出したトールはアルカシスに鬼の形相を向ける。すると、彼の持つハンマーからさらに雷が放電される。アルカシスに挑発され、彼の矜持を刺激された事でさらに放電量が増したのだ。
「黙れ青二才っ!下賤な淫魔が!電流でその姿を炭にしてやるっ!!」
一旦アルカシスから離れたトールは放電するハンマーを床に強く叩きつける。地面を進む雷が自分に向かっていくのをアルカシスは大剣を持ちながらひょいっと飛び上がり電流を回避する。しかし同時にトールも飛び上がり、アルカシスに狙いを定めてハンマーを振り上げる。
それを見て、アルカシスは一つ閃く。
「これが欲しいなら差し上げますよ。さぁ、どうぞっ!!」
自分に振り上げられたハンマーを回避するため、アルカシスは大剣をトールへ投げつけた。
「っ!!」
大きく振り上げたハンマーは投げられた大剣とぶつかり、油断したトールはハンマーを床へ落としてしまった。
「しまった!ーーっ、くっ!!」
驚いたトールの眼前に、アルカシスが迫る。アルカシスは脚を蹴り上げるとトールの顔前に向かって蹴りを入れる。
「ーーッ!?」
アルカシスの蹴りにトールは間に合わず、頬に蹴りを食い込ませた。怯んだトールの隙をつき、アルカシスは素早くトールから彰を奪い取った。
彰を奪還したアルカシスは、自失する彼を両腕で抱えながら、優雅に地面に着地した。
「ショウ、ショウ」
軽く彰の頬を叩いて刺激を送るが、瞼は微動だにせず閉じたままだ。アルカシスの中で、以前カラマーゾフと奪還したユダの姿が思い出される。
「(全く目を覚さない。ユダの時と同じだな)」
アルカシスに不意を突かれたトールは膝を床に着いて着地した。彼に蹴られた顔面から流れる血を手の甲で拭ったトールは、彼を射殺すかのように睨みつける。
「貴様っ・・・!よくもっ」
「『戦闘時、敵の隙を作れ』と父から口酸っぱく教えられましてね。先程、うっかり思い出して実践しただけですよ。私以上に父の事をご存知の貴方が、こんな単純な隙に引っかかって頂けるとは、やはり馬鹿、いや、単純だとは。だから、こんな青二才に油断してしまうのですよ」
アルカシスの言葉にトールは腹の底から腹立たしさを覚えた。
トールが怒りを震わせ立ち上がった時、アルカシスの背後を炎を宿した矢が迫る。気づいたアルカシスは大剣を手の平を広げて引き寄せると、片手で大剣を振り矢を一刀両断した。
その先には、ロキが形相を変えてアルカシスを睨んで弓矢を構えている。
「アルカシス・・・!貴様僕のショウを返せっ!!」
ロキは般若の形相でアルカシスに向かって叫んだ。キリキリと、弓を引いて炎を宿した矢を放とうとしている。
「『魅惑の人』であるショウは僕の妻だ!貴様のような下賤な淫魔には渡さないっ!!」
「私のペットだ。お前達邪神には何があっても渡さん」
アルカシスの緋色の瞳は怒りを前面に出すロキに対抗するように、キッと睨む。ロキは苦虫を噛み潰したように表情を歪め、目の前の淫魔を忌々しげに睨んだ。
「黙れ下賤な淫魔風情がっ!!」
ロキはアルカシスに狙いを定めて矢を放った。しかし彼の隣にいるエリザベータが、扇で矢の軌道を変え風の刃で両断する。
「邪魔だ下品なサキュバスが・・・!」
攻撃を妨害するエリザベータに、ロキは再び弓矢の狙いを定める。
対して扇で優雅に舞うエリザベータは、自失する彰を抱える弟の肩に手を置いた。
「さっすがアルちゃん。叔父様の隙を作るんて策士~。わらわぁ、ウットリしちゃうん♡三神達からどうやって助けたのかをショウちゃんが目覚めたら教えてあげなくっちゃ!ショウちゃん絶対惚れるわよん」
アルカシスの先程の戦法に、エリザベータはウットリとした表情で頬を赤らめる。
アルカシスは彼女に目を向けると、彼女の身体のラインを強調していたレオタードはあちこちズタズタ、剥き出しの肩や腕、足のあちこちに生傷と火傷の跡があり、痛々しい姿になった。傷からは、止血している部分と出血が続いている部分もある。
対してロキも彼女の攻撃を受けて身体や服に傷が絶えない。あちこちボロボロになっているが、眼光は衰えておらず自らの武器をいつでも射る事ができるよう構えている。
彼女に頼り過ぎたとアルカシスは若干後悔を感じ、エリザベータに労いと謝罪を言った。
「足止めご苦労。無理させて悪かったね、姉さん」
「いいえ、楽しかったわぁアルちゃん。やはりわらわには定期的な発散は必要ねん。淫魔城に戻って、凪ちゃんに治療してもらわないと」
エリザベータはロキとの戦闘でボロボロになった自らの身体を見回した。予想より傷は受けてしまったが、アルカシスやそのペットのためだ。彼女も自分の抗戦的な性格を程良く割り切ってくれている。・・・ただ、詳しい説明は必要だろうが。
エリザベータはアルカシスに抱えられた彰を見る。完全に自失しているが、死んでいるわけではない。ならすぐに淫魔界に引き上げた方がいい。
「それじゃあ、ショウちゃんも取り戻したし、このまま淫魔界へ戻ろうかしら?」
「そうしようか。さっさと戻ってショウを目覚めさせ、ーーっ!」
三神以外に自分の背後に向けられた強い殺気に気づいたアルカシスは振り返り大剣でその人物の剣を受け止めた。
その人物が放つ殺気に、剣を受け止めながらアルカシスはその人物を斬りつける。しかし、アルカシスの一太刀をヒラリと交わし、傷ついたトールとオーディンを守るように立ち塞がるとアルカシスに向けて剣先を向けた。
「父上、助太刀に来ました。ここは私マグニが引き受けます」
トールやアルカシスとそっくりの容貌に顎で揃えられたサラサラした短い銀色の髪。トールと彼の妻ミシェルとの最初の子マグニだった。
* * *
マグニはアルカシスやエリザベータに向けて剣先を構える。無表情に二人を見据える美しい青年に、エリザベータは彼から発する殺気の他に内在する神力の強さを感じ顔に当てていた扇を構えつつ、アルカシスに言った。
「アルちゃん、分かるわよねん?この子、やばぁいわん♡」
「ああ、恐らく叔父上が妻に迎えた人間との間に成した子だろう」
アルカシスにも緊張が走り厳しい表情になる。
自分は今のところダメージは少ないが、彼の内在する神力の強さに対応できるか分からないところがある。先程のように隙を作るタイミングも取りづらいかもしれない。
生前父からある話を聞いた事があった。
古代神話より神と人との間に生まれた子どもは、親の神力を受け継いで幼い頃から強い神力を持って生まれる事が多いという。そしてその神力を自在に使いこなせば、戦闘時には一人で多数の人間や神を殺める事も可能だという。
淫魔との混血である自分が、いくら強い魔力であったとしても決して戦ってはいけないと。そう教えられた覚えがある。
アルカシスはエリザベータに目配せする。弟の合図を理解したエリザベータは、ヒールの踵をタップダンスのように踊ると彼女とアルカシスの足元を囲んで爛々と光る魔法陣が出現した。
「このまま淫魔界へ戻るよ」
「そうね」
「させるかっ!!」
魔法陣が出現した状況を察したロキは怒号を飛ばしながら炎の矢を二人に放った。
二人はそれぞれ矢を交わし、魔法陣はそのまま消える。タイミングを見たマグニが彰を抱えたままのアルカシスへ襲いかかる。
「クソッ・・・!」
アルカシスは片手で大剣を振るいマグニの剣を防御する。大剣で防いでいても彼から伝わる剣圧は強力である事が分かる。
「このままその方を置いて淫魔界へ戻られるならば深追いはしません。いくら下賤な淫魔の混血とはいえ、父上とお姿が似ている貴方を殺す事は忍びありません」
「随分と傲慢だね君は。それも父親から受け継いだのかい?」
大剣で防御する自分の腕が押されているのが分かる。マグニは神力の強さを剣に込めているのだ。
彼の強さにアルカシスは内心冷や汗を流した。
神と人間との間に生まれた半神の神力は父の言うようにやはり強い。長引けばこちらが不利になる。
それに、こちらにはショウがいる。今は深追いする必要はない。
アルカシスは離れてロキと抗戦するエリザベータを呼んだ。
「姉さん、このまま淫魔界へ帰還しよう。ショウはこちらにいる。今は深追いするべきではない」
アルカシスの呼びかけにエリザベータも頷く。
「そうねん。ショウちゃんは取り戻したし、このまま帰りましょう」
「ああ、ーーっ!!」
その時、彰を抱えていた自らの脇腹に激痛が走った事にアルカシスは気づいた。そこには自分の短剣を持ち、自分の脇腹を刺した彰の姿があった。
トールは巨大なハンマーをアルカシスへ向ける。
「やはり250年前に君は殺しておくべきだったね。その【神殺しの大剣】は君の父が持っていたものだ。随分と探したんだがどこに隠していた?」
「貴方に教える必要はありません。知る必要などない事です。それよりもショウを渡して頂ければ、腕を切り落とす程度で許してあげます」
腕を切り落とす程度だと?
トールは自分の目の前で大剣を構える自分に似た甥の言動が可笑しくて仕方なかった。
淫魔との混血だからか、まだ若いからなのか、そのどちらなのかかもしれないが、今のところ神力を持たない下賤な淫魔がまるで自分に勝機があるかのような言動をしている。そんなにこの人間を奪われるのが腹立たしいのか。
トールはアルカシスの言葉にハハハと声をあげて笑った。
「笑われるとは随分と余裕ですね」
自分の笑う姿を見て訝しむアルカシスに、トールは笑いながら言った。
「私を脅迫か?神力も持たない半端者が私を隻腕にだと?君は神である私の立場を分かっているのかい?」
トールのハンマーが、その金属製を透過して電流が走る。その先が自分に向けられたアルカシスは、緋色の瞳を爛々とさせたままトールを見据えた。
自分を見据える甥から放たれる殺気を感じ、トールは嬉々として言った。
「アルカシス、私の能力を知っているかい?私は闘神である性質だけでなく、雷を操る能力も持っているんだ。君の父と戦った時、彼は私のこの能力に苦戦して、最後には私に斃された。ショウは心配いらない。私達三神が優しく囲ってあげるから。君はそのまま父のもとに逝くといい。死ね、アルカシス」
トールは放電するハンマーをアルカシスへ大きく振りかざす。迫る雷をアルカシスはギリギリで交わすが、僅かな電流がアルカシスの左肩を掠めた。
「ーーっ!!」
電流が走った身体で体制を整えるとアルカシスはトールへ向かう。トールは突進するアルカシスの大剣をハンマーで遮った。
「諦めろアルカシス。君に私を斃す事はできん。大剣を捨てれば苦しまずに逝かせてやる」
「貴方だって神としては半端者でしょう?知ってますよ。天界からルシフェルの味方に就いたせいで、地位も名誉もあっさり剥奪されここ(コキュートス)に閉じ込められたくせに。下賤下賤と私や姉にマウント取るなんてみすぼらしい。大神は貴方を堕として正解でしたね」
大剣を交えながらアルカシスはトールを詰(なじ)る。
はるか昔の事とはいえ、目の前の甥に過去の屈辱を穿(ほじく)り返されるとは虫唾が走る。混血で神力を持たず生まれた分際で純粋な神を愚弄するとは身の程知らずが。
屈辱を思い出したトールはアルカシスに鬼の形相を向ける。すると、彼の持つハンマーからさらに雷が放電される。アルカシスに挑発され、彼の矜持を刺激された事でさらに放電量が増したのだ。
「黙れ青二才っ!下賤な淫魔が!電流でその姿を炭にしてやるっ!!」
一旦アルカシスから離れたトールは放電するハンマーを床に強く叩きつける。地面を進む雷が自分に向かっていくのをアルカシスは大剣を持ちながらひょいっと飛び上がり電流を回避する。しかし同時にトールも飛び上がり、アルカシスに狙いを定めてハンマーを振り上げる。
それを見て、アルカシスは一つ閃く。
「これが欲しいなら差し上げますよ。さぁ、どうぞっ!!」
自分に振り上げられたハンマーを回避するため、アルカシスは大剣をトールへ投げつけた。
「っ!!」
大きく振り上げたハンマーは投げられた大剣とぶつかり、油断したトールはハンマーを床へ落としてしまった。
「しまった!ーーっ、くっ!!」
驚いたトールの眼前に、アルカシスが迫る。アルカシスは脚を蹴り上げるとトールの顔前に向かって蹴りを入れる。
「ーーッ!?」
アルカシスの蹴りにトールは間に合わず、頬に蹴りを食い込ませた。怯んだトールの隙をつき、アルカシスは素早くトールから彰を奪い取った。
彰を奪還したアルカシスは、自失する彼を両腕で抱えながら、優雅に地面に着地した。
「ショウ、ショウ」
軽く彰の頬を叩いて刺激を送るが、瞼は微動だにせず閉じたままだ。アルカシスの中で、以前カラマーゾフと奪還したユダの姿が思い出される。
「(全く目を覚さない。ユダの時と同じだな)」
アルカシスに不意を突かれたトールは膝を床に着いて着地した。彼に蹴られた顔面から流れる血を手の甲で拭ったトールは、彼を射殺すかのように睨みつける。
「貴様っ・・・!よくもっ」
「『戦闘時、敵の隙を作れ』と父から口酸っぱく教えられましてね。先程、うっかり思い出して実践しただけですよ。私以上に父の事をご存知の貴方が、こんな単純な隙に引っかかって頂けるとは、やはり馬鹿、いや、単純だとは。だから、こんな青二才に油断してしまうのですよ」
アルカシスの言葉にトールは腹の底から腹立たしさを覚えた。
トールが怒りを震わせ立ち上がった時、アルカシスの背後を炎を宿した矢が迫る。気づいたアルカシスは大剣を手の平を広げて引き寄せると、片手で大剣を振り矢を一刀両断した。
その先には、ロキが形相を変えてアルカシスを睨んで弓矢を構えている。
「アルカシス・・・!貴様僕のショウを返せっ!!」
ロキは般若の形相でアルカシスに向かって叫んだ。キリキリと、弓を引いて炎を宿した矢を放とうとしている。
「『魅惑の人』であるショウは僕の妻だ!貴様のような下賤な淫魔には渡さないっ!!」
「私のペットだ。お前達邪神には何があっても渡さん」
アルカシスの緋色の瞳は怒りを前面に出すロキに対抗するように、キッと睨む。ロキは苦虫を噛み潰したように表情を歪め、目の前の淫魔を忌々しげに睨んだ。
「黙れ下賤な淫魔風情がっ!!」
ロキはアルカシスに狙いを定めて矢を放った。しかし彼の隣にいるエリザベータが、扇で矢の軌道を変え風の刃で両断する。
「邪魔だ下品なサキュバスが・・・!」
攻撃を妨害するエリザベータに、ロキは再び弓矢の狙いを定める。
対して扇で優雅に舞うエリザベータは、自失する彰を抱える弟の肩に手を置いた。
「さっすがアルちゃん。叔父様の隙を作るんて策士~。わらわぁ、ウットリしちゃうん♡三神達からどうやって助けたのかをショウちゃんが目覚めたら教えてあげなくっちゃ!ショウちゃん絶対惚れるわよん」
アルカシスの先程の戦法に、エリザベータはウットリとした表情で頬を赤らめる。
アルカシスは彼女に目を向けると、彼女の身体のラインを強調していたレオタードはあちこちズタズタ、剥き出しの肩や腕、足のあちこちに生傷と火傷の跡があり、痛々しい姿になった。傷からは、止血している部分と出血が続いている部分もある。
対してロキも彼女の攻撃を受けて身体や服に傷が絶えない。あちこちボロボロになっているが、眼光は衰えておらず自らの武器をいつでも射る事ができるよう構えている。
彼女に頼り過ぎたとアルカシスは若干後悔を感じ、エリザベータに労いと謝罪を言った。
「足止めご苦労。無理させて悪かったね、姉さん」
「いいえ、楽しかったわぁアルちゃん。やはりわらわには定期的な発散は必要ねん。淫魔城に戻って、凪ちゃんに治療してもらわないと」
エリザベータはロキとの戦闘でボロボロになった自らの身体を見回した。予想より傷は受けてしまったが、アルカシスやそのペットのためだ。彼女も自分の抗戦的な性格を程良く割り切ってくれている。・・・ただ、詳しい説明は必要だろうが。
エリザベータはアルカシスに抱えられた彰を見る。完全に自失しているが、死んでいるわけではない。ならすぐに淫魔界に引き上げた方がいい。
「それじゃあ、ショウちゃんも取り戻したし、このまま淫魔界へ戻ろうかしら?」
「そうしようか。さっさと戻ってショウを目覚めさせ、ーーっ!」
三神以外に自分の背後に向けられた強い殺気に気づいたアルカシスは振り返り大剣でその人物の剣を受け止めた。
その人物が放つ殺気に、剣を受け止めながらアルカシスはその人物を斬りつける。しかし、アルカシスの一太刀をヒラリと交わし、傷ついたトールとオーディンを守るように立ち塞がるとアルカシスに向けて剣先を向けた。
「父上、助太刀に来ました。ここは私マグニが引き受けます」
トールやアルカシスとそっくりの容貌に顎で揃えられたサラサラした短い銀色の髪。トールと彼の妻ミシェルとの最初の子マグニだった。
* * *
マグニはアルカシスやエリザベータに向けて剣先を構える。無表情に二人を見据える美しい青年に、エリザベータは彼から発する殺気の他に内在する神力の強さを感じ顔に当てていた扇を構えつつ、アルカシスに言った。
「アルちゃん、分かるわよねん?この子、やばぁいわん♡」
「ああ、恐らく叔父上が妻に迎えた人間との間に成した子だろう」
アルカシスにも緊張が走り厳しい表情になる。
自分は今のところダメージは少ないが、彼の内在する神力の強さに対応できるか分からないところがある。先程のように隙を作るタイミングも取りづらいかもしれない。
生前父からある話を聞いた事があった。
古代神話より神と人との間に生まれた子どもは、親の神力を受け継いで幼い頃から強い神力を持って生まれる事が多いという。そしてその神力を自在に使いこなせば、戦闘時には一人で多数の人間や神を殺める事も可能だという。
淫魔との混血である自分が、いくら強い魔力であったとしても決して戦ってはいけないと。そう教えられた覚えがある。
アルカシスはエリザベータに目配せする。弟の合図を理解したエリザベータは、ヒールの踵をタップダンスのように踊ると彼女とアルカシスの足元を囲んで爛々と光る魔法陣が出現した。
「このまま淫魔界へ戻るよ」
「そうね」
「させるかっ!!」
魔法陣が出現した状況を察したロキは怒号を飛ばしながら炎の矢を二人に放った。
二人はそれぞれ矢を交わし、魔法陣はそのまま消える。タイミングを見たマグニが彰を抱えたままのアルカシスへ襲いかかる。
「クソッ・・・!」
アルカシスは片手で大剣を振るいマグニの剣を防御する。大剣で防いでいても彼から伝わる剣圧は強力である事が分かる。
「このままその方を置いて淫魔界へ戻られるならば深追いはしません。いくら下賤な淫魔の混血とはいえ、父上とお姿が似ている貴方を殺す事は忍びありません」
「随分と傲慢だね君は。それも父親から受け継いだのかい?」
大剣で防御する自分の腕が押されているのが分かる。マグニは神力の強さを剣に込めているのだ。
彼の強さにアルカシスは内心冷や汗を流した。
神と人間との間に生まれた半神の神力は父の言うようにやはり強い。長引けばこちらが不利になる。
それに、こちらにはショウがいる。今は深追いする必要はない。
アルカシスは離れてロキと抗戦するエリザベータを呼んだ。
「姉さん、このまま淫魔界へ帰還しよう。ショウはこちらにいる。今は深追いするべきではない」
アルカシスの呼びかけにエリザベータも頷く。
「そうねん。ショウちゃんは取り戻したし、このまま帰りましょう」
「ああ、ーーっ!!」
その時、彰を抱えていた自らの脇腹に激痛が走った事にアルカシスは気づいた。そこには自分の短剣を持ち、自分の脇腹を刺した彰の姿があった。
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