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3章 違える二人に女神は近づく。

7話 闘神の代償

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 目の前のことは現実に起こっていることなのか、それとも膝から血を流し過ぎて幻覚を見ているだけなのか・・・。

 田川は村山を抱えたまま、突如現れた二人の男の戦闘を唖然としたまま見ていた。
 仮面の大男の背後にあからさまに怒気をぶつける銀色の髪の男が現れたことで、彼を取り巻くその場の大気が震え上がるのが田川には分かった。
 二人を取り巻くこの張り詰めた、刺々しい空気は負傷した田川に息苦しさと戦慄を覚えさせた。その場に田川は力尽きたように膝から崩れ落ちる。重傷を負った村山を地面に寝かせ対峙する仮面の大男と銀色の長い髪の美丈夫の男を見比べた。

(一体・・・何者なんだあいつら・・・。グッ・・・!)

 負傷した膝からズキッと痛みが走る。田川は痛みで顔を顰めながらも仮面の大男の間合いを取る銀色の髪の男に目を向けた。
 仮面の大男にも自分では到底敵わない圧倒的な力の差と強い圧迫感プレッシャーを感じ彰を連れて行かれることに絶望を感じさせた。
 だが、それ以上に銀色の髪の男は本能的な恐怖を感じさせる。あの怒気を纏ったただならぬ雰囲気だけで威殺されそうな錯覚を受けてしまう。

 彼の爛々と光るあの血を彷彿とさせる禍々しい赤い瞳。
 怒りを露わにし、他の感情を一切切り捨てまるで神の如き雄しさすら感じさせる。その雄しさに惹かれながらもそこに彼の恐ろしい程の殺意が含まれていたことも数年間渡世の世界を渡り歩いて来た田川には分かった。

 仮面の大男もそれを感じ取ったのだろう。
 彼に背後を取られた仮面の大男が彼の殺意に射すくめられて動けないのがその証拠だ。その代わり、彼は冷や汗をかきゴクンと生唾を飲み込んだのが見えた。

 彼等の生死をかけたこの駆け引きに、田川は戦慄を覚えて恐怖に身を竦ませながらも仮面の大男に抱えられている友人に目を向けた。

 彼はその二人の異常な雰囲気に呑まれたのか、震えて涙を流している。
 それを見て田川は歯を食いしばり、掌に血が滲む程拳を握りしめて心の内で鼓舞した。

 彰を助けなければ。
 
 だが身体が一切動かせない。手も足もあの二人に気圧けおされて震えているのだ。

(彰・・・!)

 田川は仮面の大男に捕まったまま銀色の髪の男に何かを口にして悲痛な表情を浮かべて涙を流す彰に焦りを感じ立ちあがろうと下肢に力を込めるが膝の痛みがそれを阻害してしまう。悔しくて表情を歪ませる。

 何としても、捕まった友人を助けられないだろうか。だが足が動かない。ケビンというイかれた野郎に膝を抉られ、ここまで行くのに気力で動かしてきたというのに、今は自分を鼓舞しても全く足に力が入らない。

(クソッ・・・!動けっ・・・!どうなってんだよっ・・・!)

 自分があいつを守らなければならないのに・・・!

 自身の中で増幅する悔しさに田川は唇を噛み締める。
 あいつを守らなければならないのに、俺はこんなところで無力に立ち竦んでいることしかできないのか。

 建物の一部が崩落し、瓦礫に阻まれたまま田川は三人の成り行きを見届けることしかできなかった。







 
 アルカシスはミケーネの背中にまざまざと怒気をぶつけながら、警告といわんばかりに愛用の大剣の柄をぐいぐいと彼の背中に食い込ませる。食い込ませながら、ミケーネが緊張して背中の筋肉を硬直させているのを感じつつも怒気を含んだ声音で尋ねた。

「分かっているだろうが、お前が私に振り返った瞬間、お前の胴と首を切り落とす。ヘラはなぜショウを狙う?この場で教えてもらおうか。ミケーネ」
「っ・・・」
 
 アルカシスは名前を呼ぶ時に口調を荒げミケーネに負荷を与える。
 ミケーネはアルカシスの神気に気圧けおされ、射すくめられている。仮面を付けているせいもあってか、思うように呼吸をするのも苦しいくらいだ。
 振り返ることができず、ひしひしとアルカシスの怒りを背中に受けるミケーネはそこから全身に悪寒が拡がっていくのが分かった。
 ごくりと、生唾を飲む。

(これが、闘神・・・戦神いくさがみの神気だというのかっ・・・!?)

 ミケーネはアルカシスの殺意に戦慄する。
 これほど強く、恐ろしく、冷たく・・・より『死』を意識する存在を自分は知らない。
 今の彼は、まさに歴戦を重ねた戦神だ。
 
 
 アルカシスの怒気と大剣の感覚を背中に受けながら、ミケーネは数分時間が経過した中で冷静さを取り戻した自身の思考を巡らせる。

 自分が少しでも動く素振りを見せれば、例え人質として奴の伴侶パートナーを盾にしても迷うことなく自分の胴と首を切り離すだろう。

 冷や汗が流れる。
 下手に刺激するのは不利だと判断したミケーネは、振り返らずアルカシスに言った。

「先程まで女の姿で私の部下達を蹴散らしたというのに、自分の伴侶の危機を知って男の姿で駆けつけるとは・・・。闘神が、色情狂いか?堕ちたものだな。アルカシス王」
「伴侶の危機に駆けつけるのは淫魔王として当然のことだ。お前も、私の伴侶を盾にして私が靡くと思っていたのか?だとしたら、とんだ期待外れだったな」

 アルカシスがバカにしたように嘲笑する。そこに彼の本気を感じ取ったミケーネは屈辱を覚え仮面の下で顔を歪ませた。そこへアルカシスの怒気と神気に押されながらも彰がか細い声を発して彼の名を呼ぶ。

「あ・・・アルカシス様・・・」
「っ」

 この声に一瞬アルカシスの怒気が和いだのをミケーネは見逃さなかった。
 反応したアルカシスがミケーネの背中に一瞬だけ剣の柄を離す。背中からの重圧が消えた隙を狙い彰を抱えたまま彼から距離を取る。

「逃がさん」

 自分の油断を突いたミケーネをアルカシスは地面を蹴って後を追う。しかしミケーネはアルカシスの愛刀である『神殺しの大剣』の横薙ぎをヒュンと素早く躱す。

「剣の大きさが仇となったな!その大剣一振りで私の首を切り落とすつもりだったろうが生憎私にも勝機はある!」

 アルカシスと距離を取りつつ、彼から繰り出される剣の大振り一振り一振りを躱していく。彼のその無駄のない俊敏さと徐々に視えていく青白いオーラにアルカシスは違和感を覚えて眉を顰める。アルカシスは彼に尋ねる。

「先程デーヴィットがお前に負わせた傷が消えている。それにお前からは今の私と同じ神気が感じられる。いっかいの淫魔のお前がなぜ神気を纏える?それもヘラか?」

 アルカシスに問われたミケーネは「やはり気づいたか」と喉を鳴らしながら笑う。彼との距離を警戒しながらミケーネは言った。

「その通りだ。私はヘラ様と主従契約を結んでいる。私はあの方の僕として神気を纏うことを許されたのだ。だから私にも、本来淫魔にはない自己修復能力が備わっているのだよ」
「なんだとっ・・・」

 彼から発せられた自己修復能力という言葉を聞いた途端面倒になった、とアルカシスは煩わしげに舌打ちする。
 先程ミケーネは、人間の姿をしたデーヴィットの駆使する柔術を受けたはずだ。人間の攻撃とはいえそれなりにダメージを受けていたはずが、彼の身体は何事もなかったかのように回復していた。しかも、彼は今神気を纏っている。

 ミケーネと距離を取りつつ、アルカシスはこの状況を冷静に分析した。

 神気を纏う者には神気でしか抑えることができない。
 どんなに強い魔力だとしても神気を押さえつけるのは不可能だからだ。それに、アルカシスには立場上の制約がある。淫魔王間の約定により、自分達が人間界に滞在する際には一切の魔力を放出してはならないと定められている。それは人間界に暮らす人間たちの生活の支障になってはならないという掟であり、もし違反すれば他四人の王からの制裁は免れないだろう。

 だが・・・とアルカシスは目の前の仮面をつけた大男を鋭い視線で見据える。
 ショウを女神ヘラのもとへ連れて行く目的は不明だが許してやるつもりもない。なぜなら、もうすでに目の前の人間は私を選んだのだから。

 アルカシスは『神殺しの大剣』の剣先をミケーネと彰に向けたまま神気を昂らせていく。
 怒気を纏っていたアルカシスから青白いオーラが放ち始めたのをミケーネは見逃さなかった。血のように赤い瞳もこの青白いオーラに呼応するかのようにさらに爛々と輝きを増している。
 これを見たミケーネは再度背中に悪寒が走るのを感じた。しかし、彼は目の前の銀色の髪の男が自分に向けて神気を放ったことが嬉しかったのか、今度は狂ったように笑いながら言った。

「ハハハッ!!そうだ、それだ!アルカシス王っ!かつて闘神と畏れられ数多の同胞達を切り捨てたアレスの子よっ・・・!あの神の子が、私に神気を向けているっ・・・!これは絶好の機会よっ!ヘラ様より下賜された我が神気が、どこまで闘神に及ぶか見せてもらおうじゃないかっ!!」

 ミケーネは嬉々として地面を強く蹴りアルカシスに空を切る程の激しい蹴りを飛ばす。
「もらったぞおぉぉ!!アルカシス王!!」
「無駄だ」

 ミケーネの蹴りを避けることなく、アルカシスは大剣を構え剣が彼の鋭く強烈な蹴り技を正面から受ける。

 ガギイィィィーーンッ。

 二人のいる場所が剣と蹴りの衝動で大きく振動する。
 その衝撃波はグオンと津波のように広がるも二人は意に返さず蹴技と剣の応酬に入る。

 蹴りと剣が、何合も激しく撃ち合う。

 だが蹴りと剣がぶつかる度に発生する風切り音と衝撃波でアスファルトの地面は揺れ動き、まるで地震のような地響きを起こしていた。
 これに瓦礫に阻まれた田川は座っても激しい揺れを感じ、危機を察して村山を抱えて鎮まるのを待つ。

(グオオッ・・・!一体どうなってんだっ・・・!?)

 繰り返される横揺れを体感しながらも、村山を抱えて安全な場所へ退避した田川は激しい応酬が続く二人の戦闘を固唾を飲んで見守る。

 蹴りと剣の激しい撃ち合いは止まらない。
 剣を折るつもりで何度も蹴り技を繰り出すミケーネだがアルカシスが絶妙に角度を変えて破壊力を分散させているので折れないどころか、刃にヒビすら入らない。
 これにミケーネは身体の動きが鈍くなり始めたのを感じ仮面の下で焦りを見せる。内心ミケーネは舌打ちする。

(チッ、もう限界かっ・・・!)

 何合も撃ち続けた脚が、鉛を装着したように重くなり始める。

 主人のヘラからも忠告を受けていたが、純粋な神でない魔性の淫魔が神気を纏うのも、長く神気を放出するのも身体に負担がかかるとされていた。続けば自らに宿した神気に身体を蝕まれ使い物にならなくなってしまうと。そのため、例え自分よりも強い魔力を持った者と対峙しても消耗戦に持ち込めばかえって身を滅ぼす諸刃の剣となるため、短時間で決着をつけるよう言われていた。

 ミケーネはアルカシスの大剣に変わらず蹴技を撃ち込みながら思考を巡らす。しかしアルカシスも、彼の蹴技の威力が少しずつ落ちているのを肌で感じ取り彼自身に神気を纏う限界が訪れているのを察知した。

 ならば、もう少し神気を消耗してもらおう。

 アルカシスはそう判断し、反撃をせずただ蹴技の威力を大剣で受け止めそのまま受け流す姿勢を続ける。

 ろくに反撃もせず何も動きを見せないアルカシスの態度にミケーネは気づかれていると内心苛立ちを見せる。相手は消耗戦に持って行くつもりだ。

 そういうつもりなら、次の技に神気を全て込め大剣の刃を折らせてもらう。

 ミケーネはここで決めると腹に決め、地面を飛ぶように蹴り上げる。

「アルカシス王!これで最後だっ!!ウオォォ!!」

 ミケーネはアルカシスに今までで一番の渾身の蹴り技を飛ばす。それを正面で剣で受け止めたアルカシスの柄を握る手が振動で震える。しかし、アルカシスはミケーネの蹴りを正面から受け止めるとなだらかに刃先の軌道を変え彼の蹴りを躱すと瞬時に彰とミケーネの間合いに入り込んだ。

「何ぃぃぃ!?」
「先程からうるさい声だ。昔からお前の汚い声は耳障りで大嫌いだった」

 ミケーネの間合いに素早く入ったアルカシスは、目にも止まらぬ速さで彼の腕から彰を奪還する。そのままアルカシスは片手で大剣を振り上げると彼の肩から袈裟斬りに切り裂いた。

「下劣なアサシンの分際で神気を使いこなせるなど不可能だ。この私を怒らせた代償は貴様の哀れな死体で賄え」
「ぐはあぁぁぁ!!」

 隙を突かれたアルカシスにミケーネは深く肩を切り裂かれそのまま地面に倒れ込んだ。その衝撃でつけていた仮面も真っ二つに割れ彼の素顔が晒される。

「があぁぁ・・・」

 斬り裂かれた箇所から血が溢れんばかりに流れ出る。激しく地面に倒れ込んだミケーネの喉元にアルカシスは剣先を突き立てながら言った。

「この剣に斬られると肝心の自己修復能力も使えん。そのまま死ぬ前にもう一度聞く。なぜヘラはショウを狙う?」
「ぐっ・・・貴様っ・・・!」

 喉元に冷たい刃物を突き立てられたミケーネは深傷を負い立ち上がれない身体に絶望し強く歯軋りする。

 もう、自分に打つ手はない。
 やはり、闘神アレスの子が相手では自分は及ばなかった。だが、ここで死ぬわけにはいかない。まだ、彼女への恩を何も返せていないのだから。
 ならばここは、何としても生き延びねばならない・・・!

 全く答えないミケーネにアルカシスは凍りついた表情で再度促す。

「口が聞けなくなったか、ミケーネ。私の問いに答えないと言うなら、今この場でお前の首を刎ねる。お前は危険な存在だ」

 アルカシスは大剣を大きく振り上げる。
 それが眼前に死が迫っていると悟ったミケーネは少ない神気を喉元に集中させ力の限り叫んだ。

「死ね、ミケー・・・」
「まだだっ!!」

 動ける手で、ミケーネは振り下ろされたアルカシスの大剣を激しく払い退け立ち上がるとアルカシスに向かって怒号を飛ばした。

「まだだっ!!私はまだここで死ねんっ!!アルカシス王っ!!次は必ず、闘神である貴様を屈服させ、ヘラ様の・・・お母様の手土産とするっ!!」

 そう言い残したミケーネは負傷した肩を庇いながらその場を離れた。アルカシスは追わず彼が消えたその場をただ見据えるだけに止める。彼の神気も消えたことを感じ取ったアルカシスはチッと舌打ちした。

「忌々しい・・・。さっさと殺しておけば良かった」
「あっ・・・アルカシス様」

 自分の腕の中にある彰のか細い声にアルカシスは彼に視線を向ける。彼の声に反応すると同時に神気も消え爛々と赤く光る瞳も落ち着きを取り戻した。アルカシスは怯える彰に目をやった。

「ごめん・・・なさい・・・。俺、勝手に・・・」

 怯えながら謝罪する彰に目を向けたアルカシスは、彼の表情を見て表情を強張らせた。

「兄を助けると飛び出した代償だね。ショウ。今回は私もすぐに許すつもりはない。覚悟しておけ」
「ごめ・・・な、さい・・・」

 弱弱しく、彰は声を振り絞り謝罪を述べる。だがアルカシスは彼のその声に加えてガクガクと震え始めた彼の身体に違和感を覚えた。

「ショウ?」
「・・・く、苦、しい・・・。寒・・・い・・・」

 アルカシスは彼の身体の変化に思い当たる節があったようにハッとする。
 身体越しから急激に体温が上昇しているのが、彼を抱えて分かる。それに伴って頰も蒸気し、呼吸も苦しそうに浅く速い。

 これは神気に直接曝された拒絶反応だ。人間は自分達のように神気や魔力といった纏うオーラがない。そのため、無防備に身体を神気に曝されると拒絶反応に苦しむことになる。
 ミケーネとの戦闘中、神気を纏う二人に挟まれる形で彰は曝されていた。それが今、こうやって代償が出始めているのだ。

 アルカシスは夜風に吹かれる上半身裸の彰に自らのスーツのジャケットをかけた。だが彼の身体の震えは止まらない。むしろ悪化している。しばらく、この状態は続くだろう。急な身体の異変に困惑する彰はアルカシスを仰ぎ見る。

「何・・・なん、で・・・」
「私やミケーネの神気を直接身体に浴びた拒絶反応だ。すぐに戻るぞ」
「ーーおいおい、アルカシス。俺やノア、忘れてんじゃねぇ?」
 
 建物の瓦礫を軽々と払い除け、満身創痍のノアを抱えたデーヴィットがアルカシスに言った。負傷した田川と村山の瓦礫も撤去すると今までの戦闘を見て唖然とした田川に手を伸ばす。

「悪いな、君達。だいぶミケーネとケビンに好き放題弄ばれたようだな。そこの腕のない坊やは寝かせてやれ。罪滅ぼしってわけじゃねぇが、失った腕と膝くらいは再生させてやるよ」

 突然気配なく現れた外国人の男に促されながら田川は彼の動きを警戒しながらも重傷の村山を地面に横たわらせる。この時、彼は息をしていなかった。これに田川は最悪の事態が過る。

「村山っ・・・!」
「血流し過ぎだ。人間が無茶しやがって」

 彼の姿にデーヴィットは呆れて悪態をつく。意識もなく、横たわる彼の腕の断面に自らの無骨な手の平を翳す。すると断面から骨、筋肉、神経、皮膚と少しずつ再生し最終的に指先まで再生された。ものの数分で切り落とされた腕が再生されたことに田川は呆気にとられる。

「そんなバカな・・・、どうやって腕がっ・・・!?」
「俺は特異な体質でね。死滅した細胞を修復するために細胞に直接働きかける能力がある」
「う、嘘だろっ・・・、一体どうやって・・・」
「それは一般公開してないんで悪しからず。坊や」

 デーヴィットは村山の両膝にも手を翳す。血が止まり細胞が順番に再生したところで「終わり」と言い立ち上がると田川に視線を向けた。

「これで、この坊やは心配ねぇ。喧嘩事は当分離脱だが命は取り留めた。君もやるか?」

 奇妙な外国人に田川は警戒し首を横に振る。

「不要だ。それよりアンタ達、彰を・・・俺のダチを、どうするつもりだ」
「どうする、って・・・ね?アルカシス、ショウをどうすんだって」

 デーヴィットはアルカシスに視線を向けて答えを促す。一方田川は友人を抱えた得体の知れない銀色の髪の男に未だ恐怖を覚えながらも友人の安否を思い彼に問う。

「そいつは俺のダチだ。アンタ、一体どうするつもりだ。そいつを連れて行くというなら、容赦はしね・・・ぐっ!!」

 腰に装備した拳銃を取り出そうとした田川だったがアルカシスに動きを読まれ易々とその手を羽交締めにされてしまう。簡単に捻られた手から黒光りする銃が離れ手負いの状態もありアスファルトに膝をついてしまう。簡単に制圧され田川は口惜しげに言った。

「ぐっ・・・クソッ」
「それは不要だ小僧。手負いの君を追い詰めるつもりはない。ーー圭司の下でせいぜい療養するといい」
「ーーっ、お、おい・・・!」

 自分を見下ろす銀色の髪の男に田川はつい先日鉄火場で行動を共にした謎めいた妖艶な女の姿が重なった。追いかけようとするもそこには彰や外国人の男と共に消え、後には自分と未だに横たわる村山の二人だけとなる。

「なっ・・・なんだったんだ・・・」

 三人が消え未だ状況理解が追いつかない田川は、突如地面が水平にぐわんと大きく揺れたことで我に返った。

「うおっ!?じっ、地震か!?」

 地面がグラグラと大きく揺れる。だが数秒のち、その揺れは落ち着いた。ここまでの流れに田川は唖然としたまま言った。

「一体・・・何が起こってやがる・・・」

 あの二人の人間離れした男達は一体何者だったのか。それに彰は・・・。
 状況が理解できぬまま、田川は唖然と立ちすくむしかなかった。










 ホテルに帰還したアルカシスとデーヴィットは先に部屋で待機していた褐色の肌と金色の髪の男・・・淫魔界中央国カラマーゾフの姿を確認する。彼の姿を確認したアルカシスは彰を横抱きにしたまま、深々と頭を下げた。

「カラマーゾフ王、ご迷惑をお掛けし申し訳ありません」

 頭を下げたままのアルカシスを見下ろす形でカラマーゾフは言った。

「何があったのか私も事情は把握している。神気を纏ったミケーネを止めるためにはお前も神気を纏わなければならなかった。そうしなければ、日本地区に発生した地殻変動がさらに拡大しただろう。それを考慮すると今回は軽微な処罰でいいだろうと私は思っている」

 カラマーゾフの言葉からはアルカシスのやったことを非難する意図は感じられない。それはこれから下される処罰に多少の減刑処置が加味されるべき理由として彼は自分を多めに見るだろうと予測したアルカシスは頭を上げるとその言葉を否定した。

「いえ、事実として私やミケーネの神気に誘発されこの地域だけでもしばらく被害は続くことでしょう。人間達にまで及んだ被害も阻止することはできませんでした。日本を支配圏とする、私の責任です。弁解はしません。どのような処罰でもお受け致します」
「もちろん、そうしてもらわなければこちらも困る。闘神となったお前を俺もデーヴィットも止めるのは骨が折れるからな。デーヴィット、アルカシスの伴侶パートナーはお前が警護しろ」
「了解っス。カラマーゾフ王」

 アルカシスから彰を受け取ったデーヴィットは熱が出て弱った彼を寝室に運んでいく。それをカラマーゾフは見届けるとアルカシスに厳かに言った。

「手を出せ、アルカシス」
「はい」

 言われるがまま、アルカシスは両手をカラマーゾフに差し出す。すると彼の手を拘束するように重厚な鎖が絡み付いた。さすがのアルカシスも巻きついた鎖の痛みに顔を歪める。

「始めて付けましたがなかなか重いですね、これは」
「王専用の拘束具だからな。魔力はもちろんだが神気も例外なく封じさせてもらう。直に思うように身体を動かすこともできなくなるだろう」

 カラマーゾフの言葉にアルカシスは力なく項垂れる。予想していたよりも身体の図重感は大きく、手首を拘束されたまま床に膝をついた。カラマーゾフはその状態を見下ろしたまま厳かに通達する。

「北国アルカシス王。お前の身柄は王の約定によりこのカラマーゾフが拘束する。これにより北国は一時、我が中央国の属国として移譲されその支配圏を剥奪する。しばらく中央国で頭を冷やしていろ」

 この言葉にアルカシスは謝罪の意を込めてもう一度深々と頭を下げる。
 子どもの時分から預けられ彼の下で学び、母との確執、代替わり、伴侶や闘神への転生までだいぶ世話になったがまさかこんなことまでさせてしまうとはこの人には頭が上がらない。つくづく自分が情けなく思う。
 アルカシスは身体の図重感に耐え、カラマーゾフに向けて言った。

「不服は申し立てません。四王の裁定に従事致します」

 アルカシスの言葉を聞いたカラマーゾフは拘束した彼を抱え、その場から姿を消した。
 



 寝室で二人の気配が消えたことを知ったデーヴィットは眠っている彰に配慮し口惜しげに口元を噛み締めると小さい声音で言った。

「たまたま、闘神の血が混じっただけじゃねぇか・・・。それ以外、あいつを選別する必要なんてないじゃないか。早く戻って来いよ、荒くれ者の家出少年・・・」


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