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3章 違える二人に女神は近づく。
4話 首謀者の判明
しおりを挟む「クソっ、ノアの奴・・・!どこほっつき歩いてんだ」
「貴方の部下でしょう?ちゃんと手綱を引いておきなさいよ」
「引ける奴だったら引いとるわいっ!」
デーヴィットは走りながら呑気に小言を言うアルカシスに激しいツッコミを入れる。
グレゴリーから報告を受けたアルカシスとデーヴィットは急ぎホテルを出て、デーヴィットの部下ノアの行方を追うため川島町に向かって走り出した。その道中街は人々が絶えることなく夜九時を回っても駅に向かって人々が流れるように歩いている。
ここで流れに乗ってしまえば捜索にさらに時間を費やしてしまう。
共に川島町に向かうアルカシスは不審に思いデーヴィットに尋ねた。
「なぜ川島町に?貴方の部下ならアメリカにいるんじゃないかしら?」
だがデーヴィットはアルカシスの問いに首を横に振って否定した。
「それはない。ノアは俺の気配を辿って川島町に向かっているはずだ」
「そういえば通信機は?持たせてないの?」
アルカシスはもう一度デーヴィットに問う。
淫魔は魔力を封じたまま人間界に滞在しているため、ほぼ人間と変わらない状態となる。そのため人間と同じ通信機を携帯することが常套手段だがデーヴィットはまたも首を振って否定した。
「さっさと出ちまってメロが持たせるの忘れちまったんだそうだ。お前こそショウはいいのか?」
デーヴィットは後ろから追いかけるアルカシスに問う。
自分はパートナーであるリザの安全確保のために部下をアメリカに向かわせたが、先程のあのホテルにはこの時間本来いるはずの北国の淫魔王の伴侶がいなかった。アサシン達が動き出した以上、最低限所在把握と安全の確認をすべきだろうと思い銀髪のボブスタイルを揺らせて走る友人に尋ねた。すると女性体となった彼女は言いづらそうに、渋々口を開いた。
「・・・出て行った。ちょっと、口論で」
「・・・はぁ!?」
駅からだいぶ離れ、人の姿が見えなくなったところでデーヴィットは立ち止まる。彼は一拍反応が遅れたが、驚いた様子でアルカシスに聞き返す。
「おいおいおい。なんでタイミング悪く喧嘩なんかしてんだよ」
「ちょっとしたすれ違いよ。貴方には関係ないわ」
「ああん?!」
アルカシスのシャツの胸倉を掴みデーヴィットは迫る。
「馬鹿かテメェは。そんな状況ならノアよりもショウが優先だろうが。奴等は人間だろうが俺達と繋がっていると知れば容赦ない。ショウを探すぞ。心当たりはあるんだろうな」
胸倉を掴んでガンを飛ばすデーヴィットを一瞥して、荒々しく彼の腕を離したアルカシスは彼から視線をずらしたままゆっくりと口を開いた。
「おそらく、ショウも川島町に向かった。あそこには圭司がいる。先程連絡したわ。今保護に動いているはず」
「なぜそう言い切れるんだ?」
アルカシスに鋭い視線を向けたままデーヴィットは尋ねた。
川島町はアルカシスや彰が滞在するホテルからだと一番近い繁華街だ。近隣にあるオフィス街にも近いため、夜は仕事を終えたサラリーマンやOL、街に店を構えるスタッフでごった返する。だが同時にそこを拠点に活動する裏社会の連中もたむろしている。正直今の彰の立場からすれば近寄って欲しくない場所だ。
アルカシスはデーヴィットに言った。
「圭司は川島町だけでなく、近隣の街にも網を張っている。ショウのことは先程連絡している。チンピラ程度なら、圭司達でも対応できる。今はノアを見つける方が先よデーヴィット」
アルカシスはそう言うが、デーヴィットは彼女の言葉に何か違和感を感じ眉を顰めた。
アルカシスが、ショウを避けている?
アルカシスが彼を避けている理由は分からない。だが急を要する事態に切り替わった以上、個人的な理由よりもパートナーの安全確保が何よりも優先となる。
鋭い視線を変えないままデーヴィットは、ゆっくりとした口調で尋ねる。
「どうしてお前のもとを離れたんだ?アイツはお前とパートナー契約を結んだことを喜んでいたぞ」
腹が減ったと連れて行ってくれた定食屋で自分と話した彰の表情が脳裏に蘇る。彼はアルカシスとパートナーになったということを嬉しくて涙を流す程に受け入れていた。そんな彼が、アルカシスと別れて出ていくなんて余程のことがあったのではないかと想像がつく。
デーヴィットの言葉にアルカシスは俯きながらゆっくりと語る。
「ショウは、大学の構内で、兄という男と再会したそうよ。その兄から借金返済を手伝うよう頼まれて、私に働きたいと言ってきたわ」
「ショウの、兄・・・?」
こくり。
アルカシスはデーヴィットの問いにはっきりと首を縦に振ると、さらに彼に言った。
「ショウを淫魔界に連れて来た時、あの子の素性を調べたことがあったわ。確かに、ショウには九歳年上の兄・秋山 諒の存在を確認した。だけど、その兄は・・・」
アルカシスは淡々とその言葉の先をデーヴィットに言った。その内容に目を見開いたデーヴィットは焦った表情を見せてアルカシスに尋ねた。
「おっ、おい・・・!それマジかっ・・・!?な、なんでお前アイツにそれを言わないんだっ!?それを言えばショウだって・・・っ!?」
デーヴィットが言いかけた時、アルカシスは彼の唇に人差し指を乗せて言葉を発するのを塞いだ。そうするアルカシスの、表情は硬い。そのままアルカシスは言った。
「それは・・・今のショウには言えないわ。言えば・・・本当に私のもとに戻らなくなってしまう」
「アル・・・っ」
アルカシスの表情を見たデーヴィットは彼女の名を発することもできなかった。
「あの兄のことは、私から必ずショウに伝える。例え、ショウが私から離れようとも・・・。あの子には、知る権利があるから」
「ショウがそれを知って、お前から離れる選択をしても、か?」
デーヴィットの問いにアルカシスは小さく頷いた。
「ええ。それが、私の責任だから・・・」
「・・・っ」
二人の間に、沈黙が流れる。
アルカシスの真っ直ぐ自分を見つめる瞳にデーヴィットは了承したと合図を送った。
「分かった。これはお前とショウとの問題だ。俺はこれ以上口を出さねぇ。それより・・・」
不意に、デーヴィットの表情が険しさを増す。彼の表情から察したアルカシスも険しい表情で周囲を見回すと軽く嘲笑してデーヴィットに言った。
「無駄話をしている間に、囲まれてしまったみたいね」
「相変わらずセコい奴等だねぇ。暗殺者ってのは」
それを合図に二人は互いに背中を合わせる。街のカラカラとした乾燥した空気の中に異質な気配を感じたからだ。
アルカシスは全身の鳥肌が総毛立っていることに気づくとこの正体が何か直ぐに分かった。
これは、殺気だ。
ーヒュンッ!!
突然、二人の死角から空気を切る音がした。それを合図に二人は素早くその場を離れるが、二人がコンマ一秒前にいた場所には刃先が鋭く研ぎ澄まされた二本の剣が刺さっていた。黒光りするその刃を見た二人は、それが何か分かった。
「黒鉱石・・・魔力封じの鉱石ね」
「ああ、間違いねぇ。どうやら俺らをマジで狩りに来たようだな」
デーヴィットの言葉を皮切りに街に馴染むためかラフな格好はしているものの数人の面を被った者達が二人を囲い込む。顔どころか表情が見えない彼等を警戒する二人へ筋骨隆々の男が一歩前へ出る。
「ほぉ、北国王のアルカシスが女に化けて人間界に潜伏しているというのは本当だったか。それにデーヴィット、お前を再び殺すことができるとは、実に喜ばしいことだ」
「相変わらずセコい殺り方を取るねぇ。その声はミケーネだろ?百年経ってもそのスタイルは変わんねえな。一度は面取って会釈してから殺りに来い」
「これから死ぬと分かったら冥土の土産で顔は見せてやるよ、デーヴィット」
面を被った者達は一斉に二人に襲いかかる。短刀を構えたアルカシスと柔術の構えを取ったデーヴィットはそれぞれに襲いかかるアサシン達と応戦する。
「ミケーネ、今回も俺を見逃してくれない?ついでに誰に命令されたか教えてくれれば上下肢へし折る程度で許してやるよ」
「残念だができん相談だな、デーヴィット。お前はここで死んでもらう!」
デーヴィットの空気を切るパンチが面の男ミケーネの顔面を襲うも去なされる。ミケーネは苦無を取り出すと彼目掛けて投擲する。
「よっと。二番煎じが俺に通用するかってーのっ!」
襲いかかる苦難を瞬時に交わすデーヴィットはミケーネの懐に入り込むと鳩尾に強烈なパンチをくり出した。
「ちょっとお前地面に座っとけ」
「ぐおおおうううっ!!!」
デーヴィットの繰り出したパンチの衝撃波をまともに受けミケーネは鳩尾を庇いながら地面に膝を付く。その様子をチラッと見たアルカシスは短刀を逆さに持ち替えて無表情でアサシンと一気に距離を縮める。突然目前に迫ったターゲットに相手のアサシンは戸惑う。
「し、しまっ・・・!?」
「任務失敗。お仕事ご苦労さん」
アルカシスの短刀がアサシンの右肩から袈裟斬り、直ぐに急所を激しく抉る。そのままアサシンは倒れ絶命する。
「人間で魔力を封じている身で調子に乗るな淫魔王!!」
「ーーフン」
次々に襲いかかるアサシン達をアルカシスは表情を変えず急所を取って絶命させていく。膝を付いたミケーネは次々に部下が倒される様に焦りを見せる。
「くっ・・・」
なんて強い。魔力封じをやっているとはいえ、これが闘神の力か。
自分達も戦闘に特化した者達だ。だが闘神に昇格した北国の王にしてみれば、自分達は雑魚同等ということなのか。
不意にデーヴィットの強い殺気とナイフがミケーネの喉に突きつけられる。我に返ったミケーネはアルカシスから無表情で殺気を飛ばすデーヴィットへ視線を向けた。
「何アルカシスガン見してんのお前。で、誰の命令で淫魔王を殺しに来たわけ?」
他のアサシンも片付けたアルカシスはデーヴィットに尋問されるミケーネに視線を向ける。二人の淫魔王に殺気をぶつけられる形となったミケーネは死の危機を感じて冷や汗が垂れるもアルカシスを見てククク・・・と不気味に笑う。
「何笑ってるの?」
二人に睨まれている状況の中で笑うミケーネにアルカシスも違和感を感じる。ミケーネはアルカシスに意気揚々と言った。
「アルカシス王、こんなところでのんびり道草食ってていいのかね?」
「何ですって?」
ミケーネの含みを持たせた問いにアルカシスとデーヴィットは警戒を強める。デーヴィットはミケーネの首を掴見上げると圧迫感かけてもう一度問う。
「テメェ、状況分かってんの?俺はお前に聞いてるの。俺達を殺せと命令した奴は誰だ?」
ーグギャッ!
「ぐううううっ!!」
デーヴィットはミケーネの鳩尾に拳を捩じ込む。激しい痛みが腹部から襲い、ミケーネは反射的に口から吐物を吐いた。口端から血が流れたままミケーネは答える。
「女神、ヘラ様だ」
「「ーーっ!?」」
ミケーネから発した名前にデーヴィットとアルカシスは目を見開いた。さらにデーヴィットは問う。
「おい、なぜヘラが俺達を襲う。答えろコラ」
「ククク・・・お前達は、まんまと我等の敷いた罠に掛かってくれたのさ。我等の狙いは、北国淫魔王の伴侶の人間」
「ーーっ!?ショウ・・・」
「何だと・・・!?」
彰の名前が出たデーヴィットは焦った表情でさらに問い詰める。
「ショウに何の用だコラ。言え!言わねえと、テメェをこの場で殺す」
デーヴィットから殺気が漂い始める。それでもミケーネは余裕の表情を浮かべてデーヴィットを挑発しながら言った。
「あの人間は、ヘラ様の献上品だ。アルカシス王、お前はいずれ伴侶を・・・」
ミケーネの指がデーヴィットの喉を激しく突く。
「ぐえええっ!?」
怯んだデーヴィットの隙をつき、ミケーネは二人から距離を取る。
「喪うことになるだろう。そして、ヘラ様に頭を垂れることとなり、お前が淫魔王達を殺すこととなる。覚えておくがいい・・・」
瞬時にミケーネは二人から飛散する。
だがそれを気にしてる余裕は、今の二人になかった。
急がなければ、ショウが危ないーー!
「デーヴィット」
アルカシスの意図を察したデーヴィットは頷き彼女に答える。
「急ぐぞ。ショウを早く見つけるんだ」
* * *
賑わいを見せる飲食店が軒並み建っている一角とは緩やかな坂道を隔てた離れたところに事務所があるらしい。
彰は事務所までの道を組員の村山に案内してもらう傍ら、旧友の田川について尋ねていた。
「田川の兄貴はマジでスゲェ・・・。この川島町は規模の大きい繁華街だから、ここの利権にあやかろうとするゲス共のヤサに乗り込んで全員ぶっ殺して再生不能にしちまう。それにこの街の奴等は兄貴を信頼して俺達に治安を任せてくれている。兄貴は組の看板みてえなもんだ」
「田川、凄いなあ。あの頃はよく喧嘩して危なかっしい奴だと思ってたのに」
村山の話に彰は驚くと同時に、彼と出会った高校生だった頃を思い出す。
自分が高校の頃から知る田川という男は気が短くて喧嘩っ早いのが印象的だった。顔なんか誰なのか判別がつかないくらいボコボコに殴られて、祖母のクリニックに転がり込んでは彼女に呆れながらも手当していたのが記憶に残る程に。
だけどその反面、どこか面倒見の良い男でもあった。自分に声をかけてきたのも、何となく寂しそうに見えたからというもので、実際彼のその何となくという感覚のお陰で彼と友人になったのも事実だった。
彰の言葉に村山は笑いながらさらに説明してくれる。
「アハハ。兄貴らしいな。多分今もそのままだと思うぜ。半グレやマフィアとの抗争だって死にかけても立ち向かって来るから逆にこっちが心配する程なんだ。でも兄貴は、漢としてはかっけえーよ。俺もああなりたいってずっと思ってて」
「田川の奴・・・まだそんな無茶やってるのか」
その無茶振りは相変わらず変わっていないなぁと彰は苦笑する。村山はさらに言った。
「ウチの兄貴達って頭のネジがぶっ飛んだ奴等ばっかでよお。田川の兄貴もそうだがエッグい兄貴も多くて、こっちはこっちでヒヤヒヤしてんだ。兄貴が居ねえと俺はまだ何もできねーから」
村山の言葉を聞いた彰は、彼の立場を考えるとやるせない気持ちを抱えていることが何となく理解できた。確かに、田川の下につく彼から彼自身にいつ何が起こってもおかしくない話ではある。
「だから俺は兄貴の舎弟としてできることをするんだ。俺は兄貴に憧れて流川組に入ったんだからな。まずは彰。アンタを事務所に送り届ける!」
「おいおい責任重大じゃん。君で大丈夫なの?」
彰に小馬鹿にされた村山は憤慨して彼に言った。
「お、俺を馬鹿にしたな!?俺だって極道の端くれだ!お前を送り届けるくらいできなきゃどーすんだよっ!」
「アハハハッ!」
村山の憤慨する姿に彰はおもしろくて笑ってしまう。この他愛ない会話が彰には新鮮に感じられた。
この十年、淫魔界で過ごしていたせいか久しぶりの人との会話が彰は素直に嬉しかった。
「アンタを送り届けたら田川の兄貴に『よくやったな、村山』って褒めてもらうんだ!」
「おーい、極道さん。大丈夫ですかー?」
「うるせー!いいじゃねえか別に!」
二人は緩やかな坂道に差し掛かる。その坂道に歩を進めようとした時、二人の背後から別の声がした。
「随分と楽しそうですねー。お二人さん」
「えっ!?」
「なっ!?」
二人が声に反応して振り返ると同時。
村山は右腕がなくなっているのと、強烈な痛みに襲われのたうち回る。
「ぐうううっ!!なっ、なんだっ!?」
「村山君っ!!」
突然のことに驚いた村山と彰は相手から距離を取る。彰は直ぐに村山から龍をあしらったスカジャンを借りると切断された右腕から滴る血を止めようときつく巻きつける。彰に応急処置を任せたまま村山はいきなり襲ってきた面を被った人物を尋ねる。
「テッ、テメェ!何モンだコラッ!!」
「ちょっと君ー、片腕吹き飛ばしたんだから大人しくしないと死んじゃうよー?」
「うっせえボケ!一体何なんじゃおのれっ!!」
二人の姿を見て面を被った男はニヤッと笑う。
奇襲は成功し、彼の護衛なのか、人間には手傷を負わせた。後は、あの北の王の伴侶を揺さぶるだけ。
「お初です。アルカシス王のパートナー、ショウ・アキヤマ君。俺はアサシンのケビンと言います。さっきから調子良く無駄話する君達を尾けていたんです。ヘラ様の指示で君をお迎えに参りましたー」
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